其の二十六
短めです。
卯月も半分を過ぎ、森都はいよいよ妖精郷の名にふさわしく、至るところに花花が咲き乱れている。樹齢が千年を軽く越えるような大木を見ながら、タロウは森都の町中を散策していた。
「歳取ったらここに永住するのも悪くないかもな」
「外からの客人は歓迎されますから、それも悪くはないですね。たぶん、毎日のように話を聞きに来る人で行列ができると思いますよ」
隣を歩くテルは、語り部のような職業がここでは成立していると言った。平穏に暮らすエルフ達の多くは外の出来事を旅人や冒険者から聞いて、戯曲にしたり書へと仕立てる。それを学びにきた劇団が世界中へと興業を行って、再び命が吹き込まれた物語へと変貌する。森都には自然と情報が集まり、またそれが洗練されて発信されていく都市でもあった。
「うーん、そのころにはのんびり過ごしたいからやめとくかな」
「まあ、まだまだ先のことでしょう?気が向いたら是非、と申し上げておきます」
押し付けがましくはないが、断定もしないのんびりとした口調でテルが話す。二人は森都をゆっくりと歩いていた。トユキが押し掛けてきた日から更に三日が過ぎた頃、テルから森都の案内がてら少し話がしたいと相談を受けたからだ。よく考えれば必要なところしか訪れていなかったので、申し出はありがたかった。ゴーシュとコウイチは辞退し、ミノリもコウイチとすでにみて回った後らしかった。
「ご存じのように、森都は迷宮を中心に据えて作られています。まず中心に塔が立ち、その周辺には外来患者用の流星と、冒険者用の万能薬が少し離れて対面に建っています。それから、迷宮図書館ですね。厳密には図書館ではありませんが、千年戦争を生き延びた遺物として、またその内容物のほとんどが書物であるため、図書館と呼ばれています」
帆船の形をした無人図書館は、鉱都のギルドの基礎部分を作った男の弟子が、その偉業を伝えるために情報を保管する場として残したらしかった。
「まあ、深層の書物は言葉が古くて解読に難航しているみたいですね。また森都から持ち出すこともできないので、学都や神都にもっていくこともできません」
「それは残念だな」
「長老会は、滅んだ古代の技術を再現することは危険性が高いと言っていますしね」
古代栄華を誇っていたエルフだからこそ、その反省を活かして地道な治療法や様々な情報が集まるように都市を設計しているのかもしれない。
鉱都が扇状に広がっていたのに対し、森都は迷宮の塔を中心に円を広げるように作られている。幻を使った侵入者を避ける魔術と、神具の組み合わせによって魔獣を排除しているらしい。生態に謎の多い水毬や人工生命体である軍蟻はそれをすり抜けてしまうので、所々に見張りがたててあるそうだ。
「それから、森都にはいる入り口は二つですね。西の十王の里から続く細い道と、森都を取り巻く山脈から流れ出た、海都へと続く木の葉川があります。森都の迷宮で採れた材木を船で一気に下流に当たる海都へと運ぶのでこの名がついたと言われていますね」
十王の里から森都までは神具で補強された道ではない。里の獣人族は連携しての狩に非常に優れた適正を持つので、正規の移動ならばそれほど危険がないのである。また、犯罪者を迂闊に森都や他の都市に逃がさないようにできるメリットもあった。
「船で丸太ごと運ぶのか?」
「はい。船が発注されたときは、ここで作ってそのまま試験運用をかねて流すこともありますよ」
「結構大雑把だな」
エルフはもっと繊細な生き物だと思っていた。
「ギルド職員がそういった経済面での活動を行いますからね。我々兵士も品が良いとは言いにくいですが、ギルドの職員達はシュロさんが千年戦争時にあちこちから保護してきたいわば生命力の強い方々です。合理性も、好奇心も持ち合わせているので実験的な要素も嬉々としてやってくれます」
「そういえば中位試験の時も結構怖い感じではあったな」
あっという間にファット・ビーを殲滅してしまったエルフ職員を思い出した。口調も変わって、好戦的な事を口走っていた気がする。
