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三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
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其の二十二

 とん、と軽い足音をたてて高台からシュロが黒くうごめく群れに飛び込む。

「は?」

「おい!」

 慌てるタロウ達をよそに、ミリアン達は詠唱を開始する。


「『慈愛深き大地よ、あわれな子供達をその懐に抱かん』」

 ミューメルの魔術によってすりばち状にえぐられた大地が、軍蟻の群れを飲み込んでいく。

「『夢見る大地よ、その夢に彼らを誘わん』」

 ドレイスが唱える魔術がすり鉢の中の土を砂へと変化させ、軍蟻はもがきながら沈みこむ。

「『地よ、我が祈りにこたえ、この地を望む戦場へとなしたまえ』」

 ミリアンが地形をそのものを変化させて、すり鉢上の地形に返しのついたふちを作り、一本道の通路を作りあげていく。

「冗談でござろう」

 三人の魔術を凝視していたゴーシュが青ざめている。よほど難易度が高いことは、タロウの目にも知れた。質量がけた違いなのだ。見える範囲にその効果は及び、数百の軍蟻すべてがその魔術に取り込まれている。

「さてと。ここからは持久戦よ」

「シュロが術を完成させるまでは、私たちの魔術から軍蟻を逃すわけにはいきません」

「我々は今の魔術を維持しなくてはいけませんから、登ってくる軍蟻の相手をお願いします」

 あれほどの魔術を行使したにも関わらず、魔術師達は平然としている。


「おい、こいつらにもやらせんのかよ?」

 ひとり、バッセルだけがタロウ達の参加に難色を示す。誰だって厳しい戦場に新人が入ってくれば、同じ反応を示すだろう。

「彼らは狩人です。義務がありますからね」

 ミューメルはさほど気にしていない様子だ。バッセルだけがタロウ達に危険が及ぶ心配をしている。

「タロウさん、私たちが援護をします。魔術を抜けてきた軍蟻を、留めるのを手伝ってください」

「ああ、わかった」

  テルが具体的に指示を出してくれた。ここまでの大群を相手にするのは初めてなので、ありがたい。

「ミューメルさん、師匠。ミノリをお願いします」

 タロウは後方支援に回すつもりでミノリを下がらせようとする。

「いえ。これなら私もお役にたてると思います」

 きっぱりと首を横に振り、ミノリがモルテルスに視線を送る。

「そうですな。我々が呼ばれた以上、シュロめの計画には我輩達の魔術も必要だということでしょう」

 うっすらと微笑んで、モルテルスがキュルルルと鳴く。道に這い上がってきていた軍蟻の群れを霧が包み込み、続くミノリのうたによって凍りつく。

「『生命を眠りにつかせる、愛おしき哀しき息吹の神よ。その眠りに彼らを誘わん』」

 きりしもとなって軍蟻に絡み付き、動きを封じていく。それらの得意とする連携は封じられ、互いに凍りついた軍蟻は動くことすらままならない。


「たいした腕前だな」

 それを見たバッセルも、ようやく納得したのか、飛び降りて縁に降り立つ。登ってくる軍蟻を八角の棒で突き、叩き伏せ、地の底へと押し戻す。

「おい、あれ粉砕されてんだけど…」

 タロウは見たものが信じられず、隣に立つコウイチに確認する。突かれた瞬間に頭が粉々になり、叩き伏せられた胴体はまっぷたつになっている。

「そうだな。俺らがいる必要あんのか?これ」

「おい、ボケッとすんな!あんたらも加われよ!」

「へいへい」

 バッセルの怒鳴り声に気楽に返事をして、コウイチも下へと跳ぶ。

「それじゃあ、俺もいくかね」

 タロウも高台から軽く助走をつけてすり鉢の縁へと飛び移った。


「おっと」

 甲蟻のときには無かったガン、という音が盾から聞こえてくる。軍蟻の硬度はやつらのはるかに上をいく。以前里の近くに出た軍蟻を討伐したことはあるが、そいつらよりも数も多く力も強い。

