其の二
タロウは主従の作った料理を宿の五階で口にしながら、納得がいかなかった。どうしてあの調理法で、ここまで美味しいものが出来上がるのか?
「お口に合いませんでしたか?」
コテン、と首をかしげて聞いてくるカンナに、美味しいですと素直に返事をして、目の前の料理に集中することにした。
「しかし、相変わらず見事な腕前ですな。王都の料理人はカンナ殿に敵うものはいないでしょう」
麩のようだった水毬豆腐はテーブルの真ん中に置かれている。乳白色だったそれは、エコロがスープを注ぐと透明に変化して、サッカーボールぐらいの大きさにまで膨らんだ。それをナイフで切り分けて、個人の皿に盛り付けていく。
「必勝鰹節でとった出汁に、減る昆布の出汁を併せて作ったスープです。口直しにはちょうどいいですよ。栄養もたっぷりです」
スプーンを持ったカンナがスープ皿に入れられた水毬豆腐を口にする。それを見て、タロウも自分の皿に手をつけた。見た目はゼラチンだが、味は豆腐だ。
「しかし、食事は別にとった方がよいと思うのでござるが…」
「あら、私が毒をいれるとでもおっしゃるんですか?」
「いや、そういうわけではござらん。ただ仕事の上では好ましくないだけでござる」
ゴーシュはそういっているが、本来の予定はすでに相当狂っているといってよいだろう。いや、テイルあたりは予想していてもおかしくはないが。
「そういや、小国家群のところには船は出てないのか?」
コウイチがロッカセンに尋ねると、船がつけられないのだという答えが返ってきた。
「まず海から陸に吹く風が強い。それだけならまだしも、砂地が続いたと思ったらいきなり堅い地盤があるんだよね。だから、船をつけるには小型船を魔術でガチガチに固めるしかないんだけど、そうすると少なくない魔術師を雇うはめになる」
結果として、交易はおいしくないのでやらない、という結論に至ったらしい。
「そうはいっても、ロッカセン殿。今回の会議しだいでは都市に加わる可能性がありますから、すべてを現状のままというわけにはいかぬのでは?」
ナッツを練り込んだパンを口に運びながらテイルがそう返すと、ロッカセンはうーんと唸って、トマト仕立てのスープをスプーンで飲んだまましばらく沈黙を保った。
「そうだな、そうなったら産出品が何かによると思うよ」
「それに、ゴーレムを増やすということも考えられるのでは?大街道沿いのゴーレムは増やす余地があると思いますわ」
カンナが会話に加わって、ますます前哨戦のような雰囲気になってきた。
「それは、まあ森都と学都の出方によるよね」
ゴーレムの運営は学都が、もしくは一番近い都市が行うのが慣例らしい。海都は船の運行で手一杯なので、この場合森都が負担をする。
「おい、この話私たちが加わっていいものじゃないだろう」
ひとり食事を終えたコウイチが口を挟むも、その場の雇い主を始め、誰ひとりとして気にしたそぶりを見せない。
「いいのではないか?小国家群の迷宮に挑むのはあなたたちでしょう。それなら信用のおける人材を集めているはずだ」
「いや、それほどたいしたものではないんですけれど…」
エコロにそう言われるが、十二都市の権力者と政治の話をしながら食事をするのは一般人には荷が重い。
「構いませんよ、タロウさん。聞かれて困るような話はしていませんからね」
「そうそう、本会議になるとちょっとぎすぎすしてるどころじゃないからね」
おれは統治機構側だから気楽だけれどね、とロッカセンがいうと、テイルがじろりと睨み付ける。
「今度の会議では嫌でもちゃんと参加してもらいますからね。今回は学都と古都からもギルドマスターが来るそうですよ」
「あら、ほんとう?あそこの引きこもりが出てくるなんて珍しいわねえ」
蒸し焼きにされた鳥を一羽ぺろりと平らげて、ジャキータが参加してくる。
「そういえば、神都の方は大変だったみたいですね。引退されたあなたが出張る事態になるなんて」
「そうよ。まあ若造の尻拭いをするのは年長者の仕事ってことかしら」
