其の四
またしても間に合わず。ごめんなさい。
数人の男達が武器を抜き、ぼろをまとった魚人に飛びかかる。しかしあっという間に叩き伏せられた。
「『なんと!コノシロの精鋭とやらは、家宝を取り戻す力もないとみえる!』」
「『何を!その方がなにか卑怯な手を使ったに決まっておる!何をしているか、さっさとやつを捕まえよ!』」
素手でコノシロ家の者を退けた魚人は、さっと舞台から飛び降りて最前列にある水路にざぶん、と飛び込んだ。
「『しまった!水路に逃げたぞ、追え!追うのだ!』」
慌てて後を追う一行。次々に水音をたてて飛び込んでいく。最後の一人が飛び込んだところで、別の場所から一人の魚人が舞台へと上がってくる。
「『やれやれ、頭の使い方を知らんやつらだ。だが、これでメロー家の秘宝は取り返したぞ!』」
そう言って水を含んだぼろきれを脱ぎ捨てる。下に着ている衣装も肌に張り付いて、その鍛えられ、しかし女性らしい丸みを帯びた肢体が露になった。腰には長めの細剣を帯びている。
「リベルタさんだ」
暗い色のかつらと衣装の下から、見間違いようのない金髪がみえ、タロウは確信する。違和感があったのは、最初の劇と違って身のこなしが実戦をこなすもののそれだったからだろう。そんな中、劇は続く。
「『やれやれ、てこずらせてくれたな』」
コノシロ家に腕利きの剣士が雇われ、リベルタ扮するメロー家の姫は苦境に立たされる。技量でも体格でも上回る剣士はなぶるように衣を切り裂き、彼女を辱めていく。肌があらわになってもなお、勝負を諦めない彼女の瞳がキッと男を睨み付けた。そこに、艶のある低い声が喧騒を切り裂いて響いた。
「『やれやれ、名高き騎士団、赤い珊瑚の“四つ腕”ともあろうものが、女性相手にそのなまくらを振るって喜んでいるとは!』」
「『だれだ!』」
“四つ腕”は辺りを見回し、ついにはその声の持ち主を見つける。その視線を追って数少ない観客も上を見た。舞台装置の一部だろうか、高くつまれた石の上に、青地に金の流れるような装飾が施された衣装を身に付けた男が立っていた。
「あいつだ…」
タロウの注文を取りに来た男であった。憎らしいくらいにキザな衣装が似合っている。どこかの王族だと言われれば信じてしまうぐらいの着こなしだ。
「『だれだ、貴様。邪魔をするんならお前から血祭りにあげてやろうか!』」
狂気じみた笑い声をあげる“四つ腕”に、その男はひらりと舞い降りて言い放つ。
「『むさくるしい男の相手は趣味では無いが、淑女の危機を見逃すわけにはいかない。さ、これをどうぞ』」
マントを取り外してリベルタに着せかけてやる男。優雅に微笑んで見せるのもとても似合っている。タロウは二枚目は何をしても様になるな、と思いつつも目を離せない。凄まじい早さの剣戟の応酬が始まったからである。
男の持つ剣は細身の両刃剣。対する“四つ腕”の剣は鉄板のような幅広の大剣である。面で迫り来る大剣をうまくかわし、逃げ、隙を狙って鋭い突きを放つ男。
「『やるな、貴様!その剣術をどこで習った!』」
「『我が師の名は、お前のような下衆に呼ばせて良い名では無い。それよりももっと足を動かした方がいいぞ』」
その言葉と同時、振るわれた剣が“四つ腕”の足を狙って繰り出された。避けようとするも間に合わないことを悟ってか、代わりに腕を差し出して受け止める“四つ腕”。ザシュッと音をたててごろりと地面に腕が転がった。
「『…なんと』」
さすがの男も顔色を変えて驚く。
「『ははっ、これほどの戦士と相まみえるならば、死んだところで悔いはないわっ!』」
防御を捨てて“四つ腕”が力を込めた一閃を放つ。とっさに受け止めた男の剣が真っ二つに折れた。
「『くっ!』」
「『これで俺の勝ちよ!』」
勝ち誇った“四つ腕”が上に振りかぶった剣をうち下ろす。転がって逃げた男を剣の軌跡が追って、その身に危険が迫ったその時。
「『これを!』」
リベルタの投げた細剣が、男の手に収まった。間髪を入れず抜き放った男は、“四つ腕”に自ら飛び込み、光輝く剣で心臓をしっかりと貫いた。
「『な、んと。秘宝にて殺されるとはな…。それも、また、終焉においては…。ふさわ、し…い……』」
がくり、と地面にくずおれた“四つ腕”を悲しげな瞳で見つめ、男はリベルタへと向き直る。
「『あなたのお陰で助かりました、レディ。私の名はランスロット。どうかお名前を聞かせてください』」
「『私はカテリーナ。カテリーナ・メロー。かつてこの地を治めていた王家の末裔です』」
こうして一目で恋に落ちた二人は、メロー家を再興し、領民達を導いた。一方、コノシロ家は秘宝の怒りを受けたのか、凋落の一途をたどった。幕が降り、劇の終わりを告げる。
「すごかったな。ていうか、腕とか体とか無事なのか?」
劇としての剣劇ではなく、真っ当に剣を使って試合をしていたようなものだ。
「お楽しみいただけましたか?」
ランスロット役の男が帰ってきて首尾を聞く。
