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三匹迷宮物語  作者: 九十
海都に
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其の一

 もう謝罪の言葉にもバリエーションがない。遅くなってすいませんでした。

 近づくにつれギルドの壁には繊細な螺鈿が施されていることが見てとれた。舞う魚や踊る海草、時には雄大な竜族の姿がいきいきと表現されている。タロウは目を奪われながらも、入り口らしい扉を押し開けて一歩足を踏み入れた。

「のわっ」

 目前には筋骨隆々とした魚人の胸板があった。

「おっとっと。悪いなニイチャン。大丈夫かい?」

 上からのぞきこんでくる魚人の男に謝って、タロウはギルドの中へと入る。中の作りは一つの岩をくりぬいた洞窟のようになっており、いくつかある天然の石の丸テーブルに人が集まっている。そのほとんどが魚人で、一握りの獣人族がいるのみだ。

「ええと、どこが受付なんだ?」

ご丁寧にも低位、中位、高位と書かれた石碑がテーブルの近くにあるので、中位のテーブルに向かう。

「すいません。森都から来たんですけど…」

 書類をめくっている貝の腕章をつけている、厚ぼったい唇をした魚人にそう声をかけると、ぴたりと話し声が止んだ。

「おいおい、ふかすのも大概にしろよ、猪の坊っちゃん。この時期にどうやって森都から来るんだってえの」

 隣のテーブルに座っていたとがった顔の魚人が立ち上がって肩に手をかけてきた。結構な力が入っている。身長はタロウより頭ひとつ分高い。

「いえ、間違ってないんですけど…」

 タロウはカードを首元から取り出して、男に見せる。オパールに似た虹色のカードを見た男は動揺してさっと手を引いた。

「中位の冒険者か!悪かった、いちゃもんつけるつもりはなかったんだがよ。あんまり非常識なこと言いやがるから、つい。いや、ほんとにすまん」

「え?いや、大丈夫ですよ、気にしてませんから」

 突然頭を下げられて戸惑うタロウに、スッと一枚の紙が差し出された。

「ヴァルフレードだ。ようこそ、海都のギルドへ。ごろつきなら間に合ってるが、腕利きの冒険者なら歓迎する」

「そりゃあねえよ!おやっさん!」

 尖った顔の男が情けない声で叫ぶと、ギルドは笑い声に包まれた。

「ぎゃっはっは、デッドリー、ごろつきだってよ!」

「違いねえ!この間も助けた人魚に悲鳴あげられてたもんなあ!」

 がやがやとうるさくなってきた。タロウは書類を受け取ってさっさと退散しようとするが、書き終わった書類をヴァルフレードといった男に手渡すと、腕をつかまれてさっさと別のテーブルへと連れていかれてしまう。

「ちょ、離してくださいよ!」

「まま、イッパイやりねえ」

「ここの酒はうめえぞー」

 強引に座らされ、スコッチグラスに中程まで注がれた酒をすすめられた。タロウはそっと様子をうかがうが、にこにこと笑って解放してくれそうな様子はない。弱りきったタロウは飲んでさっさと退散しようとグラスを手に持った。


「なんの騒ぎだい!」

 かすれてはいるが耳障りの良い声が喧騒を縫ってタロウのもとまで届く。声のした方を見ると、褐色の肌に日に焼けた金髪の魚人が眉をつり上げて男達を睨み付けていた。

「リベルタの姉御!この兄さんが森都から来たってんで、歓迎してたところでさあ!」

「そうそう、おれたちゃあこっちの流儀ってもんを教え込んで、早いとこ慣れてもらおうって腹でして。へへへ」

 たった一人の女性の登場で、ギルドの雰囲気はパンと張ったシーツのように整然としたものへと変わる。彼女はここいらの顔役だろう、と当たりをつけたタロウは挨拶をしておくことにした。

「どうも、タロウと言います。今日こちらに着いたばっかりで勝手がわかりませんが、ご指導いただけると助かります」

「ふうん。最近の若者にしては殊勝じゃないか。あたしはリベルタ。ここで十年近く冒険者をやってる。困ったことがありゃあいつでも頼ってきな」

 凄みのある笑顔を浮かべて、がっしりとタロウと握手をするリベルタ。その様子を見ていた周りの男達もほっと息をついているものが視界のはしに映った。対応は間違っていなかったらしい。

「タロウ」

「あ、はい」

 いつのまにかどこかへ消えていたヴァルフレードが戻ってきていた。

「無事、手続きが完了した。パーティーメンバーのもこちらに?」

「あとで手続きに来ると思います」

「そうか。ここにいる間依頼を多く受けてくれると助かる。海神わだつみのご加護がありますように」

「「微笑む女神の加護ぞあれ!」」

 ヴァルフレードの言葉に続いて一斉に皆が唱和する。驚きと照れ臭さを混ぜた微笑みを返して、タロウはギルドを出ていった。


「やれやれ、魚人でもあの方法は非常識らしいな」

 森都から来たと言った途端にあの反応である。あの主従の言葉はまともに受け取ってはいけないようだ。海族が非常識なのではなく、あの二人がおかしいのだろう。

 ぐるりと回りを見渡すが、どのゴンドラも人が多くて乗れそうな余裕はない。天気もいいことだし、観光がてら歩いて帰ろうとタロウは一歩踏み出した。




『海都は優美な都市である。美しい海、張り巡らされた水上網による風情ふぜいあるながめ。生き生きと働く魚人達もその風景に溶け込んで、なんとも言えぬときめきが異邦人いほうじんを歓迎してくれる。

