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三匹迷宮物語  作者: 九十
海都に
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其の十九

間に合わず。無念。

 話をすることを断ったが、ではこれだけでも、と編みタイツをタロウに渡して男は去った。綺麗に折り畳まれた編みタイツを手に、タロウは途方にくれた。赤と黒の二種類。当然だがはきたくはないし、かといって捨てるのもためらわれ、結局荷物の中に押し込んだ。



「なんかちょっと見ない間にやつれてねえかお前」

「何でもない。それより、宿を探そう」

 三時になり集まった面々は宿を探して歩く。しかし、なかなか空いている所が見つからない。気づけば再び神殿の前へと戻ってきていた。

「某は野宿でも構わぬが」

「そうだな…」

 タロウ達が話し合っていると。

「宿がないのでしたら、ここに宿泊されればよろしいですよ」

 神殿から出てきた人間族の男がそう声をかけてきた。食事も些末ながら出るというので、それに甘えることにした。

「しかし、錬金術師ってのはとんでもない連中だな」

 出された食事をつつきながらコウイチがひとりごちる。食事は豆のスープにパンが二切れ。十分に塩と胡椒が効いており、量も申し分なかった。

「それ。私あんまり知らないんだけど、どういう人たちなの?」

 ミノリが首をかしげて聞いてくるのに、コウイチが珍しく教師らしい一面を見せた。

「そうだな。広義のセーフティネットみたいなもんだ。共通語を僻地に教えにいったり、都市以外の村や町、集落で無償で治療したりする。たしか里の方にも時々来てたな」

「そうでござるな。だが里には迷宮がないので、長期の滞在はしなかったが」

「まあ、文字も技術も俺等は幼少期からほとんど習っちゃうからな」

 義務教育と近いものはある。ただし、戦闘技術が優先されやすいが。

「へえ。でも、それだと専門にやってる人とけんかしちゃわない?」

「あいつらがやってるのは基本的にボランティアだ。医者にかかりたくても金がねえ、なりたいものがあっても知識が足りねえ、そういったやつに手を貸す。一家の働き手が急に亡くなって、食うにも困るやつには補助を。やりたいことがあっても知識がねえやつには知識を。商人が相手しない貧乏人連中が相手だな」

 それでいて、贅沢は信仰に関わるもの以外はしない。教育者の鑑ともいえる徹底したスタイルは審官とならんで評価が高い。

「それなら、本当に困る人はいなくなるんじゃない?」

 ミノリの言葉にコウイチは難しい顔をする。そうならないのが現状であった。

「ところが、だ。楽をしたがるのは人の性ってやつかね。働くよりも強盗や詐欺、盗みの方が簡単に金が手に入るってことになったらそれをするやつがいる訳だ」

 善意だけでは人の世は回らない。自分とは違う他人の存在がある限り、人の痛みに鈍感なものは必ずいるといっていいのだろう。

「実際、技術を教えられたやつが賊に成り下がったりするからな。それでもめることもあったんで、現在の錬金術師は制限が強い」

「具体的には師弟制度になっているのでござるよ。一人につき一人の弟子を責任をもって生涯導く。まあ、読み書き計算と治療ぐらいなら目こぼしされているのでござるが」

「こんがらがってきた…。それじゃあどうやって生活してるの?」

「迷宮品を卸してるな。それで得た報酬の余剰分を人に施す。嗜好品や贅沢品は買わねえから、ストイックな生活と言えなくもない」

「それはすごいねえ」

 そんな風に話をして、空いている部屋を借りて眠った。大街道には神具が埋め込まれているので魔獣の心配はないし、金目のものがほとんど無い錬金術師の神殿に盗みに入るような賊はいなかった。


 川をくだる小型の船に乗り込んで、タロウ達は海都を目指す。船を引いているのは小型の亀だ。ゴーレムの一種らしいそれはなかなかの速度でタロウ達を海都へと運んでくれた。

「ありがとう」

「いえいえ。またのご利用をお待ちしてます」

 銀貨五枚を払って門の前で下ろしてもらう。ちょうど門番がやってきて、始めてきたときと同じ審官が魔術を使った。

「ふふ、モルテルス様、お可愛らしい」

 品よく笑う彼女は相変わらず体の線がまるわかりな真っ赤な衣装を着ていた。

「いえいえ。お嬢さんには敵いませんよ」

 にこやかに会話する二人。今度は酔わなかったゴーシュがあきれた顔でそれを見ている。

「それでは」

 会話を切り上げて一行は小判鮫亭へとむかった。


「なんか騒がしいな」

「そうでござるな。どうも落ち着かぬ空気でござる」

 商店が並ぶ通りだけ怒鳴り声や喧嘩腰の声が聞こえてきていた。小判鮫亭へ入るとタキージャが出迎えてくれる。

「あら。おかえりなさい」

「ただいま。タキージャさん、部屋は空いてますか?」

「ええもちろん。なんだか、来るはずの船が着かなくってお客さんも人が少ないのよね」

 タキージャによると、王都からの船がいくつかこちらについていないらしい。輸入業者や商人達はそれで殺気だっているそうだった。

「ミノリはかわいいんだから絡まれないように気を付けてね。それで、同じ部屋がそのまま空いてるけれど、どうする?」

「じゃあそれで」

「はい、鍵」

 鍵を受け取ったタロウ達はそのまま部屋に荷物を置いて、ギルドに向かうことにする。


「おう、タロウ達か」

 ギルドもなんだかざわついている。ヴァルフレードに集落での経緯と預かったキリーとムジナの手紙を渡し、依頼表を渡すと手続きを済ませて料金が支払われた。

「なんだか大変だったみてえだな」

 労ってくれるヴァルフレードにタロウも色々と尋ねてみた。

「船がつかないって聞きましたけど、ギルドが騒がしいのもそのせいですか?」

「いや、こっちは別件だ。まあ気にすんな。船の方は海都の鮫連中が当たってる。それより情報売るってやつが集まってるが、いつ頃にするよ」

「そうでござるな。三日後あたりでよいと思うが」

 ゴーシュの意見を取り入れて、三日後午後二時にギルドの経営するラグーン亭で待ち合わせをすることになった。


「おう、早かったな」

 小判鮫亭に戻ると今度はイチリョウが出迎える。

「なんか船がつかねえっていってたが、ここは大丈夫なのか」

 コウイチが声をかけるとイチリョウは肩をすくめてみせる。

「なに、うちはここの近くで捕れたもんしか使ってねえからな。困ってるのは珍しいもんを扱ってた店ばっかりだ」

「そうなんですか。よかった」

 ミノリが安心したように笑みをこぼした。それをみてイチリョウも笑って返す。そうして雑談をしていると、一人の男が入ってきてモルテルスに向かって突進してきた。

「モルルン!どうして通報なんかしたんだよ!おかげで今まで留置所に閉じ込められてたんだけど!」

 瑠璃色のうねるような髪と、少し太めの体格をしたその男はモルテルスを壺ごとタロウから奪い取る。

「覗きのような犯罪をしているお主が悪いのだ。少しは頭が冷えたか?」

 持ち上げられても動じずに、モルテルスが切り返すと男はむすっと押し黙る。

「覗きはダメですよ、ロッカさん」

「はい。ごめんなさい。でも、それを教えておいてくれてもよかったと思うんだ…」

 あっさりと反省してみせた男はこちらを向き直る。

「どうも、はじめまして。イセ・ロッカセンです」

 眠たげな目をした男は、タロウ達三人に向かってそう告げた。



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