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三匹迷宮物語  作者: 九十
誘い
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其の四

※日本においては河川や海での釣りはその地方自治体の管理組合の許可が必要です。デリケートな管理によって環境を維持している所もありますので、自己判断せず管理維持している機関にお問い合わせの上責任をもって楽しまれるようお願い申し上げます。なお、この作品はフィクションです。

それから襲いかかってくる魔獣を蹴散らしつつ数日。一行は川にたどり着いていた。日を受けてキラキラと輝く水面をさかのぼってゆく魚の群れ。



「いつ見てもとんでもない光景でござるな」

「壮観だねー」

「さあて、準備してさっさととっちまおうぜ」

 それぞれ装備を確認し、事前の打ち合わせ通り配置につく。出きるだけ傷をつけずに、なおかつ素早く魔術具で凍らせる。なかなか面倒な作業である。


「行くぞ!」

まずコウイチが鮭を追い込み、タロウが川から虹鮭をすくいあげ岸に向かって投げ飛ばす。それをメイノが受け止め、ゴーシュが魔術具で瞬時に凍らせる。二メートルほどの例年通りのよく太った虹鮭である。


「よっしゃ。次行くぞメイノ!」

「任してー、これいっぱい捕れたら一つぐらい食べてもいいよねー?」

「鮭共が攻撃してくるでござるよ!」

 ゴーシュの言葉通り、遡上していた鮭の群れがコウイチに向かっていく。

「ちっ、これじゃあ追い込めねえな。おいタロー、大丈夫、か…?」

 慌てて川から離れたコウイチがタロウを見ると、襲い来る鮭に体当たりされながら仁王立ちするタロウの姿があった。数十キロの魚にぶつかられてもびくともしないのは、控えめに見ても化け物である。


「ははっ、すげえなあ。あいつ」

「鉄の塊みたいでござるな」

 呆れ半分感心半分といった体でのんびりと会話するユリトキとゴーシュ。

「タロー、大丈夫ー?」

「大丈夫だ!けど、そっちまで飛ばせない!」

 暴れる魚の群れに四方から押されているためなかなか思うように身動きがとれない。

「ふむ。某の出番でござるな。ユリトキ、貴殿も手伝っていただきたい」

「いいぜ、どうすんだ?」

「タロウごと網で一網打尽にするでござるよ」


 網を上手く広がるように投げるユリトキ。タロウと周囲の魚ごと網に絡まり、ゴーシュのスキルによって収縮する。

「ひどいやり方もあったもんだぜ」

 ユリトキとゴーシュに引きずられるタロウをみながら、呆れたようにコウイチが呟く。

「なに、虹鮭の突進を受けても傷つかないのなら、川底で擦ったくらいではかすり傷も負わぬであろうよ」

「そりゃそうだけどよ」

 なにしろ虹鮭はおおきい。鋭い歯で食らいつかれれば、腕や足の肉はもぎ取られてしまうだろう。その体当たりにしても通常なら意識が吹っ飛ぶような衝撃である。


「タロウがしおれてやがるな」

「鮭食べたらきっと元気になるよー」

 めいめい好き勝手な事を言っている。

「何でもいいから早く引き揚げてくれー」

 魚と密着しているタロウは鼻につく生臭さに、げんなりしていた。



「いっぱいとれたねー」

 大漁にホクホク顔のメイノ。それとは対照的に疲れた様子のタロウ。川岸から離れた一行は小休止をとっていた。

「タロウ、風呂入って来たらどうだ?魚臭いぜ」

「誰のせいだよまったく。そうさせてもらっていいか?」

「いいぜ。ご苦労さん」

「お疲れさまでござる」



 さっと体を流して入浴剤の入った風呂に浸かる。エルフお手製のこれは、匂いもきっちりと洗い流してくれた。酷い目に遭ったが、これで祝祭に十分な量の虹鮭がとれた。あとは帰りに注意しなくてはならない。虹鮭の漁は捕るときよりもその後に注意が必要なのだ。




