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三匹迷宮物語  作者: 九十
海都に
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其の十一

 それから一週間。何事もなく時間は過ぎ、ゴーレムのおかげもあって、タロウ達は予定の半分の日程で蛙人族の集落へと迫っていた。

「ここを登れば、すぐだ」

 ゴーレムを止めてキリーが言う。眼前には曲がりくねった山道が上へと続いていた。

「狭いですね」

「そうだな。ついでに見晴らしが悪いから、魔獣も出やすい。頼りにしてるぜ」

「先頭は私とクアトロが務めますから、間延びしやすい中間をお願いします」

 劇団では最も腕の立つジャックとクアトロが先頭、山道で列になった間をタロウ達が護衛してくれということらしい。

「わかりました。最後尾は大丈夫なんですか?」

「心配ねえ。ワシがゴーレムで塞ぎながら歩いてくるからよ。あんた達は守ることだけ考えてくれ」

 山道に合わせてスリムになったゴーレムを指し、キリーが言った。それなら下からの奇襲は防げるだろう。依頼主が最後尾なのは心配もあるのだが。

「それじゃあ、移動するかね。ささっと抜けちまうぞ!」

「はーい」

「へいへい。ちえっ最後まで楽ができると思ってたのによ」

「クラブ!ぶつぶついってないでさっさと歩きな!」

 ゴーレムに持たせられなかった分の荷物をそれぞれが担ぎ、細い列になって歩き始める。タロウ達はそれぞれが警戒しながら列に混じった。

「あんた、若いのに腕のいい冒険者なんだって?」

 横を歩く中年の女性が声をかけてくる。

「いえ、まだまだ修行中の身です」

「またまた。ジャックのやつも言ってたよ、相当な腕だってね…たいした金額も出せないのに、引き受けてくれてありがとう。正直、今年は行けないんじゃないかって噂してたのさ」

 うんうんと他の女性達もうなずく。

「毎年集落に行かれてるんですか?」

「そうだよ。大体海都、新都を回ったら、その周辺の村や町で芝居をかけるんだけど、ここだけは特別なんだ」

「特別?」

「そうさ。なんたってここには私たちくらいしか来るもんはいないんだ」

 話によると、蛙人族の集落へは旅芸人は近寄らないらしい。神具を使っておらず、魔獣が入り放題なのだそうだ。

「それはまた、珍しいですね」

 都市はもちろんの事、人族の集落には必ずと言っていいほど神具で魔獣避けが行われている。規模の小さい村などは、魔獣を討伐する余力も冒険者を雇う余裕もないからだ。盗賊など一部の凶悪犯は、似顔絵が配られているので通常の集落で過ごすことは難しい。見つかった場合、近隣の都市などから兵が派遣されてきたり、遺族が賞金をかけている者についてはそれを専門とする狩人ハンターが執拗に追いかけてくる。

「なんだか、農業にとって完全に魔獣を排除しちまうのはダメなんだってさ。よくわかんないんだけどね。それで、たまたまここの人と縁ができたことがあってさ」

 数十年までは彼らもここを通らずに森都へと一直線に向かっていたらしい。だが、あるとき賊に襲われ、そのときにはキリーのゴーレムしか頼るものが無かったために団員が危機におちいった。

「そこを、魔術でさ。あっさりとやっつけちまったんだよ。すごかったねえ…、もうあっという間に逃げていっちまったんだよ」

 身ぶり手振りを駆使して彼女は語る。よほど印象に残っているのだろう。それからは、彼女達も恩義を感じて集落に出向いては芝居で楽しんでもらおうと工夫を重ねているらしかった。

「それからはあたし達も護衛を雇うようになったし、自分達を鍛えることもやったのさ。まあ、それでも戦うよりも逃げ足を鍛えたんだがね」

「素晴らしいことだと思います。生き延びるのが重要ですからね」

「そうかい?」

「ええ。私たちも子供の頃は真っ先にそれを教えられるんですよ」

 へえー。とかふーん。とかそれぞれ納得したり驚いたりしている。しかし、その話が本当ならば、その戦闘民族じみた蛙人族の依頼である魔獣討伐とはどんなものになるのか。タロウはこっそりと冷や汗を流した。



 それから一時間ほど歩いて、一行はようやく集落にたどり着く。

「うおっ」

「これはまた…。想像を遥かに越えているでござるよ」

「ビニールハウスどころの騒ぎじゃないね…」

「優秀な使い手がいるようですなあ」

 コウイチ、ゴーシュ、ミノリは地球との違いに呆然と立ち尽くし。モルテルスは別な視点でそう評価した。

「異次元農業、とでもいえばいいのかね…。縮尺しゅくしゃく狂ってんな」

 山道を登りきった先には、巨大化した植物群があった。高層ビルのように上に伸びたそれらは、青々とした葉を一杯に繁らせている。ほとんどは木ではなく、野草と言ったものや一般的に庭に植えられる一年草で、その間にはつるのようなものが橋がわりに渡されていた。

