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三匹迷宮物語  作者: 九十
海都に
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其の十六

 前回に引き続き、残酷な描写あり。

 種子を保管する蔵の、防御魔法が破られた警報アラートが鳴り、ムジナは保存蔵へと駆けつけていた。巨大化した植物たちは、全て品種改良の賜物である。適切な温度、湿度、魔力に日射量。それらを駆使して作り上げた産業を、みすみす奪われるわけにはいかなかった。

「あなた達は周囲の警戒を」

 引き連れてきた数人を外に待機させ、ムジナは扉を開けて中に滑り込んだ。…おかしなところが見当たらない。品種ごとにラベルが貼られ、瓶に保管されたそれらは今週点検したときのままだ。

「どういうこと?」

 慌てていて気づくのが遅れたが、思えば扉はこじ開けられた様子はなく、ただ(・・)開いていた。はっとして入り口に戻る。

「内部犯か!」

 蔵の外には、負傷した部下と対峙する蛙人族の姿があった。

「セシル!あなたが?」

 セシルと呼ばれた蛙人族の女は、ゆっくりとムジナの方を向く。焦点の定まらない瞳が、豪奢なつくりの杖を掲げた。

「っ!」

 詠唱無しに飛んできた魔術に手の甲が削られる。金の魔術だろう、とムジナは自分の不利を悟った。彼女が得意とする木の魔術では競り負けてしまう。何より気にかかるのは、セシルの虚ろな表情だ。操られている?何に。そして、何のために。

「あなた達はギルドに戻って!陽動かもしれないわ」

「しかし!」

 思い当たるのはとらえた賊たちのこと。渋る部下をそちらに追いやり、目の前のセシルに意識を戻す。どうにかして彼女を取り押さえなければならない。首から下げた媒体をぎゅっと握り、詠唱を始めた。

「『実り多き木々の王。彩り麗しき花弁の担い手。我が呼び声に力を貸し、御敵を拘束したまえ』」

 セシルの足元から急速に伸びた蔓が彼女を包み込む。が、内側から切り刻まれてあっさりと霧散した。ついでのように金属の破片が雨のようにムジナの上に降り注ぐ。

「こんな規模の魔術を使って、あなたがもたないわよ!」

 届かぬだろうと思いながらも、ムジナは彼女に話しかける。セシルはなにも答えぬまま、再び杖を振り上げた。



「おい、どうしてあっちこっちで鐘が鳴ってるんだよ!」

「知るか!」

「おい、あっちは本当に火事だぞ!」

 黄金郷は混乱の真っ只中にあった。あちこちで火事を知らせる鐘が鳴り、火の手が上がっているところも少なくない。

「どうなってんのかね」

 今しがた二階に取り残されていた蛙人族の子供を胸に抱いて飛び降り、コウイチはぼやく。どこもかしこも混乱している。何者かの襲撃を受けていることは確かだが、その姿が見えないのは不気味であった。

「怪我をされたかたはこちらに!重傷者を優先して!」

 ミノリは臨時でできた病院に、重傷者を最優先して治癒魔法を使っていた。軽い火傷や傷を負ったものは集落の薬師と医者が見ている。

「おい、崩落するぞ!離れろ!」

 まるで油でもかけたような燃え方をした家が、みるみるうちに焼け落ちていく。ズズッと屋根が滑り落ち、辺りに大量の埃が舞った。



「どこに行った!?」

 モルテルスを抱えてタロウを追ったゴーシュは、見失ったタロウを探しながらも消火活動を行っていた。モルテルスがキュルルルと幾度も鳴いて、次々に消火していく。

「どうもあちこちで魔術が使われていて、気配を捉えにくいですな…」

 いつになく真剣な顔つきをしたモルテルスが髭をそよがせるも、なかなか捜索が進まない。

「助けてください!中におばあちゃんが!」

 体を煤まみれにした女性がゴーシュにすがり付く。彼女が指す方をみやり、ゴーシュはうなった。

「焼け落ちそうでござるな…」

 生前はそれを見誤って迂闊にも命を散らした。支える柱が先に燃えてしまったのだろう。モルテルスが魔術を使うのを制し、背負っていた網を放り投げる。それほど時間をかけずに家の外郭を支えるように広がったそれの隙間から、ゴーシュは中へと駆け出した。

「援護を頼むでござるよ」

「承知」

 ゴーシュの回りを水が包み、熱と煙を遮ってくれた。倒れている老婆のところまで進んだゴーシュは抱えあげて外に飛び出す。それと同時に、金属でできた即席の支えは熱に耐えきれず溶け落ちた。