 タロウが戻ると、解凍されさばかれた虹鮭が炭火にあぶられていた。ご丁寧に塩が振ってあるものと、竹で香草と蒸し焼きにされたものがある。素早い。

「ようタロウ早かったな、先に食ってるぜ。お前も食べろよ」

「こちらは焼けているでござるよ」

「うまいぜ、やっぱ秋にはこれだよな」

「美味しいよ、これ」

 勧められるままかぶりつく。油ののった身とパリッとした皮の食感がたまらない。適度にふられた塩もいい具合に効いている。次に蒸し焼きになった身を頬張ると、ふっくらした身の旨味とさわやかな香草の香りが鼻に抜ける。あっという間に食べつくし、次の身が焼けるのを待った。




「ふう、お腹いっぱいー」

「ゴチでした」

「美味しかったなあ」

「満足でござる」

「明日は汁物もいいな」

 腹八分目という言葉を忘れ、こころゆくまで鮭を堪能した一行。早くも明日の献立を考え始めるものもいる。とりあえず魔術具で瞬間冷凍された虹鮭を

荷車に積み、帰路につくことにした。





「おい、来たぞ!飢え鼠の群れだ。ゴーシュ、魔力に余裕はあるか!」

「十分でござる!焼き払うでござるが、とり逃したやつは各々方お頼みしますぞ!『火の主、偉大なる生命の灯火、飢えるけだものに火円の裁きを』!」

 ゴーシュの放った火は円形に広がり、鼠の群れを焼いていく。その中から外れて飛び出してきた数匹を盾で弾き、コウイチが止めをさす。



「やっぱり獲物目当てに魔獣が増えてきやがったな。行きとはえらい違いだぜ」

 大剣で、器用に鼠を細切れにしながらユリトキが毒づく。

「しかたないよ、美味しいからねー」

 その隣で槍で鼠を吹き飛ばしながら荷車を守るメイノ。数が多くて煩わしくはあるが、このぐらいは苦でもない。腹ごなしにちょうどいいくらいである。



「やれやれ、ひっきりなしでござったな」

 魔術を使い続けているゴーシュだが、疲れた様子はない。時にはスキルと併用しているのだろう、でかい魔獣は網で対処することも多かった。

「お疲れさん、少し早いけど今日はそろそろ休もう」

 タロウの提案に全員が賛成し、早めに休息をとることにした。



 行くときには使わなかった神具を、荷車の周囲に張り巡らす。神具は神都にあるダンジョンでのみ産出される、低位の魔獣や怪物避けの効果のある魔術具である。高位の魔獣を避けるものはほとんどが都市同士を繋ぐ大街道にのみ設置されている。


「それはどのくらいの効果があるんだ?」

「大体中位魔獣まで五十メートル以内に寄ってこないそうだ。有効時間は八時間。これでそれなりに休めるな」

 物によって起動時間や効果範囲がまちまちであるが、里にあるもので半径一キロ、時間にして十時間、高位魔獣であっても入ることのできない神具が交代で起動されている。他にも魔術具や数人がかりで起動する魔道具などが併用されている。


「疲れたねー」

「まあめんどくせえやつらがわいてきやがったからな。でかいのならともかく、ちまっこいのがゾロゾロ出てこられるとやりづれえ」

 いくら器用でも、疲れるものは疲れるらしい。

「ユリトキ、大剣は研いだりしないで大丈夫なのか?」

疑問に思っていたことを聞いてみる。ユリトキの剣は十日ほどたった現在でも変わらぬ切れ味を発揮していた。

「あん?今さらかよ。まああんたの得物は刃物じゃねえからしかたねえか。こいつはな、迷宮ダンジョン産の大剣なんだよ」

 よく見えるように大剣を前に掲げるユリトキ。その鞘にも柄にも、濃い緑と同系色の細かい紋様で覆われている。魔術師の媒体や魔術具に描かれているものと似ているが、その量がまるで違った。規則正しく配置された円の回りを蔦や結晶を模した紋様がびっしりと埋め尽くしている。

「すげえだろ。こいつは鞘に納めるとそのたびに切れ味が復活するのさ。氷都産だっていってたな」


 そのほとんどが氷に覆われた都市、氷都。獣人族であっても防寒具を必要とする厳しい環境と、迷宮にはいるにも専用の装備が必要なこともあって難易度の高い迷宮としても知られる。不思議なことに金属製の装備品や調度品がほとんどである。都市には必ず迷宮があるがその形は様々で、建築物であったり、坑道のようなものや山そのものであることもある。



