其の二十八
再び短めです。キリがいいところで切ったら短くなってしまった…。
正座をして平謝りする虎人族の男、デンエンは誤解だとわかると非常に恐縮した様子でタロウに謝罪した。隣では、頭を押さえつけられたトユキが不服そうにしている。
「もう顔を上げてください。怪我もしていませんし、息子さんを心配する気持ちは何となくわかります。弟妹たちの面倒を見ていましたからね」
リョウやエン、ジロウも両母の目の届かないところへとこっそり出掛けて、タロウ達が探し回ったことがある。子供はこちらが思っているよりも、大人を騙す術に長けているものだ。
「はっ。ユキナガ殿のご子息とは知らず、大変ご迷惑を愚息がおかけしましたようで…。この詫びは必ずや」
「気にしないでください。私も鍛練ができて気晴らしになりましたから」
あちこち情報を聞いてみてはいたが、なかなか思うようにいっておらず思案していたところだった。コウイチたちは迷宮で怪物を相手にしているため鈍るようなことは無いが、タロウは一人では怠けグセが出るためトユキの存在はちょうどよかったのである。
「直々に稽古をつけていただけるとは、トユキのやつは幸福者でございますな」
「親父、いいかげん手えどけてくれよ」
ほっとしたように和やかに話し出すデンエンに、トユキから抗議が入る。
「まったく。お前と言うやつは…。母さんも心配していたぞ。里に連れ帰るからな」
「…わかった」
唇を尖らせながらも素直にうなずいたトユキを珍しいものを見たような目付きでまじまじと見つめるデンエン。
「なんだよ?」
「いや、てっきり抵抗されるかと思ってな…。コウイチ殿を見つけるまでは帰らんとかなんとか言って」
「姐さんは見つけた。けど、恋人と幸せそうにしてるの見たらオレが出る幕じゃねえって思ったんだよ」
「なるほど。駆け落ちしたと聞いてこやつの求婚を断る口実だと思っておりましたが、タロウ殿がそうでございましたか」
うんうんと納得しているデンエンに慌てて訂正をいれる。
「違います!そうじゃなくて、あいつはここに来て運命の相手と出会ったと言うか。それよりも、そのおっしゃりようだと見合いは失敗すると思っておられたのですか?」
「はい。何分トユキよりも圧倒的に強くて美しいコウイチ殿が了承なさるとは思っておりませんでしてな。むしろ、彼女のご両親が娘の先行きを心配して乗り気であられましてな」
親の愛情は時としてはた迷惑なお節介を焼くことがある。今回の見合いについてもコウイチの両親が先走ったのだろう。
「そうでしたか。まあ、あっさりと嫁にいくようなやつじゃなかったってことですね」
「そうでしょうな。あれほど強ければ相手は選びたい放題です。ご自分で伴侶を探しに行かれてしまえば親もとやかくは言えますまい。私としましてはしっかりものの嫁が来てくれれば、こやつもましになるのではないかと期待しておりましたが…。さぞ素晴らしい方なのでしょうな、お相手は」
「姐さんは可愛い女の子と一緒だよ」
人が適当にぼかしていたものを、はっきりと言ってしまうトユキに慌てたが、深くうなずいたデンエンにタロウは驚かされた。
「なにもそれほど驚くことではございますまい。強い女性には、時おりそのような御仁がおられますからな。男の身としては、独り者が増えてしまうので歓迎しがたいですがな」
こういったところは地球に比べておおらかと言うか、常識で縛り付けられてはいなかった。宗教に関してもそうだが、この水球世界の許容の幅はかなり広い。多種族が暮らすためだろうか。
「それでは、我らはおいとまします。数々の無礼、申し訳なかった」
「師匠、世話んなりました」
立ち上がり律儀に頭を下げてくるデンエンに、タロウはひとつだけ忠告をしておく。
「あの、トユキなんですが。あいつには誰か人をつけておいたほうがよいかと」
タロウの話を聞いて、がっくりと肩を落とすデンエン。
