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三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
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其の十六

 迷宮にミノリとモルテルスつきで潜ること、五日。今日は再びの休日である。タロウはメルに相談するために、ジークに言伝てを頼んで部屋を訪ねていた。

「メル、ちょっといいか?」

「いいよ。珍しいねタローが来るなんて」

 あらかじめ時間をとっておくよう頼んでいたのが功を奏し、メルはゆったりとした白衣を着て籐椅子とういすに腰掛け、専門書を眺めていた。


「知り合いの女の子の病気なんだけど、迷宮に入ったら治るなんてことがあるのか?」

 単刀直入に聞いてみる。メルは腕を組んで考え込み、しばらくして答えを返す。

「迷宮に?…うーん、どうだろう。迷宮にある植物や道具を使ってるのならまだしも、入っただけじゃあね。聞いたことないかも」

 やはりないらしい。コウイチは万能薬パナセーア流星ミーティアの両病院、ゴーシュは図書館とソルバスのところに関係あるものを探しに行っているが、望みは薄いだろう。

「そうか。悪いな忙しいのに時間とってもらって」

「ううん。タローにはお世話になってるし、私も休憩できてよかったよ。あ、私からもひとつ聞いていい?」

「なんだ?」

「あのね、紙幣をどうやったら普及できるかなって考えてて。ご先祖様のせいで便利なのに使ってもらえないのはちょっと悲しいな、ってね」

「紙幣か。一度ついたイメージはなかなか消えないからな」

 思考を巡らせる。紙幣の利点は軽い、かさばらない、あとは燃えないよう工夫もしてあるらしいから、価値、だろうか。

「もういっそのこと、紙幣自体を魔術具にしちゃうのはどうだ?使いきりで水に変わるとか、魔獣から守ってくれるとか」

 適当に思い付いたことを言ってみた。そんなことをすれば紙幣の価値だけ異常に上がることになるし、魔術書と変わりないだろう。


「!そうか、その手があったか!ありがとうタロー。早速みんなに相談してくる!」

 メルは目をカッと見開き、止める間もなく部屋を飛び出していった。

「え?」

 まさかそんな誰かが思い付いているようなことを本気でやるとは思っていなかったので、タロウは困惑する。追いかけるべきか迷ったが、そんな馬鹿な話は誰かが止めるだろうと放っておくことにした。


「けど、薬師のメルがダメなら他にはナーセリアさんぐらいか?」

 タロウの足を丁寧に治療してくれたエルフの女性を思い浮かべる。ここ数日は冒険者たちも続々と帰ってきていたので、迷宮には大勢が出入りしている。パナセーアも忙しいだろう。

「よう、タロー。どうしたよ、辛気くせえ顔しちゃって」

 とん、と後ろから肩を叩かれて振り返ると、浴衣を着崩したエルフが立っていた。

「ビル。お前仕事は?」

 共に魔弓使いであり森都の警備を行っているウィリアム兄弟は、なぜかタロウを見かけるたびに声をかけてきたり近寄ってくるので、タロウは近所の猫を餌付けした気分だ。


「仕事はおやすみ。一番繁盛してた時期が過ぎたから、今週からは週三勤務に戻る」

「そうなのか。で、結局何でみんなそんなに忙しかったんだ?」

「ああ、でっかい魔獣がこの時期になると外に出てきたりするから、それの討伐やら護衛やらが多くてさ。それに加えて、まあいろいろ。それよっか、なんか悩みごと?テルも世話になってるし、俺でよければ聞いちゃうぜ?」

 なにかごまかされたような気もするが、特にそこまで興味はない。ミノリのことを個人名は伏せて話をした。

「迷宮に?いや、そんなの聞いたことねえんだけどな。というより病気なんだろ?迷宮に連れていって大丈夫なのかよ?」

「うん。本人もいたって元気そうだった」

 迷宮ではしゃぐミノリは、無理をしているようには見えなかったし、モルテルスも普通に生活する分には問題がないと言っていた。

「いや、わかんねえな。悪い、力にはなれそうにねえや」

 眉尻を下げて申し訳なさそうにするビル。

「いや、もともとメルに聞いてもわからなかったから、お前がわからなくても気にしてないよ」

 森都の兵士で戦闘職である魔弓使いに、迷宮の話は専門外だろう。

「あ、でもじじいならなんか知ってるかも。あれでも昔は冒険者やってたらしい」

「まじで?」

 あの威圧感、隠密性の高さはエルフだからだと思っていたが、高位の冒険者であったからかもしれない。


「お呼びですか?」

「っ!?」

「じじい!驚かすなよ、タローが死にそうになってるじゃねえか!」

 今のは本当に気配がなかった。というか今ごろになって気づいたが、ジークからはほとんど匂いがしない。体格もいいのに、足音もしない。目の前にすれば威圧感だけはあるのだが。

