其の八
タロウはミリアンに正座させられて叱られていた。折角の弟子希望者をぞんざいな扱いをしたことをミリアンは大層お怒りのようすだ。
「すいません師匠。つい反射で。あいつとかかわるのはなんか疲れるので嫌だったんです」
子供のような言い訳をするタロウに困惑した表情のミリアン。
「どういうことなの?勘ってやつ?」
「いえ、あいつ魔弓使いなんです」
「ああ、それで。あなた嫌いだものね、魔弓使い」
納得したらしいミリアンはそれでもタロウを諭す。
「タロウ、彼はどうみてもあなたを狙撃した人物とは別人よ?種族からして違うし」
その言葉にコウイチとゴーシュの方が反応する。
「狙撃って、まじかよ?」
「十王の息子を狙うとは馬鹿がいたものでござるな」
「いや、たぶんそんなこと関係なく射ってきてた」
タロウは幼少期を思い出す。足が遅くてみんなについていけないとその男に相談したのが間違いだったのだ。とにかく俺の弓から逃げて見せろと嘯いて、楽しそうに笑いながら人を狙撃してきたやつのことは忌々しくも忘れられない思い出だ。おかげで遠くから狙撃されても気づけるようにはなったが、結局足は早くならなかった。
「タロウ、お主思っていたよりも過酷な人生を過ごしてきたのでござるな…」
「だよなあ。普通そんなやつらとばっかり出くわさねえもんだが…」
ステータスの値を見る限り、運がマイナスになっていないのがおかしいくらいの遭遇率である。だが、前世でも制服を着た方々とはよく出くわしていたし、運が悪いというより何かにとりつかれているといった方が適切かもしれない。現在進行形で怠惰の神にとりつかれているのだし。
「はい、終わり」
「ありがとうございますお嬢さん」
壁で打った頭のたんこぶをメルに見てもらい、治療を受けていたテルが会話に参加してくる。
「それで、ミリアン様。私に冒険者の極意を是非とも!」
暑苦しく迫ってくるテルから一歩引きながら、ミリアンが答える。
「ええとね。極意なんか無いわよぶっちゃけ。必要なものを用意して、慎重に油断無く進むだけ。兵士の淡々とした仕事とそれほど変わらない気がするんだけど」
「え?でも『レンドリアス教授の華麗なる転身』では襲いかかる怪物をバタバタとなぎ倒し、高価な魔術具を迷宮から持ち帰ってくる話ばかりでしたが…」
「あの方はね…。正直私も会ったことあるけれど、なんというか、酷い感じよ」
「人柄が良くないとか?あっ、まさかゴーストライターなんじゃ」
「違うの。そうじゃなくて、なんと表現したらいいのかわからないんだけど、彼が迷宮に入れば必ずどこからともなく助けの手が差し伸べられて、たまたま拾った石が貴重な鉱石で、といった感じで。何をしても必ず成功するようになっている、という生きる幸運みたいな人でね。常人には真似できないわよ」
早合点するテルを遮って、ミリアンが言葉を探すようにゆっくりと喋る。
「え?ということはあの本の、たまたま持っていた高級食材のおかげで竜の助力を得られたとかいう話も本当なんですか?」
「恐らくね。嘘はつけない人だから…」
見事な鳥たちが描かれた天井を見上げながら、ポツリとこぼすミリアン。
「それで、メル。依頼の話をしよう」
「え?いいの、放っといて」
「構わぬでござろう。元々ミリアン殿と一緒に受けるつもりではござらんし」
「そういやゴーシュ、お前装備どうするんだ?」
ゴーシュの装備はミリアンの雷撃を受けてただの布になっている。
「それも、低位の迷宮なら必要なかろう。その辺りも含めて話を聞いておきたいのでござるが」
「そうだね。私のお願いは低位の迷宮でそろうから、大丈夫だと思うよ」
「それじゃあ、メル。説明を頼む」
「うん。まず採ってきて欲しいのは七種っていう植物。これは春には森都の中や外にも生えているんだけど、今回は量が多くなってるからちょっと足りなくなっちゃったの」
「あの入浴剤に使ってあるやつなのか?」
「うん。獣人のみんなは私たちより鼻が良いでしょ?七種を使った入浴剤は春の香りがするからって評判がよくって。七種は七種類あって、それぞれせり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろの七つ」
日本の七草と同じもののようだ。といっても、タロウは匂いのあるせりと三角の葉のようなものが出ているなずなぐらいしかわからない。その事を伝えると、メルが悩みだす。
「うー、そっか。私たちみたいに野草いっぱい食べたりしないもんね。私がついていけばいいんだけれど、今は新しく咲いた花の香料や薬効抽出する作業があってあんまり手が割けないし」
「そうなのか。忙しいのに弁当持ってきてくれたりしてありがとな」
二日だけだが、メルは昼になると病院に弁当を持ってきてくれていた。
「パナセーアは家から近いからね。それに、お見舞いに行く時間ぐらいはとれるよ。見習いの子達が手伝ってくれるし。どうしようか、だれか見習いの子をつけようか?」
「私がついていけばいいんじゃない?」
ミリアンがひょっこりと口を出してくるが、メルは首を横に振る。
「ミリアンさんは高位冒険者でしょう?低位の迷宮での仕事は禁じられてると思うよ」
指摘されたミリアンが苦い顔をする。
「そうね。そんな規約あったわ確か。低位冒険者の仕事を独占しないように規定がいくつかあるのよね。面倒くさいわ」
