其の三十
またしても間に合わず。無念。
酔っぱらい並に絡んでくるシュロからようやく報酬の話を聞き出す。迷宮産の品と、金貨五百枚を用意したとのことだった。
「え、金貨五百枚ですか…」
「不満ならもう百枚追加してもいいよ?」
思わず呟いたタロウの声に、シュロがそう言ってくる。不満なのは金額ではなく、別のところだ。
「いえ、それだけの金貨を持って歩くのは大変なんで、他のものにならないかなと」
「ああ、そういうことか。それなら紙幣で渡そうか?」
ニヤリと笑ってそう告げるシュロは、当然森都以外での紙幣の流通が少ないことは知っているだろう。タロウが言葉につまると、冗談だよ、といって机の引き出しから紙の束を取り出す。
「これに署名をして渡そう。各都市のギルドでなら換金が可能だ」
切手くらいの大きさの紙がシート状になっている。というよりもタロウの目には切手にしか見えなかった。
「どういう仕組みでそれが可能なんですか?」
「簡単なことだ。これはギルド間でしか流通していない。魔力を通すと変質するから、同じものは他人にはつくれない。君の下げているカードと同じような原理だよ」
タロウの首元にある赤と銀のドッグタグに似たカードを指して、シュロが言う。魔力認証なら偽造はほぼ不可能といっていいだろう。
「前から疑問だったんですけれど、これってどんな仕組みで識別してるんですか?」
「私も知らない。百年ちょっと前にドワーフがつくって、ギルドで使えば便利だといって条約が結ばれるときに持ってきたんだよ。それから百年、同時代に同じ色と模様、材質の者が現れたことはない」
高濃度の魔力は視界に変化が生じるので、それをもって視ることはできる。しかし一部のスキルや種族意外では、それを個人毎に見分けるのは至難の業といってよかった。
「よし、終わった。品物はそこの箱の中に入っている」
椅子から立ち上がってシュロがソファの横にある木箱へと近づく。その中身を一つずつタロウの前に並べていき、近くで見るよう手招きをした。
「左から魔術を切ることができる短刀、魔獣や怪物の属性を見ることができる単眼鏡、それからくくりつけた装備品に魔力を上乗せしてくれる飾り紐」
どれも迷宮探索には役立ちそうなものばかりだ。正直自分一人では選べない。
「魔力を切るとか上乗せとかどういうことですか?」
「ああ、切るって言うのは構成を断ち切るから実際には無力化できるよ。属性を見るって言うのは、通常は攻撃をして来てからやっと相手の属性がわかるだろう?それを事前に色で識別してくれる。これを通して見ると媒体と同じ色に染まる。上乗せはそのままだね。具体的には魔弓と同じ効果が得られる。といってもこれは土にしか変換してくれないけど」
解説を聞いたら余計に選びにくくなってしまった。というよりもどれも売れば金貨千枚は下るまい。唸るタロウを横目に、木箱を押しやるシュロ。
「ちょっと仲間と相談してきてもいいですか?」
「その必要はない。そもそもこれは君たち三人に用意したものだ。彼らは謙虚だからあまり報酬を受け取ってくれなくてね」
「え、本当に?報酬としては高すぎると思うんですが…。そういえばミノリとモルさんは何をもらったんですか?」
総額は三億を軽く越えている。ミノリとモルテルスも報酬を貰う権利はあるはずだが。
「モルさん…?なんというか、可愛らしいことになってるな。彼らは必要な報酬をちゃんと受け取ってるよ。聞けば教えてくれるだろう。それからそう思ってくれるなら、旅の途中で森都ギルドにたまには顔を見せてくれると助かるね。信用のおける冒険者が増えるのは運営を行う立場からするとありがたいことだし」
確実に迷宮に必要となるものばかりだ。礼を言って遠慮なく受け取ることにした。
「そうそう、これも忘れないように」
シュロが切手を手渡して来る。その図柄は、深い緑一色に染められた中に、草書体にも見える字が一文字、黒で描かれていた。はっとするほど美しいのだが…。
「なんというか、地味ですね」
「よく言われる」
みんな何故か華々しいものを想像してるみたいなんだよね、とシュロは深くため息をついた。
落ち着いた雰囲気のテラスで、ミノリはコウイチと食事をしていた。日差しのあるところではもうすでに夏を思わせる暖かさだ。
不思議な紋様の描かれた傘の下で、ミノリはこっそりと彼の様子を盗み見た。コウイチは頼んでいたオムライスを平らげ、次にカレーにとりかかっている。ここの食事はお眼鏡にかなったようだ。もっともミノリの作った焦げた焼きそばでさえうまいな、と言って全部食べてくれるような人だったが。
「甘いもんばっかし、よく食うな」
皿からこちらに視線をやったコウイチに、少し慌てて手元に視線を移す。
「美味しくって、つい食べちゃうんだよね」
ミノリは軽くサンドイッチをつまみ、後はデザートを数種類頼んでいた。海の中ではこういった甘いの物は少なかったので、太るかもしれない危機感と戦いながら、結局はいつも負けてしまう。
