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三匹迷宮物語  作者: 九十
海都に
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其の十三

 ちょっと残酷な表現あり。

 リードランは後悔していた。あのとき、何故護衛を雇わなかったのか、と。後ろを振り返れば、魔獣に乗った男達がこちらを追いかけてくるのが見える。今は飛翔しながら逃げているため追い付かれることはないだろうが、こちらが力尽きてしまえばあっさりと追い付かれてしまうだろう。

「ちくしょう!」

 思えば、大鷲のやつらが失脚してから自分の不幸は始まったのだ。

「何が、国を変えるだあのバカ野郎共め!こっちはあおりくらって失業しちまったじゃねえか!」

 リードランは若い頃から大きな商会で真面目に働いて、その一人娘との婚約すら決まっていたのだ。それだと言うのに皇子を誘拐したかどで同じ種族の大鷲が捕まると、それまでの功績はすべて忘れられてしまった。それどころか、いっそう酷い状態にまで追いやられてしまったのだ。少ない貯金をもって他の都市に行こうと決意し、大街道を海都へと向かう途中に盗賊に襲われた。

「いったいなんだってんだよ!俺は金なんぞ持ってねえっての!」

 執拗しつように追いかけてくる男たちは何を思ってリードランを追いかけてくるのか?一人旅だから襲われたとでも言うのだろうか。ちらりと後ろを見る。

「近づいてきてる。いや、俺が遅くなってんだ」

 先ほどから翼の根本がひきつるように痛む。そもそも、平地での飛翔は得意ではなかった。それでも。逃げなければ殺されてしまう。

「お?あれは…。おーい、助けてくれ!」

 行く先には冒険者らしき数人の人影が見えた。この際いくら払ってでも命さえ助かればそれでいい。声が届いたのか、そのうちの一人が振り返る。

「助けてくれ!」

 大声を出してもう一度叫ぶと、なにやら構えて杖を掲げた。助かった、とリードランが呟くと同時。

「ぐあっ!」

 大地から伸びた土の鎖が足に絡み付いて無理矢理引きずり下ろされる。それは、間違いなく前方の魔術師が放ったものだった。

「な、なんで…?」

 混乱するリードランをよそに、追い付いてきた一団が冒険者たちにこえをかけた。

「よう、助かったぜ。見られちまったから始末しようと思ってたんだ」

「お前らは…小国家群担当のやつらか」

 フードを目深に被った人族の男が冷たい声で応じると、追いかけてきた獣人の男達との間に緊張が走る。

「いや、向かう途中で見られちまったんで…」

 同じことを繰り返す一団に、男は遮って言葉を返す。

「言い訳はいらん。どうせいつものお遊びとやらだろう。下らないことをやってないで、さっさと自分達の仕事をしたらどうだ?」

「…わかってますよ。けど、そちらさんは何しにこんなところに?本命は王都でしょう」

「お前達が知る必要はない。わかったら、行け」

「あ、っと。そいつもらってもいいですか?こいつらのエサにちょうどいいんですよ」

「…好きにしろ」

 そういったきり、冒険者風の者達は去っていってしまう。リードランは乱暴に殴られ、意識を失った。


「カリカリしちゃってまあ。相変わらずいけすかねえ野郎たちだ」

 次にリードランが目覚めたとき、彼は魔獣にくくりつけられていた。気づかれないようにじっと我慢して、耳を澄ます。

「しょうがねえよ、上手くいくって言ってた軍蟻が不発だろ?森都から得られたはずの物資が集まらなくってお叱りを受けたんだろうよ」

「いい気味だ。そのくせ、こっちには仕事をしろときたもんだ。さすがに魔術師様は格が違うね」

 リードランは会話を聞きながら、自分の立ち位置がまずいことに気づいた。あの冒険者とこいつらはグルで、なにか反社会的な勢力のようだ。

「けどよ、やばくねえか?今のところ半分も計画が進んでねえって話じゃねえか。ガキどももエルフのやつらにとられちまったんだろ?」

「こっちじゃ出遅れてるが、あっちの大陸じゃ成果が上がってるって話だ。それにまだ切り札があるって言ってたしな、大丈夫だろ」

「切り札ねえ。まあ、おれはやばくなったら逃げるぜ」

「当たり前だろ」

 げらげらと笑う男達の話を聞きながら、リードランはなんとか逃げられないかと身を捩る。まるで隙間がない。

「で、その大仕事の前に腹ごしらえってわけだ。資金なんてほんのちょっとしかでねえからな」

「蛙だろ?あっさりやっちまえるっての。隠れ里だかなんだか知らねえが、こいつらの鼻があれば問題ないしな」

「だよなあ。まあ、女はいないだろうが、上手いもんぐらいあるだろうよ。農家から俺等は食べもんいただいて、こいつらのエサになってもらえば十分だろ」

 それを聞いてリードランは少し安心した。こいつらはアホだ。なんで都市でもないのに蛙人族が独立しているのかを知らない。それにあそこの場所がそれほど知られていないのは、労働力を確保するためにあの手この手で近くを通った者が引き留められてしまうせいだ。醜女しこめ深情ふかなさけとはよく言ったもので、蛙人族の女達は尽くすのが得意だ。リードランもあの大きな口と目には惹かれるものを感じている。元来蛙人族と鳥人族の仲は悪いが、彼は個人的には彼女達の容姿は気に入っていた。