「もちろん。それより、相手の四つ腕、って人は大丈夫なのか?」
「ええ、演出ですから。もしよければお会いになられますか?カテリーナ役の女優も残っていますから、ご案内しますよ?」
挨拶ぐらいはしておいた方が良いだろう。タロウは案内を頼み、楽屋裏へと向かった。
「よう、ジャック。お疲れさん!なかなかの演技だったじゃねえか!」
がらがら声でタロウを案内してきた男、ジャックを褒め称える小人族。彼らは妖精族の中でも小柄な種族で、ノームとも呼ばれている。
「団長。それでもお客さんが少なくては食べていけませんよ。こちらは団長のキリー。団長、この方は…」
「タロウと言います。素晴らしい公演でした。是非とも役者さん達に昼食でも奢らせてはもらえませんか?」
遮って団長に挨拶すると、驚いたようにジャックが固まる。
「そうか!気に入ってくれたかい!いや、でもそんなことしてもらう義理はねえよ。それよっか、うちの劇をいろんなとこで宣伝してもらえると嬉しいね!座りな、タロウ」
お言葉に甘えて、持ってこられた椅子に座るタロウ。ジャックは他の役者を呼んでくるといって他の小部屋へと去っていく。
「で、どこが気に入ったね?」
「そうですね、後半の戦闘シーンはとても見所がありました。どなたかにご指導をいただいているのでしょう?主役二人の腕が飛び抜けていましたね」
そう言うと、ポカーンと口を開けてキリーが静止した。変なことでも言ってしまったのだろうか。不安になるタロウをよそに、キリーは真剣な表情になってこう尋ねた。
「お前さん、あれが見えてたのかい?」
「はい。え?」
見えてないものを劇にすることは通常ではあり得ない。だが、タロウが見て満足のできるほどの剣戟が、一般客に理解できるものだろうか?その疑問を肯定するかのように、キリーが話し出す。
「実はな…。あの劇、評判悪いんだ。なにしてんのか見えねえってな」
「ああ、そうなんですか…」
「その上、題材自体が古いってんで、もっと人気がねえ。見たろ、客席にほとんど人がいねえの」
終わる頃には、数人しかいなかった。その前の化け物退治の劇では半分もいたのだが。
「昔はな。どんなありふれた題材でも、客がついたもんさ。役者に、脚本家に、それこそ俺等の馴染みの客達がな。だが、今はそんな時代じゃねえのかもしれねえ。普通の劇には、誰も見向きもしねえし、だからといって奇をてらいすぎれば客を置いてきぼりにしちまうんだ」
なんとなくわかるような気もする。供給が増えた分の、需要が一致しないのだ。ひとつの分野に人が増えすぎると、質も上がるし方向性にも違いが出て面白いものが生まれやすくなる。しかし、それを仕事として見る場合。つまり経済活動の一環として行う場合については、一定の収益が見込めなければ困るのだ。問題点としては…。
「そろそろ、うちも畳むときなのかもしれねえって思うんだ。なんとか頑張って客引きしたり趣向を凝らしてみたんだが、うまくいかねえ。兼業でやってくれてるやつらもいるんだが、給料も満足に払ってやれなくってな…」
「そうなんですか」
もともと厳しい世界なのだろう。今この通りにある色鮮やかなテント達も、知らぬうちに消えていってしまうものがあるのかもしれなかった。
「ま、今月一杯は演るからよ。よければまた見に来てくれよ!」
湿っぽい話題はこれで終いだ!と叫んでキリーは先に立って歩き出す。ちょうど向こうから役者達がこちらに向かってきていた。
「あれ、タロウ、だったよね?来てたのかい?」
「リベルタさん。役者もやってらしたんですね。驚きました、堂にはいってて、素晴らしかったです」
感想をつたなくも伝えると、リベルタはよしなよ、と顔をそらしながらも照れたように笑っている。
「タロウ、こちらが“四つ腕”を演じたクアトロです」
「どうも。最後まで見てくれたんだって?ありがとな!」
「卓越した腕前でしたね。知り合いにも大剣使いはいますが、やはり難しいときいています」
ユリトキ以外には里で大剣を使うものを見たことがない。それほど扱いの難しい武器なのだ。
「そうほめられると照れるね。まあ、冒険者もやってるんだ。コツは流れをつかむことかな、大剣と一体になるのさ」
「私も冒険者なのですが、剣とは相性が悪くって…」
武器談義に花が咲く。なかなか話が合いそうな人だ。
「そういえば、今は腕が二本なんですね」
鍛えられた腕は、二つしか見当たらない。
「そりゃあな。本当に舞台毎に腕切り落としてたらタコ族でも無くなっちまうよ。ありゃあ魔術でこっそりやってんのさ」
「なるほど」
音は裏方でたてた音を増幅しているのだそうだ。
その後も楽しく話をしたタロウは、彼らと別れて小判鮫亭へと帰ってきた。
「ただいま。あれ、モルさんは?」
見覚えのある壺が、ごろんと椅子に座るゴーシュの前に放置されている。中身が入っていない。
「警備兵に捕まったでござる」
「は?」
突然現れた警備兵に、モルテルスは連れ去られていった、とゴーシュは呆然と呟いた。