「あ、ありがとうございます!」

「はやく医者に。煙を吸っているようでござる」

 その言葉に慌てて走っていく女性。医者のところに行ったのだろう。

「スキルですかな?よく火相手に金属が持ちましたな」

「まあ、いくつか小細工を。それより、タロウを探さねば」

 再び走り出すゴーシュは、その後も幾度も呼び止められ、足を止めざるをえなかった。



「ぎゃあっ!」

「ふふふふふ、苦しい?痛い?ああ、とっても楽しいわ。でもそろそろ終わりにしなきゃね、怒られちゃう」

 わざとクラブに掠めるようにナニかを放ち、その女性はうっとりとした微笑みをつくっていた。しかしのたうちまわるクラブを見ながら、悲しげに眉尻を下げておぞましい見世物の終わりを告げる。

「な、なん」

「大丈夫よ、ちょっとぐちゃってなるだけだから」

 具体的ではないその言葉に、クラブはぞっとする。逃げ場も、その気力も失われようとしていた。

「さよなら、坊や。なかなか充実した一時だったわ」

 そうしてもったいぶるように手を振り上げて、クラブに向かってそれが下ろされる。クラブは目を閉じてそれを見ないようにし、ドッという音と共に目を開ける。

「?」

「いったあい!どうしてくれるのよ!」

「てめえこそなにしようとしてんだよ、このアバズレ」

 女の腕には打ち身のような青あざができており、視線の先には、鎧をまとった猪族の男がいた。

「タロウ!」

「生きてるか?」

「なんとか。大分痛いけど」

 クラブは助けが来たことに喜んで、次いで不安が押し寄せてくる。巻き込んだだけじゃないのか、と。

「ちょっと、ワタシを無視しないでくれる?」

 苛々と足を地面に叩きつけ、女がこちらをギロリと睨み付けてきた。

「悪いんだけど、おとなしく捕まってもらうからな。この騒ぎはあんたが関係してんだろ?」

「はいそうです、って答えると思う?」

「思わないから、とりあえず意識を奪わせてもらう」

「あら、そうやって手込めにでもする気?これだから野蛮な獣人って嫌いよ」

「そんなことするか。俺が穢れる」

 どこまでも冷たく言いはなって、タロウが盾を構え、挑発する。

「良い度胸よ、このけだものが。死んでちょうだい」

 いくつものナニかがタロウに飛来する。それを盾で受け止めようとして、すり抜ける。

「なっ!」

「あはははは!ばっかじゃないの!ワタシと同等だと思っていることが間違いなのよ!獣らしく地面に這いつくばってなさいよ!」

 ガクリ、と膝をついたタロウを見て高らかに哄笑する女。

「大丈夫か!タロウ!」

 先程とは逆の立場になったクラブがタロウを心配する。それを見て女はさらに嘲笑を浴びせた。

「鎧を持ってても、所詮はその使い道も知らない獣でしかないんじゃない。可哀想にねえ。その鎧は丈夫そうだから、ワタシが使ってあげるわ」

 タロウに歩み寄った女は、クラブを無視してその装備を剥ぎ取ろうとして。

「ぎゃっ!」

「結構固いな、あんた」

 短槍を持ったタロウに腕をがっちりとつかまれる。ギラギラと憎しみを込めてタロウを見た。

「この!この!!こんの獣が!!ワタシを誰だと思ってんのよ!ふざけんじゃないわよ、女性に遠慮も無しに触れるとか頭おかしいんじゃないの!」

 さっきとは比べ物にならない数のナニかがタロウに殺到した。手が緩んだ隙を見て、一気に飛び退る。

「はあ、はあっ!これで死んだでしょ!今度こそ糞袋に…」

 女はそこで気づいた。一切の血が流れていない。ざっと血の気が引いていく。

「さて、俺が反撃しても良いよな?」


「い、いや。来ないで、来ないでええええ!」

 近づいてくるそれに、彼女は恐怖した。おかしい。こんなのはおかしい。自分だけが、選ばれた、尊い、何者にも変えられない存在のはずなのに。こんなところで、こんなド田舎で、こんな男に負けるなんて!

「認めないわ、そんなのぜったい認めない!」

 いくら自分のゴーレムを打ち込もうとも、目の前の男は意にも介しない。どうして。何故。いくつもの疑問が頭をよぎって、それでも打ち続けることをやめられない。ついにその腕が自分を捕らえるために伸ばされて。

「ひっ」

 ガチガチと歯が鳴る音が聞こえる。嫌だ、もう嫌だ。あんな、あんなことばっかり。どうして自分だけ。どうして自分だけが辛い目に?やっと力を手にいれたのに。もう、もう、もう。終わりなの?

