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三匹迷宮物語  作者: 九十
誘い
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エピローグ

 朝から続いた祝祭も佳境かきょうを迎え、あちらこちらにある燈籠とうろうに火がはいる。贈り物として客に振る舞われた食材も底をつき、職人達が屋台をつらねた。あつらえられた舞台の上では、金彩色の衣をまとった美女が舞い踊る。


「あーあ、もう少しで終わっちゃうね、お祭り。あっ、あのお好み焼きおいしそう!あっちのベッコウアメもいいねえ。ユリトキ?ユリトキってば!」

「お?おお、わりい。ぼうっとしてたわ」

「もう、今日はずっとそんな感じだね。どうしたの?」

「ん、いやまあな。見てただろメイノ。朝のキヨタカさん達のあれ」

 ユリトキの頭には二人の試合の場景が焼き付けたように残っている。美しかった。あの怪物と戦ったとき、攻撃の要である自分は最後になるまで役に立てなかった。スキルの制限が厳しかったこともあるが、それ以前に高価な魔具を持っていたにもかかわらずあのざまだ。



 いままで攻撃を弾くような相手と出会ったことはなかったし、剣技も磨いてきたつもりだった。甲殻土竜でさえ一刀両断してきたし、戦神の加護も得て浮かれていたところに今日のあの試合。まだまだ自分が想像すらできない強者がいるのを知った。


「そうだね、すごかったよね」

「おう。オレはまだ弱いな」

「今はね」

 あっさり肯定して見せるメイノ。けれど、と続ける。

「ユリトキ、昔のこと覚えてる?まだ私よりちっちゃかったユリトキが、ずっとわたしの後ろを付いてきていた時のこと」

 まだ剣もうまく使えず、メイノの背中に庇われていたときの自分。

「おう、覚えてるぜ」

 今思い出しても情けない思い出だ。負けずぎらいで、弱いくせに気ばかりが強くて、いろんなやつらにバカにされていた。そのたびにメイノがあらわれて、ユリトキを何度もはげましてくれた。


「あの時のユリトキは今よりもずっとちっちゃくて、弱かった。けれど今は狼人族一の狩人で、わたしと一緒に戦ってくれる自慢の旦那様」

 今のように。いつも一緒だったメイノは、ユリトキのことをよく知っている。恐らく当のユリトキよりも。そのことが悔しいやら嬉しいやら、すべてが良い感情ではないかもしれないけれど、ユリトキはメイノを伴侶に選んだ。一緒に歩いていくパートナーとして。共に生きる自分の片割れに。


「だから、大丈夫。これからもっともっとユリトキは強くなれるよ。私が言ったこと、本当になってきたでしょ?」

「おう、そうだな」

 信じて強くなっていけばいい。自分の惚れた女といっしょに。これからもずっと。







 賓客達や酔っぱらった古老達の相手を終えて、祝祭の主役達は館で一息ついていた。



「はあ、疲れた。っていうかちょっと気持ち悪い。なんでみんな挨拶に酒を持ってくるんだよ」

「ははは、仕方あるまい、武人というのは酒飲みが多い。もちろん酒を飲まぬ御仁もおられるがな。ほら水と薬だ」

 本当に気の利く嫁だ。顔を会わせたばかりの里のものともすぐ打ち解けたし、今日はキヨマサの補助に徹してくれていた。



「ごめんな、こっちきてからあんまり休めていないだろ?」

「気遣いは無用だ、キヨマサ。私は幼い頃から冒険者だし、娘達は里のおばさま方が世話をしてくださっているから心配ないよ。これぐらいの忙しさ、魔獣の群れと砂嵐が一緒に来たときに比べればどうってことはないさ」