「驚かせてしまい申し訳ない。なにかお困りでしょうか?お嬢様は先程紙幣局に出向かれましたが」

 メルは直接作る現場に乗り込んだらしい。そのうちしょんぼりして帰ってくるだろう。

「あ、その、メルに時間とってもらうよう頼んでくださってありがとうございました。それで、迷宮に入ることで治る病ってあるんですか?」

 ばくばくとなる心臓を押さえて礼と、端的に聞きたいことを告げた。

「いいえ、大したことはしておりませんよ。迷宮に入るだけ、ですか」

 りの深い眉間にシワを寄せ、考え込むジーク。

「やっぱり、そんなのないですよね。シュロさんはそう言ってたんですけど…」

 もう一度シュロを問い詰めるべきか。そう考えたタロウだったが、その一言にジークが劇的に顔色を変えた。

「シュロのやつが?…ならば、本当やも知れません。あいつは昔から物事を成功に導くのが異様なほど上手い。本人はなんと?」

 タロウ達が適任である、病ではなく正確には成長が阻害されているといったことを伝える。

「なるほど。確証はありませんが、おおよその状態は理解いたしました。となると、その女性の現在の状態なのですが…」

「はい。通常海族は十年もすれば体が人の成人と同じくらい成長するそうなんですが、それがもう二年も遅れているとかで…」

 モルテルスによると海族は十年で身体的にも精神的にも立派な大人へと成長するのだそうだが、ミノリは体のみ成長が遅れている。と言っていた。精神は成長しているので、このままでは()精神()に耐えきれなくなって破損する、と。

「海族は過酷な生存環境にありますから、自然とそうなりますね。私の考えが当たっているなら、シュロが明言しなかった理由も察しがつきます」

 いくらか迷った後、ジークは告げる。


「恐らく、加護が原因です」 と。






 タロウ達三人は部屋へと集まっていた。驚いたことにそれぞれが、同じような推測ができる情報を得ていた。

「つまり、病院ではひとつを処置しても同じような働きをするものが再び現れるから、体の疲労を考えるとこれ以上は処置ができないと言われていたと」

 コウイチが重々しくうなずく。その表情は暗く沈んでいる。

「それで、神様の思し召しだろう、治したければ加護を得るしかない、か」

「なんというか神様が機能しすぎているでござるな。某の方は、加護を上書きするか別のものに変化させるのが最も現実的だと言われたでござるよ」

 ソルバスは神都で祈るか、加護そのものを別のものに変化させるよう薦めたそうだ。変化には加護を得たい神様の好むような行動を行ったり、もしくは加護の内容と正反対のことをすると変化しやすくなるらしい。具体的な方法があるだけでもありがたいが、いつ(・・)上書きされるかや変化するかは個人によって違うためまったくわからないという。


「けれども、迷宮に挑んだ方が加護の取得や階級レベルが上がりやすいというのは初耳でござるな」

「噂程度には聞いたことがあるけど、実際に効力があると断言できる人がいるとは思わなかったよな」

 タロウがジークから聞いたのはそういった話だった。他二人とは少々性質が異なる。なんでも、冒険者時代に実際に迷宮に仲間と入ったり出たりと色々と探った結果としてその事が判明したらしい。ただし、迷宮に挑戦することそのものが命がけであることが多いので、何度も死にかけたといっていた。

「階級が上がればその分身体も強化されるから、時間がかせげるっていうのもあるらしい」

「階級についても色々とわからぬことばかりでござるな。確かに子供の頃に比べれば身体能力は上がっているでござるが、比較するのは難しい」

「だよなあ。そもそも、階級が上がるっていうのが十になったら成人、ぐらいの認識しかないし」

 タロウは生まれついて頑丈であったためさほど変わった気がしない。妹や弟たちもそこまで怪我や病気をしなかったが、客観的な数値があるわけでもないから比較は困難だ。だんまりをつらぬいているコウイチがポツリと呟く。

