其の六
お待たせいたしました。遅れて申し訳ない。
次の日の昼過ぎ、モルテルスは何食わぬ顔で小判鮫亭へ帰ってきた。車輪のついた小舟に乗っている姿は、ミカン箱に入った子猫を想起させる。
「拾ってくださいってか…」
「?なにがですかな?」
タロウはつい声に出してしまうも、幸いモルテルスには通じなかったようだ。背後で吹き出す音が三つ聞こえたが、タロウは無視した。
「いや、なんでもない。それより今からギルドに行く予定なんだけど…」
タロウと三人はギルドへと向かう予定で、そのまま迷宮に行くつもりであった。装備を整え、低位の迷宮に潜るつもりでいる。
「我輩もお供しますぞ。何せ、ずっと話し相手にされておりましたから体が強ばってしまって」
「じい、どなたとお話ししてたの?カテリーナさん?」
「いえ、まあ後でお話いたします。そうそう、ロッカが姫に会いたがっておりましたぞ」
ロッカ、とはモルテルスの友人なのだそうだ。ミノリはうなずき、
「お世話になったもんね。挨拶にいかなきゃ」
と真剣な顔をした。
「それじゃあ、そろそろ行くか?」
「早めに行って説明を聞きたいでござるからな」
そうして、タロウ達はギルドへとゴンドラにのって向かうのだった。
「おはようさん。昨日は残念だったな」
扉を押し開けるなり、ヴァルフレードが声をかけてくる。タロウは苦笑して、メンバーを連れてきたことを告げた。
「この用紙に記入して、スケイルを出してくれ」
「スケイル?」
初めて聞くのだが、そんなものがあっただろうか。ヴァルフレードはクイッと眉をあげて、言い直してくれた。
「魔力証のことだ。悪いな、うちじゃ鱗って呼んでんだよ。森都では何て言ってた?」
自分の首もとからドックタグのようなそれを取り出してこちらに示す。茶と金が入り交じったマーブルになっていた。
「たぶん、カードとしか言ってなかった気がします」
「適当だな。あいつら妖精族が導入しようといってきたもののはずなんだがよ。まあいいや、頼んだぜ」
タロウ以外はそれぞれ魔力証を取り出していく。コウイチは金と青の渦巻き、ゴーシュは黒と緑の縞模様、ミノリは薄い透明な青色、モルテルスは青から緑のグラデーション。
「確かに。照合してくるからちょっと待っててくれ」
「よろしく」
その間、タロウ達はギルド内でしばらく待つことになった。早朝でも、かなりの数の人があちこちのテーブルで話をしている。
「待たせた。それじゃあ説明するから聞いててくれ。まず、ここの仕事は迷宮よりも依頼の方が需要が多い。都市としては、貿易港とくっついていて流動的な人の流れが早いから、活発に取引がなされている」
海から漁船に乗って魔獣を討伐する、船の護衛、が冒険者の仕事の大きな割合を占めるらしい。
「ただし、大抵の船には専属護衛がついている。都市の中では警備兵が巡回しているからそれほど危険はない。あとは配達だが、都市の中は低位の冒険者が最初にやる仕事として割り振っている」
「どれも、魚人族が有利な仕事ばかりでござるな。もしや、冒険者としての仕事は少なくなるのでござるか?」
「いや、都市外、近くの蛙人族や小国家群との取引はあんたら獣人族の方が早いからな。あんたらには、そっちを請け負ってくれると助かるんだ」
都市の住人のほとんどは海族で占められているし、設計からして海族に有利な都市になっている。その分陸の仕事が手薄なのだそうだ。
「それで、迷宮の方だが。ここのは特殊だから、よく聞いてくれ」
コウイチは早くも欠伸をしながら遠くを見ている。飽きてきたようだ。ミノリがつついて注意しているが効果はなさそうだ。
「海都の迷宮は十二の湖だ。入り口は一つ、二時間毎に切り替わる。朝の六時から十四時までは低位、十四時から二十時時までは中位、二十時から朝の六時までは高位の迷宮だ。入る時間には気を付けてくれ。基本的に位が下の迷宮には申請が必要になる」
朝から昼過ぎまでは低位、夜十時までは中位、それ以降は朝の六時になるまでは高位の迷宮。二時間ごとに切り替わるので探索は二時間が限度となるそうだ。それ以上は入り口が切り替わって閉ざされてしまうため、次の日の同じ時間になるまで出られなくなってしまう。
「タイムアタックだな…」
タロウはあまり得意ではないが、パーティーでならなんとかなるだろう。念のため保存食と神具を持ってきたが、万が一の場合は役に立ちそうだ。
