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三匹迷宮物語  作者: 九十
海都に
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其の九

 出立当日。まだ日が昇ってそれほどたたない早朝に、タロウ達は小判鮫亭の亭主、イチリョウと従業員のタキージャの見送りを受けていた。

「来たばっかだってのに、冒険者ってのは慌ただしいもんだねえ。本当に払い戻しはいらないのかい?」

 先に一月分の宿代を支払っていたため、イチリョウは払い戻しを提案したが、タロウ達はそれを断った。部屋をそのままとっておいてもらうためである。イチリョウはそれを了承したが、移動もあわせて一月以上海都を離れるため、客がいれば特に気遣わないよう言うと、かなり渋った。

「大丈夫です。それより、また利用させてもらうのでそのときにはよろしくお願いしますね」

「おうよ。待ってるぜ」

「また寄ってちょうだいね」

「タキージャもまたお願いね」

「ええ、ミノリ。可愛らしい女の子はいつだって歓迎よ。ここにはむさ苦しい男ばっかりなんですもの」

 仲が良くなったらしいミノリとタキージャは別れを惜しんでいる。デートスポットなどを教えてもらったとミノリがいっていた。

「では、そろそろ依頼人のところに行くでござるよ」

「そうだな。仕事だ、行くぜ」

 コウイチの号令に揃ってタロウ達はギルドに向かうゴンドラに乗り込む。今日のために、あらかじめ予約をしておいたのだ。

「旦那がた、準備はよろしいかね。それでは」

 老齢と見られる魚人の船乗りが、かいを操ってすうっと移動を始める。またたく間に水路をゴンドラが滑り、すぐに螺鈿らでんが美しく光るギルドが見えてきた。

「はやっ!」

「お客さん、ご満足いただけましたかね」

 思わず声をあげたタロウに向き直った船乗りは、目深まぶかに被っていたくたびれた帽子をちょっとだけ上げて、白い眉をおどけたように見せてきた。

「はい。ありがとうございました」

「それでは。『海神の加護ぞあれ』」

「あ、『微笑む女神の祝福を』」

 タロウが思い出しつつそう返すと、ひらり、と手だけを振った船乗りがゴンドラを操り離れていった。

「なにやら化かされたような気持ちがするでござるな…」

「だよな。なにもんだよ、あのじいさま」

 獣人組が首をかしげていると、海族二人もうなり始めた。

「なにか、すごい魔術が使われていたような気がするんだけど…」

「姫もお感じになられましたか?害意はありませんでしたが、恐ろしいものがおりますなあ」

 そんな風に一行が難しい顔をしていると、がらがら声がタロウの名を呼んだ。

「おはようさん、タロウ。早いなあんたたち」

「おはようございます、キリーさん。こっちがパーティーのメンバーです」

 お互いに自己紹介が終わった後で、タロウはゴーレムの姿を探すが、それらしき影はない。

「これだ、これ」

 察したらしいキリーが、タロウをちょんちょんとつつく。そちらを見ると、フードをすっぽりと被り、木箱を背負った一メートルほどの人形がいた。

「これですか。ちっちゃいですね」

「だから、期待すんなっていったろ。これでも結構な力持ちだぜ」

「へえ、そうなんですか。そういえば、私たち集落への道を知らないんですが…」

「任せろ。何度か行ったことがあるから俺らは知ってるよ」

 それを聞いたタロウは安心した。琥珀本には集落の正確な位置が書かれていなかったのである。

「そんじゃ、行くかね」

「よろしくねー」

 劇団“comodo”二十名弱、タロウ達パーティーをいれて三十名近くは、蛙人族の集落に向けて海都を旅立った。



「さて、そろそろいいかね」

 出ていくものにはそれほど警備兵は厳しくなく、あっさりと通された。キリーの先導で水の届かないところを歩いていた一行は、その言葉に疑問符を浮かべる。

「まあ、見てな」

 不適に笑ったキリーが詠唱を始める。

「『塵は塵に、灰は灰に。さてそれよりはぐくまれた我らの身体、その生命はどこからきやるか。魂の証明をはじめし者は、その不確かさに命を落とす。亡霊と我らの違いは。世を脅かす死者とのさかいは。して我らその違いを見つけん。魂はここに。その肉体は土塊つちくれよりつくられた。呼び掛けに応え、我が魂を喰らって生まれよ。巌の巨像(ゴーレム)』」

