表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
60/182

エピローグ

 しとしとと降り続く雨は妙に物悲しさを感じさせる。ミリアン・グレイフィールドは、庭の紫陽花あじさいを見ながらぼんやりと考え事をしていた。濡れて艶めく紫陽花は青から赤へと美しいグラデーションを見せている。

「タロウさん達はあっさりと旅だってしまわれましたね」

 盆にお茶とお菓子をのせて、ミューメルが部屋へと入ってくる。タロウ達が森都を離れた後、ミリアンは再び一人大きな離れを貸し切っていた。

「そうね。あんまり早く成長されちゃうと、師匠としては教えることがなくなっちゃうわ」

「ふふ、あなたが教えるのではなくて、教えられているようなものですけどね」

 柔和な顔に柔らかな微笑みを浮かべ、ミューメルが告げた言葉に、笑って返した。

「そうよ。私は完璧じゃないもの。そしてあなたも、彼らも。足りないなら補い合えばいいのよ」

 千年戦争も、そうやって生き延びてきた。ずっと、ずっと。そうでもしないと一人では全然足りなかった。知恵も、力も、なにもかもが。

「ええ、私もそう思いますよ。最近の子供達は何故かすべて一人で抱え込んでしまうから、ちょっと心配でしたけどね」

 それも彼らのおかげで良いように変化しました、とミューメルは嬉しそうにしている。熱めにれられたお茶をすすりながら、ミリアンは問いかける。


「…似ていると思わない?」

「ええ。非常に」

 百五十年前もこんな風によくわからないことが続いたものだ。なにかが起こっていることは知ることができても、なにが起きているのかはうかがい知れない。もつれている糸の、どこを解けばいいのかわからないのだ。

「私たちにとっても短くはない時間が過ぎたというのに、また繰り返すのかしら」

 憂鬱な気分が忍び寄る。また、あの地獄を再現しなければならないのか。真っ先にか弱いものの命が散る戦場を。

「そうはさせませんよ。私たちの孫にまで、あのような悲惨な目には遇わせたくはありませんからね」

 ミューメルが確固とした意思を見せる。彼女は息子を千年戦争の混乱で失っている。その意思が揺らぐことは決してないだろう。

「メルは、大丈夫よ。ユーリアに似てとても強い子だから」

 メルの母であったユーリアは王都で亡くなっている。ミリアンにとっても親しい友人を人ごときに殺されたのは、正直なところ許しがたい愚行であった。ジークと共に二十年前の王都に行っていれば、ノスフェラトゥ共々都市ごと消し飛ばしてやれたものを。

「かえすがえすも残念だわ。あの忌々(いまいま)しい都市があることが」

「ミリアン」

 とがめるように強く名を呼ばれて、そこで口をつぐんだ。ミューメルを怒らせるのは得策ではない。それでも、ミリアンは人の愚かさを許容できずにいた。どうしても、許せないことだってある。


「まったく。あなた達はいつまでたっても子供のまま、少しは精神的に成長してくれませんか?」

「お説教はシュロのやつにお願い。あいつ、弟子たちを軍蟻との戦闘に駆り出したのよ?」

 シュロでなければとっくに消し炭にしているのだが。残念ながらあいつには魔術は通用しない。

「危なくなれば彼も助けたでしょう。私たちも彼らの動きには気を配っていましたしね。もっと信用してあげなさい」

「信用はしてるわ。それに実力としては十分通用すると思っていたもの」

「ではなぜ?」

 ミューメルの言葉に肩をすくめて答える。

「心配なのよ。たったそれだけ」

 それだけだ。師匠より早く死ぬ弟子は、もういらない。寿命をまっとうして欲しかった。

「変わりませんね、あなたは。もっとも心を砕いたものの死を悼み続けている」

「そういうあなたは少し変わったわ、ミューメル。昔はそんな表情しなかったもの」

 魔術師ではなく戦士として身を立てたミューメルは、昔は厳しい表情を崩すことはなかった。

「ええ、変わりました。家族というのは存外悪くはないものですよ」

 そんなものだろうか。ミリアンは血の繋がった家族など欲しくはない。弟子たちがいれば、幸せであってくれれば、それで良い。この森都にいる同胞達が家族のようなものだから。