「それから、迷宮産の水を持ち出すことでそれを貿易に使っているんだが、都市との折半だ。週の始めに都市が持ち出し、残りを俺等が手に入れる」
「それは、ちょっと横暴すぎないか?」
一週間かけて資源が回復することは森都同様で、その残りを冒険者や依頼人が使うらしい。
「そういうやつもいる。だが、ギルドと都市の間でそういう契約が結ばれている以上はどうしようもねえな。実際、ここ以外での需要が増えていることも手伝って、行ってみたはいいが空っぽだったって事がたまに起こる」
「で、その水が高額で取引されてて、貧乏人は涙を飲むって訳だ」
コウイチが皮肉を言うと、そうならないようギルドでは適正価格で販売しているとの答えが返ってきた。
「それではギルドが買い取りをしているのですかな?それで経済が回るとは思えないのですが…」
珍しく難しいことを言い出したモルテルスにタロウが驚いていると、ヴァルフレードがニヤリと笑った。
「いいや。冒険者は世界中から集まってきたやつらだ。しがらみが少ないから自由に動くことができる。ここで問題だ、船が漁をするためには安全に魔獣を退けなくちゃいけねえが、それを行っているのは?」
「冒険者、ですね!」
ミノリが意を得たりと声をあげる。嬉しそうにうなずいて、ヴァルフレードが補足した。
「冒険者を派遣する代わりに、一定量の水をこっちに納めてもらってるんだ。だから、極端に価格が跳ね上がることはねえ」
そして、そのギルド販売の水の売り上げから派遣した冒険者に報酬が支払われる。
「まあ、中位はあんまり人気がねえからあんた達は都合が良いかもな」
怪物が強い割にはそれほどその時間帯の水に需要がないらしい。
「ま、後は実際見た方がわかりやすいか。水を汲んでくるならギルドで販売されている瓶か、自前の器を持っていってくれ」
こっちで販売しているのではなく、迷宮の前で売られているのだそうだ。
「ありがとうございました。ちょっと覗いてみますよ」
「気を付けてな。場所は…」
ギルドとは別の場所にある迷宮の位置を教えてもらい、タロウ達は移動する。
「あれ、か?」
「場所はあってんな…」
「禍々(まがまが)しい雰囲気でござる…」
教えられた場所には、なにやら刺々した塔と平べったい重厚な建物が鎮座していた。色は黒。明るい色の多い海都の中で、その存在感は群を抜いている。
「とりあえず入ってみようよ」
「そうするか」
ミノリの言葉に扉を押すが、全く反応しない。
「あれ?いや、まさかな」
ベタすぎると思いつつもタロウは扉の取っ手に手をかけて、横に引いてみた。ガラガラ、と扉がスライドしていく。
「…」
扉の奥にあったそれを見て、タロウ達は数瞬息をするのを忘れた。
噴水のような装置の中心で、色鮮やかな真珠が円環を形成し、その環は揺らめくシャボン玉の膜のように光を反射している。
十二時の位置に太く真上に伸びた針が、六時の位置の針は下の水銀のような液体に根のようにその先を浸し、九時の位置からは細く伸びた針先から真珠に銀色が移っていく。
見つめるタロウ達の目の前で、九時の真珠が艶を増してコトン、と八時の位置に降りた。続いて十二時の位置にあった橙色の真珠が十一時に移り、朱色の真珠が十二時に移る。針の位置をそのままに、時計盤の方が動くとしたらこんな感じなのだろうか。
「おい、あんたたち」
横から声がかけられて、タロウ達ははっと意識を取り戻す。つい全員が目の前のものに見蕩れていたようだった。貝の腕章をつけた魚人が穏やかに聞いてくる。
「ここに来たのは最近か?ここが迷宮だが、冒険者かい」
「あ、はい。どうぞ」
魔力証を見せると、それを手元の書類に書き込んで、にっと白い歯を見せて男は笑う。
「よし。入って良いぞ。その環を通り抜ければ迷宮の中だ。針は触ることができねえからそのまま入って構わねえ。販売はあっちの部屋でやってる」
男が指差した方には、開け放した扉があった。棚にならんだ瓶などがここから見える。
「いえ、とりあえず様子を見るためにちょっと入ってみます」
「そうか。時計が合ってるか確認してから行けよ。二時間は大丈夫だけどな」
壁にかけられた振り子時計を指差して、そう忠告をしてくれる。今切り替わったので、あと二時間は大丈夫だそうだ。礼を言ったタロウ達は、環を潜って迷宮へと一歩を踏み出した。