「結局、あいつが決めるしかねえ」

「そうでござるな。お主、ようやく肝が据わったようでござるな」

「おう。迷宮には未攻略の領域エリアも多くあるんだ。そこを探索していけば何かは見つかるだろ。それに、加護が邪魔をしているんなら俺らとやることは共通してくる」

「そうだな。俺の場合は加護を押さえるか厄介な部分だけでも取り除きたいし」

 マイナス一とかは勘弁してほしかった。適度に休息を挟んではいるが、いつ下がるかと冷や冷やしている。今はここについた頃と同じだが、コントロールの術がないのが現状である。

「某もひとつだけ邪魔なものがあるでござるしな」

「俺は、そもそも性別がおかしいからどうにかしてえしな」

 それぞれが迷宮で手にしたい物をはっきりとさせ、ミノリを迎えにいくことにした。








 ミノリは、モルテルスの壺を持ったミリアンと一緒に買い物をしていた。


「これかわいい!」

「え、それ?」

 ミリアンはミノリが手に取ったものを見て少し距離をとった。全体的に不気味な色合いのワンピースだ。

「こっちの、水色の方が似合うと思うけどな」

 ミリアンは大人びた印象のワンピースを手にとってミノリにすすめる。

「いや、姫様がお選びになったものこそこの世で一番姫様に似合う衣装でございます。年増エルフは黙っておれば良いのだ。姫が流行に遅れたらどうする!」

「あんた壺持ってやってるのが誰か忘れてんじゃないわよね?」

 後半をミリアンにだけ聞こえるようささやいたモルテルスに、壺を握った手に力を込めながらミリアンが笑顔で話しかける。

「ふっ。姫のためなら我輩は雷撃など耐えて見せるわ!」

「もう、じい。だめでしょう?ごめんなさいミリアンさん。じいはよく調子に乗るんです」

 光に透ける淡い色をした髪を風になびかせ、ミノリが謝る。

「さすが人魚。なんというか、破壊力があるわね…。これでまだ成人の肉体じゃないっていうのかしら?」

 下から見上げるように見つめられたミリアンは、ちょっと遠い目をした。なんというか、凹凸がすごい。なにがとはいわないが、実っている。

「?ミリアンさん、どうしたんですか?」

「なんでもないのよ。ただ、ちょっと種族差ってやつについて考えていただけ。さっ、気に入ったのがあったら好きなだけ買っていいのよ?」

「ええと、でもいいんですか?」

「もちろん。私の趣味なんだから気にしないの。あなたが着飾った姿を見てみたいだけ。ついでにお師匠様って呼んでくれてもいいのよ?」

 ミノリは、嬉しそうにお師匠様、と恥ずかしそうに呼んでくれる。ミリアンはモルテルスを放り出してミノリを抱き上げた。

「もう!かわいいのはあなたの方よ、ミノリ!かわいい!」

 犬みたいで、という言葉は飲み込んでおいた。何故かミリアンの弟子になったもの達は次第に扱いがぞんざいになるので、純粋に慕ってくれるミノリの存在は貴重だ。


「やれやれ。師匠、なにやってるんですか?」

 聞きなれた弟子の声がミリアンの耳を打つ。昔は純粋だった弟子三号、タロウだ。

「ミノリ、買い物は楽しかったか?」

 どうやら恋仲にあるらしいコウイチがミノリを呼ぶと、ミノリはさっと駆け出して飛び付いた。やっぱり犬っぽい。

「ミリアン殿、急な頼み、引き受けてくださって感謝する」

 女の子同士の買い物がしたいと言ったミノリの話を聞いて、彼らが頼んできたのは護衛と一緒に楽しく買い物すること。ほとんど一日を費やしたが、ミリアン自身も楽しかった。

「いいわよ。弟子達の頼みだし、私も女の子と一緒に買い物に行くなんて最近なかったから楽しかったわ。ミノリは良い子だしね」

 みんな同じ方向なので、一緒に旅館までの道のりを歩く。詳しくは聞いていないが、古い知り合いらしいコウイチとミノリは仲むつまじい。春の強い風をうけて、胸を一杯にしながら、ミリアンは弟子達との談笑を楽しんだ。


「あれ、モルさんは?」

「勝手に帰ってくるわよ」

 弟子の暴言は許すが、あいつは許さない、と決めたミリアンであった。



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