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三匹迷宮物語  作者: 九十
海都に
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其の二十二

 六角形の人工島の中で、“渡り鳥”傭兵団の頭ヴェスはのんびりと食事をしていた。金払いの良い依頼主からの仕事はいささかおかしなものばかりだったが、昨今さっこんの都市は自前の兵力を使うばかりで彼ら傭兵には仕事がない。団員を食わせるには金が必要で、ヴェスはこの仕事を引き受けたのだった。

「お頭、お茶とってください」

「自分でとれや…」

 団で一番の若手、デルフィーはまるで年上への敬意など持ちあわせていない。さっと魔法瓶に入ったそれを渡してやると、ありがとうございますと礼をいってコップに注ぎ始めた。

「そういや、今回の仕事は変なもんばっかりですね。物を運んでこいとか、警備をしてろとか」

「やめろ。仕事のこと以外の事情に首を突っ込むとろくでもないことになるぞ」

 ヴェスは苦々しげにデルフィーの話を遮った。しかしやつのいうことも一理ある。今回の仕事はいろいろと変なことばっかりだ。あっちに運んだものがこっちに変更になり、あげくのはてには海の上。しかもセイレーンが使役されている。正直気味が悪かった。

「ん?なんか物音がしませんでしたか」

 デルフィーの言葉に耳をすませると、確かに足音がした。

「なんだ?警報はどうなってやがる」

 扉には侵入者避けのアラームが鳴るようしかけておいたし、なによりセイレーンのおかげで上陸すらできないはずだ。鼻にシワを寄せてヴェスは部屋から通路をのぞく。この島は下にいくほど広い作りになる。通路は一本道で、仮に襲撃を受けても撃退は容易だった。

「おいおい、使い道が間違ってんだろ」

 顔の無い人形が通路をゆっくりと歩いてくる。あれは囮人形デコイだ。不定形の迷宮などで罠避けに先を歩かせたりする。が、ここでは単に来訪を知らせることになるだけ。とりあえず仲間の魔術師に後ろの侵入者もろともバラバラにしろと命じた。

「『風の主、我が自由を妨げし者共を神の身許へと送られん』」

 詠唱の完了と同時に魔術の大鎌が完成し、人形と後ろの侵入者を真っ二つにする。そのはずだった。

「おいおいおい、ちょっと待てよ」

「うそだろ…!」

 人形を真っ二つにした大鎌が次いで後ろにいた猪族の男に襲いかかるも、あっさりと手で払われて消滅した。ぎょっとして立ち上がると他の魔術師にも指示を出す。呆けていたやつらも慌てて詠唱に入った。

「ひっ」

 恐怖にかられてデルフィーが湯飲みを投げつけると、拳で砕かれた。それを見てヴェスは奥の手を取り出す。

「お頭、それを使うのは最後にしろって言われてたんじゃ?」

 部下の一人が見とがめてくるが、そんな場合ではない。手加減して勝てる相手ではなかった。相手の魔力を乱す散乱石の粉末が入った小瓶は高価なものだが、どんな相手だろうと動きが鈍る。ヴェスは長年の経験からそれを使う必要があると判断して投げつけて。

「いっ!?」

 衝撃を殺して受け止められ、投げ返された。パリン、と瓶が割れて粉末が飛び散った。と同時に完成した魔術が影響を受けて方向性を失い、あちこちに着弾する。

「おわっ」

「アブねえ!」

「いってえな、このやろう!」

 途端に仲間内で争いが始まり、ヴェスは収拾をつけようと怒鳴った。

「バカ野郎共!敵に集中しろっ!」

 その声にピタッと争う声が止まり。全員がヴェスに注目した。いや。自分の後ろを見ている?

 フッと差した影に後ろを振り返ると。

「ええと。まあお休みなさい」

 意外と若い声が耳に届き、拳が降ってくる光景を最後にヴェスは意識を失った。


「さてと。ずいぶん楽にカタがついたな」

 全員を拘束して縛り上げコウイチが呟く。

「まあ、油断してたみたいだからこんなもんだろ」

 タロウがテーブルにあるお茶と食事を指して言う。

「セイレーンが突破されるとは思っていなかったのでござろうな」

 ゴーシュが引き出しや荷物を探りより分けていく。手際よく事を進めるタロウ達に対し、ロッカセンが呟いた。

「あの、なんでこんなに手慣れてんの?」

 表情はわかりづらいが、心なしか距離をおかれているような気がする。

「いや、生きたまま捕獲する必要のある魔獣とかもいるし…」

 そういってはみたものの、そのあとしばらくタロウ達はロッカセンから距離をとられていたのであった。


「いかにも、ってかんじだな」

 最下層にあっさりと到達したタロウ達は、全体に金で装飾の施された扉の前に来ていた。所々明かりが灯されているが、ここはそれほど明かりが使われておらず薄暗い。

「まあ、その遺物ってヤツを使うのに必要なんだろうよ」

「そうねえ。ちょっと大がかりだけどこれぐらいしないと使えないでしょうねえ。でも、まだ発動してないわよ」

 ジャキータが扉の一角を指すと、まだ書き込まれていない場所があった。

「では、突入」

 タロウが扉に手をかけるとあっさりと開く。驚いたことに鍵はかけられていなかった。

「くせえ」

 コウイチが鼻を覆って顔をしかめ、ミノリの前に立って視界を塞ぐ。タロウも同感だが、それよりも目の前の光景が嫌悪感を募らせる。腐敗の始まった人の死体。それを前になにやらぶつぶつと呟いてランタンのような魔術具を見つめている。

