其の十二
世界観、補完回です。軽く流してくださいませ。
テルはビルに引っ張られながらも庭先に姿を現した。タロウは狩りの鉄則を思い出す。ひとつ、相手に気配を悟られないこと。ひとつ、相手が自分の手の届く範囲に来るまでで待つこと。他にもあった気がするが、今は特に関係ない。
「テル、直された一話目だけ読んだよ」
「本当ですか!もう読んでもらえないものだと!」
全身で喜びをあらわにするテルに、努めて柔らかい声で感想を告げる。
「以前読んだ時よりも、分かりやすくなっていると思う。それで読んでいて思ったんだけど、彼らにはもしかして実在のモデルがいるのかな?」
「あ、よくお分かりになられましたね。実は…」
タロウの思惑通りにテルが喋ろうとしたのを遮って、ビルが叫ぶ。
「まてまてまて、おかしいだろ?!なんでタローは武装して立ってんの?!そして兄貴はそれをなんで普通の事として会話してんだよ!おかしいだろ!」
タロウは舌打ちしそうになるのをこらえて、ビルを排除するための考えを練る。
「何を言っているんだ、ビル。たまたま武具の手入れをしているところに私たちが押し掛けて来てしまっただけだろう?」
「ねえよ。さっき手入れが終わったの見て声かけたんだから」
「お前はまたそんな賊のようなことを。そんなだからセルディアにも振られるんだぞ?」
「いまそれ関係ねえから!」
わちゃわちゃし始めた双子を見て、今日は聞き出すのを諦めるべきか悩んでいると。
「あ、いたいたビル。手伝ってくれなきゃ今日の晩御飯抜きだよ?」
これまた庭から顔を出したメルがビルに呼び掛ける。タロウは好機を逃すまじとメルとビルに声をかけた。
「ビル、メルに頼まれてたのか?」
「あー、いやちょっとメル姉それどころじゃなくって」
「いいから、早く。人手が足りないっていってるでしょう。こないだ騙したこと、これで許してあげるから。ね?」
ぐいぐいと引っ張られていくビル。またね、とメルがタロウに手を振って庭先に消えていく。よほど急ぎだったのだろう。メルの力ではビルが動いたりはしないだろうから、あいつも女性には甘いところがあるんだな、と妙なところで見直す。さて、とテルを振り返り続きを聞き出すことにした。
「すいません、タロウさん。それにしても惚れ惚れするような鎧ですね。私は獣人族の方を何人か存じ上げていますが、ここまで見事な鎧はそう見ませんでしたよ」
タロウの着ている鎧を熱心に見て、楽しそうにするテル。
「先日話題にも出たバルドールに頼んだんですよ。新しいものだから、ついつい着ていたくなってしまうんです」
「バルドールと懇意にしていらっしゃるんですね、羨ましいです。私も新しい弓ができると試し射ちに出掛けますから、気持ちはわかります」
誤魔化せたようだ。ビルの信用度はテルに対しても低い。あいつの普段の行いが知れると言うものだ。
「それで、小説の話なんですが…」
勝手に軌道修正をしてくれるテルに内心喝采を送りながら、耳を澄ます。
「先月、冬の寒い日に十王の里に行ったのですが、そのとき優しくしてくれた姉妹とそのご友人の名を少しお借りしたのです」
「ご友人?」
「はい、子供特有の、なんというか好きな相手になんと声をかけようかと悩む少年がいたので、つい口出しを。それに風花に舞うエンちゃんの動きがとても堂にいったものだったので、是非とも作品に活かせたらな、と思いまして」
「なるほど。エンはボタン母上から舞を習っていますからね。上手くて当然、むしろ世界一の舞い手ですよ」
「そうなんですか。…お知り合いで?」
ようやく魔弓使いの勘が働き始めたのか、じりっとタロウから距離を取ろうとするテル。
「妹です」
逃げる手をがっちりと掴み、逃がさないことを言外に告げると、観念したようにうなだれて歩み寄ってくる。
「では、詳しいお話を伺えますか?」
「は、はい」
