其の二十一
それから三日の後。タロウ達は人工島の近くへと迫っていた。速度を緩めたジャキータがタロウ達に告げる。
「そろそろ着くわ。セイレーンの歌声が聞こえると思うけど、教えた通り耳栓つけてね」
「わかりました」
船内にあった魔術具の中から小さな箱に入ったそれをとりだしてみんなに配る。
「なあ、これ大丈夫かよ?材質がコルクっぽいんだが…」
不安そうにするコウイチにミノリが提案する。
「そうだね、じゃあ先生つけてみて?私がなにしゃべってるか当ててみようよ」
言われた通りコウイチが耳栓をつけ、ミノリがしゃべる。
「先生は男子生徒からも人気がありました」
「ぶっ!」
タロウはミノリの暴露に飲んでいたお茶を吹き出した。
「?聞こえねえな」
本当に聞こえていないらしいコウイチが首をかしげる。
「先生の隠し撮り写真が一枚二百円で売られているのをとっちめたことがあります」
「現実的な値段なのが怖いでござる!」
ゴーシュが叫ぶ。コウイチは本当に聞こえていないらしく、
「すげえな、これ」
と笑顔でミノリに話しかけていた。
「さて、聞こえて参りましたな」
「そうね。ロッカ、いつまですねてるの。あなたも手伝いなさいよ」
「あんなひどいことしといてそれいう?」
ぐねっと身を捻ってロッカセンが抗議するも、二人の海族は意に介さなかった。実際ロッカセンの体は傷ひとつついてはいない。船の操縦に配慮していたのは確かだろうが、それだけでは海の魔獣どもから攻撃を避け続けるのは難しいだろう。
「帰還すればカテリーナ殿が誉めてくれますぞ」
「そうよ。こんなすごいこと成し遂げたらモテモテになるわよ」
「そ、そうかな…。よし、いっちょやりますかね!」
ロッカセンはモルテルスとジャキータの間を泳ぎ、前を向いた。前方には六角形の島。その岸辺に座った女性がこちらを向いて世も妙なる美声で歌い始めた。切なく、また自分を捨てた男をなじる声は悲痛に満ちていた。大抵の男ならその声に囚われてあっさりと命を落とすだろう。それだけの力を歌声は持っていた。
「ひどいことするねえ。あれ、中身と外が別人だよ」
のんびりとしたロッカセンの声だが、すこしだけ嫌悪感をにじませている。
「ほんと。悪趣味なやつがいたものね」
「外側は成人女性の遺体を使ったのでしょうが…、中身はなんでしょうかな」
あまりにも美しいものは時として自らの人生も他人の人生をも狂わせる。生前も美しかっただろう白い面を切なげに歪めて、彼女は高らかに歌い上げる。美しくはある。だが。
「醜悪きわまりないですな」
モルテルスはそう断言した。中身と外見がまるで釣り合っていない。外側の体ははかなげな美女と言ってよい。しかし、その魂は勝ち誇ったような笑みを浮かべる整っていながらも醜悪な女の姿。
世を去ったもの達がさまよい出るのが幽霊、他者の肉体を乗っ取って害をなすものは生ける屍と呼ばれる。通常のセイレーンは幽霊だが、眼前のそれは生ける屍というべきものである。
「どちらも悲しいことにはかわりはないわ。きっちり神の身許におくってあげる」
「では、ちょっとだけ」
すうっとロッカセンが息を吸い、セイレーンに向かって歌いかけた。ほどよく響くテノールは空気を震わせ、海をも震わせてセイレーンの元まで届いた。セイレーンがびくりと震え、よりいっそう歌声を張り上げる。しかし、それをあやすように包み込んだロッカセンの声が早さを変え、音の高さを変えて圧倒していく。
「あいもかわらず、本当これだけは巧いわよねえ」
タキージャがほう、と息をついて声に耳を傾ける。ほとんどなにもできない男だが、歌だけは最高級品といってよい。女性の前で歌えばあっさりと靡くだろうに、気分が乗らない、なんかやだといって歌わない。
「本物を見ることしかできぬ男ですからな。それゆえ、神もやつに加護をお与えになったのでしょう」
モルテルスですら他に聞いたことのない歌声だ。おかげでモルテルスは他の歌い手の歌を聞きたいと思えなくなってしまった。
やがてロッカセンの歌声がセイレーンを上回り、歌声が可視化されて彼女の周りを渦巻き始める。穏やかな色調のそれがゆっくりと狭まって、魂もろとも動きを止めた。