「何故だ?なぜ完成しない。これさえあれば娘も蘇るというのに!!」

 痩身の男はこちらを見もしない。ただひたすらに目の前の紙になにかを書きなぐっては引き裂き、またガリガリと見たこともない魔法陣を書き連ねてゆく。

「おいおい、いっちゃってるんじゃねえの」

 コウイチがゾッとしたようにささやき、ゴーシュがどうしたものかと問いかけた。

「どうするのでござるか?」

「どうするって、まあ。捕まえて連れていく、っていうのでいいんだよな?」

 タロウがタキージャに訊くと、

「そろそろセイレーンがいなくなったから海都の精鋭が島についているはずよ。そこの男と一緒に引き渡せば良いと思うわ」

 と返ってくる。それじゃ、とタロウが一歩を踏み出したとき。

「あああああああああっ!!どうして、どうしてどうしてえええええええっ!!完成しない。あとほんの少しだというのに。どこだ?どこが間違っているというのだ?娘が、アイネが、もう少しで蘇ることができるというのにっ!!」

 床につくほど伸びた髪を振り乱し、頭をかきむしって男が絶叫する。その声の異質さにタロウは足を止めてしまう。気持ちが悪い。近づきたくない。感情が理性を上回って体が震えた。その間にも男の独白は続く。

「ん?そうか、そうだったのか。娘の体にはこんなものでは不相応だよな。もっとよい素体を。もっと美しい娘を連れてこなくては!!」

 血走らせた目がこちらを品定めするようにねめつけていく。じっと、男がコウイチに視線を合わせた。

「そこの。こっちに来い」

 先程とはうって変わった平坦な声色が、空いている台を指差してそう告げた。

「嫌にきまってんだろうが」

「何故?」

「何故って…」

 まるで自分のやっていることに疑問を持たない声が返り、コウイチがひどく困惑する。

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと黙って」

 コウイチの背後から進み出たミノリが見たこともない冷たい顔をしている。キュルルルル、とモルテルスが鳴いて、男のまわりに水の壁が出来上がる。詠唱することを忘れたミノリが一気に凍らせて、部屋の温度がぐっと下がった。

 壁ごと一枚の板のように凍った男は微動だにしない。いや、動けないのか。

「み、ミノリさん…」

 タロウが恐る恐る声をかけると。

「さ、帰ろう。ここは空気が悪いよ」

 にっこりと笑ってミノリが答える。タロウは彼女を怒らせるような真似だけはするまい、と心に誓った。


「さてと。彼らの事はあなた達に任せて良いのかしら?」

 島に到着した鮫族の兵士達にジャキータが声をかける。

「はっ!カテリーナ様よりそのように言付かっております!」

 一番装飾の多い制服を着た鮫族がそう答え、ついでタロウ達の方を向いて敬礼した。

「陸の同胞。協力に感謝する。セイレーンは我らにとって勝ち目の無い相手なのだ。…美女が多くてな」

 にっと口を歪めて見せる。見た目は怖いがそれなりに冗談もいうらしい。彼らにとってセイレーンが鬼門なのは、魔力に対する敏感さが違うかららしいと聞いている。どうも、魔力の捉え方が陸上のものとは違うらしかった。

「実は俺も見てないんですよ。そちらの三人がやってくれたことです」

 つまりジャキータ、モルテルス、ロッカセンはそれをものともしないほどの実力者ということだ。タロウ達はそれほど重要ではなく、見たことのある顔がいるか確認しろ、ぐらいのことなのだろうと思っている。

「そうか。しかし散乱石まで用意しているとはな。やはり陸の事は陸のものに任せるに限る。あれも我らにとっては厄介な代物でな」

「そうなんですか」

「ああ。とにかく感謝する。これで王都からの船も無事に海都につくことだろう」

 では、と縛り上げられたものや再度氷付けにされたあとガチガチに鎖で縛られた狂気の男が連行されていく。日の光のもとで見る男は、冴えない研究者にしか見えず、あの不気味さはどこにも見当たらなかった。


「そういえばロッカセン殿」

 確認を終えた鮫族の男が振り返り。

「なに?」

「女性がお好きなのはわかりますが、ほどほどにお願いしますよ」

 私たちもカテリーナ様の夫を逮捕するのは気が引けますからな、といって去っていった。

「おっと?」

 タロウが繰り返すと。

「知りませんでしたかな?こやつはカテリーナ殿の伴侶ですぞ」

「そうよ。あのリナが!ってみんなびっくりしたのよねえ」

 今では納得してるけど。とジャキータが呟く。

「今回おれ活躍したよね?リナおこづかい上げてくれるかなあ」

 銅貨三枚から五枚くらいに、と言うロッカセンに、タロウは今日一番の衝撃を受けたのであった。



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