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三匹迷宮物語  作者: 九十
誘い
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其の五

 タロウ達獣人族は風にのって届く臭気に顔をしかめながら、相手の正体を注意深く探る。嗅ぎ慣れていない、血と腐った臓物のような不快な臭い。



「なんだ、こりゃ。魔獣にこんなやつはいたか?」

「どうにも嫌な感じのにおいでござるな。湿地の泥鯰よりも酷い臭いでござる」

 感じたことの無い不穏な気配に自然と警戒を強める。臭いの漂ってくる方向に全員が向き直り得物を構えた。


「グオオオオッ!」

 大気が震える轟音と共に一つの異形が姿を現す。見上げるような大きさの人に似た、されどけっして人ではない巨大な単眼と盛り上がった筋肉。布切れを巻き付けただけの巨躯と異様に長い腕に握られた一抱えほどの太さのある棍棒。通常は迷宮にしか存在しないはずの単眼鬼であった。


「おいおい、なんだって怪物がこんなところにいやがる!?」

「冗談きついでござるな。魔獣ならなんとかなっても、それがし等には怪物との戦闘経験はあまりござらん」

「それでもやるしかねえだろう。こいつを里の方に行かせるわけにはいかねえからよ」

「落ち着いて対処すればなんとかなるだろ。俺が盾で押さえるから、その間にみんなで攻撃を」

「無理しないでね、タロー」

 未知の相手に対峙するのは怖いものがある。この世界では毒持ちも見た目と違う攻撃手段を持つ生物も多い。だがタロウにはこの世界で身に付けた戦う術があり、その高いステータスを実感してもいた。ゆえに一番頑丈であろう自らが前に出ることを選択する。咆哮をあげて前に出、単眼鬼の注意を引く。



「うおおおおおっ!」

 巨大な質量をもった棍棒が、単眼鬼の強靭な肉体から作り出される力をもってタロウに迫る。盾を両手で構えたタロウの手にその衝撃が加わり、地面へと足が沈みこむ。

「こっちだ、デカブツ!」

 その横合いからユリトキが大きく振りかぶった大剣を単眼鬼の膝に叩きつけるが、表面を浅く切り裂いた程度に止まった。

「ちいっ!硬ってえな、このやろう!」

 ユリトキにターゲットを変えた単眼鬼の棍棒が迫る。

「下がれ、ユリトキ!『火の主、偉大なる生命の灯火、邪悪なる怪物を焼き尽くせ』!」

 ゴーシュの詠唱が高らかに響き、単眼鬼へと炎がとぶ。単眼鬼は左腕を掲げ、頭への直撃を避けた。



「なかなか、攻撃一辺倒の単細胞ってわけじゃないらしいな」

 近づく隙をうかがうコウイチの唇に苦笑が刻まれる。

「ちょっと普通に攻めるのはむずかしそーだね」

 メイノも先程の攻防を見て思案げに槍をくるりと回す。その間にももう一度同じ攻防が繰り返され、低位魔獣には致命傷となる攻撃は通じない。


「ゴーシュ、もっと火力の高い魔術はないのか!」

「あるでござるが、時間がかかる上避けられたら目も当てられぬでござる!」

 男三人の連携が崩れることはないが、かといって有効打が与えられているわけではない。もう一手、何かが必要だった。


「そのまま引き付けとけよお前ら!目ん玉にとびっきりのお見舞いしてやるからよ!」

 コウイチが単眼鬼の目を狙って短剣を投げつける。吸い込まれるように見事に命中したとたん、単眼鬼が目を押さえて苦しみ始める。

「ゴーシュ!」

「『火の主、偉大なる生命の灯火、あなたを信ずる我らを脅かす、生命を吹き消さんとする怪物を、その業火にて焼き尽くさん』!」

 先程とは異なる大きさと熱量をもった炎が一直線に単眼鬼へと迫り、熱さを感じてその身を捻る単眼鬼を包み込む。油断なく構えるタロウ達の前で、やがて轟音ごうおんをたてて単眼鬼が地面へと倒れこんだ。



「やったか?」

 十秒ほど数えても起き上がってこない単眼鬼を前にユリトキが呟く。それを聞いた三人が再び臨戦体制を整え、ユリトキへ向かって投げつけられた棍棒をメイノが弾いた。みれば、単眼鬼の黒く焦げた肌の下から新しい皮膚が見えている。そのまま脱皮するかのように焦げた皮膚を脱ぎ捨てて現れた単眼鬼の体には、傷ひとつ見当たらなかった。