「俺が寂しいんだよ。一日もおまえや娘達の顔を見れないときだってあるんだ」

 少しすねた風に口を尖らせるキヨマサ。


「ば、馬鹿。なにを言っているんだお前は。王ともあろうものがそんな子供みたいなことを」

 そっぽを向いてしまうミレイア。男っぽい口調で話す彼女だが、こういった可愛らしいところがある。一緒にパーティーを組んでいた時期が長いので、たまに逆襲にあうこともあるが、キヨマサは彼女をからかってその照れた表情を見ることを生活の一部にしていた。


「いやあ、正直親父に勝てるとは思ってなかったんだよね。昔っから冗談じみて強かったし、俺が竜に連れ去られそうになったときもあっさり追い払ったりしてさ」

「おまえやここの猛者からもそれと良く似たような話をいくつも聞かされるが、にわかには信じがたいな」

 竜族は同じ階級でも能力値は倍近い。それと渡り合うならば相手の倍の階級でなくては釣り合わないが、階級は上がれば上がるほどひとつ上に行くのは難しくなる。二〇より上は一つのことに長い時間をかけるか、死闘を繰り広げなければ上がることはないとも聞く。


「まあそうだろうね。親父昔に比べて丸くなったし。でもやっぱり手加減されてたんじゃないかなって思うんだよね」

 脳裏をよぎるのは魔獣を殴り飛ばし、竜に頭突きするありし日の父の姿。


「いや、試合を見ることはかなわなかったが、恐らくそれはないだろう。もし手を抜いて王位を譲れば、大勢の武人や戦士の前だ。お前はあなどられるし、その後の施政にも影響が出るだろう。それになにより、武人としてのお前に対して最大の侮辱ではないか。そのようなことをなさる人柄にはみえなかったぞ」


 きっぱりと否定され、キヨマサは驚く。確かにそのようなことをすれば列席した武人の同意を得ることはできなかっただろう。視野が狭くなっていたらしい、自分のことしか見えていなかった。


