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三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
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其の十四

大変遅くなりました。

 ミノリと名乗った少女は、コウイチの知り合いのようだった。泣きじゃくる彼女を落ち着かせようとタロウが話しかけるも、まるで泣き止む気配がない。

「先生、せんせえ。会いたかった、会いたかったよう。なんで死んじゃうのさ、折角女の子らしくしようって、夢応援してくれるって先生が…」

 要領を得ない言葉を繰り返す少女だが、死んだ、といっているからには前世の知り合いのようだ。コウイチに何とかするようにと視線を送ると、フリーズしたままだったコウイチが少女に話しかける。


「落ち着け。もういなくなったりしないから。な?」

「ほんと?ほんとに?ほんとのほんと?」

「おう。大分強くなったんだ。もう大丈夫だ」

「…うん!」

 自信たっぷりの様子に安心したのか、笑顔を見せて、少し恥ずかしがるように目を擦る少女。

「うちの姫様を泣かせたのはおまえかああああ!」

 ギルドの奥から、壺に入った魚人族がくるくると回りながらコウイチに突っ込んだ。

「ぐはっ」

 コウイチがギルドの壁まで吹っ飛び、少女が悲鳴をあげる。

「先生?!やめて、じい。この人は先生なの!」


 吹っ飛んだコウイチに慌てて駆け寄るが、フラフラと立ち上がったコウイチは瞳孔を真ん丸に開いてぶちぎれていた。

「てめ、あにしてくれてんだ、こら。刺身になりてえのか?ああ?」

 尻尾までがゆらり、ゆらりと左右に揺れて、相当おかんむりのようだ。既にサーベルに手をかけ、いつでも抜けるようにしている。

「はっ。小童こわっぱごときが、我輩に勝てるとお思いか!姫は貴様のようなひよっこには渡さん!」

 キュルルルルと鳴いた男の周りに、大気が歪むほどの高密度の魔力が凝縮されていく。どんどんと水の香りが強くなっていき、

「くらえ、小童!」

 その魔術がコウイチに向かって放たれた。タロウが大盾を持って前に割って入った瞬間。


 ギルド全体が一斉に光輝く。一瞬で構築された六つの魔法陣がその魔術を包み込み、侵食し、ただの魔力へと再変換する。するすると解けた魔術は、効力を失って壁へと吸い込まれていく。


「モルテルス、当然のことなのでご説明申し上げませんでしたが、ギルド内での殺傷能力のある魔術の使用は禁じられております」

 穏やかに微笑んだエルフの男が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。そのたたずまいも、指先から爪先までの一挙一動がその男の全てを体現していた。エルフ族のシュロ。世界中に知られた妖精族の名だ。その名が意味するところは、ただひとつ。


 “必勝(シュロ)”。歴史にも功績の残る、今現在を生きるエルフ族の英雄のみを指す。


「シュロ様…。お帰りになられたのですね」

「ただいま、ウェンデル。君たちには苦労を掛けたね。古い友人の頼みとはいえ、忙しい時期に席を外してしまい申し訳なかった」

 両手を胸に当て、頬を赤く紅潮させたウェンデルが男を迎える。一方、タロウはその視線だけで体の動きの全てを封じられていた。この男の敵にはけしてなるまい。そう思わせるほどのナニかがシュロの全身から見えない圧力となって、抵抗する力を奪っていた。


「殺傷能力がなければ好いのかな?」

 平然としているのはモルテルスと呼ばれた男と、職員のウェンデル。それから…。

「止めて!じい、先生は女性だよ!じいは紳士なんでしょ!?」

 ミノリと名乗った少女だけ。

「は?いやしかし、ふむ?」

 女性、に反応した魚人族の男は、腕を組んでコウイチを上から下までじっくりと検分し、ふうむ、と何事かを納得したようにひげをひとなでし、フシュルルルと壺ごと手のひらサイズにまで縮小した。


「いや、これは失礼いたした。我が姫の窮地きゅうちかと思いましてな。女性に暴言を吐きましたことひらにお許し願いたい。この通りですかな」

「な、なんだよ」

 じい、と呼ばれた男は、ペコリと頭を下げて見せる。急に態度を変えた相手に戸惑いつつも、鼻面にシワを寄せて唸るコウイチ。

「まあ、よいではござらんか、コウイチ。こうして謝意を見せておられるのだ」

「そうだよ。それより、場所を変えて話をした方がいいんじゃないか?」

 前世に関わることはここではまずい。そういった意味を込めてタロウが提案すると、はっとしたようにコウイチがうなずく。

「そうだな。それがいい」

 全員がほっと息をついたところで。


「皆様、一週間のギルド利用停止です」

「え?」

 シュロから恐ろしい言葉が放たれた。

「どのような理由があろうとも、ギルド内での私闘は固く禁じられております。その反省として森都のギルドマスターであるわたくしシュロが、皆様の一切の冒険者としての活動を禁じます」