「シュロさんの影響が確実に出ていますね…」
心なしか肩を落としたテルが気を取り直して案内を続けていく。
森都の建物は総じて木製で、広い庭をもった一軒家が一定の間隔をおいて存在している。平屋が多く、庭はイングリッシュガーデンのように細かい配慮がなされた美しい庭から、素朴な野草を集めたミニチュアのジオラマのようなものまで様々だ。
「その他には製紙工場や、紙幣局があるぐらいでしょうか。蝋燭を作る工房や油を絞り出しているところもありますね」
植物の使えるところは全て使って製品にしているようだ。繊維から糸を紡いだり、装飾品としても人気のある木の実を加工しているようである。
「ものすごい発展の仕方をしてるよなあ」
地球の場合安価な新素材や機械の効率化によって補われているところを、資源は回復する迷宮から、効率化は完全分業・短時間で交代することで能率をあげているらしい。寿命が長いエルフだからこそ、技術を習得するのはそれほど苦にはならないらしかった。
テルの案内を聞きながら、森都の所々に配置された小さな野草や、小鳥のさえずる音を聞く。テル自身の涼やかな声とあいまって、里にいたときとはまた別の贅沢を感じた。
「そういや、ビルは?」
「あいつは、今ごろ私の代わりに新兵を訓練していますよ。能力としては私と遜色ありませんしね」
穏やかな微笑みを絶やさないまま、テルがさらりと答えた。
「いつもは私のふりをして方々で悪さをしていますからね。今日は私がビルのふりをして兵舎を出てきました。誰も疑うことなく通してくれましたよ」
あいつはああ見えて逃げるのが下手ですから、と続けて、してやったりと笑うテル。
「少し休みましょうか」
「そうだな」
公園へと入り、木陰でベンチに座って話をすることにした。小説の話、ビルの話、そのほかのとりとめのないこと。
「そろそろ時間ですね」
「時間?」
「はい、とっておきの場所があるんですよ」
ついてきてください、といって歩きだすテルについていく。あたりは夕暮れの光で赤く染まり、沈みかけた夕日がその熱を次第に冷ましていた。
テルは人気のない方を目指して歩いていく。タロウはゆっくりとついていきながら、晩御飯までには帰れるだろうかということを心配していた。
いくつかの道を越えて丘に登り、下ってはゆっくりとそよぐ風の匂いに鼻をひくつかせる。
「テル、どこまでいくんだ?」
「もう少しです」
テルは振り返りもせずに先を行く。だんだんと木々が増えて、背の高い物が多くなってきた。いくつか小川も越えて、辺りが闇に包まれていく。一人だと絶対迷うな、とタロウが思い始めた頃。
「着きましたよ。ここが、この森都で私の一番お気に入りの場所です」
そういってテルが自慢げに振り返る。小高い丘を登った先には。
「すげえ…」
辺り一面、青白く光る花びらが風に舞いあげられて、吹雪のように視界を埋め尽くしていた。
「ここは、森都にしか咲かない夜桜の群生地なんです。不気味がる人も多いのですが、私は好きでして。おきに召しましたか?」
不安げに訊いてくるテルに、タロウは力強くうなずいた。はらり、はらりと舞う桜の花びらが、雨のように二人の上に降り積もってくる。
「綺麗だな」
魔力によって発光しているらしく、原理はよくわかっていないらしい。きれいな水と、濃い魔力を含む土の条件が揃ってはじめて花をつけるのだそうだ。ライトアップされた花は見たことがあるが、淡く光る夜桜はそれとはまた違う美しさがあった。
テルがそっと酒瓶を持ってきた。杯を受けて、タロウも返杯する。
口に含むと、微かな甘味と、強い酒精が喉を焼いた。
「よう。まったく、このオレを使い走りにするとはやってくれるぜ、兄貴」
重箱を提げたビルが不適に笑ってこちらへと歩いてくる。
「早かったな」
テルが晩飯を頼んでいたらしい。重箱は見覚えのあるもので、海棠旅館の仕出しだろう。
「たまには、いいな。こういうのも」
夜桜を見上げて、ほろ酔い加減のタロウは呟く。降りしきる桜の花は、この世のものとは思えないほどに幽玄であった。