「なるほど。よくそのような物が手に入ったでござるな」

「運が良かったんじゃねえの。鉱都に行く船のなかに混じっててな、本と金貨五十枚で譲ってもらったのさ」

「それは安く済んだでござるなあ。それほどの性能ならば倍はしてもおかしくないでござる」

 迷宮産は変わった物が多く、まるで使い道のわからないものから飛び抜けた性能を持つものまでありとあらゆる物が産出される。個人に合わせた物ならドワーフに作って貰ったほうがいいが、これまでに無いものを欲すなら迷宮に潜ることで手に入れられる。都市にある迷宮は制約が多いが、管理されていない迷宮には自由に入ることが出来、それを専門とする者を冒険者と呼んだ。



「冒険者かー、命がけで富を求めるのってどんな感じなんだろうね」

「魔獣だけでも結構厄介なのに怪物モンスターと戦っているのはそれだけの理由があるんだろうよ」

「人それぞれってやつなんだろうな」

 魔獣を狩るのは生活のためだが、怪物と戦うのはより豊かななにかを求めての行為である。通常生活を送るのに迷宮に入る必要はない。だが、それでも冒険者になる者たちは後を絶たなかった。



「そろそろ休もうぜ。明日からはもっと激しい戦いになるだろうからな」

 コウイチの提案に皆がうなずく。今は未だ余裕があるが、明日以降の戦いが今日よりも激しさを増すだろうことは全員が戦士としての経験から感じていた。




 十分に睡眠をとり、明けた翌日。その日から予想していた通りに魔獣たちの頻繁な襲撃にさらされることとなった。朝もやに紛れて近づく三角蛇、茂みに待ち伏せして虹鮭だけをかっさらっていこうとする馬狩猫、ついには軍隊狼の波状攻撃。いくら魔獣と戦い慣れているといっても、集中力は無限に続くわけではない。行きと違って一日に歩ける距離は三分の二ほどになっていた。


「だああっ、うぜえ!無駄にすばしっこいし、一日に何度も仕掛けてきやがるし!」

「焼こうが切ろうがどこからともなく湧いてくるでござるな」

 執拗しつようにやって来る魔獣に対して、辟易する一行。仲間が目の前で叩き潰されようがお構いなしに牙を剥くやつらに、数の暴力というものをそろそろ実感し始めていた。



「まあこれだけあれば一冬楽に過ごせるだろうから、気持ちはわからなくはねえんだがな」

 荷車に積んだ虹鮭の山を見て、呟くコウイチ。凍らされた十数の虹鮭は小さい群れなら冬の蓄えになる。魚の得意とする川に入って捕るよりも、捕らえられた獲物を横取りするほうが安全だし労力も少ない。大勢の人族が相手ならばともかく、たった五人でいる獣人族なら与し易いと思われても仕方がなかった。


「けどまあ、だんだん低位魔獣の襲撃も減ってきたしそろそろ落ち着くだろ」

 タロウのいう通り低位魔獣は勝ち目無しと踏んだのか、目に見えて襲いかかってくる数が減っていた。

「ということはそろそろ大型のやつがお出ましになるかね」

「来そうだよねー、おっきいの」

「ちっとは歯応えのある相手じゃねえと、作業になっちまうからなあ」


「出ないでくれて楽が出来るならそっちの方がいいんだけどな」

「そういうわけにも行くまいよ。なにやらおかしな雰囲気になってまいった」

 ゴーシュの潜めた声に、それぞれが警戒を強める。確かにすこしばかり空気に含まれる臭いが変わってきていた。魔獣のなかでも不意打ちや奇襲を行い狩りを行うものは音や臭いに気を付ける。しかしその必要のない強者は暴力と死の臭いを撒き散らして相手を威圧し動けなくさせる。


 今この場に漂ってきているのは赤茶けた鉄の錆びた臭気。俗に、血生臭いといわれる臭いであった。





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