 海都は雨の降らぬ都市でもある。千年戦争前からかけられている魔法によって、雲が退けられているのだ。雨季に降った雨はひと所に集められ、一年をかけてゆっくりと海都の水路へと放出される。生活にはろ過したそれを使い、排水も再び浄化されて海へと流れゆく。水の汚染に敏感なのは海族だからこそと言えるだろう。

 そして特筆すべきはやはり港である。海賊にも対応できるように様々な工夫が凝らされた港は、しかしその為だけのものではない。ひとたび陸の人族が海を汚したならば、その砲門はたちどころに我らへと向けられるだろう』



「まともな観光案内だな」

 開いていた『十二都市観光案内』をパタンと閉じて、太陽を浴びてきらめく水面をみつめた。海都にくるまで降り続けていた雨も、ここではその片鱗さえない。

「眠くなってきた…」

 宿に戻るのも億劫おっくうだし、そのあたりに寝っ転がってしまおうか。そんな誘惑とタロウが戦っていると。


「いやっ。ちょっとやめなさいよ!」

「おい、ざけてんじゃねえぞ」

「ひんむいちまえ」

「ったく、手間とらせないでくれる?」

 なにやら物騒な話が聞こえてきた。耳がいいのも困り者である。見える範囲にはそれらしき姿はない。人を呼ぶべきか迷っていると、ガラガラッとなにかが倒れる音がした。

「さっさと出せっていってんだろうが!」

「はやくしろ。こんなんいいちいちかまってらんねんだよ」

「もうこいつぶっ殺して漁ったほうがはやいだろ」

 タロウはとても嫌そうにしながらも立ち上がる。首を突っ込まない方がいいのだ。それはわかっている。わかっているのだが…。


「なあ、ちょっと俺も混ぜてくんない?」

 声のするほうへと歩みをすすめると、案の定袋小路になった路地の最奥で、一人の魚人を三人の魚人が取り囲んでいた。

「ああ?お坊っちゃんはどっかいってな」

「いたあーい思いする前に消えた方があんたのみのためだってわからない?」

「見ちゃったからにはこいつやっちゃったほうがいいっしょ」

 一人が腰の剣に手をやって、抜き放った。鋼の色が妙な液体で紫色へと変色している。毒でも塗ってあるのだろう。

「いや、平和的に解決を、とおもってるんだけれどね」

「バカか!寝言は死んでから言えっての!」

 一人が見たことのない武器を投げつけてくる。避けたところに、剣を持った男が飛びかかってきた。

「ははっ、しねええええ!」

 頭上に高く掲げられた剣がタロウに向かって降り下ろされる。半回転してさけて、その勢いのまま蹴りを放った。

「がっ」

 あっさりと吹き飛んでいく魚人に、タロウは冷や汗を流す。手加減をしたつもりだが、それなりの手応えがあった。死んだか?

「ぐっ、ぐううっ」

 動いている。生きているようだ。真面目な表情を崩さないように気を付けて問いかける。

「まだやるのか?」

 卑怯な手である。実力差は歴然、たとえ三人で襲いかかられても負けない自信があった。

「くそが…。そんならこれならどうよ?」

「きゃっ」

 襲われていた魚人の首に短剣が押し付けられる。タロウはめんどくささを隠さずに、腰につけていた槍を放った。

「!」

 狙いあやまたず男の横にビイインと突き刺さる短槍。

「もう一本、あるんだけど、どうする?」

 腰にあるもうひとつの槍へとこれみよがしに手をやると、

「覚えてやがれ!」

 とお決まりの台詞が吐き捨てられ、バシャンと水音をたてて水路へと逃げていく。


「やだ、ありがとうおにいさん」

「怪我はないみたいですね」

 抱きついてこようとした魚人を軽くかわし、それじゃ、とその場を後にした。





「ただいま」

「おかえり。遅かったな」

 遠回りをして宿に帰るともう夕暮れ時で、一階のテーブルにはメンバーが揃っていた。

「ちょっと土地勘を養おうと思ってさ」

「そうか。飯はまだだろ?一緒にどうよ」

「食べるよ」

 空けてくれた場所に椅子を持ってきて座ると、魚介の匂いが厨房から漂ってくる。うまそうな匂いだ。期待できそうな料理に心踊らせていると、一人の魚人が料理を運んできた。

「あら!さっきのおにいさんじゃない!もう、お礼もろくに言わせてくれないなんて、ひどいわ」

 手に持ったスープをこぼさずに器用に身をくねらせる魚人族の()。タロウがいたと思っていた相手である。

「お主、一日もたたずに引っかけてくるとは…」

 驚愕の表情をしたままゴーシュが絶句する。タロウは宿中に響く声で叫ぶしかなかった。

「俺は悪くねえええええええ!」





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