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三匹迷宮物語  作者: 九十
海都に
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其の十五

 流血、狂人注意。

 半鐘はんしょうが鳴り響くなか、タロウ達は足早に作物の植えられた木々を抜け、ひらけた土地にたどり着く。芝居小屋の天幕が、炎をあげて燃えていた。キュルルルル、と鳴いたモルテルスが水の球をあちこちにぶつけるが、いっこうに火の勢いはおとろえない。

「ふむ、どうやら特殊な魔術のようですな。通常の火ではありませぬ」

「穴を開けることはできるか?」

中に人がいないとも限らない。そうタロウがモルテルスに聞いた瞬間。ゴバッと音をたてて天幕の中から蜥蜴型のゴーレムが飛び出してきた。

「キリーさん!」

 火の無いところまで移動したそれの腹が開き、数人が降りてきた。当然その中にいたキリーにタロウ達は駆け寄る。

「おう、あんたらか。中にいるやつらは全員避難した。これで全部だ」

「よく突破できたでござるな」

 下手をすれば蒸し焼きだっただろう。ゴーレムの表面はよく見ると大分湿っていた。

「蛙人族は水の魔術に適正がある。そいつらに頼んで、表面を水で覆ってもらったのさ」

「なるほど」

 感心するタロウをよそに、キリーはしかし、と表情を険しくした。

「だれだ、原初の火なんぞ持ち出しやがったのは…」

 天幕をいろどる炎を見ながら、いまいましそうに吐き捨てる。

「原初の火、ですか」

「実在していたとは…」

 世界に散らばるおとぎ話に出てくる不思議なもの。凍らぬ深き水底にある黒き炎。燃え続ける炎をたたえる融けない赤金。黄金に生じる真白の樹木。樹木を侵食する青き大地。大地に染み込まぬ黄褐色の水。どれもが魔術の相克そうこくに相反する性質を持つ。

「いえ、そのものではありませんな」

「見たことあんのか?」

「ええ。あれは精々できの悪い模造品といったころでしょうな。そうならばあなたの魔術でどうにかできるのでは?」

 モルテルスの問いかけに、本物でないならやる価値がある、と呟いてキリーが詠唱を始めた。

「『望む大地の塵芥ちりあくた。この世にあらざる燃ゆる炎を打ち砕け』」

 ゴーレムが崩れて巨大な槌となる。ブン、と振られたそれは、天幕の炎に振り子のように迫っていく。たかっていた虫が追い払われるかのように、炎は散り散りになって霧散むさんした。

「どういった原理なのか想像もつかぬのでござるが…」

 一部始終を凝視していたゴーシュがぼやくのを聞きながらタロウは別の場所へと走り出していた。

「どこへ行くのでござるか?」

「こっちから血の臭いがする!」

 振り向かずにそう返し、タロウはそちらへと駆けていく。夜のとばりが、ゆっくりと辺りを包みこもうとしていた。



 クラブは芝居の役に立ちそうな話がないか、集落の人々に話を聞き回っていた。そうしているうちに時間が過ぎて、宿になっている平屋へと戻る途中。助けて、と声がした。か細い声の正体を探して近くを歩き回る。けたたましく鐘が鳴るのも不吉な事を連想させた。

「どこだ!返事しろ!」

「助けて?」

「えっ」

 真後ろから突如とつじょとして聞こえた声に、ぞっとしながらも飛び退いて振り返った。

「今晩は、坊や。私を助けてくれる?」

 艶やかな表情の、優しそうな人族の女がそこにいた。ぞわり、と背中を嫌なものが這い上がる感覚と共に、身をひるがえして走り出す。

「なんだあれ、やべえって。なんなんだよあれ!」

 ろくにものを知らないクラブも、人だけは色々見てきた。種族で差別をするやつ、金のことしか頭に無いやつ。だが、あれは別格だ。

「怪物の方がましな目をしてるなんてことがあんのかよ!」

 怪物の目は人を憎んでいる。魔獣の目は獲物が自分より強いか見定めている。あの女の目は、クラブを獲物として見ていた。いたぶって、引き裂くだけのおもちゃ。飽きたら踏みにじって粉々にする、異常な思考の持ち主。彼の見た中でもっとも醜悪な、人の悪意だけを煮詰めたそれ。