「ようやく一区切りついた…。手伝ってくれてありがとう、ジーク」

 机の上にあった書類がすべてなくなったのを清々しい気分で眺めながら、最大の功労者に謝辞を述べる。

「ギルドマスター権限で無理矢理手伝わせておいて、よくもまあ。本当に貴様はろくでもない男だな、この若造が」

 しかめっ面をしながらも、仕事だけは真面目にこなしてくれたジークに、再度礼を言う。

「そんなに誉めても何も出ませんよ。だいたい私をこの地位につけたのはあなた達じゃないですか」

 長老会と古い精霊族のおさ達が、冒険者としてあちこちを放浪していたシュロを任命したのはもう二十年以上前のことだ。シュロは気ままに戦いに首を突っ込んでは、あちこちの迷宮で多大な功績を築き上げていた。

「その方が安全だったからな。首輪どころか、どんな鎖を使ってもお前を留め置くことはできん。ならば退屈などとは無縁の地位につけるしかあるまい?」

「あなたがやればよかったのに…」

 高齢であることは確かだが、エルフには老いがない。そして魔術師としてなら、この男の右に出るものは恐らく地上には存在し得ない。

「“制炎”であるあなたなら誰も否とは言えないでしょう?」

 その言葉にじろり、と殺気すらこもった瞳で見つめられ、ぞわぞわと背中が総毛立つ。自分の魔術師特化の能力がなければ、とっくに逃げ出している頃合いだ。

「…老いたものが出すぎた真似をすれば、未来を閉ざしかねんからな」

 嘘つけ、と心の中で悪態をつく。どうせ、孫のためだろう。双子が幼い頃には、毎日のように散歩に連れ出したり、様々なものを買い与えたりしていた。孫離れができない男だ。

「そうですか。まあ、退屈はしていませんよ、お陰さまでね」


 そういえば、とひとつ思い出したことを聞いてみた。双子の話なら食いつくだろうとにらんで。

「テルもビルも、冒険者にはならないんですか?」

 一時期まことしやかにささやかれていた噂話は、二人が彼らに着いていかなかったことで沈静化していた。

「ああ。だが、外に出るのを諦めたわけではないようだな。願わくば、と思っていたんだが」

「私も人のことは言えませんけれど、ちょっと押し付けすぎじゃないですか?」

 彼ら自身が厄介事のかたまりみたいなものだ。タロウはユキナガと同じく捨てられない男だし、コウイチはなにやら物騒な迷宮品を使いこなしている。ゴーシュといったあの男には、驚かされた。いくら魔術に優れる蛇人族の身であっても、あの歳で正確な魔術制御を身に付けているのは冗談としか思えない。

「孫のためだ」

「本音なのがわかるだけにうすら寒いですよ、それ」

 さしものシュロも、顔がひきつるのを止められなかった。エルフは身内に大概たいがい甘いが、この男のそれは常軌じょうきいつしていると断言できる。

「貴様の戦闘狂いよりかは幾分いくぶんましだ」

「いいえ、私は負けたりしませんから問題はないはずです」

 互いに、しばし無言で睨み合う。先に目をそらしたのはシュロだった。この男の考えはまるでわからない。いや、孫のことしかないのは読めるのだが。

「そういえば、兄から品物が届いてますよ」

 ものものしい封がされた小包を、無理矢理に手渡す。怪訝な顔で受け取ったジークが、包みを丁寧にいていった。御大層に氷都の万年氷で作られた透明な箱に、一輪のバラがつぼみのまま保存されている。

「なんだ、これは」

「さあ?」

 短くジークへ、と書かれたメッセージが添えられていただけで、シュロは何も聞いていない。と、ジークが持ち上げた途端とたんに蕾が深紅に染まり、華開いていく。病的なほどに肌の白い男が、華の上で痩身を嬉しげにくねらせていた。千年戦争の遺物の一つ、生命を失うことで発動する遺言魔法ラストメッセージである。