「魔獣たち食って肥太ってやがるのか?」

 独り言を漏らすも、答えるものは近くにいない。

「気を付けてくださいね。中に落ちたら助け出すのは一苦労ですから」

 隣にふわりと舞い降りてくるミューメルにそう言われ、わかりましたと返事をする。

「そういえばシュロのやつは大丈夫なんですか?」

 真っ先に飛び込んだが、あいつが降りたのはすり鉢の()だ。

「心配要りませんよ。彼はいつまでたってもやんちゃな子供のままですね」

 飼っているペットが粗相をしたのを見るように、すり鉢をちらりと見やって他の場所へと駆けていく。

「『火の主ー』」

 頭上からゴーシュの詠唱が聞こえる。タロウ、コウイチ、バッセル、ミューメルと縁の四方に近接武器を持ったものが立ち、その間を這い上がる軍蟻を上の七人が防いでいる。

 キュガッ、と鳴り響く音がして、縁にたどり着いた軍蟻が貫かれてバラバラになる。魔弓だ。

「バラバラってことはビルかな」

 続いてギュオッと凄まじい擦過さっか音がして、二匹まとめて射ぬかれた。一瞬にして燃え上がり、パラパラと灰になって砂へと混じる。

「魔弓使い怖い」

 わりと本気で呟いて、目の前に来た軍蟻に一発入れた。ガツッという音がして、少しだけ軍蟻が宙に浮く。すかさず盾で殴り付け、下へと落としこむ。

「火力不足だな…」

 殴った手応えが硬い。あまりダメージは与えられなかっただろう。ふ、と息をついて、次に這い上がる軍蟻へとそなえた。



「はっ!」

 抜き放った細剣で軍蟻をバラバラにし、ミューメルは他の様子を伺う。

「魔術の維持は好調。今のところ穴を開けようとしている者はいませんね」

 戦うために作られて軍蟻は、もっとも効率の良い動きを選択する。ただ閉じ込めるだけでは穴を穿うがって出てきてしまうため、適度に攻撃を加える必要があった。

「テル、ビルは疲れが見えますが好調ですね。さすがジークの孫です」

 双子の兄弟は矢を無駄にすることなく、全てを命中させている。

「彼もなかなかの使い手ですね」

 脚のみを的確に焼いていくゴーシュの魔術を見て、じんわりと笑みを浮かべ、タロウを見た。決定打はないものの、攻撃を受け流し、押し戻す動きに怯みや怯えは微塵みじんもない。

「メルのお婿さんにどうかしら?」

 彼女の孫は薬師としては優秀だが、未だにそういった話を聞かない。キラリと透明な剣先をひらめかせ、ミューメルは守るべきもの達を思い浮かべる。



「ふう。ったく、めんどくせえなあ」

 ビルは矢をつがえながら、愚痴をこぼす。昨日の晩から戦いづくめで、疲労の度合いは色濃かった。

「矢は足りるか?」

 隣でやはり昨日から戦いづくめの兄を見るが、全く消耗した様子はない。祖父と同じく、表に出ない種類の男なのだ。

「十分だ。あいつらからどっさり渡されたからな」

 最初の軍蟻の討伐は結構手を焼かされた。それなりの怪我人が出て、戦闘の集中力を持続させることができるのはここにいる“ウィリアム”だけだ。

「餞別にやるって渡されたけど、死なねえっての」

「まったくだな。失礼なやつらだよ」

 うっすらと微笑んでテルが一矢を放つ。そういう表情はとても祖父にそっくりだ。戦友達から渡された矢をつがえ、次の標的へと狙いをつけた。



「おせえよ」

 鼻で笑って、軍蟻の脚を切り飛ばす。このサーベルは自分の性に合っている。そう思いながら力を発動させるために魔力を注ぐ。

 受けた呪詛を返す。自分がこの世界で得た特性だ。スキル、と呼ばれているのだったか。

「細けえことはどうでもいいな」

 呪われた装備も、自分のスキルとは相性がいい。サーベルから日々受けた分の呪詛を、軍蟻に向かって返していく。

 ふと、縁の中を覗いてみると。

「冗談だろ?」

 シュロが軍蟻の上を歩いていた。走るでもなく、跳ぶでもなく、よどみなく歩いて。



「まったく、カッコつけすぎなのよね」

「あれ本当にエルフなんですか?」

 中を歩くシュロを見て、ミリアンが吐き捨てる。ドレイスがまさしく化け物を見るような目でシュロを見た。

「『火の主、偉大なる生命の灯火。凶悪なるいびつな生命を、今こそ正しく地に返さん』」

 ゴーシュは詠唱を続けて下にいるもの達の援護を続けながら、隣に佇む二人の魔術を観察する。今は単純な火の魔術しか使えないが、いつかこの規模の魔術を行使できるように。その技術を盗むために。