自分では優しく笑っているつもりなのだが。何故かテルは怯えた顔をし、涙を目の端に溜めながらあっさりとタロウの部屋へと連行された。
「そうなんですか。いくつか話をしただけですか。それならそうと最初に言ってくださればよかったのに!」
「ははははは」
一時間後。朗らかに笑うタロウと疲労の色濃いテルが穏やかに談笑していた。
「いや、びっくりしました。たしかにタロウと言うお兄さんがいるとは聞いていましたが、獣人族にはタロウと言う名は珍しくありませんし」
獣人族にはタロウ・ジロウ・ハナコといくつか同じ名前のものがいる。それだけ汎用性の高い名前なのだ。ありきたりなわけではない。
「そうですね。でも、護衛の仕事は里の者がやっているのでは?」
里の一族が定期的にいったり来たりを繰り返しているので、エルフの護衛は必要ないはずだ。
「それが、神具のことで相談がありまして。そろそろ里を拡張しようと思うから、新しいものを輸入して欲しいと」
「ああ、そろそろそんな時期ですしね」
そんな時期。いうまでもなく恋の季節と言うやつだ。発情期ほどはっきりとしたものではないが、女性達の心が傾きやすくなる時期なのである。それに伴い夫婦の家を新しく広げるので、その分の神具が必要になる。
「それと、私が我が儘を言って連れていってもらったんですよ」
それはさすがに驚いた。素直にそう伝えると、
「私とビルは、幼い頃祖父のジークに助けられてここに連れてこられたんです」
既視感を感じる身の上話が始まってしまった。
「ちょうど二十年前、こんな麗かな春の日、祖父は私たちの前に訪れてこう言いました」
『遅れてすまない』
「たったそれだけ。いまも言葉少ない人ですが、涙を見たのはその一度きり。そして、私たちが泣いたのも、その日まで。その当時は前の王都国王グリアン崩御の余波で、王都は信じられないほど荒廃していました。森都にきてからは、外に出るのも怖くてなかなかできなかったんです」
重い過去を告白されて、タロウは戸惑う。そんな様子を感じ取ったのだろう、忘れてくださいと言って、テルは部屋からでていこうとする。その後ろ姿が寂しそうで、つい口が滑った。
「テル!その、ここに滞在する間なら、いつでも小説の話を聞きますよ」
支離滅裂である。だが心は通じたようで、はい、とだけ返事をして、テルは深々とお辞儀をして去っていった。
「タロウ、どうした?らしくねえぞ、考え込んで」
「あ?ああ、うん。大丈夫」
その日の夕食の席、三人は揃って広間のテーブルについていた。海老の活け作り、刺身、山菜の混ぜご飯、茶碗蒸しにはユリ根付き。滋味のある食材をふんだんに使った料理に舌鼓をうちながら、昼のことをつい考えてしまう。
「風邪でもひいたでござるか?」
「いや、読んでる本の記述に気になることがあっただけだから」
テルを見送った後、琥珀本を開いたタロウは王都についての記述を漁った。すると、出てきたのはグリアン王の乱心。
『都市間条約を締結させたカイエン王の息子、王位を継いだグリアンは初めは平凡ながらも真面目な男として王都を治めたが、十年後の都市暦八十年。突如として王都近辺の人間種以外の排斥運動を開始。多くの獣人族・妖精族がその犠牲となった。
理由は今となっても判然とせず、王の乱心が招いたことと言われている。なお、グリアン王には戦闘に優れた一人の側近がいたが、王都の混乱が続く中で私刑にあったとも迷宮に逃れたとも真偽のはっきりとしない噂がまことしやかに語られている。
現在の王ランドは質実剛健、慎重ながらも大胆な手法において王都の再建を成し遂げた傑物である。当時ジュゴン大陸に留学していた彼は住民達の暴力にさらされずに済み、帰還した彼は他の都市の魔術師や軍の協力を得て治安と経済を瞬く間に建て直し、急速に減った人工の補充を多種族で補うことで種族間の遺恨を残さぬよう努めた。
現在王都は多様性と様々な特徴を持った人々で、最も発展著しい都市と言えるだろう』