「ひっ、うあ」

 恐怖で喉がひきつる。逃げても逃げてもまとわりつくような、ネバつくような視線が頭から離れない。気持ち悪い。そして、見たくない。

「鬼ごっこは楽しいわよね。でも、こうするともっと楽しくなると思わない?」

「ぎゃあっっ!」

 肩をナニかが貫いた。長い、棒のような、熱を持ったナニか。それが、うねうねと肩をえぐるようにうごめいている。

「っ!」

 嫌悪感に手で引き抜いて地面に叩きつけると、あっさりと動かなくなった。肩からこぼれる鮮血を押さえ、バランスを崩しながらも走る。それしかできない。怖い。

「酷いことするのねえ。ワタシのかわいい狐ちゃんに。わかった、もっと酷いことして欲しいのね?」

 さっきから走っているのに女との距離が縮まらない。どこまで行ってもついてくるような錯覚に、頭が恐怖でおかしくなりそうだった。

「なんで、誰もいねえんだよ!」

 走っても走っても人と行き合わない。音だけはこちらに聞こえてくるのに、まるで届いている様子が無い。

「それはねえ、教えてあげない」

 ふふふ、と笑う女の声が、どこまでも追いかけてくる。

「誰か!誰か助けてくれ!」

「あっはははははは!もっと、もっとよ。踊って、逃げ惑って、無様に這いつくばって命乞いをしてちょうだい。下等な魚人族なんて、それぐらいしか価値がないじゃない?」

 またもやナニかが飛んでくる。太ももを貫いて蠢くそれに、クラブは地面に倒れこんだ。

「あら、もう終わり?やっぱり魚人ってのは脆弱な種族ねえ!」

 甲高い耳障りな声が響き渡る。豊かな黒髪をかきあげて、近づいてきた女はどかっ、とクラブを蹴り飛ばす。

「があっ」

 それほど動きはしなかったが、振動が響いて傷口が痛む。だらだらと脂汗が顔中を伝い落ちていく。

「もっともっと、楽しいことしましょ?」

 コテン、と首をかしげ、女は慈母のような微笑みを浮かべ、悪夢のようなささやきをクラブに贈った。



「やってらんねえな」

「まあ、まずいですよね。監獄行きなのかな…」

 ギルドの最奥、格子で区切られた一角に、リードランを襲った賊たちの姿があった。至るところに張り巡らされた魔法陣が明滅を繰り返している。

「にしても、さっきからなんの騒ぎなんですかね」

 鳴り響く鐘の音に、慌てて飛び出していった職員たち。知るかよ、と吐き捨てて、男は遥かに高い天井を見上げた。

 カツカツカツと神経質な足音が響く。はっ、と顔をあげて、その音の主を見上げた。目深に被ったフードの下の、見るもの全てを魅了する怜悧れいりな美貌。

「なんだ、あんたらもここに来てたんですか!助けてくださいよ!」

 先日邂逅(かいこう)したばかりの仲間に、見栄も何もなくそう言いはなつ。相手はこれ以上無いほど低い声音で、詰問するような口調で問いかけた。

「何故、貴様らがここにいる?」

「いや、行き掛けの駄賃ってやつをね。それよりも、この魔法陣を崩しちゃくれませんか」

 彼等の足元には、ちょうど魔法陣を解除するための複雑な回路を持った装置があった。魔術に精通したこの男なら、このくらい簡単に解いてくれるだろう。

「おっ、ありがとうございます」

 男は無言でそれに手を伸ばし、いくつかの回路を閉ざしていく。すうっと光が収まって、扉が外に開くのを待って外に出た。

「それで、赤狼はどうした?」

「それが、全部ダメになっちゃいまして。本部に連絡して新しいのを送ってもらわなくちゃなりません」

「そうか、それを聞いて安心した」

「ですよね、本部にはまだ…」

 ザシュッという音が自分の胸からして、見下ろす。土の針がいくつも彼の胸に突き刺さっていた。

「おい、ざけ…」

 文句を言おうとしても、息が吸えない。ひゅっひゅっと空気の音がする。どさっと横様に倒れ伏し、それに続くようにいくつもの音が耳にこだました。視界が白く染まり、苦しさしか感じない。何度も何度も息を吸おうとして。再度、ザシュッと衝撃が体を通り抜けた。

「しぶとかったな。一応小国家群を任されるだけの力はあったということか」

 倒れ伏す彼らの死体を一瞥し、頭の方は足りなかったようだがな、と言葉を残して、カツカツカツ、と神経質な足音はその場から遠ざかっていった。



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