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三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
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其の十一

 あの双子は予想を超えて森都においては有名人であったらしく、その話はビルが面白おかしく脚色きゃくしょくして吹聴ふいちょうしているとのことだった。

 ソルバスの誤解を解き、本来の用事であったテルの書いた琥珀本を返そうとするが、ソルバスは拒否する。

「いや、またここに飾っておいたら、悲しむだろうし。持っておいてくれるかな?」

「中身が読みたいものでは無いんですが…」

「大丈夫、それは特別製でね。テルが持っているもう一つの琥珀本とついになっているから、彼が新しい冒険譚を書き始めたらそれも無料で読めるよ!」

「別に読めなくて良い。というより、どんな魔術使ってるんですかそれ」

 あの文章が、増えるということだろうか。


「ええとね、詳しいことは教えられないんだけど、テルの持つ原本マスターに書かれたことが、こっちの写本コピーに写るような仕組みになってる。一方通行だけれど、手紙のようにも使えるね。それから、あの琥珀首飾りにも複雑な魔術がかかっているから百冊までは増やすことができる。つまり、増殖し続けるから、開くときはテーブルとかの上でやった方がいいよ」

 無駄にすごい魔術が適用されている。ドワーフは魔道具に関して、エルフは魔術についてちょっとどころではない暴走を続けているようだ。


「しかし、魔術品にしては少し違うような気がするのでござるが…」

 琥珀本を手に取ってみながらゴーシュがそんなことを言い始める。確かに、普通の魔術具よりも紋様や金の使い方が少ない。これでそれだけの魔術効果を引き出しているというのは信じがたい。

「古代魔術の適応も兼ねているから、作ることができるのは一部の人だけなんだけれど、再現と現在の魔術を組み合わせて最も効果の高いものに仕上げているんだよ」

 古代魔術は二千年前の人族が使っていたとされる魔術技術だ。その時代全盛期を誇っていたエルフならば、記述が残っていることも再現できることもありうる。


「それ、簡単に話しちゃって良いんですか?」

「いいよ。話したところで、手間も暇もかかりすぎるから誰も好き好んでやりたがらないだろうしね。再現するのも一筋縄じゃいかないし」

「まあ、学都や古都ぐらいでしか研究は難しいでござろうな。なにしろ、使っている言語からしてよくわからぬでござるし」

「見たことがあるのか?」

「うむ。現在の魔術具には紋様が規則性を持って描かれているのでござるが、古代の魔法陣や魔術書は読めぬし、発音できぬし、できたとしてもそれが何を表しているのかよくわからぬ」

「遺失部分が多くて、手当たり次第すべてやるしかないのが現状だからね。紙一枚作るのからして種類、生育環境、加工する際の魔術的要素、仕上げた後の保存魔術用の専用のこれまた一から育て上げた魔術触媒などアホみたいな物が多くてとてもじゃないけど普通の人ではやってられないと思うよ」

 唐揚げ(古代魔術)を作るのに、鳥を探すのではなくその血筋や食物がある環境まで整えてやっと適した血筋の鳥をかえすところから始める、といった具合なのだろう。手間どころか、下手をするとその鳥自体今の時代には絶滅している可能性がある。そうなるとそれまでの研究成果はゴミ同然となってしまう。ついでに、揚げるための油にも同じだけの手間がかかると予想された。


「険しすぎる壁ですね」

「でもだからこそ、私はその研究をしている人々に頭が上がらないよ。お陰さまでこうして便利なものを使うことができているんだからね。燃えたりしない琥珀本、それも彼らの技術の賜物たまものだ」

 燃えないことをやたらと強調するが、なにか火に嫌な思いででもあるのだろうか。

「燃えないことが重要なんですか?」


「もちろん。本も琥珀も元は木と樹脂だ。残念なことに、古代の本は一部を除いて千年戦争時にその九割が行方知れずになったり、破壊されたりして現存数がとても少ない。我々は、自分達が居た証を、受け継いできた歴史を、後のもの達のために残していかなくてはならない。二度と同じ過ちを繰り返さないためにもね」

 千年戦争とは、百五十年前に起きた二つの大陸のすべてを巻き込んだ戦争で、たった一年で千年分の文化と技術が失われたことからその名がついた。

「といっても、俺らは最近の歴史をよく知らないんですが」

 タロウ達の優先すべき学ぶ事柄は、狩りの仕方や地図の見方、獣人族の言語と共通語の習得、算数程度の算術、武器の扱い方などで、娯楽は将棋や碁、カードが少しと双六などが多く、歴史的な事柄は大まかなことを年表で習うことぐらいでそれほど重要視されていない。


「そうだね。それが今の十王達の方針だし、基本的に君たち獣人族は禍根かこんを後の世代に残すことを嫌うし個人を見て判断する向きが強い。予断を与えないようにするというのは間違ったことではないんだろう」

「とはいっても、鳥人族と蛇人族のように好き嫌いは残るのでござるがな」

 同じように、犬と猿、鼠と猫など、いまいち相性の悪い種族はいる。

「けれど、殺し合いを繰り広げるようなものじゃないだろう?せいぜいが個人の殴り合いになるくらいだ。その点、僕ら妖精族は仲間内の結束が強いから、極端な種族排斥しゅぞくはいせきに繋がりかねない。だからこそ、客観的な記述の何かを残しておかなければ取り返しのつかないことが起きかねないんだよ」


 どちらにせよ、(個人)(全体)も見なくてはどのような歴史であるのかは判別しがたい。もとの世界であっても、歴史の問題は複雑な様相を見せていた。今日明日で解消できるものでもないのだろう。とにかく、時間が必要だった。忘却ではなく、手を取り合うための。

