其の二十三
無事人工島から帰還したタロウ達は、小判鮫亭でゆっくりと休んでいる。あれから一週間が経ち、コウイチとミノリも二人部屋でくつろいでいた。
「忙しかったね、先生」
「まあな。と言うよりも巻き込まれすぎだろうよ」
げんなりとコウイチが呟く。どう考えても事件に出くわすことが多くなっている。タロウのせいと見て間違いないだろう。いや、黄金郷行きを言い出したのは自分だったか。
「でも、先生。楽しかった」
「あ?」
しんみりと言うミノリに、いつもとは違う感覚を覚えてコウイチは振り返る。
「ねえ、先生。一緒に来てほしいところがあるの」
穏やかに、それでいて揺るがない瞳をしたミノリがそう言った。
「わあっ!すごいねえ」
目の前を行く色とりどりの魚達にミノリが歓声をあげる。それをほほえましく見ながら、コウイチは疑問を口にした。
「そうだな。けどよ、お前らは見慣れてるんじゃないのか?」
ミノリと二人、小型の潜水船に乗って海の中に潜ったコウイチは、熱帯魚の群れの中をゆっくりと航行していた。
「ううん。前も言ったと思うんだけど、寒い地方の海だったからこれほど色鮮やかじゃなかったよ。どうしてなんだろうね?」
「わかんねえな」
地球でも珊瑚礁やゆったりとした海流、豊富な餌があるために熱帯域の海水魚は種類が豊富だが、極圏では種類が似かよってくる。
「棲みやすさ、とかじゃねえの?」
「そうかもね。あっちは冷たいところがいくつかあってさ」
潜水船の上半分を覆う透明なドームから、上を通りすぎていく黄色と黒の斑点模様、エンゼルフィッシュの仲間のようなものが群れをなして通りすぎていく。
「厳しいところだったのか?」
「そうかもしれない。でも、お兄ちゃんたちもお父さんもお母さんもいろいろなものを見せてくれたし、じいもいろんな所に連れていってくれたんだ」
氷河の薄い、光がきれいに反射するところとか、海獣の一族のいる陸の上とかね。とミノリは言う。
「家族に恵まれたな」
「うん。とてもいい人たちだよ」
目の前をタツノオトシゴがふわふわと浮いているかのように動いていく。コウイチはゆっくりと船を砂の上に下ろした。ぶわりと舞い上がった砂で、視界が白く染まる。驚いたようにハゼの仲間が飛び出していった。
「それでね、決めたから、先生には言っとこうと思って」
ミノリがこちらに向き直る。黒い瞳がひたむきにこちらを見つめていた。コウイチは少し躊躇して、見つめ返す。
「帰るよ、国に」
「…そうか」
なんとなく、そんな気がしていた。ほっとしたような、寂しいような。自分の気落ちに、コウイチは気づいていた。
「うん。それでね…、」
手を組み合わせて、ミノリが下を向く。ざあっと音がしそうなくらいの鮮やかなブルーの魚群が船を避けて、過ぎ去った後には太陽の光が水中のほこりを照らし出してすじをつくる。
「好きです。先生」
「…」
顔をあげたミノリに光が当たって、コウイチは美しく笑う女の姿を見た。まっすぐに、決然と好意を伝えてくるミノリは、もう彼の知っている生意気な不良生徒ではなかった。
「今度は、冗談にはしないから」
そう言った彼女に、コウイチは前世を思い出す。かつてこっそりと呟かれた一言を、コウイチは大人をからかうな、と言って、彼女は冗談に決まってるじゃん、と言い返した。
一緒にいてくれるだけでいいって言ったけど、やっぱり好きになってもらいたいの。とミノリが話す。
「けれど。私は帰ろうと思う。そして、自分で説得してまたあなたの傍に帰ってきたい」
だから、待ってて。と彼女は言った。踊るように翻った赤い魚がぐるりと渦を巻く。コウイチは、ミノリの目を見て。それからゆっくりとうなずいた。
「で、ミノリはモルさんと国に帰って」
「お主は沈みに沈んでおると。いやはや、羨ましいことこの上ない」
モルテルスとミノリが帰っていくのを見送り、タロウたちは延ばし延ばしになっていた海都の迷宮産出品の話を聞くため、ラグーン亭で冒険者達が来るのを待っている。
「うるせえ」
ぶすっとしたコウイチが睨み付けてくるも、その目に力はない。