「有能な後輩を育てるのって大変ですものね。お察ししますわ」
「あら、あなたはまだ若いでしょうにもう次を考えてるの?」
一番年が若いであろうカンナがいった言葉に、ジャキータが声を高くする。
「王都の迷宮は不定形ですからね。私もいつ何があるとも限りませんし」
「そうだな、確かに君のところは安定した管理は難しいだろう」
「王都には高位の迷宮が多いんですか?」
「王都の迷宮は不定形なんですよ、タロウさん」
「というと、海都の迷宮のように時間帯で変わるということでしょうか?」
タロウの疑問に、ふんわりと微笑んでカンナが話し出す。
「王都の迷宮は見た目ではいつ変わるのか、また中身がどんなものになっているのかがまったくわかりません」
「変化の前には大規模な魔法陣が数日間現れるので、それを見て判断する。何度も入ったことがあるが、いつも形状、地形、すべてが変化してしまうので最初から地図を作り直す必要が出てくる」
主の後を引き継いで、エコロが答えた。ということは初心者には大分厳しい迷宮のようだ。
「それに加えて、迷路のように入り組んでいることがほとんどなんです」
ですから変化直後には最精鋭を送り込んで調査をする必要があるんですよ、とカンナは言った。
「え?それってまさかあなたが直々に調査されるんですか?」
タロウの驚いたようすに、むしろ自分が驚いたとでもいうようにあっさりとカンナはうなずいた。
「だから言っただろう?彼女たちは戦闘のスペシャリストだと」
王都の統治機構はいまいち良くわからないが、王族が先頭をきって迷宮探索に乗り出すのはちょっとおかしい。そのままよもやま話を続けて、それぞれが寝室に戻っていった。
「やれやれ、やっとお開きか」
ぐっと伸びをしたコウイチが肩を回したり屈伸をしたりしている。
「お主はこういうものに慣れているのでは?」
ゴーシュが刀でとんとんと肩を叩きながら尋ねると、コウイチは慣れても好きじゃねえ、と返した。
「大体、こういった頭を使うのは苦手なんだよ」
「それは職業としては厳しいんじゃ」
「進路には型がある。政治には型がねえ。そんな違いだろうよ。それなりに決まってるもんだ、あの世界の行き先ってのはよ」
そうだろう?と問いかけられてタロウはそうだね、と返しておく。そこからあっさりと転げ落ちた記憶をかき消して。
「それで、護衛とは言ったもののどうするのでござるか?」
雇い主からは町中でまで気を張ることはないと言われているが、念のため警戒はしておいた方がいいだろう。
「とりあえず俺が起きておくよ。夜中になったらコウイチと交代しようと思うんだけど」
「そうだな。魔術は温存してもらった方がいい」
宿の五階を貸しきっているので、通路側の扉を開け放って警戒しておけばいいだろう。
「それじゃあおやすみ」
「何かあれば起こすでござるよ」
ごろりと横になった二人を横目に、タロウは窓の外をみた。オレンジ色の照明が、建物の扉や窓に灯されていくようすが良く見える。丁寧に積まれたレンガを暖かく染めて、夜が訪れようとしていた。
それなりに太った月が昇ってくるのがここから見える。一月後の十五夜会議に向けて、余裕を持って数日前には到着するように日程を組んであるとテイルとロッカセンからは聞いていた。
「それにしてもまさかこんな早く小国家群に行くことになるとはな…」
鉱都で顔見知りになった二人は元気だろうか?時期からみて都市への参加のために来ていたのかもしれない。迷宮の管理法等を学びに来ていた可能性も
ある。
森都では迷宮が発生する瞬間に居合わせたが、今度の迷宮はどんなところなのだろうか。鉱都に来ていた以上それに近いものが考えられるが、すでにある程度の情報は集まっているだろう。
「楽しみだな」
自分の加護が気がかりではあるが、まだ見ぬ土地に出向いて迷宮を探索できるのは面白そうだ。未発見のものがあればそれが役に立つ可能性もある。想像をふくらませながら、タロウは小国家群の迷宮に思いを馳せた。




