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三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
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其の二十七

 次の日の早朝。コウイチ達が迷宮へ出掛けたのと入れ替わりにやって来たトユキに、タロウは約束通り稽古をつけていた。

「おねがいしゃっす!」

「好きなだけ打ち込んできていいよ」

 籠手と盾を装備したタロウは、手袋にナックルのような武器を付けたトユキにそう伝える。

「しゃっ」

 虎人族らしい瞬発力で踏み込んできたトユキの一撃を、盾の表面をすべらせるようにかわして、腰を落として相手の足を払う。

「っと」

 体勢を崩しながらも更に踏み込んできたトユキの拳を籠手で払い、盾ごと体当たりをして吹き飛ばす。ごろごろと転がって受け身をとって起き上がったトユキが、攻めあぐねるようにして周囲を跳び跳ねるように移動していく。

「っらあ!」

 素早く突貫してきたトユキを、半身になってかわし、盾で地面へと押さえつけた。逃げようともがくトユキだが、体格で優れるタロウに押さえつけられては退けることは難しかった。








 その後も同じようにトユキが打ち込み、タロウが避けたり凌いだりすることが続き、太陽が真上に来る頃その日の稽古は終了した。

「ありがとっしたあ!」

「お疲れさま」

 庭にへばりつきながらも、威勢のいい返事をするトユキをみて、タロウはどうアドバイスをしたものかと悩む。瞬発力も、力も普通の獣人としては平均的だが、それでも集団での狩りならば問題ないだろう。よく鍛えられている身体も、それにあった武器も選んでいる。欠点はひとつだけ。

「トユキ。時々は引いた方がいいと思うんだけど…」

 猪である自分よりも攻撃一辺倒な猪武者である。体勢を崩しても攻撃、避けられても攻撃、殴られながらも攻撃。

「あー、姐さんにも親父にも言われんだよなあ、それ。わかっちゃあいるんだけど、どうしても先に倒れなきゃいいかなって…」

「いや、そんなことしてたらいつか囲まれて死ぬぞ?」

 魔獣は不利と見なせば逃げていくが、群れで行動するものも多い。一匹目を倒したとしても、次が来るときに満足に動けないようなら確実に詰む。

「ほら、一撃で倒せれば問題ねえんじゃ」

 この脳筋が、と内心で思いつつも、タロウは現実を教えてやることにした。

「いや、俺は取り立てて頑丈だから相手が沈むまでは傷を受けなくても済むんだけど、それでも殺しきるまでには時間がかかるときもある。格下相手なら怪我はしないかもしれないけど、毒持ちとかの場合は慎重に戦う必要があるし」

「姐さんは一撃で魔獣をやってましたよ?」

「人は人、自分は自分だ」

「はあ」

 気のない返事をしつつも、その日トユキは自分の宿へと帰っていった。





 また次の日。

「おねがいしゃっす!」

「おう」

 突っ込んでくるトユキをかわし、転がし、吹っ飛ばす。タロウの反撃に慣れてきたのか、受け身をとってからの次への攻撃間隔が短くなってきていた。その事に素直に称賛を送りつつも、やはりまっすぐに飛び込んでくるトユキは防御しやすい。

「ぶはっ」

 身を捻って回転を加えながらトユキを吹き飛ばす。力加減を間違えたらしく、吹っ飛んだまま動かなくなるトユキ。

「おい、大丈夫か?」

 慌てて駆け寄り、膝をつこうとすると。

「隙ありいい!」

 ばん、と筋力任せに跳ね上がったトユキが蹴りを繰り出してくる。当然のように足を掴み、

「ま、フェイントとしては悪くないかな」

 と告げて勢いよく投げ飛ばした。壁へと衝突したトユキは今度こそぐったりと身を横たえて、意識を失った。




 そして次の日。

「おねがいしゃっす!」

「よろしく」

 今日は簡単に距離をつめず、遠巻きにこちらの様子を伺っている。たいした進歩だ、とタロウは思いつつも近接武器を使っているトユキは焦れてしまって突っ込んでくる。

「りゃっ!」

 拳が飛んできた、と思ったらすぐに引かれて鋭い蹴りがタロウの顎めがけて跳ね上がる。足をつかんで放り投げると、くるりと宙で一回転したトユキが姿勢を低く保ってタロウの足へと迫ってきた。

「よっしゃ!」

 がっちりとタロウの足を抱え込んで、嬉しそうにするトユキの頭上に盾を落とし、手を離して頭を抱え込んだトユキの上に座り込む。

「ちょ、重い!」

「仲間がいる場合なら足止めは有効なんだけどな」

 改善点を呟きながら、トユキの首にがっちりと腕を食い込ませ、徐々に背中を反らせていく。

「!、!」

 言葉を出せず、バンバンと地面を叩いているトユキを解放する。


「タロウ様。お茶の用意が整いました」

「ありがとうございます」

 ジークが盆に急須と茶菓子を乗せて部屋へと入ってくる。今日も恐らく来るだろうと思って、頼んでおいたのだ。礼を言って二人にしてもらう。

「トユキ、ちょっと休憩しよう」

「うっす」

 声をかけると、嬉しそうに尻尾をゆらして上がってくる。茶をすすり、まんじゅうをつまみながら、話をすることにした。

「トユキ、お前里の育ちじゃないだろ?」

「…ああ」

 ごくりとまんじゅうをひと呑みにして、こっくりとうなずく。

「オレは、ちっちぇえ時誘拐されたらしくって、親父もお袋もずいぶん探してくれてたみたいでさ…。二、三年前まで、王都の近くの村で力仕事とか魔獣狩ったりして生きてたんだ」

