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三匹迷宮物語  作者: 九十
海都に
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其の二

 その魚人は聞いてもいないのに自己紹介をし、タロウ達のテーブルにいくつか頼んでいない品を寄越した。タコの膾、真っ黒なパスタ。

「タキージャ、こんなに食べられないから、持ってこられても困ります」

「あーら、大丈夫よ、食べ残しは水毬スライムちゃんがおいしくいただいてくれるわ。お礼よお・れ・い。それより、今日の夜空いてる?お礼もかねてとびきりのホットスポットへ案内してあげたいんだけれど」

 パチンとウインクを寄越して、タキージャが答えた。水毬はここにも出現するらしい。

「いえ、長旅で疲れているので、遠慮します」

「そう?それじゃあ気が向いたら教えてちょうだい。アタシはいつでもオッケーよ」

「そうですね。気が向いたら」

 仕事しろよ、と内心つっこみながら、タロウは宿を変えるかを真剣に検討していた。

「おいタキージャ!油売ってねえで仕事しろ!」

「はあい、イチさん」

 イチリョウに呼び戻されてタキージャは厨房へと戻っていく。タロウはテーブルの上の貝がたっぷりはいったスープを飲み、続いて揚がった魚のフライを口に放り込む。どちらも素材の味が引き出されていて、少し熱いのがまたちょうどいい。舌づづみを打ちつつ、結局それなりの量をタロウは腹へと納めた。


「タロウ、ギルドに行ってたんだよな?」

 一通り食べたところで、コウイチが話をふってくる。その隣ではミノリがなますを食べ、モルテルスが小魚を丸飲みしていた。

「ああ。なんというか、今までのところとは雰囲気がまるで違う。何て言うんだろうな、ああいうの」

 あの感覚を表す言葉をタロウは持ち合わせていなかった。強引で、熱気があって心地よく、くすぐったい。

「そうか、でついでにおネエを引っかけてきた、と」

「本意じゃない。というより知らなかったんだ、ここの従業員だなんて…」

 声が聞こえていた時点で男だとわかっていたが、警備兵がどこにいるかもわからず、勝手がわからなかったため介入したのである。その事を伝えると、コウイチもゴーシュもなんともいえない表情でタロウを見つめ返してきた。

「まあ、なあ」

「やってしまったものはしょうがないでござる。それより迷宮の話は聞いてきたでござるか?」

「あ、忘れてた」

 とりあえずこちらのギルドに手続きを済ませてきただけである。ついでにパーティーが来ているかを聞かれたことも付け加えておく。

「ふむ。では我輩も明日は少し立ち寄りたいところがありますので、迷宮はちょっと先延ばしにしてもらってもよろしいでしょうかな?」

「そうだね。ゆっくりしたいかも」

 海族二人は久しぶりの海を前にくつろいだ空気を漂わせている。やはり家に近いと気が抜けるのかもしれない。

「そうだな。観光してみるのもいいんじゃないか?見所がいろいろとありそうだしね。そういえば、二人はこの近くの出身なのか?」

 聞きそびれていたことを聞いておこうとタロウが聞くと、二人はそろって首を振る。

「ううん。私たちの住んでたところはもっと冷たい海の方。こんなに暖かくはなかったよ」

「近いと言えば氷都があったくらいですな」

「そうなのか」

 ミノリは海牛族のようだから寒い海なのは理解できるが、モルテルスは凍ったりしないのだろうか。じっと見つめていると、モルテルスがそっと小魚の積まれた皿を差し出してきた。

「いけますぞ?」

「…ごめん、ヒレとかひっかかりそうだから遠慮しとく」

 丸飲みするには少々勇気が足りないタロウであった。





「おや、早いね」

「おはようございます」

 日の出前に宿を出ると、コンテナを運ぶイチリョウと出くわした。中身は朝御飯の材料だろう。

「昨日はうちのやつがお世話になったみたいで、ありがとうな。ちょっと感情表現が激しいが、悪いやつじゃねえんだ」

 ニコニコしながらそういわれてしまうと、宿を変えることもためらわれた。魚人族はよく笑う。陽気さと強かさをあわせ持った種族といえる。それによく考えてみれば…。

「もっと変なやつが知り合いにいますから、全然問題ありません」

 貞操の危機はつきまとうだろうが、逃げ切ればいいのだ。無理に迫られることもあるまい。

「そ、そうか。大変だな、あんたも」

 人生いいこともあるからな、とバンバンと肩をたたかれる。

「それで、どっか出かけるのかい?朝飯はどうするよ」

「あ、ちょっと朝日を見に。なんでも森都の本にお薦めだって書いてありましたから」

 アメーバ大陸の最北東に位置する海都は海抜かいばつが低くさえぎるものがないため、美しい朝日が拝めると書かれている。せっかく来たのだから見ておこうとタロウは思い立ったのである。