「おいおい、ちょっと待った。俺等はそこのおっさんの巻き添え食っただけだ。理屈に合わねえな」

「そうでござるな。こちらに非は無いでござる」

「ほう。しかし、私が止めに入らねば、そちらの虎人族の女性は剣を抜くつもりだっだのでは?」

 二人の主張はあっさりと退けられる。


「けれど、自己防衛を行うのは当然の権利かと思われます。シュロ殿」

 タロウがそう訴えると、一理ありますね、と微笑んで、

「では、モルテルスのみ活動を禁じます」

 とあっさり言ってのけた。

「ま、待てシュロ。それでは姫のご病気が!」

「どちらにせよ、一朝一夕でどうにかなる類いのご病気ではありません。迷宮の攻略も滞っている今、気長にやるのが一番ですよ」

「しかし!」

 なおも食い下がるモルテルスに、私は仕事がありますから、とシュロは奥に引っ込んだ。

「病気なのか、ミノリ」

 真面目な顔をして、コウイチが訪ねるも、ミノリは曖昧に微笑むばかりだ。


「タロウさん、今度からはその中位証明があればギルドの魔法陣をご利用になれます。…お急ぎのようですが、ご説明はまた今度にしたほうがよろしいでしょうか?」

 シュロを見送ったウェンデルが気を効かせてくれたので、その言葉に甘えてミノリとモルテルスを連れて海棠旅館へと帰還した。







「それで、よければ関係性を説明してもらえないか?俺たちは皆地球の転生者なんだ」

 モルテルスとミノリがコウイチの部屋へとこもって一時間後。出てきた彼らにタロウとゴーシュは自己紹介し、話せる部分の説明を求めた。

「おう、いいぜ」

「はい、大丈夫です。隠さなきゃいけないことはありません」

 コウイチとミノリはお互いの目を見て微笑みを交わし、こちらへと向き直る。


「ええと、まずは関係性をご説明しますね」

「こいつはミノリ。俺が教師やってた時の生徒だ」

ダウト(嘘だっ)。コウイチ、嘘は良くないぞ」

「そうでござるな。お主のような教師はおらぬ」

 タロウの意見にゴーシュも同意してくる。飲んだくれ、短気、気まぐれ。どれをとっても教師のやることではない。

「嘘じゃねえって!誓いは絞まらねえだろうが」

 手首に残るいばらの跡は微動だにしない。

「信じがたいことだが、真実のようでござるな。それから?」

「俺が死んだあと、こいつはモトクロスの世界選手になった。けれど、事故を起こしてあっさり死んじまって」

「気づいたらこの世界の両親のもとに生まれていました。二人は私を大切に育ててくれたんです」

 筋は通っている。だが、海族である彼女が陸で生活している理由はまだ判明しない。


「だというのに!あの大バカどもときたら!こんなにかわいい姫様を。追放しおったのだ!そもそもきゃつらが継ぐべきではなく…」

 モルテルスの不満たっぷりの言葉を聞く限りこうだ。海族の一種、海牛であるミノリには数人の兄弟がいたが、その兄弟達は優しいだけで強さの無いミノリは王としてふさわしくなく、また争いの種となる一人だけの姫を、陸に追放することにした。

「いいの、じい。私海の中嫌いじゃなかったけど、やっぱり陸の上に行きたかったの」

 前世の影響もあってか陸に憧れていたミノリは、人になる魔術を一生懸命覚え、見事神様の加護も得た。


「ですが、姫には生まれつき病魔がとりついておりましてな」

 その治療のために、医療の発達した森都へとやって来たのだと言う。

「病気のこと、聞いてもいいのかな」

「はい。私、なんです」

「は?」

「男の人は先生だけって決めてたんです…!」

 小さい声に聞き返すと、そんなことを言ってくる。タロウはコウイチを見た。コウイチは自分も初耳だと必死に言い訳をしてくる。

「もしや、恋の病とか言うのではなかろうな…」

ゴーシュが死にそうな声でそう呟く。

「姫は幼き頃からもってもてでな。それはもう、求婚してくる男があとを絶たず!我輩がちぎっては投げ、魔術で吹き飛ばし!」


 再びボルテージをあげるモルテルスを放置して、コウイチにタロウは詰め寄った。

「てめえこのリア充が生徒に手え出すってどういう了見だああん?」

「まったくでござるな。いたいけな少女を毒牙にかけるなど許されざる大罪。死してびるがよい」

「待て!俺は手えだしたりしてねえって!」

 魔術を準備し始めたゴーシュに本気を悟ってか、コウイチが室内を逃げ回る。

「貴様!姫に手を出しておったのか?!」

 ゴーシュの失言に、モルテルスも再び魔術を構築し始める。


「やめて!じい、先生に何かしたら、私も死ぬから」

 冷たい眼差しをミノリが送ると、モルテルスは即座に構築を霧散させた。

「ははっ!では、せめて、姫が大人になるまではそこの者との婚姻は仮、ということで」

「違うの!私が好きなんであって、先生とどうにかなりたい訳じゃないの。…もう会えないと思ってたから、生きていてくれるだけでいいの」

「姫!なんという、なんという!私は全力をして姫の騎士をつとめて見せますぞ!あなたを守れる者が現れるその日まで!」


「おい、どうすんだこれ」

ねたましい男でござるな」

 偽劇団員風味な主従を横に、タロウ達はコウイチに冷たい視線を贈るが、

「いや、これもう俺にはどうしようもねえんじゃ」

 冷や汗をだらだらと流し、今にもぶっ倒れそうなぐらい顔を赤くしたコウイチが明後日のほうを向いて笑い出す。

「まったく。ここでコウイチの冒険は終了ってことでいいよな」

「そうでござるな。結婚おめでとう、ロリコン野郎」

「だから手は出してねえってば!」


 ミノリの外見は、淡い髪と黒い瞳の十二才くらいの少女である。前世を含めれば成人しているだろうが、それでも犯罪くさい。

「大体、あれだっつの。勘違いだって。死に別れちゃったから」

 そう言い逃れるコウイチだが。

「先生、」

「な、なんだ?」

 近寄ってきたミノリに腕をとられても拒否せずに、嬉しそうな顔で会話するコウイチ。

「先生。ふふ、先生とまたこうしていられるなんて幸せです」

「おう。できればお前には長生きして欲しかったんだけどな」

「それ、私のセリフ」

 はたからは、どう見たってバカップルでしかないのであった。




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