「グウ」

「お、なんだ腹がすいたか?もうちょっとだから我慢しろよ。こいつでも食っとけ」

 ギクッっとリードランは体を強ばらせたが、どさりと音がして生肉の臭いが届いてきた。まだ、大丈夫だろう。

「それだけじゃあ足りねえよな。こいつも食え」

 リードランの体が中に放り出される。目の前には、だらだらとヨダレを流す赤狼の口があった。

「ひいっ!やめろ、来るな!」

「お、生きてたか。そんじゃ鬼ごっこでもしようかねえ?」

飛んできたナイフが縛られている縄を断ち切り、リードランは解放された。走って逃げようとするが、あっさりと足を加えられる。そのままバキッと音がして激痛が走り、身を丸くしてそれに耐えた。

「ぐ、あ」

 ぶん、と勢いよく振り回され、その勢いのまま遠くに投げ飛ばされる。飛んで逃げようとするが、痛みで上手く意識が集中できない。

「ガアッッ」

「く、そ。来るな、くるなあああああ!」

 走り寄る赤狼から後ずさりしてリードランは逃げようとするが、足が言うことを聞かなかった。グワッと赤狼の開いた口が喉の奥まで見えて、ぐしゃり、と視界が真っ赤に染まった。


「…?」

 てっきり死んだと思っていたリードランは、いまだに視界が開けていることを確認する。

「生きてるのか、俺」

 自分を食べようとしていた赤狼は、その頭部を短槍に貫かれて脳漿のうしょうを地面にぶちまけていた。

「大丈夫か?!」

 ついでキュルルルと音がして水の壁がリードランを包み、一人の虎人族の女性が前に走り込んでくる。見事な赤毛だ。両手に持ったサーベルを操り、男達を切り伏せていく。

「おい、誰だてめえ!」

「誰ってえのは、名乗るほどのもんじゃねえ」

「ふざけてる場合か、コウイチ。今なら見逃すけれど、どうする?」

 銀と赤の見慣れない鎧をつけた堂々たる体躯たいくの猪族の男が告げると、リードランを襲った男達は激昂して彼に襲いかかった。

「ふざけるな、相手は数人だ!やれ!」

 号令と共に赤狼に乗った男達がおどりかかるが、大盾で受け止められ、足を止めたところを炎が襲う。

「お主ら。先走りすぎでござる『火の主ー』」

 これまた派手な羽織を羽織った冷めた美貌の男が詠唱すると、襲いかかっていた男達共々炎の柱に包まれる。

「怪我を見せてください」

 リードランの足元に跪いた淡い透き通るような髪色の、大きな黒い瞳をした少女がそう言って、牙によって引き裂かれたリードランの足にそっと触れた。

「少し、我慢してくださいね」

「え?」

「『我()い願う慈悲の神、その御手をもってこの者に救いを与えたまえ。あるべきものをあるべきところに。足りぬものは我が祈りにて分け与えん』」

 すうっと暖かな光が足に染み込んでいく。骨がゆっくりと動いていき、流れ出ていた血は止まり、裂けていた皮膚が塞がっていく。

「よし。あまり動かさないでくださいね。とりあえずくっついている状態です。あと何度か、数日にわたって治療しないと後遺症になりますからね」

「あ、ありがとう。お嬢ちゃんたいした治癒魔法使いなんだな」

 にこりと微笑んだ少女は、見た目ほど幼くはないんですよ、と話し、戦闘を続けている彼らを見やった。赤狼は足を切り飛ばされてその機動力を失い、騎乗していた人族は地面に叩き落とされていた。焦げ臭いのは、彼らの装備が燃えたためらしい。手慣れた様子で縛り上げていく彼らに、リードランは恐怖を覚えた。こいつらも賊なんじゃないだろうな。

「ちょっといいか?」

「なんでしょう?」

 一番話を聞きやすそうな少女に声をかけ、どこから来たのかを問いかけた。

「私たちは、ギルドから依頼を受けて盗賊の隠れ家を調査していたんです。それで、血の臭いがしたから…」

 こちらに向かってきたところで、リードランが襲われているのを見つけたらしい。

「そうなのか。ありがとう、本当にありがとう」

 ようやく助かったことをリードランは理解して、すがり付かんばかりの勢いで礼を言う。

「お礼ならタロウさんに。彼が真っ先に気づいて槍を放ったんですよ」

「そうなのか。すごい腕前だな」

 リードランは戦闘は苦手だが、赤狼が中位の魔獣に属することは知っている。それをたやすくほふって見せた槍は、大地に斜めに突き刺さっていた。


「ふう。傷の具合はどうですか?」

 外見に似合わぬ柔らかな声で、猪の男が聞いてくる。リードランは痛みが引いたこと、助けてくれたことに礼を言った。

「少ないが、とっておいてくれ」

 懐を探って幾ばくかの金貨を差し出すが、断られてしまう。

「報酬はギルドからもらえますからね。それよりこんなところで一人で旅をされていたんですか?」

「ああ、それがな…」

 リードランはここまでの経緯を彼らに話した。祖国で職を失ったこと、金を惜しんで護衛を雇わなかったこと、こいつらに捕まったこと。

「そうですか」

 話を聞いた猪族、タロウはぼんやりと空を見上げて、とりあえず一緒に集落までいきましょうと言った。

「集落って、蛙のとこか?」

「ええ。そこが一番近いですから」

「わかった。あんたらに従うよ。そいつらは?」

 縛り上げられた男達を見て、リードランは尋ねる。数十人はいるが、どうしたものか。泡を吹いてたおれているものまでいる。

「叩き起こして歩かせます」

「そ、そうか」

 穏やかにきっぱりと言われ、リードランは立場が逆転した彼らにちょっぴり同情した。



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