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三匹迷宮物語  作者: 九十
海都に
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エピローグ

 いよいよ太陽もその姿を存分にあらわして、地表を照らしつける。集落の植物が枯れないよう気を配って、ムジナはあちこちを飛び回っていた。文字通り、飛んで。

「あっちの女郎花の枝豆は収穫して!そっちの稲には害虫が発生してるから切り離してちょうだい!」

「はい!」

「ムジナさん!新人が落ちました!」

「わかったわ、すぐに行く!」

 ばっと皮膜を広げて飛び、ムジナが落ちたエルフを掬い上げた。

「あ、りがとうございます」

「気を付けてね。落下緩和のブローチを支給してるから、必ず身に付けるように」

 予備を取り出してそのエルフに渡す。楓の意匠が美しいこぢんまりとしたブローチだ。

「はい!」

 元気良く返事をしたエルフは、今度こそ慎重に階段をかけ上がって行く。それを見守っていたムジナに、声がかけられた。

「ムジナさん。森都ギルドから後任の方が参られました」

 そう告げる蛙人族の男は浮かない顔をしている。

「ありがとう。今までよくしてくれて」

 にっこりと笑ってムジナはそう言った。集落を混乱に陥れ、被害をもたらした責任をとってムジナは今日限りで解任される。

「いえ。おたっしゃで」

 何かを言いかけた唇をきゅっとしめて、それだけを言ってくる。気遣いに感謝して、ムジナは彼の肩をポンと軽く叩いてギルドへと向かった。


「お待たせして申し訳ありません」

 ギルドの三階、応接室のソファーに座ったエルフに向かって深々と頭を下げた。

「いいえ、お忙しい時期でしょう?ここからあなたの働く姿が良く見えました」

 ハルエルと名乗った男はムジナに座るように促し、書類を木製の鞄から取り出すと本題を切り出した。

「では、ムジナさんは黄金郷の混乱の責任をとってギルドマスターを辞任、後任として私ハルエルがここのギルドマスターを務めます。それから…」

 続きを見て言いよどむハルエルに、今度はムジナが先を促す。

「ええと。ついては今回の襲撃犯を追いかけるため単独で冒険者として行動することを許可する。考え直しませんか?あなたはここでの実績も、住人からの信頼も篤い。私も不馴れですからいろいろとご指導いただきたいのですが…」

 その申し出はありがたかった。けれども、彼女は自分が感情的になっていることを知りつつも、わがままを押し通したかった。

「私は、十年近くここで働いてきました。楽しいことも、頭を悩ませるようなこともいっぱいあったわ。けれど、だから。こんなことをしたあいつらを許せない」

 集落の住人はあの後、森都からやって来た審官によって全員が、それこそギルド職員まで全員が審判を受けた。公開していたため、もう集落に裏切り者がいないことは判明し、穏やかな日常が戻ってきている。だが。

「集落を抜けた蛙人族の扱いは、酷いものでした。あなたがそれを許せないことも理解できます。御武運を」

「ありがとう」

 自分の顔が強ばっていないか気を付けながら、そう返した。あんな風にめちゃくちゃにしたやつらを許すことはできない。本来正当な裁きを受けるべき立場であった、蛙人族の裏切り者。その遺体はアンデッドの実験体に使われていたと海都から報告が上がった。いくつもの遺体が無惨な状態で人工島の隠し部屋から見つかったそうだ。遺族には状態を知らせず、亡くなったことだけを伝えた。

 集落の中でも避けられるようになった彼らは、他の都市に全員が移住してしまった。

「それでは、こちらに署名を」

 差し出されたそれに記名して、引き継ぎを済ませてムジナは自宅へと帰った。


 挨拶は一通り済ませているから、もう出発できる。数日前から準備していた冒険者時代の装備を手にとって、テキパキと身に付けていった。

「さて、ここともお別れね」

 竹でできた一室、もう掃除してしまって殺風景だが、長い間ここで暮らした。ほんの少し、感傷にひたって。ムジナは夜に紛れて黄金郷を後にした。今年の黄金、実る稲穂を見ることができないのをちょっとだけ残念に思いながら。





「なんでこんなどんぶり勘定でやってこれたんだよ!?」

 劇団“comodo”の新しい財政担当、リードランは森都に向かう道中見せられた出納帳を確認しながら、悲鳴じみた叫びをあげていた。

「え?」

 クアトロが首をかしげている。四つあった腕は、今は二本しかない。スキルなのだろうか。

「いや、なんで必要経費もそれ以外もごっちゃになってんの?分けようぜ、それぐらい」

 再び出納帳を見るリードラン。布や衣装、魔術具は劇団であるから必須だろう。それはいい。しかし、

「このお菓子代とか酒とかまで必要経費に含めるなよ!?」

 というより最初から区別されていない。どれが必要で、削っていいものが一見して良くわからない。本当に書いてあるだけ、である。しかも金額も銅貨一枚とかではなく、炭酸水三本分、とか食事代三日分等と金額の記載すら無いものがあった。

