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三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
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其の二十五

 遅くなってごめんなさい。

 タロウは部屋からとってきた本を持って、広間に移動する。琥珀本を読み、テルの本にも目を通 していく。やはり加護についての記載は少なく、それに触れている文章も似たり寄ったりだ。

「あれ、タロウだけ?」

 襖を開けて、ミリアンがひょっこりと顔をのぞかせた。目の下にはくまができている。

「師匠。みんな出掛けてますよ。なにかご用でしたか?」

「ううん。特に用事があった訳じゃないんだけどね。はあ、つっかれたー。シュロのやつ私を酷使しすぎよ」

 ミリアンは討伐した総数が千体近くになった軍蟻が他にいないかを探るため、森都周辺を広範囲にわたって探っていた。

「もう大丈夫なんですか?」

「ええ。森都に出されていた戒厳令も解除されたわ。ま、元々この時期に出ていく人は少ないから、それほど影響はなかったみたいね」

「それはよかったですね」

 危険があるのでこの三日間、外には出ないよう森都の長老会からお触れが出ていたのだが、それも終わりのようだ。


「それにしても、あの軍蟻達はどこから来てたんですかね?」

 南から山脈を越えてきていたようだったが、それより南にある大峡谷は地竜の巣だ。そこを通ってくることはまず不可能に近いので、こつぜんと現れたことになる。

「それね、わかんないのよ」

「近くに巣とかはなかったんですか?」

 柔らかそうな金髪をくるくると巻いてもてあそびながら、ミリアンは慎重に言葉をかさねた。

「それがね、南を見てきたけど、特に変わりはないのよね。魔獣の数もいつも通りだし、大街道の方も軍蟻の目撃証言は無し。西の十王も東のラプトーリアルも出現情報は無し」

 手詰まりである。千年戦争時代の遺物にはよくわからないものもあり、軍蟻は倒し方は知られていても、生態などは謎のままだ。

「あいつら、妙に強かった気がするんですけど」

 タロウはそのときのことを思い出しながら、ミリアンに尋ねる。

「そうね。しかも戦術を変えてくることは今までにもあったけど、あんな風に機能が追加されるようなことは初めてよ。どこかで変異したのかしら?」

 珍しく真面目な顔で相づちを打つミリアン。

「変異って。そんなことありえるんですか?」

「普通はないけれど。でもあいつらは元々が作られたものだから。後からそういったモノがつけられるようになってても不思議じゃないのよねー」

 さらりと怖いことを言って、ミリアンが畳にうつ伏せになる。


「一匹ぐらい生け捕りにすればよかったですかね…」

「したところで、制御できなくなるからやめた方がいいと思うわ」

「そうかもしれませんね」

 制御できない技術は時として破滅をもたらす。軍蟻を作った国も、当の軍蟻によって滅ぼされていた。


「あのね、タロウ。あの双子の事なんだけど…」

 しばしの沈黙を挟んで、ミリアンが切り出す。テルとビルのことだろう。じっと続きを待つが、ミリアンはその先を話さない。

「師匠?」

「よくなつかれてるわよね、餌付けでもしたの?」

「してませんよ!」

 何故そんな結論に至ったのか。内心でため息をついて、そういえば彼女に昼御飯を分けたのが出会いだったことを思いだす…。この際なので、以前から疑問に思っていたことを聞いてみた。

「師匠の名前って、グレイフィールドが名前になるんですか?」

 彼女の名前はミリアン・グレイフィールドだ。バルドールはルクレツィアの方が名前になるので、ミリアンもそうなのだろうか。

「いいえ。私は父が人間の貴族だったから、その名を継いだのよ」

 ルクレツィアとは違ってね、とミリアンは答える。バルドールとは古い知り合いなのだそうだ。


「まあそんなことより、他にも私になにか聞きたいことがあるんじゃない?」

 気遣うような瞳がこちらを見てくる。聞きたいこと、というと迷宮の話だろうか。

「いくつか探しているモノがあるんですが…」

 タロウは性別を変えることができるものや、神の加護が抑えられる道具がないか聞いてみた。

「そうね…、ごめんなさい。聞いたことないわ。加護を抑えるのではなく、封印するのなら聞いたことがあるんだけど…」

「封印?」

「ええ。神様の加護を封じてもらうの。赤子が命に関わる加護を得たときに、一時的にそれを封じてもらうのよ。例えば、そうね。戦神の加護を生まれつき持ってたらどうなると思う?」