「『遠き国にて我らを見守る父よ、母よ。今あなたの娘がそちらに参る。どうか罪を洗い流し、その慈愛によってこの魂をお救いください。我らはあなたたちによって創られた。愛を受けるために生を享け、愛を育み伝えるために生きている。そして今、愛を失いさ迷う娘がここにいる。どうか親の愛情をこの娘に注いでください。この娘の肉体と魂に永遠の安らぎをお与えください』」
ジャキータが詠唱を進めるにつれてセイレーンに光が降り注ぐ。消滅ではなく救済を与える最上位の聖魂魔法が発動する。吹き荒れる光の花びらがセイレーンを覆い隠し、それが消えた後には何一つ残ってはいなかった。
「やるねえ」
「お見事」
「いやあねえ。ここからが本番でしょ?あの子達につたえなきゃ」
ジャキータは船に乗る四人に声をかけるため、そちらへと向かった。
「何してるの?」
船を覗くと、四人がおかしなことをしていた。手を空中にペタペタとやったり、壁の向こう側でしゃがんだり伸び上がったりしている。
「?」
「あ、ごめんなさい。取っていいわよ」
手で耳の辺りを指すと、ようやく耳栓をとって話ができるようになった。
「早かったですね。セイレーンはもういないんですか?」
「ええ。それよりあなた達いったい何をしてたの?」
「故郷に伝わる由緒正しき芸術です」
「そう。まあいいわ、島に上がるから準備してね」
タロウ達は頷いて装備を確認する。ジャキータが去っていくのを見ながら、ミノリがぽつんと呟いた。
「人がお仕事してるときに暇だったからパントマイムしてましたとは言いにくいよね」
「いや、だって他にすることなかったし」
「これはまた、本格的に作ったもんだな」
コウイチが苦笑する先には地下へと続く階段があった。頑丈そうな扉は金属でできているようで、叩くとガンガンと音がする。
「ふむ。では某にお任せあれ」
タロウと位置を変わったゴーシュがそっと手を触れ、しばらくじっとしていたかと思うとぐにゃりと金属の扉が開いた。
「すごい!」
「やるわねえ」
ミノリが声をあげ、ジャキータが感心したように声をもらした。
「それでは、タロウ」
「はいはい。ほいっと」
船に積まれていた魔術具をとりだして中に放り込む。さっと人形をとったそれは、通路に合わせた大きさとなって進んでいく。迷宮などの罠を警戒するためのものらしい。
「それじゃ。みんな装備品はつけたよな?」
タロウが見回すと全員がうなずいた。それぞれ毒や呼吸に関する守護の効果のある迷宮からの産出品を身に付けている。それを見たタロウは、盾を構えつつ階段を下り始めた。
「そういえば、カテリーナさんはジャキータって呼んでましたけど…」
タロウの質問にジャキータが答える。タロウは飛んできた湯飲みを拳で打ち砕いた。
「本名はタキージャ・ヤジターキ・ジャキータよ。ジャキータが名前の部分なんだけど、ややこしいからみんな好き勝手呼んでるの」
確かにややこしかった。タロウも好きに呼んでいいと言われたのでそうすることにした。飛んできた何かが入っているらしい瓶をそっと受け止めて投げ返す。続いて気になっていたことを聞いてみる。
「タキージャさん武器は持ってないんですね。退魔師ってそういう職業なんですか?」
地球上なら海の中でも強い方に位置すると思われるが、こちらでは勝手が違うのだろうか。
「いいえ。退魔師でも戦える人は一杯いるわよ?アタシは若いときにちょっとやんちゃしてね。戒めがかかってるから暴力は禁じられてるの」
「そうなんですか」
やんちゃ、の内容は聞かないことにした。暴力すべてが禁じられるとかいったい何をしたのやら。
「ところで、こちらからも聞いていい?」
「なんですか?」
次々と飛んでくる魔術を払いのけ、矢と槍を盾でしのぎながらタロウが振り返る。
「あのね、あなた本当に獣人族?本当は竜が化けてるとかじゃない?」
「いえ、ちゃんと獣人なんですけど…」
そう返すと。
「そうなの。アタシが神都で引き込もって仕事している間に、獣人ってのはすごい進化を遂げていたのね…」
ジャキータはしみじみとそんなことをため息と共に吐き出した。
侵入はあっさりとばれて、タロウ達は手厚い歓迎を受けていたのであった。
人形は一撃でお亡くなりになりました。
プロローグを修正しました。コウイチさんの勤続年数がおかしかったよ。設定をあとからいじるとああいうことになるとよくわかるね…(反省)。
【Nameセイレーン Lv20 skil:歌姫 穢土神の加護 HP=MP 80/80 STR30 INT30 AGL25 LUC30】




