其の二十
遅くなりました。
昇格試験を無事終えて、ミノリが新しくオパールのような板をもらい、お祝いをしようということになった。その時。
「緊急依頼です。森都近くに甲蟻の巣が発見されました。その数おおよそ千近く。近々羽蟻へと変化して、巣分けをするもよう。高位冒険者は義務を遂行し、直ちに職員の誘導にしたがってください」
ギルドに飛び込んできた一人のエルフが発した言葉に、場が騒然となる。それに負けぬよう声を張り上げたエルフの声がタロウ達のもとまで響く。
「ギルドから緊急依頼として冒険者の皆さんに発注します。報酬は一人あたり金貨三百枚。それとは別に、この依頼で怪我をされた場合には万能薬での治療を全額ギルドが負担いたします。受注してくださる方は、こちらの用紙に必要事項を記入してご提出ください」
甲蟻は昆虫の蟻に似た姿で、人族の活動範囲で見かけることはあまりない。甲殻は軽いが丈夫にできていて、肉食で人族を襲うことがある。そのため見つけ次第駆除が義務付けられている生物の筆頭だ。
「参加するか?臨時収入としてはうまいぞ」
「巣分けして広がる前に処分を終えたいのでござろうな。報酬が桁違いでござる」
討伐に参加するだけで三千万円が手に入る。破格の報酬と言っていいだろう。
「受けましょうか?我輩は余裕がありますが」
「そうだね。私も治療の役に立てると思うよ」
タロウ以外は乗り気らしいが、行きたくない。一日に二度も昆虫と戦うのは神経が削れる気がする。
「いや、想像以上に俺らも消耗している可能性がある。連戦は避けよう」
「ま、それでも構わねえけどな」
「そうでござるな。金に困っているわけでもござらんし」
ともすれば臆病ともとられかねない意見だが、それほど報酬に固執しているわけでもないらしい。
「我輩も異論はありませんぞ」
「そうだね。ゆっくりしよっか」
タロウを慮ってくれたのだろうモルテルスとミノリも参加を取り止めるといってくれた。
「それじゃあ、」
帰ろうか、と言いかけたタロウの元に、一人のエルフが走り寄ってくる。ウェンデルだ。
「その、タロウさん。非常に申し上げにくいのですが、指名依頼が発行されています」
その言葉通り申し訳なさそうに肩を縮めたウェンデルが、そっと紙を差し出してくる。
《私、シュロは甲蟻討伐の依頼を下記のメンバーに申し込む。依頼料として規定の報酬の他に、望むものを与える。》
その文言の下には、タロウを始めミノリとモルテルスの名前もあった。今日中位になったばかりのミノリも入っていることも含めると、謀られたとしか思えない。
「ちなみに、断ったらペナルティとかあります?」
「ありません。ありませんが、ギルドマスターの依頼を断ったことが書類に記載されます」
雨季まではここで仕事をしたいタロウたちにとって、職員の信望篤いシュロとトラブルになることは避けたい。
「わかりました。お受けします」
「やれやれ、だな」
「まあ、問題はなかろう」
「きゃつめ、やってくれましたなあ」
「エルフ怖いよ…」
こうして、依頼という名の強制招集状により、甲蟻討伐のメンバーにタロウ達は名前を連ねることとなった。
「あれ、タロウがいる」
「メル?なんでお前が?」
集まって目的地に向かう冒険者の集団の中に、見覚えのある顔を見つけた。
「なんでって、薬師だからね。蟻避けの薬を森都の前に配置するんだよ。コウイチさん達は?」
聞けば、毒薬と紙一重の薬のため専門家でないと扱えない代物だそうだ。
「ゴーシュは他の魔術師と交流中。コウイチとミノリは二人でデート」
「あはは、仲良いんだね」
ゴーシュは試験の際隣にいたパーティーと魔術談義をしに行き、コウイチはミノリと二人で少し後方を歩いている。モルテルスはタロウの背負ったバッグの中で眠っていた。
「前には出てくるなよ。危ないから」
「大丈夫だよ。みんなの後ろに隠れてるから。おばあちゃんもいるしね」
「へ?」
タロウが首をかしげた直後、凜とした声がタロウの名を呼んだ。
「タロウさん。良かった、試験の時はおしゃべりができませんでしたが、機会に恵まれましたね」
「おばあちゃん、久しぶり」
「え?」
メルが武人、ミューメルを認めてそう呼んだ。困った顔をしつつもその手をそっとメルの頭において、優しく撫でるミューメル。
「あなたが研究室に籠っているから、会えなかったのですよ、メル」
「えへへー。私もいろいろがんばってるんだよ?」
「知っていますよ。けれど、私たちとももっとお話しして欲しいですね」
「うん。そうする」
パチパチと瞬きをするタロウを振り返って、ミューメルが改めて挨拶をしてくれた。
