其の六
一通り二人がいちゃついたあと、ふと思い出したようにコウイチが呟く。
「そういやあれほどの激戦だったんだ、階級が上がっててもおかしくねえな。ステータス」
「それもそうでござるな」
他の四人もコウイチにならってステータスを確認する。
【Nameタロウ(三膳太郎) Lv14 Age16 skil:経験累積 怠惰の神の加護 HP99/99 MP 99/99 STR30 INT20 AGL5 LUC1】
何かおかしなものが増えている。タロウはじっと注視した。
〔怠惰の神の加護:なにもしなくても階級が上がる・経験値に×(ー1)される〕
「まいなすいち?」
声がもれる。幸い誰にも気づかれなかったようである。この世界ではマイナスの数値を見ることは少ない。ステータスをよく見る。以前見たときよりも階級が一つ、下がっていた。
「うおっ、戦神の加護がついてやがる!」
「私も守護の神様から加護をいただいたみたいー」
「某は階級が上がってござるな」
「みんなそれぞれいいことがあったみたいだな」
浮かれる仲間達に隠れて、タロウは叫び出さないようにするので精一杯であった。
里に無事帰りついた一行はそれぞれの集落に戻っていった。次に会うのは十日後の継承式の時だ。
「兄上、何をそんなに悩んでおられるのです?虹鮭は大漁だったではありませんか」
「ああ、まあな」
いつもはここぞとばかりに自慢を始める兄がおとなしいのをしばらく不審げに見つめ、用があると言って訪れたマツユキに呼ばれてジロウは出ていった。
「悩むどころか正直まずいよなあ」
相手を弱体化させる魔法使いが少ないのを疑問に思っていたが、怠惰の神の加護を受けたタロウには察しがついた。恐らくなんらかのデメリットがあるのだ、×(ー1)がつくほどではないだろうが。
「他の神様を信仰してなんとかなるかな、これ」
複数の神を信仰するものは多神教である水球において少なくはないが、だからといってそのためだけに信仰するのも気が引ける。というより下手に経験値が倍になるものなど信仰してしまえば酷いことになる。
なにもしなければ階級が上がるとなっているが、この猪人族の集落において現在タロウに敵うものがいないため、次期十王はタロウが継ぐことになるだろう。そうなれば休めるような時間はなかなかとれず、階級が下がり続けていく事態に陥りかねない。階級が十になるとおおむね一人前と見なされる慣習ため、一定以下に下がるのは避けなくてはならなかった。
「迷宮に潜って、魔術具でも探しに行くかな」
階級が下がらなくなる魔術具を。神の加護を打ち消すことのできる魔術具。そのようなものが無いとは言い切れないのが迷宮である。都市の管理下にあるものは入ることが難しいが、新都や神都など大迷宮でも一般解放されているところもあり、いまだに未知のものが発見され続けている。
「よく考えてみれば、それも悪くはないかもな」
今のところタロウを傷つけられる魔獣はいないのだ。他の人族とは違って安全面ではそれほど心配はないだろう。
「タロウ、あんたどうせ暇だろう?祝祭の準備を手伝っておくれ」
「わかりました母上」
部屋の外からかけられた声に、タロウは素直に返事をして手伝いに向かった。
「これより、虎人族が王キヨタカより、その息子キヨマサへの王位継承式を行う!」
獣人族の里の中央に位置する館には、それぞれの十王はもちろん古老達や補佐官、森都・鉱都からの使者、それから狩人として選ばれた十人が列席していた。中央にキヨタカとキヨマサ、それを取り囲むように年齢を基準として並んでいる。獣人族は羽織袴に飾り帯を絞め、エルフは絹のローブに薄い紗のコートを羽織り、ドワーフは蒼銀の全身鎧を着込んで兜は横に置いている。
「キヨタカどの、キヨマサどの、双方準備はよろしいか!」
進行はキヨタカたっての願いで父ユキナガが務めていた。
「おうよ」
「調っております」
青竜刀を構えたキヨタカと、長刀を持ったキヨマサが対峙する。父の持つ軍配が、勢いよく降り下ろされる。
「はじめ!」
「しゃあっ!」
開始の合図と共に先手を打たんとキヨマサが長刀を突き出し、右足を軽く引いてよけたキヨタカの青竜刀が横薙ぎにキヨマサを狙う。トン、と軽く宙返りして避けたキヨマサを続けざまに下から切り上げた青竜刀が襲い、宙で重心をずらしたキヨマサの横を通りすぎていく。青竜刀の柄に添うように長刀を滑らせたキヨマサだが、キヨタカに強引に絡めとられてしまい建て直しを図るために距離をとった。
「なんつうか、冗談みてえな試合だよねえ」
左隣に座った狩人の一人、鼠人族のキュウスケが話しかけてくる。私語が禁止されているわけではないので、今の攻防にあちこちからざわめきが起きている。
「そうだな、キヨタカさん譲る気なさげだよなあ」
「おまえさんもそうみるかい?オヤジさんまるで手加減してねえ。殺す気だって言われても頷けるぜ、あれじゃあ」
神前試合でもあるので刃はひいてあるが、二人とも当たれば骨折は免れないような武器を使用している。キヨタカは自分の懐に入らせないように次々と斬撃を繰り出し、キヨマサは思うように攻め込めないでいる。