 封印という話だけでも初耳だが、生まれつき戦神の加護がある場合は…。

「戦いに強くなるとか、ですか?」

 そう答えると、ミリアンは両手でばつ印を作ってはずれ、と答える。

「正解は、戦いに巻き込まれる、です」

「それ、赤ん坊のうちから?」

「んー、戦える年齢になったら、かな。後天的に加護をいただくときにはそんなことないんだけど、何故か生まれつきだと一生戦いがついて回るのよね」

 恐ろしい話だ。しかし、それならタロウが知っていてもおかしくはないのだが。そう伝えるとミリアンはこっくりとうなずいて、続けた。


「あまり生まれつき加護があるかどうかは確かめようがないのよ。赤ん坊は話せないしね。ただ、本当にごく稀だけど、人のステータスを見ることができる人が現れたりするの。呪術師、って職業の人たちね。あなたも聞いたことくらいはあるでしょう?」

「はい、それだから名前は共通語で書いて、字は自分で当ててるんでしたよね?」

「そうそう。私たち独自の言語の表記はそれぞれ一種類しかないけれど、共通語は三種類あるから簡単なひらがなかカタカナで書類には記入できるわよね。共通語は百年前、都市間協定が結ばれるときに制定されたの。都合が良い特徴がいくつかあったから採用されたんだけれど、広まるまでは私たちの名前は面倒な方法がとられてたのね。今でも百歳以上の人たちはそうしてるんだけれど」

 面倒な方法というのは、本名がSANZENTAROUだとすると、人に教える名前はサンゼンでもタロウでもなく間のゼンタ、としたり、あるいはSSANZENTAROUのように読まないSを最初につけたものを本名とするなどだ。

「今は、十王の間では教える名前はカタカナ、本名は漢字になってますね」

 タロウ、という音は教えるし、書類にもタロウと書くが、太郎という字であることは教えない。魔術や魔法が存在する以上、本名を知られれば操られることがあるためだ。

「そうね、家族や親しい人の本名は私たちも知ってるけれどね。で、呪術師っていうのは、ステータスを見ることができる。だから、結構前までは強い力を持ってたの。なにせ、見ただけでその人の強みや弱み、本名までわかっちゃうんだから、誰も逆らえないわよね」

「まあ、そうなりますね」

 一方的に正確な情報が相手に渡るのならば、その情報を持つものがひどく有利な状況を作り出せる。

「それでまあ、二千年前は呪術師狩りが横行してたみたいね。呪術師たちも洗脳とか奴隷化をし進めて抵抗したからより酷い目にあったみたいよ」

 恐れられて迫害されたものが、自衛のために自分達の力を使い、その力が更に自分達の首を絞める。完全な悪循環の出来上がりだ。

「そういったことの反省を踏まえて、呪術師たちも私たちの祖先も、もっと平和にその力を使えないか考えたわけ」

 その結果、呪術師達は巫女やシャーマンのような人の悩みを聞いて、解決に導くためのり所のような職業に変化していった。ということらしい。

「それで、どこまで話したかしら?そうそう、赤ん坊を呪術師に見せる習慣がある地域があってね。たしかジュゴン大陸の南の方だったと思うけど。そこでは、赤ん坊が大人になるまで一時的に加護を封印してしまうんだって。その間に、加護に耐えられるように教育をして、大人になったら旅をさせるんですって。参考になった?」

「はい。ありがとうございます。けれど、たぶん俺の加護を封印するのは難しい気がしますね」

「そうねえ。あなたの場合、魔力量が多いから、簡単には封印するのは難しそうだものね」

 魔力量とMPは同じと考えていいので、それを上回る力量の呪術師でないと封印を施すのは難しいだろう。いちおう頭の片隅にその話は置いておくことにして、気にしていたことを尋ねた。


「師匠、何でそんなこと聞くの?って言わないんですか?」

 ミノリの護衛を頼んだときも、今の欲している情報を聞いたときも、ミリアンは詳しい説明を求めなかった。ただ、黙って引き受けてくれたり、適切な答えをくれただけだ。

「あなたは私の弟子よ?困ってるなら助けるわ」

 平然と言うミリアンにもどかしさがつのる。そういうことではなく、詳細を根掘り葉掘り聞いてこない理由を知りたいのである。それを察知しているのだろう、ミリアンはこう続けた。

「何でってねえ。話したいのなら、聞くわ。けれど、あなたは話したくないんでしょう?だったら聞かないわ」

 言葉を発そうとしたタロウをさえぎって、優しくほほえんだミリアンは話す。


「あなたを信頼しているわ、私の愛弟子。だから、聞かない。頼ってきてくれるだけで、十分に満たされているの。全てに答えてあげられるほど博識ではないけれど、できるだけの事はしてあげたい。

 私はあなたの理想からは遠い師匠かもしれないけれど、いつでも力になりたいと思ってるのよ。こんな理由じゃダメかしら?」

 不覚にも言葉に詰まった。不意打ち過ぎて、顔を見られたくなくてうつむいて。それでも一矢報(いっしむく)いたかったので、一言だけなんとか言葉にする。



「師匠のくせになまいきだ」

「ひどい!」

 おどけたようにくすくすと笑って、ミリアンは優しくタロウを殴った。




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