「メイルシュトロームの祖母、ミューメルです。いろいろとお願いを聞いてくださっているようで、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。立派な旅館に泊めていただいて、ありがとうございます」
タロウはなんとかその一言を頭から絞り出すので精一杯だった。
メルとは森都の入り口で別れ、ミューメルや数人の高位冒険者達は入り口での防衛戦に人数を割かれた。冒険者達はそれぞれ役割ごとに別々の位置に割り振られていく。
「よ、あんたさっきの試験会場にいたよな?」
「ああ。あんたは弓持ってやってた人だよな」
右隣で堅実にファット・ビーを狩っていた冒険者パーティーだ。
「ゼイルだ。よろしく」
タロウも名乗り返し、甲蟻について話し合う。
「めんどくさいが、あいつらが近くに来ると村や町は食いもんなくなっちまうからな。きっちり潰すか、数を減らさねえと食えるもんがへっちまう」
甲蟻は巣の近くにいる魔獣も食べてしまうので、必然的に流通する肉の量が減り、食料不足になることがある。
「そうだな。ついでに報酬ももらえるんだから冒険者にとってはわたりに船ってやつだろ」
「まあな。ところで、あんたミューメルさんと知り合いなのか?」
先程まで話をしていたのを見ていたらしい。特に隠すこともないので、正直に伝えた。
「あのでっかい旅館泊まってんのかよ!金持ちだなあ。うらやましいね、まったく!」
ばしばしと背中を叩かれる。結構衝撃が来るところからすると、人族としては強い方なのかもしれない。そんな感じでとりとめのないことを話していると、コウイチがこちらに寄ってきた。
「おい、タロウ。モルのやつは?」
「ああ、この中」
タロウがバックを指差すと、ため息をついて取り出しにかかる。壺の中で死んだように眠っているモルテルスを見て、ゼイルが聞いてきた。
「非常食か?」
「ぶふっ」
「ぶはっ」
ゲラゲラと笑い始めたコウイチと震えるタロウを見て、困惑した様子のゼイルがさらに聞いてくる。
「なんだ?オレなんかおかしなこと言ったか?」
「あ、ああ。いや。あんたは悪くないよ」
「まったくだな。おい、起きろこのモルテルス」
なんとか笑いを収めたコウイチが、プカプカと白い腹を見せて浮いているモルテルスをつっつく。
「うむ?到着したのですかな?」
ヒレで目のあたりをこするような動作をして、くるんとひっくり返ったモルテルスが目覚める。
「しゃべった!」
大げさに驚いてゼイルが距離をとる。
「ぐっ」
「ふはは」
笑いをこらえようとしたタロウと再び笑い出したコウイチに、モルテルスが質問を投げ掛けるが、二人は答えることができないぐらいに腹筋を使っている。
「ああ、なんだ。魚人族か、あんた」
「はい。そちら様は人間でございますかな」
とぼけた話をしている二人を見ながら、コウイチに話しかけた。
「ミノリはどうした?」
「ゴーシュと一緒に後方にまわってる。モルテルスのやつはどうする?」
「ああ、そっちに回した方がいいかもな。魔術師の一斉射撃のあとに俺等が叩くんだよな?」
「事前の説明通りに行けばな」
報酬によって集まった冒険者の数は百人近くになったので、大雑把に前衛と後衛に分けられ、魔術師や弓手が先制し、近接武器を持つものがとどめをさす。といった手筈になっている。
「甲蟻は飛び立つときには顎が退化しているから、積極的に攻撃はしてこないはずだ」
「そうだな。羽があるから逃げようとするよね」
羽を得て飛行能力を持つと、何故か甲蟻は攻撃能力が退化する。そのため飛び立つ前にこちらが一方的に攻撃することが可能となるのだ。
「ついでにいうと、腹は狙うなってことだったな」
ゼイルが話に加わってくる。
「ああ、エルフ達にはやつらの腹にある液体?を加工して薬にできるんだとよ」
「里では外の甲殻しかとってなかったよな」
甲蟻の甲殻は半透明の茶色をしているので、そのまま防具や補強材として使われていた。
「そうなのか。じゃあ、その分もギルドが買い取ってくれるのかね?」
「その分も含めての高額の報酬なんだろうよ」
「そりゃあ残念」
コウイチの言葉に、心底がっかりしたようにゼイルは落ち込む。
「なんだ、金がいるのか?」
「ああ、それがよ。王都で風呂になる魔術具を買ったんだが、これが塩水しかでねえんだ。高かったから変えてくれって頼んだんだが、店のやつは責任はねえの一点張りでよ…」
ドワーフのお茶目が、一人の青年を苦しめていた。タロウはなんとか言葉を探す。
「で、でも。塩持っていかなくていいから便利じゃないか?」
「そうなんだけどな。パーティーの女達からはものっすごい怒られちまってさ。大金はたいて買ってきたものがこれか!ってな」
頭をポリポリと掻いて決まり悪そうに笑うゼイルに、内心でタロウはすまん、と呟いた。