 詠唱の完了と共に、小さな人形が地面に崩れる。次いで、その周辺の土が一挙に盛り上がった。

「うおっ」

十分距離があったにも関わらず、跳び跳ねて逃げるタロウ。それを意に介せず、どんどんと土が集まっていく。

「魔術、ではないでござるな」

「魔法、ですな」

 ゴーシュの言葉にモルテルスが答える。

「ゴーレムって、魔法でしたっけ?」

 タロウの疑問に、モルテルスが首を横に振る。

「いいえ。魔術だったと思います。しかし、ノームならば可能でしょうな。土魔法も土魔術も、土がつくもので彼らの右に出るものはいますまい」

 話している間にも、どんどん土が集まっていく。マイクロバスを横に二つ、縦に二つほど集まった土は、グニャリとその姿を作り替えていく。

「よっしゃ。ここからは早いぜ」

 巨大なゴーレム、土でできた蜥蜴とかげの太い前足を叩いて、キリーは満足そうに笑った。


「団長、すごいじゃないっすか!」

 初めて見たと言うクラブが興奮してキリーを胴上げせんばかりだ。

「そうですよ!こんなのができるならもっと早く言ってくださいよ。古いから期待するなとか言っといて!」

 タロウも興奮していた。目の当たりにしたゴーレムは、生きている蜥蜴のようにしなやかな動きで現在湿地帯を爆走している。魔獣の群れも近寄りもしない。パーティーと劇団の面々は、その背中に騎乗していた。揺れも少なく、快適である。

「いや、ほんとうに古いんだよ。最近のやつは馬型とか、早さ重視の猫型とか馬車に似せたやつとかいろいろあるんだがよ。ワシはこれしか作れなくってな」

 そんなことを言うキリーからタロウはゴーレムに目を移す。少しごわごわしているが、イモリの手触りににている気がする。そしてほのかに温かい。


「いやいやそれは謙遜けんそんしすぎですぞ、土の人。これほど大きなゴーレムはあなた方でないと維持も運用も難しいでしょうな」

「そうかい、海の人。あんたたちなら、こんなもん無くても海を自由に行き来できるじゃねえか」

「いえ、我々は細かい動きは得意ではありませんしなあ」

「まあ、地上のもん海から吹き飛ばすのは得意だろう?」

「ははは、今はそんなことする必要はありませんしなあ」

 ちょっとだけ不穏な空気が漂っていたが、双方色々なものを飲み込んだようだ。長く生きているだけに確執もあるのかもしれない。

「そういえばモルさん。さっき右に出るものうんぬんって言ってたけど、あれってどういうこと?」

「ああ、それですか。彼らノームの他に、ウンディーネ、シルフ、サラマンダーの四種族は、妖精族よりも精霊族に近いのです。特徴としてはそれぞれ土、水、風、火とひとつの属性しか魔力を変換できないのですな。それ故、不器用な種族でもあります」

 モルテルスの言葉に苦笑しつつもキリーが肯定する。

「まあ、そんなところだな。その代わりに適正のある魔法・魔術は他の種族よりも使うのが上手い。あとはちょっぴり長生きだ」

「え、じゃあゴーレムは普通の人は覚えられないんですか?」

 巨大ロボをこっそり夢見ていたタロウは、一縷いちるの望みにかけて聞いた。

「そうだな…。百年ほどかければこれぐらいになる」

キリーは蜥蜴ゴーレムを指して言う。諦め切れないタロウはなおも食い下がる。

「もっと小さいやつなら?」

 うーんと腕を組んで考え、キリーが答えた。

「そうだな、一人乗り用で十年」

 積載重量も考えなくてはならないらしい。タロウは悩んだ末、ひとつの結論を出した。

「キリーさん、ノームのご親戚を紹介してください」

「おう!いいぞ。スレート、スノウ!こっち来て挨拶しな!」

 キリーが声をかけると、二人の小柄な影がすっ飛んできた。

「こんにちは、スレートです」

「スノウです」

 元気よくハキハキとしゃべったスレートと、その後ろにこそりと隠れるようにこちらをうかがうスノウ。

「孫娘達だ。俺に似てかわいいだろう?」

 かわいい、確かにかわいい。だが、そういうことではない。仲間に加えるつもりで聞いたんです、とタロウは言おうとして。

「まずはこいつらが生まれたときの話がいいな。こいつらが生まれたとき、ワシは新都で芝居をうっていてな…」

 タロウは踏んではいけないものを踏んだことを悟った。まわりを見ると、皆がこちらに向けて曖昧な笑みを浮かべている。その意味するところは。


 “生け贄頼んだ”か、“ご愁傷さま”のどちらかだろう。タロウは黙って、孫自慢を聞くはめになったのであった。




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