「それが、どれほどそういったことに長けた者をつけても、あっさりと見失ってしまうらしく」
今回も前回もちゃんと人がついていたらしい。それでもトユキはあっという間に見えなくなり、捜索が行われていたのだとデンエンは言う。
「そうなると、なにかしらスキルとかそういったものの影響でしょうか?」
「やもしれません。まあ、本人を鍛え直すしかありませんな。今まではつい甘やかしておりましたが、どこにいっても死なないくらいに厳しくしましょう」
その言葉に嫌そうな表情のユトキだったが、
「ま、今度は本腰いれてちゃんとやってみるよ」
「ああ。今度会うときには俺に一発ぐらいいれて見せろよ」
拳をつきだしたトユキにタロウも軽く握った拳をぶつける。えっへっへとだらしなく笑って、トユキはデンエンと共に帰っていった。
「よう、タロウ」
「お帰り」
それからしばらくして戻ってきたコウイチが、頬をひきつらせながら広間へと入ってくる。
「なあ、なんでオレは駆け落ちしたあげくに幼い子供と永遠の愛を誓ったことになってんだ?」
「俺に聞かれても…」
恐らくは思い込みの激しい親子二人が情報源だろう。しらばっくれたタロウは、話をそらすため他の話題を提供することにした。
「後の三人は?」
「…三人とも刻印師のところだ」
疑わしくはあっても、はっきりとした証拠はないらしい。コウイチはむすっとしたまま返事をする。
「そうか。そろそろ描き足さなきゃいけなかったのか」
媒体に描かれた金の紋様を描き足してもらいにいったらしい。と、疑問がわいてくる。
「ゴーシュはともかく、ミノリとモルさんはどこに媒体を持ってたんだ?」
記憶にあるかぎりでは、それらしいものを見たことはなかった。ミノリはスキルしか使っていなかったので納得もできるが、モルテルスの方は持っていないとおかしい。
「尾びれにピアスみたいにしてつけてたぞ。ミノリは髪の中に編み込んで目立たなくしてたな」
「そうか。海の中じゃ首飾りとかだと泳ぐのに邪魔だもんな」
「他の海族たちの中には迷宮品を飲み込んでるやつとかもいるらしいな」
「それはちょっと怖い気がする」
迷宮産なら描き足す必要はないが、飲み込んでも大丈夫なものなんだろうか。種族特性によっては吐き出すことができるのかもしれない。
「まあ、明日からはお前も潜れるだろ?情報は諦めて、そっちに専念しようぜ」
「そうだな。やっぱり簡単に情報は集まらないか」
コウイチ達もギルドの冒険者と話をしているみたいだが、ほとんどがやっと中位に上がったばかりのものたちか、低位の冒険者である。高位の冒険者はなにやら稼ぎ時らしく、忙しくて話を聞く時間はとれなかったそうだ。コウイチ達が聞いた限りでは、加護や性別を変えるような産出品の情報は無かった。
「んじゃ、晩飯まで寝るから時間になったら起こしてくれ」
「わかった」
コウイチは部屋へと引っ込み、タロウは残ったまんじゅうを口にいれた。
「甘いな。でも旨い」
『迷宮竜の巻』によると砂糖も森都の名産品らしい。はちみつや花の蜜なども輸出されており、主な取引先は王都や新都などの都市らしい。
「っていうか中身とタイトルのギャップがひどい」
『迷宮虎の巻』はちゃんと迷宮の攻略をしているのだが、『迷宮竜の巻』は完全にグルメ旅である。それぞれがどこに重点を置いているかがとてもよく分かる出来になっていた。
例えば。
『森都の迷宮は一~十二階まではそれほど攻略は難しくない。十三~三十六階は植物とでかい昆虫どもばかりで、夜の領域も我々獣人には脅威ではないだろう』
『森都の迷宮では二十四階から上がおすすめである。じめじめしていないし、好きなだけ甘いものが食える。一日経てば復活するので甘いものを心行くまで楽しめるだろう』
同じ迷宮の話をしているとは到底思えないほど内容がかけ離れている。
「竜族、糖尿とかならねえのか?」
ちょっぴり本気で彼らが心配になってきたタロウであった。