 道理で動きが素人臭かったことも納得がいった。里の獣人達は幼い頃から適正を見て、狩りを教え込んだりそれぞれに合った技術を教え込む。もちろんその過程で護身術程度の実力なら身に付くので、トユキのように逃げかたを知らないというのはありえなかった。生き延びることが最優先であるから、まず相手の実力を計ることを覚え、次に自分より強い相手といかに戦わずにすむかを考えさせる。

 攻撃を教えるのはその後だ。そこでも、なるべく怪我をしないように相手を疲弊させたり、罠にはめるなど直接戦わずにすむような事から教えられる。その中から戦闘に関して抜きん出ているものが護衛や狩人の任につく。基本は集団戦であり、全体の三割ほどが交代で狩りを行う。他の七割は補助や魔獣の加工、集落の維持を行う普通の人々である。


「そこでは、なんつうか酷い扱いでさ。なまじ頑丈なせいもあって朝から晩までやつらが楽しそうにしてるの横目に働かされてたんだ。お前を拾ってやったのは誰だと思ってるんだ、ってな」

 誘拐された後、労働力として村へと売られたのだろう。自分で食っていけない子供は、いいなりになるしかない。神への誓いもたてさせられたはずだ。

「で、まあいつか出ていってやるって思ってたんだけど、知恵も学もないだろ?そこで文字は教えてもらえなかったけど、ガキどもが忘れていった本とか読んで勉強してた。そしたら、あんたの親父さんがあらわれたのさ」

「え?」

 その時の事を思い出すように、まるでヒーローを見る子供のように目をキラキラさせてトユキが話す。

「なんか他にもオレみたいなやつが近くの村で働かされてたらしくってさ。ついでに他の村も見てみようってなったらしい。オレを働かせてたやつらは流れの獣人の女がここで死んで、オレを育ててるって言ってたんだけど、真っ赤な服着た兎の婆さんが魔術使ったら、あっさりとだまっちまいやがった」

「トシ婆さんだな…」

 里では有名な審官である。主にセクハラで。

「それであんたの親父さんと、村長が取引してオレは里へと引き取られたってわけさ」

 おしまい、とトユキはまんじゅうを口に放り込む。大体の事情はわかったが、コウイチとの関係性が不明だ。

「けど、なんか他のやつらと気が合わなくてさ。親父もお袋も優しくて、不満なんかなかったのに喧嘩ばっかりしてたときに、姐さんに『おまえ人生つまんねえっておもってんだろ』って言われちまってさ。そんなことねえっていっても信じてくれなくて。そっからは狩りに連れていってもらったりいろいろ話聞いてもらったりして、いつのまにか喧嘩はしなくなってた。でも姐さん駆け落ちしたって聞いて、お別れも言えなくて近くにいるんじゃねえかってここに来たら、なんのことはねえ、姐さんちゃんと幸せにやってたんだな」

 オレ空回りしてたよな、と寂しげにいって、笑って見せるトユキ。姉をとられた弟の気持ちだったのだろうか。タロウは人並みの言葉を返すしかなかった。


「まあ、これからいくらでも見つけられるだろ。好きな人も、やりたいことも」

「おう。そのためには強くならなくっちゃな!」

 張り切るトユキに、一応聞いておかなくてはならないことを尋ねた。

「親御さんには話して出てきたんだよな?」

 話を聞いた限りでは相当大事に育てられて来ている。誘拐されていたことを考えると、箱入り息子だったのかもしれない。

「おう。ちょっと出掛けてくるって言ってきたから大丈夫だ」

 大丈夫ではない。その言い方だと夕方には帰ってくるニュアンスが含まれている。

「え、ちょっと待て。お前、お付きの人とかいるよな?一人で来たんじゃないよな?」

「え?いや、一人だけど…」

 嫌な予感が背中を這い上がってくる。誘拐された息子がある日突然いなくなり。数年して成長した息子が再び出掛けたままいなくなった。

「よく、森都までの道がわかったよな?」

「いやー、オレ育った村がなんも無い広い平地でさ。里ん中って結構森じゃん?姐さん追っかけようと思ったら森ん中で迷っちまって。そしたらすっげえ美人がこっちこっちって手招きした方に歩いてったら、ここに着いた」

「誰だよ!?」

「知らない人。獣人じゃなかったな。あんときはほんと迷って死ぬかと思ってたから、助かった」

 ケラケラと笑いながら話すトユキに、タロウは確信した。こいつがさらわれたのは、方向音痴だからだ、と。里の大人は幼い子供には常時女性達がついている。それでも拐われたなら、こいつの方がどこからか里の外に出てしまったのだ。


「ええと、その人の名前とかは…」

「しゃべらなかったからわかんねえ」

 タロウは思わず手が出そうになったが、必死にこらえた。こいつはアホなだけだ。悪気はないし、村でひどい目に遭ってきたんだから楽観的な性格が身に付いたのだろう。

「それじゃあ、とりあえずこっちに来てる里のやつらに手紙を書いて持たせよう。心配してると思うし…」


「息子を誘拐したのは貴様かあああああっ!」

 障子をスパアアアンンッ、と開いて壮年の虎人族の男が駆け込んでくる。黄がかった体色は、トユキのものとよく似ていた。




「やってらんねえな」

 勢いよくタックルを喰らって、宙を飛びながらタロウはぼやくのだった。




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