多分どころか大いに疑問の残る文章だが、王都は十王の里からは鉱都よりも遠い。地竜の住み処である大峡谷と砂都を挟んで、さらにその先だ。実際にはアメーバ大陸を上下に二分する大峡谷を渡ることはできないので、海都から船で行くしかない。
「なんていうか、俺他の都市について知らなさすぎるな、と思ってさ」
「まあ、都市と言っても地球で言う国みたいなものでござるからな。他国の歴史はなかなか調べられることではあるまい」
ゴーシュも同意し、コウイチも海老の殻を噛み砕きながらうなずく。
「里ではそれほど歴史に重点おいてねえからな。戦いと、生き延びる術。これやっときゃ後は好きにしろって感じだし」
「だが、歴史をやっている余裕が少ないのも問題ではあるかもしれぬな。狩りに重点が行き過ぎているとは思うでござるよ」
「つっても、言語教育と道徳、算数程度はきっちりやってるからな。これ以上詰め込む要素がすくねえってのもある」
「科学技術が発展していない以上、高等数学は魔術の範疇だし、共通語ができればどこでも通じる。必要性と言う点では働く技術の方が優先されるから、それほど優用性があるかもわからないしな」
地球で機械化されている部分のいくつかは魔術で代替が行われているため、身を守る術になる魔術の方が優先される。言語や娯楽についてもそれ自体が専業化している部分もあるため、踊り子や芸術家というのは教育ではなく生きる術だ。付け加えるならば、地球よりも魔獣等の自然の脅威が強いことも無関係ではないだろう。
「けどよ、やっぱり…」
「しかし、それだと…」
「こういうのは?…」
何故か、教育論法について遅くまで話し合うことになる三人であった。
大論争を終えて部屋へと戻ったタロウは、布団を敷いて琥珀本を開いていた。
「失礼いたします。タロウ様。お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
部屋の外からかけられた声にびくっとしながらも、タロウはどうぞ、と返事をする。
「お休みでしたか、申し訳ない」
「いえ、気にしていませんから」
これまた庭から上がってきた玄一色の着物を纏ったジークに、こいつら実は全員忍者かなにかじゃないだろうかと疑いつつも、お決まりの言葉を返す。
上がってきたままの格好で黙りこむジーク。沈黙に耐えきれず、タロウは用件を尋ねた。
「その、最近孫どもがタロウ様に大変なご迷惑をお掛けしていると聞きました」
「え?ああ。いや…」
タロウが言葉に詰まっていると、
「やつらは人生の十分の一を過ぎてもなかなか精神が大人として発達せず、私の教育が至らなかったことは明白でございます」
唐突に始まる自分語りに、血は水よりも濃いとはこのことか、と遠い目をして正座するタロウ。
「しかし、ここ最近自ら森の外へ出たり積極的に他人と関わるなどめざましい発達を遂げております。二人で閉じ籠った世界にいたときとはまるで違う。聞けば、あなた様が外の世界へと誘ってくださったとのこと。深く、深く感謝申し上げます」
土下座する勢いで頭を下げるジークに、小心者のタロウは訂正することができない。
「頭をあげてください。俺がきっかけなんじゃなくて、二人が自分でどうにかしようとしているんだと思います」
やっとのことで言葉をひねり出すが、いいえ、とジークは首を横に振る。
「この森都では、あの二人に意見できるものはほんの少数しか居りません。そこに、外から来られたあなたが意見してくださった。過小評価なされているようだが、その事がとても重要なことなのです」
静かに、きっぱりと言い切る。魔弓使いは花形であり、実力者の証でもある。そのため意見できるものなど限られてしまうのであろう。
「不束者ですが、どうかよろしくお願いします」
最後にそう言い残して、ジークは庭に去っていく。その後ろ姿を呆然と眺めて、
「それなんかチガウヨ」
遅めの突っ込みをいれるしかないタロウであった。