「こりゃあやりがいがありそうだな…」

 えらいところに就職しちまった、とリードランは心中後悔する。

「まあ細かいところは気にすんな」

「そうそう、comodo(気楽に)いこうぜ」

 他の団員もリードランが頭を抱えているのをよそに、能天気なやつらばかりだ。

「しょうがねえ。俺がなんとかするしかねえか」

 この様子ではしばらく給料も出せないだろう。危機感と使命感をもって、リードランは劇団を改革する決意をした。





 人工島の一件が片付いて、カテリーナは自室の机から立ち上がる。これから十五夜会議に向けての資料も作らなくてはならないが、少し休まなくてはまともな思考ができないだろう。

 かつかつと足音を響かせて、風呂場へと向かった。森都製の薄衣を脱ぎ捨てて、魔術具に水晶を設置する。まもなく湯船にお湯が満たされた。

「ん…」

 かけ湯をして体を丁寧に洗っていく。海の中ほどひどくはないが、陸上でもそれなりに表面には汚れがつく。

「はあ。やはりこれくらい熱い湯がよいな」

 普段は鉄仮面と称される表情を緩め、うっとりと湯船に全身を沈めていく。海にも熱水の湧くところはあるが、陸上でこの贅沢ができるのはありがたい。全身に熱が染み渡り、ほかほかと体が暖まった頃合いを見計らって風呂場を出た。

「あれ、リナ?」

「ロッカ。珍しいなこちらの屋敷に帰ってくるとは」

 着替えて廊下に出たところで夫のロッカセンと遭遇する。彼は屋敷が仰々しすぎると言って滅多に近寄らない。たまに帰ってきては小遣いをもらって遊びに行くぐらいだ。

「うん。そろそろ仕事が一段落した頃かな、と思って」

「…」

 勘のいい男だ。いつも手伝わせようとすると行方をくらまし、時々違法な店で警備兵に捕まって留置所に帰ってくる。

「それで、いまからおやすみ?」

「ああ。そうだが」

「そっか。じゃあいっしょに寝よう」

 その言葉にカテリーナは整った眉をひそめた。怪しい。またなにかやらかしてきたのだろうか。

「まあ、邪魔をせんのならいいが…」

「しないよ、そんなこと」

 妙に上機嫌な夫は、ひょいとカテリーナを抱き上げて寝室に向かう。

「お、おい」

「なに?」

 いつもこうだ。油断すると唐突にこういった接触を図ってくる。しかも人形ひとがたをとってもカテリーナよりも腕力も上だから、なかなか抵抗しにくかった。

「疲れてるんでしょ?運ばせてよ」

「まあ、いいが。前から言っているが、人前ではやるなよ」

 気恥ずかしい以前に、部下達にこんなところを見られては士気に関わる。たくましい腕に、カテリーナはそっと顔を埋めた。


「さあ、ついたよ」

「ありがとう」

 柔らかな従鳥の羽毛を使ったベッドにふわりと下ろされて、カテリーナは飛びかけていた意識を引き戻す。もぞもぞと布団に潜り込み、枕を探すが見当たらない。どこにやってしまったのだろうか。洗濯しているのか?

「むう」

「どうしたの?」

 柔らかい枕がないと夢見が悪い。そのことを知っているロッカセンがいっしょに枕を探してくれるが見つからない。

「困ったね。だれか知ってるか聞いてこようか」

 ベッドに座っていたロッカセンが立ち上がろうとするのをそっと捕まえる。

「いらない。お前が枕になればいい…」

 待っていられない。今すぐ私は寝たいんだ。

「わかったよ」

 大きな手がふわりとカテリーナの頭を撫でて、ウミウシの姿に戻った。それに飛び付いて、カテリーナは目を閉じる。心安らぐ海のにおい。ゆるやかに上下する生き物の鼓動。なにより、この心地よい柔らかさ。自分でも知らぬ間に笑みを浮かべて、カテリーナはロッカセンをベッドにして寝息をたて始めた。


「かわいいよなあ」

 自分の上で眠る妻を見て、ロッカセンは満足げに呟く。彼女が自分の求婚を受け入れてくれたのは奇跡に近い。あのときは海神にいくつも歌を捧げたほど嬉しかった。

「ゆっくりおやすみ」

 いつも気を張っている妻が、自分の前では少女のようにあどけない表情で眠っている。キリリとした表情も好みだが、ちょっとだけ厳しいのでこっちが好きだ。

「夢見がいいようになにか歌おうかな」

 ロッカセンはゆったりとした歌を歌い始める。数奇な運命で結ばれた二人が、永い時を経て惹かれ合う物語。外に聞こえないように、彼女に届くぐらいの大きさで。ゆるやかに、感情を込めてたった一人のために喉を震わせた。



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