 単眼鬼は憎しみのこもった目をタロウ達にむけ、とどろくような声をあげて再び向かってくる。



「第二ラウンド開始ってか!」

 茶化すようにいったコウイチの目には、隠しきれない恐怖がうかんでいた。



「おらあっ、いい加減くたばれこの野郎!」

 先程と同じような光景が繰り返される。違うのは、棍棒を失って掴みかかってくる単眼鬼と、その足から時おり繰り出される強烈な蹴りだ。一発でももらえば吹っ飛ばされてしまうし、捕まれば抜け出すことはできないだろう。緊張感は増し、それに比例するように疲れが見え始めていた。しかし、単眼鬼のほうもまったく思うようにならない戦闘にれてきたのか攻撃が雑になり、ユリトキやゴーシュの攻撃をまともに受ける回数が増えていく。



「『火の主、偉大なる生命の灯火、その腕で我らを守りたまえ』!」

 単眼鬼から逃れるために体制を崩したユリトキに単眼鬼の足が振られ、それを守るためにゴーシュが炎の壁を作り出す。単眼鬼はさきほど焼かれた痛みを思い出したらしく数瞬とまどい、その隙にメイノが関節部を狙って槍を放つ。体をねじってそれを避けた単眼鬼が今度はメイノを標的に拳を振るい、間に割り込んだタロウが盾で防いだ。

「ぐうっ。」

 勢いと重さのある拳を受けて、思わず苦鳴がもれるタロウ。それでも盾を取り落とすような無様さは見せず、単眼鬼が拳を引き上げるのに合わせて盾を跳ね上げ拳に攻撃を加える。苛立ったように連打を浴びせてくる単眼鬼の攻撃を盾で受け流し、受け止め、隙を見て少しずつ手傷を負わせていく。


「『炎の主、偉大なる生命の灯火、我らが敵を焼き尽くせ』!コウイチ、主も少しは働かぬか!」

「うるせえ!攻撃当てても通らねえんだよ!警戒されててなかなか攻撃があたらねえ!」

 手痛い一撃を加えたゴーシュとその隙を作ったコウイチは警戒されていて、加える攻撃は避けられてしまう。無理に当てようとしてコウイチが近づき、単眼鬼の攻撃をまともに受けて荷車の方まで吹っ飛ばされる。



「コウちゃん!」

「バカ、よそ見すんなメイノ!」

 コウイチに気をとられたメイノに単眼鬼の手が迫り、それをかばったユリトキが捕まってしまう。

「ぐうっ」

「ユリトキ!くそっ、離せこの怪物が!」

 単眼鬼はあせって攻撃を始めるタロウ達をみてニイッと笑い、見せびらかすようにゆっくりとユリトキを握る手に力を込めていく。

「ぐあああっ!」

 骨がきしむ音をたててユリトキを死へ誘おうと力が加えられるが、全身の筋肉を膨張させてユリトキも必死に抵抗を試みる、その時。倒れていたコウイチが単眼鬼の足に向かって網を投げつける。

「ゴーシュ!」

 即座にゴーシュのスキルが発動し、網が単眼鬼の足に絡み付く。メイノが渾身の力で槍を叩きつけ、同時にタロウも同じ方向に力を加える。単眼鬼の足がバランスを崩し、大地に倒れこんだ。