「いけない、つい暗い話にしてしまったね。老人の戯れ言だと思ってあまり気にしないでおくれよ」

 黙り込んだタロウとゴーシュを気遣って、ソルバスがおどけてみせる。考えてみればソルバス達妖精族にとっては百五十年前は昔の出来事ではない。年齢によっては、当事者(・・・)の可能性もあった。


「いや、勉強になります」

「肝に命じておくでござるよ」

「真面目にそういわれると結構気恥ずかしいな。いやいや、この話はおしまいにしよう。それで、そちらの魔術師殿は何をお探しかな?」

「ああ、神々についての本と、魔術の強化ができそうなものを探しているのでござるが」

「なるほど。そうだねえ、それならこのあたりかな、はい」

 指輪に加工された琥珀本と、額飾りになった琥珀本を小さな木箱から取り出して手渡すソルバス。ゴーシュは受け取った琥珀を軽く擦って題名を表示させた。




『魔術の極意』

『現在確認されつつある神々』

『媒体全書』


「本に戻しても?」

「どうぞ」

 ソルバスに確認を取ったゴーシュが琥珀をはずす。本に戻ったそれにさっと目を通し、ゴーシュが値段を尋ねた。

「全部で金貨三十枚になります」

「高い!」

 思わず声をあげたタロウだったが、それに構わずゴーシュはあっさりと会計を済ませてしまった。そのうえ、滅多に見ない満面の笑みをみせる。

「タロウ、お主良い本屋を見つけてくれたな。感謝するでござるよ」

「ああ、うん」

「あ、それにはこちらをどうぞ」

 ソルバスが円形のケースを手渡してくる。

「タロウくんが持っていた円盤のケース版だよ。その装飾品はいちいち琥珀をはずすのが面倒だから、これにそのまま納められる」

「ありがたいでござるよ、店主殿」


「いや、こちらこそ。二人とも思いきりが良いから売り上げが伸びて今月だけで過去最高額を更新したよ」

「そうなんですか」

「君が持っているそれが、一番高額な商品だよ?なにせ、一点物だからねえ」

 楽しそうにテルの琥珀本を指差すソルバスに、絶対に値段を聞かないようにしようと決意したタロウであった。





「さて、これでいいかな」

 ソルバスの店を出て、旅館に帰ってきたタロウは自室に戻って装備品の手入れをしていた。あまり使っていなくても、土汚れを拭ったり、不備がないよう整備しておく必要がある。籠手は間接部分の金具が緩くなっていないか確認して、鎧は剥落や穴がないか確認する。

「問題ないな。というよりバルさんの作品がたいして使ってもいないのに悪くなるわけもないし」

 大鎧とでも言うのだろうか?地球でのそれに似ているように思うが、鎧の作りなどよく知らないため、丈夫で見た目より軽いとしか言えない。そして、なんか戦国時代のものとは違うような気もしている。

 星熊と戦ったときに着ていれば心強かったのだが、あいにく突然すぎて持っていけなかったので、いまだ実戦での能力は未知数のままだ。


「もうちょいやりがいのある相手じゃないとわからないよなあ」

「なにが?」

「のわっ!」

 ひょい、と庭先から顔を出したビルにとっさに持っていた磨き布を投げつける。

「ご挨拶だなあ、タロー。遊びに来てやったぜ」

 にんまりと口を笑ませて、遠慮無く部屋へと上がってくる。

「呼んでない」

「薄情者め。戦場で背中を預けあった仲じゃねえか。そんなに俺のことが嫌い?」

「好きでも嫌いでもなく、用がないし友達でもないよな」

 容赦の無いタロウの言葉にこたえた様子もなく、飄々(ひょうひょう)とその二つ名の通り風のようにのらりくらりとたわいもない雑談を仕掛けてくる。



「なあ、聞いてる?」

「聞いてない」

 さっきと同じような返しに、ケラケラと笑って、困ったように口をとがらせた。

「あのさ、タローが俺を嫌いなのはわかったんだけど、ひとつ頼まれて欲しいことがあるんだ」

「嫌だ」

「まあそう言わずに、さ。兄貴テルの書いた本なんだけど、もっかい読んでやってくれない?書き直したは良いけど、自信がないつってうだうだうるっせえんだわ」

「…」

 正直気は進まないが、テルに罪はない。ただ文才がないだけだろう。


「頼むよ。お礼はするからさ」

 このとおり、と手を合わせて頼み込むビルに、ため息をついて琥珀本を取り出した。

「静かにしてろよ」

「ういっす」

 一話目のとなりに、改一話が並んでいる。タロウはそれを読むだけにとどめようとページをめくった。









 パタンと本を閉じて膝に置く。

「どうだった?」

 すかさず聞いてきたビルに、こういうところは兄と似ているな、と思いつつ冷静を装ってタロウは告げる。

「是非本人に感想を言いたい。もし近くにいるのなら、連れてきてくれないか?」

 大袈裟に目を見開いて驚きを表現したビルが、慌てて呼んでくる、とすっ飛んでいった。本当に近くにいるらしい。ストーカーを本職にするつもりなのだろうか。

「それはともあれ、と」

 タロウは手入れを済ませたばかりの籠手を身に付けていく。二、三度と軽く握って確かめた後、いつでも打ち込めるように体制を整えた。



 小説に出てきた双子の姉妹、りょうえんは、タロウと同腹のユリを母に持つ双子の名前と同じであった。



「答えいかんによっては、きっちり話し合い(hanasiai)をしないとな」

 薄く笑みをいた唇を一撫ひとなでして、ビルとテルが戻るまでタロウはくつくつと低い笑い声をあげ続けた。




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