 よく見るとその葉の上で動く人影が見える。驚いたことに、巨大化した葉っぱの上で(・・・・・・)栽培が行われているようだった。

 と、こちらを認めた一人が魔術で水を打ち上げる。そうするとあちこちから同じように魔術が打ち上げられて、空中で文字を作った。


『待ち人、到着』

 簡素な一文に、ここの人々が“comodo(コモド)”を待ちわびていたことがタロウにもよくわかった。




「いや、よく来てくれた!キリー、元気にしとったか?」

 火に焼けた蛙とでも言うべき見た目の男が、小柄なキリーと並んでほがらかに笑っていた。

「おう。あんたも元気そうじゃねえか。今年のできはどうだね?」

「いつも通りさ。出来上がってみるまではわからねえ。それでも去年より悪いってことはないはずだぜ」

 ある程度話を終えて、今度はこちらに顔を向ける。蛙そのものの顔からは全く表情が読み取れない。タロウは護衛であることと冒険者として魔獣討伐に来たことを告げた。

「そうか!来てくれたか!いや、たいしたもてなしもできねえがよ、飯だけはいくらでもあるからな!」

「米の備蓄びちくはあるか?」

 何よりも重要なことだと言わんばかりにコウイチが詰め寄る。すると男はさっと朱を目元に上らせ、あるある、と口早に喋り出す。

「そんならうちに泊まるといいよ。米なら家が一番うまいからな」

「ちょっと待ってください!あの、私たちギルドに先に挨拶に行かないといけないんです。場所を教えてもらえませんか?」

 ふらふらとついていきそうなコウイチと男の間に割って入り、ミノリが首をかしげながら尋ねた。

「あ、ああ。そんならあっちの竹の中だよ」

 ミノリの勢いに気圧されるようにして、男が答えた。ありがとうございます!と叫んでミノリがさっさとコウイチをつれていってしまう。

「あんた、果報もんだねえ。あんなべっぴんさん二人も連れてさあ…」

 そういうわけではないと何度説明しても、男は納得してくれそうに無かった。


「でかいよな」

 二人を追ってきたタロウは、ゴーシュとモルテルスと一緒になって竹をそのまま巨大化した建物を見つめていた。貝と杖の彫刻が刻まれて、薄く削られた扉が風でぱたぱたと揺れている。

「木の魔法使いがいるのでござろうが、とんでもない利用のしかたでござるよ」

 なんせ地上から頂上が全く見えない。竜族でもないと、ここの全体像は把握できないだろう。

「とにかく入るか」

 暖簾のれんのような入り口を抜けて中へと入る。中は吹き抜けになっていた。いくつかのふしを取り払って、高さをとっているらしい。壁に沿って階段が刻み込まれており、相当な高さだと推測された。

「あちらでござるな」

 大会社のロビーのような広さがある一角で、コウイチとミノリがテーブルに座って手招きしていた。

「ごめんなさい、先生が無防備過ぎたから…」

 ぴょこんと頭を下げたミノリ。コウイチはよくわかっていない様子だ。

「いや、いいよ。余計なトラブルは避けられたしね」

「まったくでござる。コウイチ、加護の事を忘れているであろう」

「…忘れてた」

 コウイチは気まずそうに手で口元をおおって、そっぽを向く。よほど米に釣られていたらしい。

「ところで、職員の人は?」

 人影が見当たらない。きょろきょろと辺りを見るが、人がいた気配が感じ取れなかった。

「それが、呼んでみたんだけど返事がないの」

「どっか出掛けちまってるのかね?」

 先に来ていた二人も見ていないようだ。上にあがってみようか、と話していると。


「助けてくれえええええ!」

「なんだ?」

 声のした入り口を振り返る。やつれた男が、這いずって中へと入り込んできていた。その腕には杖の紋章と貝の飾りがつけられている。その足がガッ、とつかまれて、ずるずると外へと引っ張り出されて行く。

「やれやれ。手間かけさせやがって」

「ったくよ。まだ種まき終わってねえだろうが、ああ!?」

「もう、もう勘弁してくれよお。からだがボロボロで筋肉痛が!」

「バカ言え!農業のひとつもできなくてここで職員は名乗れねえんだよ!」

「そうだそうだ!このくらいで音をあげてたらどんな職にもつけねえぞ」

「嘘だ!森都ではこんな朝から晩まで働きづめじゃなかったよ!あんたたち体力の化け物だろ!」

「いいから、さっさと来やがれ!」

「なあに、十年もやれば立派な農家になってるさ」

 そんな声が少しづつ遠ざかりながらも聞こえてくる。タロウはもっとも必要である提案をした。

「逃げよう」

「どちらにですか?」

「うわあああああ!」

 ぶわっと降りてきたムササビの女性は、タロウの上に着地した。

「ようこそ、蛙人族の集落、働くものが富を持つ、“黄金郷(エル・ドラード)”へ。頑丈な働き手を待っていました」

 可愛らしい容姿をしていながら、えげつない本音を言って、ギルドマスターのムジナはタロウ達を出迎えたのであった。



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