「がはっ」

「ユリトキ!大丈夫?」

 衝撃で解放されたユリトキのもとにメイノが駆け寄る。傷は浅いらしくすぐさま起き上がる。

「メイノ、俺の剣を!タロウ、ゴーシュ、コウイチ、そいつの腕を動かせないようにしてくれ!」

 ユリトキの言葉に全員が従い、メイノが大剣を渡し三人は単眼鬼の腕に攻撃を叩き込む。

「『火の主、偉大なる生命の灯火、この邪悪なる怪物の手を浄化せん』!」

 ゴーシュが右の手を燃やし、

「うおおおおっ!」

 タロウが左の手に盾を突き立て地面へと縫い付ける。暴れようとする単眼鬼が、

「おっと、往生際おうじょうぎわがわりいなあ」

 そっと触れたコウイチの手に呼応するかのようにビクリと跳ね、

「これでしまいだあっ!」

 跳躍し、縦に回転するユリトキの握った大剣が、ズバンと音をたてて単眼鬼の首を撥ね飛ばす。くるくる、と宙を舞った単眼鬼の首がズシャリと地面に落下した。



「今度こそ終わり、だね」

「「うおっしゃあああっ!」」


 ついに単眼鬼を仕留めたのであった。





 早めに休むことを決めて神具で結界を張り、擦り傷や打撲など、薬草や傷薬で手当てと装備の手入れをしながら戦闘を振り返る。

「コウイチが触れたとたん動きを止めたけどあれってスキルなの?」

「ああ、もっと早く使えれば良かったんだけどな、条件があんだよ」

「そうなのか、でも強力なスキルだよな」

「ユリトキの最後の一振りもスキルでござろう?」

「おう、命中率が悪いから動かない相手にしか使えねえけどな」

「タロウもすごかったよね、盾で攻撃するのって難しいんじゃない?」

「あいつが似たような攻撃しかしてこなかったからなんとかなったんだよ」

謙遜けんそんするなよ、おまえほとんど受けきってたじゃねえか。ありゃ簡単にできることじゃねえ」

「いや、攻撃ならゴーシュの魔法がいい線いってただろ?結構柔軟なんだな」

「会心の一撃のあと起き上がってこられたのには驚いたでござるよ」

 肝心なところを明かさなくても、お互いの戦闘術について評価や分析を行う。実際、ひとつでも欠けていれば大怪我をする可能性は高かった。


 突然、ザザザッと音がしたかと思うと、薄緑色の群れが茂みから飛び出してきた。驚いて見やる一行。

「なんだ、水毬スライムか。何でいきなり集まってきたんだ?」

 目も口もない水毬がユリトキの疑問に答えるわけもなく、一目散に単眼鬼の死体に群がっていく。

「お食事タイムってわけだな。こいつら怪物でもお構いなしかよ」

 水毬は世界中に生息する生物だが、魔獣には分類されない。ユリトキやコウイチが落ち着いているのも、水毬が生きている人や動植物を襲うことがないと知っているためだ。水などを綺麗にする性質もあり、里でも下水処理場には大量に集まっているのを見かけることもあった。


「なんか、こうしてみるとちょっとかわいい気がしてくるから不思議だよねー」皆から離れて、水毬をつつきに行くメイノ。お気に召したらしい。

「正気か?メイノ。こいつらがふよふよしてんの見るとちょっと気持ち悪いんだけどな」

 そんなこんなとりとめの無い話をしていると、単眼鬼の死体は骨も残さず綺麗に平らげられてしまった。心なしか怪物の青い血を取り込んで色が濃くなった気もする。

「とんでもなく早食いでござるな」

「そういう問題じゃない気もするけどな」

 ぼんやりと眺めていたら、五十匹ほどの群れからちょっと大きめの個体がこちらに近寄ってくる。ボヨンボヨンと跳ねながら、少し重そうな感じでタロウに近づき、ぐにょりと体を変形させてなにか金属のようなものを差し出してきた。


「え、貰えってこと?」

「そうなのでは?」

「こいつらホントなんなんだ?謎過ぎる」

 一部の狂信的な学者たちにより色々な研究がなされているが、水と魔力で大半が構成されている生物らしいということが一般には伝わっているのみだ。その生態は謎に包まれている。

「あ、ありがとう?」

 おそるおそる受け取ったタロウの手のひらには、

繊細な意匠いしょうの腕輪が一つ残された。それをじっと見て、なにか良いことを思い付いたと言わんばかりのわざとらしさで話始める。


「俺にはちょっと小さすぎるかな。誰か必要なひとがいるならその人が使ったがいいよな?」

 ちろりとユリトキに目配せするタロウ。

「そうでござるな、某の趣味ではないゆえどなたか使いたいものが使うのがよかろう」

 目敏く気づいたゴーシュもユリトキへとアイコンタクトを送る。

「オレは使わねえぞ?コウイチはどうだ?」

 疑問符を浮かべるユリトキ。

「いや、そんなもんつけてたら邪魔になるからなあ」

 なんとなく成り行きを見ていたコウイチも感づいたらしく、辞退する。

「いやあ、ほら綺麗だし、贈り物とかにはいいよなあ」

 チラチラと必死にユリトキに目配せするタロウ。

「そうでござるな、繊細なつくりでござるからおなごは喜ぶでござろうなあ!」

 ユリトキに向かって話すゴーシュ。

「おう!そうだな!そのよ、誰もいらないんだったらオレがもらってもいいか?」

 ようやく気づいたらしいユリトキが慌てて立候補する。

「「もちろん」」

 タロウから受け取ったコウイチがユリトキへと渡す。

「しっかりやれよ」小声でぼそりと呟かれたユリトキが姿勢を正す。

「みんなー、真剣な顔してどうしたの?なんか水毬スライムにもらってたね」

 水毬をつつきに遠くまで行っていたメイノが帰ってくる。

「メイノ!」

「なあに、ユリトキ」

「オレと結婚してくれ!」

 そういって腕輪を差し出すユリトキ。息をのんで目をうるませ、嬉しそうにうなずくメイノ。



 ここに、世界一幸せな新婚さん(バカップル)が爆誕した。




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