「待っててって言われたんだろ?ならいいじゃんよ」
「そうだけどよ。なんか、ふがいねえっていうか」
「面倒な男だな、お主は。ん?来たようでござる」
酒場の扉をくぐって、魚人のパーティーが姿を見せていた。
「さてと、話はあらかた聞いたし、使えそうなものは買い取ったよな」
タロウはテーブルの上に広げた品と、書き取ったメモを見比べていた。犬のようなものが描かれたエンブレムは、怪物だけを引き付ける代物らしい。使い道は結構ありそうなのだが、量が多いため値崩れしているそうだ。
「それは、お前が持ってたら役に立ちそうだよな」
「俺もそう思うよ」
一番頑丈なタロウが持っているのが一番いいだろう。奇襲を喰らって撤退せずにすむようになるはずだ。次に…
「これは、何に使うものなのか」
ぶつけると悲鳴をあげるボール。これも値崩れしているほど大量に出回っているらしい。
「まあ、とりあえず持っとけば使い道があるかもしれないし」
ないかもしれないが。そして最後は…
「魔力を注ぐと水晶の中に雪が降るって。スノードームじゃねえか」
まさしくそれである。ただし、これは魔力が大量に奪われるため、ドワーフ製の改良されたものが需要を奪い、売れない。
「なあ、思うんだがよ。タロウ」
じろっとコウイチがこちらを見る。
「なんだ?」
「おまえ、がらくた溜め込むタイプだろ」
空き瓶のふたとか、包装紙とか。と続けるコウイチ。
「いや、まあ役に立つかもしれないだろ?」
そういうと今度はゴーシュが胡乱げな視線を向けてきた。
「そういうやつに限って、いざ必要になるともったいないとか言って使わないのでござるよ」
ちょっとだけ思い当たる節があったため、タロウは墓穴を掘らないよう口を閉じた。確かに、ゲームではエリクサーは最後まで余る。
「とりあえず中位の迷宮の情報は集まった訳だし。潜ってみるか?」
中位の迷宮はそれほど深くはないらしい。せいぜい十メートルぐらいなので、素潜りでもいけるだろう。
「まあ、いけるところまでやってみるかね」
「そうでござるな。難しそうならミノリ殿が戻ってきてからでもいけるでござるし」
二人の同意を得られたので、迷宮へと赴いたのであった。
「さて、今の時間帯は炭酸水か。今からの時期それなりに需要があるみたいだから瓶でとってくるかね」
十本一組の瓶を銅貨一枚で買って、ゴーシュに渡した。だいたい一本あたり五百ミリリットルぐらいだろうか。自動販売機で売っているペットボトルぐらいの容量だ。小さめのコンテナを背負うことができるように作ってあり、その中に一本ずつ配置していく。割れにくいようにできているらしいが、前衛よりは後衛が持っていた方がいいだろう。
「んじゃ、先に行くぜ」
腕時計を壁の時計と同じ十四時であるのを確認して、幻想的な針の時計盤を潜り抜ける。迷宮の中は昼のように明るい。中位は十六時から十八の間だけ夜になるらしい。基本的に外との繋がりはないらしかった。
「うわっ」
タロウが潜り抜けるなり、水面から魚の怪物が飛び出してきて盾にぶつかった。籠手で捕まえるとばたばたと暴れだす。
「刺魚でござるな。属性は水」
とがった口にあるノコギリ状の突起を指差し、モノクルをつけたゴーシュが解説してくれるが、次から次へと飛んでくるそいつらを吹き飛ばすのが精一杯だ。
「なんかこの状況懐かしい気がする…」
虹鮭の時も、こんな状況だったのだ。と、横に並んだコウイチが弾かれた刺魚を斬っていく。
「お、すげえな。こっちにこないでお前の方ばっか飛んでってるぜ」
水中に戻ったものは再びタロウめがけて飛んでくる。と、横から網がバサッと被さって、勢いのままにおろされた刺魚が光となって消えていく。
「便利でござるな」
納得したようにうなずくゴーシュ。黄金郷で失ったらしい網は、買い直されたようだ。効力を発揮したエンブレムをしっかりと装備して、タロウ達は水中へと潜っていく。