「朝日ねえ。それもいいけど、時間に余裕があるんなら潜水船もおすすめだぜ。濡れることなく海ん中を見てまわれる」

「そんなのもあるんですか?そっちも行ってみますよ」

「おう。あんたたち獣人にはけっこう人気があるから、楽しめると思うぜ」

 潜水船の乗り場を聞いて、あとで立ち寄ってみることにした。水族館のようなものかもしれない、と期待はそれほどしないでおく。

「それじゃあ、またあとで。忙しいときにありがとうございます」

「なに、ミノリちゃんとモルテルスの旦那からもよろしく言われてるからな。困ったことがあればそこらのサメの紋章つけてるやつらに言いな。そいつらが海都の警備兵だ」

 礼を言って別れ、海の方へと向かう。ゴンドラはまだ動いているものは少なく、タロウは狭い道を伝って歩いていった。



水平線の向こうから、金色に輝く太陽が姿をあらわす。海面を同じ色に染め上げて、徐々に空へと昇っていく。

「すごいな」

 月並みな言葉しか発することができないが、タロウは確かに感動していた。太陽を神としてあがめた地球の古代の人々の気持ちがわかるような気がする。それほどまでに生命力に満ちあふれていた。

 その太陽を背に、スウッとあちこちから船がわきだしてくる。朝の漁を終えた漁船や、貨物船、人々を乗せた客船だ。その光景は景観を損なうことなく、人々のいとなみを行う都市であることを、彼らの家であることをタロウにより強く実感させた。





 ちゃぷん、と水路にその身を投じたモルテルスは、そろりと魔力の糸を伸ばしていく。海族は大海で迷わぬように、親しいものの魔力を基準とする。水中は魔力の伝達が非常に優れているので、距離が遠くても道筋にある魔力の特徴を覚えて道しるべとするのである。

 モルテルスは本来の大きさほどではないにせよ、自分の体を水路に合わせて大きくし、横に張り巡らされている道へと体を滑り込ませた。するするとまるで宙を泳いでいるかのような素早さで、自らの体が自由を取り戻していく感覚をおおいに楽しむ。やはり、生まれ育った場所ではなくとも、水中こそが海族にとっての故郷ふるさとと言えた。


(やつの家はどこでしたかな)

 モルテルスは思案を続ける。ミノリのことを心配し、森都へと行くことを勧めてくれた友人にその心配がなくなったことを知らせにいくつもりであった。きっと我が事のように喜ぶであろう。

(ええと、ここの角を曲がって、あちらですな)

 この地下水路は意図的に作られたものではない。脆い層と硬い層が入り交じっていた地層が、水の侵食を受けて少々づつけずれた結果の産物だ。上にできた建物が沈まないように、海族によっていくつもの石の柱や鉄柱が海中に投じられ、魔法による強化もなされている。そこまでして遠い祖先は陸上の民との交流を望んだのだろうか。

(我輩がそれを知る日が来ればよいのですがな)

 モルテルスにとって、陸上の民は海を汚す存在としての人族が幼少期の記憶だ。いつまでも自然に逆らっていきるか弱い種族。その考えは千年戦争によってくつがえされ、脅威とも呼べるもの達との共存を海族に考えさせた。

(『滅ぼしあうよりも、未来を』とはリュデス大公のお言葉でしたが…。その未来はやって来るのでしょうかな)

 願わくば、とモルテルスは祈る。自分が生きている間にその先を、種族が互いに手を取り合って進む未来を見てみたい、と。


(今の姫様のご友人たちは、我ら海族に対しても屈託くったくなどまるでない様子。稀有(けう)なことだ)

 海族はその種族特性として、陸の上でも水中でも他の人族に比べて力も魔術も強いことが多い。故に逆差別ややっかみを受けることも少なくない。だというのにあっさりと受け入れて、自分の上に乗るのにも躊躇ちゅうちょしない。面白い者たちだ、とモルテルスは思う。

(特に、コウイチという男。魂は男に見えるというのに、体はまるきり女性ですな)

 なまじ歳をとったせいか、モルテルスは普通の海族よりもよくえる。両性具有は海族にはそれなりにいるが、そうではないようだ。かといって、心と体が別の性をもって生まれてきたタキージャとも違うような気がする。

(姫がおっしゃっていた前世、とやらと関わりが深いのかもしれませんな)

 とりとめもない思考をしていたら、目的の人物の魔力が近いことに気づく。ふっ、と泳ぐ速度を落とし、辺りを魔力の糸で探っていく。


「何をしているのですかな、ロッカ」

「ちょっと、助けてくれない?」

 数ヵ月ぶりに会った友は、細い水路に挟まって身動きがとれない状態であった。




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