「『やあ、ジーク。君への愛を込めて…』」

 最後まで聞かずにバラが炎に包まれる。ぎょっとして身を引いたシュロが、抗議の声をあげた。

「危ないだろう!」

「貴様がこれぐらいで死ぬか。というよりもこれはスレインからではなく、ノスフェラトゥからではないか。このように不快なものを渡しおって」

 瞋恚しんいをその瞳に宿らせて、親の仇でもみるかのような目で小包を燃やし続けるジーク。

「『君は今ごろどうしているのだろうか?僕がいなくて泣いているんじゃないかと気が気でならない』」

 部屋の温度が上がるほどの高温にさらされても、気にせずしゃべり続ける遺言魔法。気温を下げる魔術具を使いながら、シュロは恐る恐る提案した。

「一応、話を聞いてみませんか?」

「…チッ」

 鋭い舌打ちを一つくれて、ジークはようやく炎を収めた。

「『…さて、君への愛の言葉はこれくらいにして、大切な話をしようと思う』」

 ちょうど真面目な話に変わったことにほっとして。シュロは耳を澄ませた。

「『神都から遺物が盗まれた。負傷者はいないが、蜂の巣をつついたよりもひどい騒ぎになっている。ただちに関係各所に連絡を取ってくれ』」

 そう言ったきり、魔法は沈黙した。

「最初に言えよ!そういうことは!」

「大変だな、お前も」

 滅多にみれないあわれみの感情を表に出すジークに、たのみ事をしてみる。わかった、と色好いろよい返事が来たので、シュロは他の機関への連絡を急いだ。





 雨の中でも賊達は元気だ。妙なことに感心しながらも、ビルは前で拘束の指揮をとっている兄を見やる。いつも通り、堅物のままだ。

「一陣、前へ。三、二、斉射」

 ヒュッと羽で風を切った矢が、豪奢な馬車で山道を行く男たちに襲いかかる。悲鳴をあげることもなく、彼らはその意識を失った。容赦はしない。敵を侮らない。それが鉄則である。

「降りるぞ」

 険しい山道を苦もなく降り立ったエルフ達は、馬車の扉を男達からあさった鍵で開いていく。

「だれ?」

 幼い声で誰何し、こちらを不安そうに見つめて来る子供達。

「我々は森都の風華だ。君たちを保護しに来た」

「ほんと?!」

 テルの言葉に、ざわつく子供達。種族も性別も様々だ。ひどい怪我をしているものは無く、健康そうである。

「本当だ。それでは、森都へ案内する」

「大丈夫だぞ、この男は顔は怖いけど、金持ちだからうまいもん食わせてくれるからな」

 仏頂面のまま子供達に答えるテルを見かねて、ビルが口を挟む。ところが、部下から注意されてしまった。

「隊長、そっちの方が怪しいですって」

「そうか?子供は食べもんに弱いだろう?」

「だからです。そういって拐われてきたやつもいるんじゃないですか?」

 子供達を見ると、明らかにビルを警戒している。しまったな、と大げさに肩をすくめて見せると、綺麗な顔立ちの子供が話し出す。

「みんな、大丈夫だよ。この人は嘘ついてない」

 たった一言で、子供達はあっさりと信じてしまった。ビルは表情に驚きを出さないよう気を付ける。

「それでは、移動する」

 テルは周囲の警戒を強めながら、森都への道を歩き始める。最後尾を担当しながら、ビルは部下へと話しかけた。

「オレって、そんな怪しく見えるか?」

「ええ、まあそれなりに」

 歯に衣着せぬ部下の言葉に、ちょっとだけ傷つきながらも、前を行くテルを見つめる。

「そういや、隊長。冒険者になるんじゃなかったんですか」

「ああそれね。ちょっと保留することにした」

「安心しました。新兵はなかなか使い物になりませんから、抜けられると心細いなって思ってたんですよね」

 調子のいいやつらだ、と小突きながらゆっくりと歩みを進める。今すぐついていく必要はない。言質げんちはとってあるのだから。




『いつか、今日みたいに今度はあなたが世界を案内してくれますか?』

『いいともー』

『お、じゃあオレも便乗させてもらおうかな』

『俺にまかせとけー』


 あそこまで酒に弱いとは思っていなかったが、たいした収穫だった。ほくそ笑みながら、ビルはそう遠くないだろう未来に思いをせた。




【Nameミリアン・グレイフィールド Lv80 Age180 skil:魔術師 雷神の加護 HP60/60 MP 99/99 STR20 INT80 AGL40 LUC40】

【Nameシュロ Lv85 Age180 skil:相殺 HP80/80 MP60/60 STR80 INT60 AGL50 LUC1】

【Nameミューメル Lv90 Age250 skil:固定 地母神の神の加護 HP70/70 MP 60/60 STR75 INT70 AGL70 LUC20】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