「ミレイア、君がいて良かった」

「な、なんだ?そんなに私を恥ずかしがらせて何を企んでいるんだ!」

「それはもちろん、もっと恥ずかしいことを…」


 キヨマサがミレイアに近づこうとすると、ドタドタドタッと音がして、二つの影が飛び込んで来る。



「ぱぱ!」

「まま。」

 一人はキヨマサの腹にタックルをかまし、もう一人はミレイアにピトリとしがみつく。ライリンとフウランだ。


「お仕事終わった?遊べる?」

「うん、終わったよ。なにして遊ぼっか」

「見知らぬお兄さんにこれもらった。ぱぱ食べる?」

「え、ちょっ知らない人から貰ったものは食べちゃダメって言ってるだろ?」

 ちょっぴり邪な気持ちを抱いていたキヨマサは混乱しながらも娘達の話についていく。


「食べてない。もらっただけ」

「お礼は言ったか、フウラン?」

 フウランを抱き抱えながら、ミレイアがどこかずれたことを聞いている。

「いった」

「そうか、よくできました。さすがは私の娘だ、ふふ、良いタイミングだったな」

「たいみんぐ?」

「うむ。今お前達はけだものを一匹退治したのだ、えらいぞ」

 キヨマサを見てニヤッと笑うミレイア。キヨマサは苦笑して密かにリベンジを誓い、娘達のために屋台巡りをするのだった。







 館の庭を見下ろせる高台に、古老達が集まって酒盛りをしていた。

「やれやれ、ようやっと次の王が決まったわ」

「そうぼやくな、虎の。なかなかよい式だったろう?」

「まったくじゃ。キヨタカが十代目を継いだときに比べれば真っ当な式であったろう」

 ふん、と鼻息で返事して酒を勢い良く流し込む。


「あやつのときは九代目もそうだが、ヨシノ様もでかい博打ばくちを打たれたとしか思えん暴挙であったわ」

「しかしその博打が功を奏して、見事勤めきったではないか」

しかり。案外やってみなくてはわからんこともあったものじゃ」

「ヨシノ様も私の一人勝ちよとあの世で笑っておられるじゃろうて」

「そういえばキヨタカはどこにいったのじゃ?キヨマサはあそこにおるが」


 家族四人で屋台を回る十一代目虎王キヨマサを見下ろして目を細める古老達。


「うむ、よき嫁ごじゃ。しっかり手綱を握っておるわ」

「可愛らしいのう」

「花の妖精みたいに可憐かれんじゃのう」



「ああ、そうか。キヨタカは王樹おうじゅのところじゃろ」

「なるほど。確かにあの男なら一人酒と洒落こんでおるだろうの」

 王樹とは森都にある木を狩人が里に持ち帰り、新しい王が植樹するもので、世話も王が行い一年に一度その木に花や実をつける。不思議なのは世話をする間にまったく違う種類の木になってしまったり、花がつかずに実だけったりして、王によってまったく違う成長を見せることだ。そしてなにより不思議なのは、王の死と共にれてしまうのである。



「先先代、九代目は椎ノ木(しいのき)じゃったの。生った実をよう分けて貰ったわ」

「旨かったのう、あれは」

「お主ら、食い意地が張っとるのう」

「ふっふ、照れるの」

「誉めとらんわい、まったく」

 げんなりとした様子の虎人族のおきなは、しかし、と嘆息する。


「あの花は見事であったな」




 当時王をついだばかりのキヨタカは、豪の者としては知られていたものの、どちらかというと力が強いだけの乱暴者のように思われていた。故に木を世話してやるようなことはできず枯らしてしまうか、実のある食べられる物にしかならないだろうと。


 当の本人も食べられる物が良いとか世話がめんどくせえとか散々なことを言っていたので、誰も期待はしていなかった。だが、たった一人。九代目の娘で、キヨタカの妻となったヨシノだけが、絶対に花が咲く、と言って曲げなかった。

 ならば、賭けをしようじゃないかということを言った男がいた。どのような木になるか皆で賭けをして、もしあなたが勝てば我らはあの男に従うが、我らが勝てば王の首をすげ替える、と。


 キヨタカは強かったが、それまでの王に比べて若かく、未だ納得していないものもそれなりに居た。ヨシノはそれに乗り、見事な花が咲くの一点張り。他の者は花のつかない木か、実の生る物を選んだ。その日から他の手助けが入らないように、すり替えが行われないようにと木の回りを見張り、一日も欠かされることなく続けられた。勿論もちろんキヨタカは預かり知らぬことである。




 そうして迎えた翌年の冬。王樹は見事に花をつけた。


 キヨタカの身にまとう色とそっくり同じ、真白ましろ椿つばきを。






「よう、ヨシノ。あいつは立派に男に成ったぜ」

 王樹の根本に座り込み、杯を掲げて語るキヨタカ。先代、今は先先代となった九代目と同じ病であっさりとってしまったヨシノ。最期まで笑っていた強い女の記憶は、キヨタカに他の妻をめとることを拒絶させた。降るような見合い話に逃げを打ち、キヨマサには苦労をかけたが、あいつの子であるキヨマサは真っ当に育った。


「色々得るもんもあったしな」

 ゆったりと酒を飲みながら、かたわらに置いた青竜刀を手に取った。




 見るものの無い月下の白椿

 虎が舞う一人舞台




 幽玄を体現する武人の、妻へ捧げる酔剣舞。



 ただ一人のためだけの、祈りであった。







【Nameメイノ Lv15 Age16 skil:幸福共有 守護神の加護 HP60/60 MP30/30 STR30 INT30 AGL25 LUC30】


【Nameユリトキ Lv15 Age16 skil:乾坤一擲 戦神の加護 HP60/60MP20/20 STR40 INT20 AGL40 LUC20】


【Nameキヨタカ Lv50 Age60 skil:場在戦場 HP99/99 MP50/50 STR40 INT45 AGL40 LUC45】


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