「連れてきてもらったことに感謝せねばなるまいな」

 聞こえぬようこそりと呟いて、戦いへと意識を集中させていく。



「おらっ!」

 上がってきていた軍蟻を吹き飛ばし、一息ついた。ぐるりと首を巡らせて、周囲の状況を確認していく。

「大分潰したはずなんだけどな」

 眼下には無数にうごめく軍蟻の群れがいる。凍りついているものや、泥の沼となった中に脚をとられているものもいる。

「厄介なやつらだぜ。シュロはまだか?」

 昨夜から戦っていた第一陣も、ある程度押し始めたタイミングでとんでもないスキルを使われ苦戦を強いられたのだ。おかげで森都の兵士は怪我人が大量に出ている。

「シュロのやつ、いきなり中位試験に向かわせたかと思ったら次が来てるとか無茶言いやがってよ」

 ちっと舌打ちをして、八つ当たりのように軍蟻を粉砕していく。



「はあ。ちょっと効きが悪いね」

 魔術の手を緩めて、ミノリが眉間にシワを寄せる。

「そうですな。あれは人工生命体であるゆえか、奇妙な性質を持ち合わせておりますしな」

 軍蟻は純粋な水属性でありながら、地上の兵器だ。生命をもてあそんだ結果、それを作った国は滅び、統制を失った兵器が地上にあふれた。

「ですが、そろそろ仕上げとなるでしょうな」

「え?」

 時間を稼げと言ったのなら、間違いなく策がある。そうなったシュロが負けることはない。ましてや、この程度の雑魚では。







「ギシャアッ!」

 一匹の軍蟻が一際大きな叫びをあげる。それを合図にしたかのように、サアアッと上っていた蟻達が引いていった。

「なんだ?」

 タロウは訝しみながらも盾を下げて様子を探った。軍蟻の群れは黄色いもやに包まれ、その姿が徐々に変貌へんぼうしていく。

「羽が生えている?」

 戦慄をもってその光景を見届ける。矢や魔術が打ち込まれるが、もやにはばまれて効果が薄い。タロウは降りていくべきか迷い、中にいるシュロと目が合った。

「予定通り…?」

 シュロの口の動きは、確かにそう言っていた。






 羽を生やした軍蟻の群れが、すり鉢の底から飛び上がってくる。羽音がうるさくてそれ自体が攻撃のようなものだ。その高度が縁に達したところで、ミリアンが叫ぶ。

「シュロ、遊んでないでさっさと終わらせなさいよ!このバカ!」

 シュロは聞こえたのだろうか、ヒラヒラと手を振って、空を飛ぶ群れの上を踊るような足取りで伝っていく。

 その足跡が光を帯びて、光点から次の光点へと線を結び、速度を増しながら全ての軍蟻を繋いでいく。

「魔術、なのでござるか?」

 見たこともない動きをするシュロは、武器も抜かず、魔術を使っているようにも見えない。

「まあ、似たようなものかしらね?」

 ミリアンがはぐらかし、それと同時に、光で編まれた巨大な円柱が立ち上った。



「すげえな」

 高台の上へとミューメルの魔術によって戻ったタロウ達は、光の柱を見て感嘆の声をあげる。まるでレースが編まれるかのように、見たこともない文字が光の柱を流れては消えていく。その柱の中に、軍蟻達がとらわれていた。

「さてと。ようやく全力で魔術が撃てるわね」

 キュルルルルとモルテルスが鳴き、拳ほどの大きさの水球が光の中に出現し。

「『我が友、良き隣人、あまねく遍在へんざいする全ての雷神の分身たちよ。その力もちて、彼らをあるべき姿へとかえしたまえ』」

 ミリアンが魔術を構築し、その水球の中に小さな雷が宿る。ついっとミリアンが指揮者のように白い指を振ると、水球が軍蟻の中へと吸い込まれていき。まるで迷宮の中のように光となって分解されていく。



 その幻想的な空間に、タロウ達は声をあげることすらできず。最後の一匹が消えるまで、ただ、ひたすらに見つめ続けていた。





「ちょ、ミリアン!私まで分解する気か!?」

 光の柱の中から、シュロが飛び出してくる。

「あ、ご無事だったんですか」

「くたばってりゃよかったのに」

 テルとビルが手厳しい言葉を浴びせると、

「君たち、私に恨みでもあるのか?」

 とシュロが恨めしげに睨んでくる。

「いえ、祖父よりあなたに関しては『敵ではないが味方でもない』とか、」

「『信用もせず信頼もせず便利な盾だと思っておけ。まず死なない』とか聞いてるからな」

「十二都市を十一都市にしようとしてた孫バカには言われたくないなあ」

 シュロはやはり悪びれもなく、しかし苦々しげにぼやいて。


 長かった一日が、ようやく終わりを告げた。




【Name甲蟻 Lv10 skil:変態 HP20/20 MP 10/10 STR20INT10 AGL15 LUC10】


【Name軍蟻 Lv20 skil:変態 HP50/50 MP 20/20 STR40INT20 AGL10 LUC0】



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