何度も攻撃を受けるが、タロウには傷ひとつ無い。タロウに群がっている間に魚型の怪物達はコウイチとゴーシュに切り裂かれていく。タロウも余裕があれば殴り付けて、あっさりと周囲の怪物の駆逐に成功した。
「はあっ。結構なんとかなるもんだな」
一度岸に上がり、装備や体調を確認する。二人を見るとそれほど疲れたようすもなかった。
「このまま炭酸水があるところまで行って、今日はしまいにするかね」
「そうでござるな。問題は時間でござろう」
ゴーシュの言う通り、奥まで進むのに時間がかかる。切り替わってすぐ入ったから間に合いそうではあるが、往復ぎりぎり二時間に足りるぐらいだ。水をとってくるだけなら大丈夫だろうが、探索までは難しいだろう。
「やっぱりここの迷宮は依頼を出して探ってもらった方がいいみたいだな」
「そうだな」
「うむ。そのように手配を頼んで、時々見に来るぐらいが妥当でござろう」
時間を惜しんで、再び湖に戻る。話によると、中心にそれぞれの水を宿すゴブレットが置いてあるそうだ。それを探してゆっくりと海面をうつ伏せになって泳いでいく。
そうして泳いでいるとごつんと頭になにかがぶつかった。顔を水面からあげると、小さな石造りの祭壇が目にはいった。
「あった」
祭壇には透き通った真っ黒なゴブレットが鎮座している。祭壇に上がって中をのぞき込むと、なみなみと水が入っていた。シュワシュワと泡が出ているから、これが炭酸水だろう。
「じゃあさっさともって帰ろうぜ」
同様に上がってきたコウイチがゴーシュから瓶を受け取り、ゴブレットを傾ける。瓶一杯になったゴブレットの中身はまるで減ったようにはみえなかった。
「よし、これで最後だ」
「では、急いで帰るとするでござるよ」
再びゴーシュが瓶をいれたコンテナを背負い、揺らめく時計盤を潜った。
「おつかれさん。炭酸水は十本で買い取りが銅貨二枚だな」
「えらく安いな」
コウイチが驚いた様子をみせると、ヴァルフレードが苦笑した。
「そうだな。瓶の分の値段を上乗せすると、こんどは売れなくなる。一杯板銅貨二枚ぐらいなんだが、だいたいのやつは味付けした炭酸水を瓶ごと、銅貨一枚で買うのさ。迷宮産ってだけで、それなりの値段になっちまう。普通の炭酸水ならそれほどじゃねえんだけどな」
高い嗜好品だ。日本の五倍近い値段になる。
「売らないんなら、あんたたちで飲んだらどうだ?味付けは雑貨屋で売ってるから好きな味を見繕って飲むといい」
「そうでござるな、そうさせてもらうでござるよ」
「だよなあ」
「ありがとうございました」
三人は礼を言い、ギルドを後にした。
雑貨屋に寄って、色も味も種類のある粉末を購入した。そのまま溶かせばいいらしい。タロウが竜宮特産の乳酸菌味。コウイチが炎都特産のジンジャー味。ゴーシュは森都の梅味。
「あのマグロ風味ってなんだったんだろうな…」
「考えるな、ジンギスカンキャラメルと同じものだと思うでござるよ」
マグロ味の炭酸水ができるのだろうか。疑問はあったが、試す勇気はこれに限っては必要ないだろう。ふと顔をあげると、まだ高い位置に太陽があった。これから、ようやく葉月。里にいた頃は雪が舞っていた。随分と早い月日の流れを感じて、ふと足を止める。
「どうした?」
「やっぱり買ってくるのでござるか?」
きづいた二人が足を止める。それにゆっくりと首を横に振り。
「なんでもない」
と答えた。さすがにタロウも、一緒に冒険してくれてありがとうとは気恥ずかしくて言えそうになかった。そのかわり宿に戻る途中で一瓶、高そうな酒を買って皆で飲むことにした。
「タロウ、お主何故マタタビ酒など買ってきたのだ?」
「なんかごめん」
二人の前では、酔っぱらったコウイチがイチリョウに絡んでいた。
「まあ飲めや、な?」
「いや、その。おいお前ら見てないで止めろよ!」
ガッチリと首根っこをおさえられたイチリョウが助けを求めてくる。
二人はため息をついて、コウイチを部屋へと引きずっていったのであった。
【Name刺魚 Lv15 skil:出血毒 HP20/20 MP 15/15 STR30 INT10 AGL25 LUC10】