「いや、いやあ」

 逃げなきゃと思っているのに、座り込んでしまった。もうだめだ。もう、ワタシが殺されてしまう。


「おい、何をしている。レイン」

 冷たい金属を思わせる男の声と共に、ガガガガッと大地から鎖がタロウに向かって飛んでくる。とっさに身を捻って逃げようとするが、あっさりと捕まってしまう。

「な、おいおい」

 それを見て、タロウはぎょっとした。魔術でがんじがらめにされている。霧散するはずのそれが、まるで鉄の鎖のようにタロウに絡み付く。

「アイル?アイル!助けて、助けてよ!」

 泣き叫びながら懇願こんがんするレインと呼ばれた女は、子供のように震えてアイルと呼んだ男にすがり付いた。それを見て、タロウは逡巡する。二人いると思わなかった。完全に油断していた。

「そっちの男は死にそうだな」

 ちらっとクラブに目をやって、男が話しかけてくる。タロウは唯一束縛を逃れた左手で何度か殴り付け、鎖を断ち切ることに成功する。男のいう通り、クラブの下には血だまりができつつあった。

「見殺しにできるなら追ってくるが良い。無駄死にだろうがな」

 バサリとマントを翻し、男はレインと共に去っていく。タロウはそれを見送って、クラブの止血にとりかかった。



「さてと。ちょっとぐらいお楽しみってわけよ。退きな、兄ちゃん」

 避難所となった一角で、リードランは男と向き合っていた。家が燃えたため、普段は集会場としていた広間に幾人かが集まっていた所に、武器をもった男が突然入ってきたのだ。

「馬鹿を言え。婦女子をおいて男が逃げられるか!」

 リードランは背後に負傷した女性と子供をかばい、必死に慣れぬ剣を手にとって虚勢を張っていた。でかい取引を思いだし、自分を奮い立たせながら、目の前の暴力に酔いしれている男に話しかける。

「じきに人が集まってくる。そうすればお前なんぞ捕まって死罪になるさ。火付け、殺し。他にもいくらでも罪を犯してきたんだろう」

「まあな。でもしょうがねえじゃん?俺が持ってないもんを、持ってるやつらから奪って何が悪い?」

「じゃあ、お前は持ってるものを他人に差し出したことがあるのか?」

「ぎゃはははは!あるわけねえじゃん。俺が、なんで、下等なやつらに恵んでやらなきゃならねえ?おっかしいねえ、まったく。お前ら半端な亜人どもは、黙って人間様の足元にひざまずいてろってえの」

「狂ってやがるな」

 ぼそりと呟いた一言に、男は目を剥いて喋り出す。

「いかれてんのはそっちだろ?なんだよ蛙人族って。気色の悪い顔しやがってよお!」

「なんだと!貴様、ふざけるな!あの飛び出した目も、大きな口も、チャームポイントだろうが!はむってされたらとか思うだろうが!」

「え?いや、ちょっと、え?」

 何故か目の前の男は一歩後ずさる。それに勢いを得て、リードランは畳み掛けた。

「あの全体的にふくよかなシルエットの何が悪い!こう、ぎゅっと抱き締めたい衝動にかられるだろうが!艶やかな瞳が、俺だけを見てくれるとか嬉しすぎるじゃねえか!どうして試してみようとも思わずに否定する?彼女たちの美しさがわからぬお前に、否定する権利などない!」

 感情のままに 思いをぶつけると、男はひきつった顔でさらに後ずさる。

「ええと。頭おかしいんじゃねえの?」

「なんだとお!」

 リードランがもっとその魅力について語り尽くすべく、一歩前に出ようとした瞬間。ガキィンと金属質な音が辺りに響く。

「時間稼ぎうまいね、あんた。後は任せな」

 四つの腕を生やした魚人族の男が、彼の目の前の男に斬りかかっていた。

「あ?やるじゃねえか。でも男はノーサンキューな」

 その剣を受け止めて、男は懐からとりだしたものを床にぶつけた。もうもうと煙りが上がり始める。


「ちっ!逃げられたか」

 煙りが晴れた頃、男の姿はどこにもなかった。

「あんた、強いんだな」

 あっさりと逃げをうった男を思い、リードランは声をかける。リードランが声を張ってもまるで気にしていなかったのに、この四つ腕の男が来てすぐにあの人間族の男は逃げていった。力量差があることを理解したのだろう。

「いや、まあそれなりにな」

 照れた男が鼻を掻く。リードランの後ろからとととっ、と軽い足音が聞こえてくる。

「おにいちゃん」

「ん?」

 クイクイと服を引っ張られ返事をすると、心をえぐる一言が彼を襲った。

「へんたいさんですか?」

「違っ!違います」

「だよなあ。時間稼ぎだろ?迫真の演技だったぜ」

 うんうんとうなずいて見せる魚人族の男。

「お、おう。まあな」

 かっこをつけてみたものの、リードランは今日一番の冷や汗をかいたのであった。



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