「森都のデザートって種類が豊富だね」
「みたいだな。こっちじゃ牧畜がかなり少ないから牛乳はあんまり使われてないけどな」
「そうなんだ。でもチーズはあるよね?」
生クリームを使ったものは少なかったが、チーズを使った種類のものは地球と大差ない。ケーキを少しずつ削って食べるミノリに、コウイチは上を指して見せる。
「竜族の船の上で作ってる。味噌も醤油もチーズもな。十王の里や森都では、発酵食品は全部あいつらと取引してるんだよ」
「なるほど。魔獣を飼い慣らすのも竜なら簡単だよね」
海の中でも海竜と呼ばれる東洋の竜の姿をした者と、鯨などのあちらでは哺乳類とされていた種族もまとめてこちらでは竜族に分類されている。ミノリも何度か会う機会があったが、競うように魔獣が避けて行く姿は壮観であった。
「じゃあ、このチーズケーキも材量は竜宮から来てるのかな」
レアチーズケーキをフォークで指して聞いてみる。行儀が悪いぞ、と注意を受けてさっと引っ込めた。
「たぶんな。種類は多いから飽きねえだろうけど、よくそればっか食ってられるな」
「先生甘いもの苦手だったもんね」
毎年バレンタインになると、生徒達はこぞってコウイチにチョコを送っていた。それを食べきれねえと困っているコウイチからこっそり貰うこともあったのだ。その後の運動量は倍になったが。
「苦手っていうか、そんなに量は要らねえんだよな。甘いもんばっかだと塩気が欲しくなる」
「でもちゃんとお返しは用意してたよね」
もらった生徒の名前も覚えていて、みんなに同じ内容のお返しをする。公平で、それでいて特別扱いもしない。そこがまた人気となって次の年のバレンタインではもっと多くの生徒から贈り物が届く。学校の教師達はいい顔をしなかったが、学校外の家に届けた品を送り返せとも言えなかったようだ。
「まあ、イベント事だろ?普段話さないやつとも話せるからな」
「まあ、そうなんだけど…」
コウイチはあくまでも生徒と先生という立場を崩さなかった。だからこそミノリも卒業したら徹底的にアプローチをかけるつもりでいたのだ。
「それに、お前もくれたことあったろ?」
「うん。覚えてるんだ」
「そりゃあな。お前にしちゃあセンスのいい帽子だったからよ」
「私にしちゃあって、失礼じゃない?」
社会人となった兄に一緒に選んでもらった品だ。コウイチくらいの年代の人が使う小物には詳しくなかったから、兄のアドバイスをもらって一生懸命選んだのだ。
「悪い。でも本当のことだ」
「もう!」
それでもあっさりといなくなってしまってからは、その事を信じたくなくて葬儀にも出ずヨーロッパへと渡ったのだ。
今こうしていることが夢みたいに思える。幸せすぎた。こちらではしがらみもなく、年齢差も少ない。まだ子供だと思われているみたいだが、時間をかけて本気であることを証明するつもりだ。
「さて、そろそろ出るか」
「うん」
いつのまにかケーキを食べ尽くしてしまった。今は若い身体なので運動しなくても太りにくいが、迷宮で素早く動けるように鍛えているコウイチに付き合って時々ランニングをしている。それさえもが楽しいひとときであった。
「眠いな…」
「私も」
旅館に帰りついた二人は眠気に襲われていた。お腹がいっぱいで、暖かい風が緩やかに流れこむ離れは、昼寝をするにはとても良い気候である。
「しばらく休むか。あいつらもそのうち帰ってくるだろ」
「そうだね」
モルテルスはゴーシュの付き添いとして病院に行き、タロウはギルドに呼ばれている。部屋へと戻って毛布を取りだし、ごろんと横になる。
「先生も一緒に寝る?」
「ばーか。遠慮する」
断られるだろうと思って声をかけたが、その通りになった。こういったところはガードがかたい。ジェネレーションギャップ、というのだったか。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
同じように横になったコウイチはすぐに寝息をたて始める。一度寝るとなかなか起きないのはこの世界に来てはじめて知った。
「失礼しまーす」
こっそりと近づいて、毛布をかけて抱きついた。すべすべの毛皮、柔らかい体。
「ううん。やっぱり早く男の人に戻ってもらいたいね。このつやつやはうらやましいんだけど」
女性が髪を美しく保つのに努力をするのはこの世界も共通だ。肌触りの良いそれをなでながらも、じいっと彼にはなかったものを見つめる。
「おっぱいがあるんだよなあ。まあ私は先生ならどっちでもいいんだけどね」
ミノリはバイセクシュアルではないが、コウイチならばどっちでもいい。例え人間の姿じゃなくてもかまわなかった。
「でも先生が戻りたいっていうならもちろん協力するけどね」
二度も救われたのだ。今度こそ恩返しをする番だとミノリは密かに決意する。今度こそは。今度こそ必ず役に立ってみせる、と。