得物の違うタロウでは詳しいことはわからないが、ユリトキならわかるかもしれないと右隣を見て、タロウは声をかけるのを止めた。ユリトキが食い入るように二人の試合を見ていたからである。
そうしている間にも着々と試合は進み、キヨタカの攻撃に慣れてきたキヨマサが攻めに転じる。キヨタカの繰り出す攻撃をほんの僅かな差でかわし、長刀を振って牽制する。大振りの一撃を放ったキヨタカの青竜刀を地を這うようにして避けたキヨマサが、間髪入れず長刀を突きつけた。
「そこまで!」
勝負あったとユキナガが試合の終わりを宣言し、二人は相対して向かい合う。一礼し、周りを見渡したユキナガがキヨタカを促す。
「ここに集まられた名のある武人、戦士の皆様方の前で、十王の中の虎王をつとめまする私キヨタカは、これある私を超えし者キヨマサに王位を譲ることを宣言いたす!同意叶うならばその証をたてられよ!」
その宣言が終わると同時、列席者は揃って右足を前方に勢いよく踏み出す。ドン、と館を震わす震動が起こり、それを見たキヨマサはほっとしたように息をついた。
ここに、第十一代目虎王キヨマサが誕生した。
「いやあ、見事な試合でしたなキヨマサ殿!ワシはあれほど見事な勝利を納められるとは思っておりませんでしたぞ。なにせ竜と三日三晩戦って引き分けたと言うキヨタカ殿が相手でしたからのう」
ドワーフのランゲルがキヨマサの背をバシバシと叩いて祝福する。キヨマサは照れながらも嬉しそうに賛辞を受けていた。
「まさしく。この数十年で一番見ごたえのある試合でしたよキヨマサ様」
エルフのミューメルも杯を勧めながらキヨマサを激励する。ふとその杯に目をやったランゲルが、別の樽から注いだ酒を勧めた。
「キヨマサ殿、そちらの甘い酒よりこちらの苦味のある酒の方が美味ですぞ。どうぞ」
「あら、そんな水みたいな酒は虎王の好みには合いませんわよ。キヨマサ様、こちらを」
この世界においてもドワーフとエルフは反りが合わないらしい。二人ともなまじ名の知れた武人なせいか一歩もひかない。
「まあまあ、お二人とも。キヨマサ殿の祝いの席です、お二人が争われて良いことはありますまい?キヨマサ殿も困っておられますよ」
羊人族の王シープルが割って入り、キヨマサをそれとなく他の賓客の方へ送り出した。
「いや、我々はなにも争っていたわけではなくて…」
「そうですよ、ただ持ち寄った特産のお酒を飲んでいただこうと…」
ランゲルの異名は“鯨殺し”、ミューメルの異名は“竜殺し”。共に大酒飲みとしても名前を馳せる英雄であった。
「あ、危なかった。あやうく王を継いでそうそうに死ぬところだったよ」
シープルの機転によってタロウ達狩人組の方に送られたキヨマサは、そうぼやく。
「危なかったですね、キヨマサ兄ちゃん。あの二人は酒飲み対決で鯨と竜を瀕死に追いやったことがあるとまことしやかにささやかれるほどの酒好きですし」
「まったくですな。まあ、それはそれとしてこの度の十王就任、誠におめでとうございます。蛇人族の狩人ゴーシュでござる」
ゴーシュを皮切りに、顔見知りであるタロウとコウイチ以外の狩人のメンバーが名乗りをあげる。一通り挨拶が終わると、祝福の言葉を述べてタロウ以外の狩人は庭園に用意されたご馳走を食べに行ってしまった。
「ははっ、若い人は自分に正直だね」
あっという間に食欲の権化とかした奴等を見て、ちょっぴり寂しげに呟くキヨマサ。武人だけが列席を許された試合と違って、祝いの品を盛大に使って行われる宴席は参加自由の無礼講である。普段は見ないような他の里の獣人族もちらほらと顔を見せていた。
「キヨマサ兄ちゃん、本当におめでとう」
「うん、ありがとうタロウ。あの虹鮭お前らが捕ってきたんだってな、驚いたよ。あんなにちっちゃかったタロウが俺よりでっかくなってるんだもんなあ」
通常虹鮭をもって帰ってくる途中にいくつかは魔獣寄せの囮として置いてくるので、実際に持って帰ってこれる量は少ない。しかし階級が上がったり神様の加護を得たタロウ達は、あの後さして苦労することなく持ち帰ることに成功していた。
「キヨマサ兄ちゃんこそ、試合見てたけどすごい強かったじゃん。それに美人のお嫁さんもらったんだろ?」
「おう、旅の途中に世界中の魔獣が出るっていう砂都の迷宮に行ったんだが、そこで知り合ってな。美人でしかも腕もたつ」
「キヨマサ兄ちゃんより?」
「ううむ。場合によってはそうかも…」
いろいろと話をしていると、料理の乗ったお盆を持って一人の女性が声をかけてきた。
「キヨマサ、何をそんなに話し込んでいるんだ?ご馳走がいっぱいあるからお前の分も貰ってきたぞ」
「ああミレイア、ちょうどよかった。タロウ、彼女が俺の嫁になってくれたミレイアだ。」
「ああ、君がキヨマサの言っていたタロウか?初めまして、ヴュステエルフのミレイアだ。よろしくな」
「よろしくおねがいします」
褐色の肌、藍色の髪と瞳をした、豊満な肉体を持つエルフ。悪戯っぽくつり上がった目尻と、優しく微笑んだ口元にしばし見とれた。
タロウは砂都に行くことを固く決心した。