簡単な仕事を実力のあるものがしていれば実際その仕事に見あった能力を持つものは仕事がなくなってしまう。ギルドではその辺りも整備した決まり事があるようだ。
「それなら、私が一緒に行くというのはどうでしょうか?魔弓使いとして戦力にもなれますし、兵士として非常時の食料を手に入れる術も心得ていますし、冒険者には今からなる予定ですし」
その言葉に嘘がないだろうことも、戦力になるだろうこともわかってはいるが、納得しがたい。主に性格面で。
「そうでござるな。今回はそれも悪くはないように思うが」
まずはゴーシュが賛成する。
「そうだな。よくわからねえが、魔弓使いってのは強いんだろ?」
「そうだね。実力は森都でトップレベルだよテルくんは」
コウイチも折れ、メルが補足する。
「テルくんって、知り合いなのか?」
「あれ、言ってなかったっけ?テルくんはジークのお孫さんだよ」
「うえっ」
そういわれてテルを見る。確かに、体格の良さや灰色がかった瞳は似ているようだ。
「タロウさんよろしくお願いします」
「…よろしくお願いします」
タロウが蹴り出したことなどなかったかのようににこやかに挨拶されて、渋々了承するしかなかった。
塔の真下にまで歩いてきた一行は、塔の入り口に立っている見張りの職員に教えられてすぐ横のギルドの建物へと移動する。
「結構新しいな」
長寿のエルフたちのことだから、どっしりとした歴史ある建物だろうと思っていたが、外の深緑色一色に塗られた壁を見る限りそれほど古くは見えない。
「いえ、この建物は五百年は前のものです。外側にも魔草がちゃんとはえていますし」
「魔草?」
「はい、魔力と水分と日光を吸収して育つ種類の内の一つで、ここに生えているのは魔コケですね」
壁によく目を凝らしてみると、塗られているのではなくびっしりと植物が隙間無く生えているだけのようだ。さわってみたがよほど細かいのかビロードのような手触りがする。
「さわり心地はいいな」
「あ、あんまり触ると魔力吸われますよ?」
「早く言え!」
慌てて手を離すタロウに冗談です、と返してテルはギルドの扉を開けて入っていった。
「なんか、お前してやられてるな」
道中やり取りを見守っていたコウイチがそう話す。
「うむ。手玉にとられている感じがするでござるな」
ゴーシュまでもがそう言ってくる。
「なんか、ものすごいやりづらい」
すでに疲労を覚えているタロウだが、深呼吸をして二階建てに見えるギルドへと向かった。
「いらっしゃいませ、今日はどのようなご用向きでしょうか」
一歩足を踏み入れると、爽やかな香りと共に木の持つ独特の香りが鼻を掠める。中心に一本の太い柱が天井まで貫き、螺旋階段があって中心は吹き抜けのように天井が見えるようになっていた。
「ああ、鉱都で冒険者登録はしてあるんだが、今日はこちらの迷宮で仕事をしたいと思ってる」
「それでしたら、カードの提示と、こちらの書類に記入をお願いします」
タロウがまわりを見ている間に、着々とコウイチが手続きを行う。タロウとゴーシュも一枚ずつ受け取って、内容を記入する。名前、性別、最後に使用したギルドの場所。カードを一枚取り外して提出すると、少々お待ちください、と受け付けの女性は奥に引っ込む。名札にはウェンデルと書かれていた。
「タロウさん、驚いたでしょう?」
「そうですね」
「なんか私には冷たいですね。公園ではアドバイスまでくれたのに。まあそれよりこのギルドは、迷宮の中に似せて作ってあるんです」
「迷宮に似せてあるのでござるか?」
助け船のようにゴーシュが会話に参加し、話を進める。
「はい、私は時折怪物に襲われ、身動きがとれなくなった冒険者の救助のために迷宮に入るのですが、扉の先にフロアがあり、中央を貫く柱があって、その螺旋階段を通じて次の階に進みます」
「そうなると簡単に上の階に行けるんじゃねえのか?」
コウイチが疑問を差し挟む。
「いえ、フロアの広さがまるで違いますからね。階段に到達するまで走っても十分くらいかかります」
中心部に到達するまで一キロメートルくらいあるのだろうか。
「まあ、入ればわかるだろう。それよりテルさん、カードは持ってるんですか」
「はい、これです」
首からチェーンを引っ張り出して、透き通った緑に気泡が浮かんでいるカードを取り出して見せる。
「ええと、タロウさんコウイチさんゴーシュさん。森都のギルドの説明をしますので、こちらの椅子にどうぞ」
先程の受付嬢が帰ってくる。タロウたちはいくつか設置されている丸テーブルのひとつに座り、話を聞いた。
「まずは、森都のギルドにようこそ。私ウェンデルを含めギルド職員一同は、皆さんを心より歓迎いたします。まずは基本的な事から。この迷宮は定型迷宮であり、主に中に生えている植物や、貴重な植物の種などが産出します」
ここで三人を見回して、理解しているのを確認して話を続ける。
「一階から十二階までが低位、十二階から三十六階までが中位、それより上は高位の迷宮となっています。基本的には認定された位の同じ迷宮にしか入ることはできません。低位の冒険者は低位の迷宮、中位の冒険者は中位の迷宮といった具合ですね」
「ちょっと待った、中位のやつらからはどうやってそのフロアでやってるかどうかわかるようになってるんだ?」
「はい、それはですね、六階ごとに神具を使った休憩所を設けておりますので、そこまで魔法陣で移動してもらうことになっております。帰りもそれを使って戻ってきてもらうことが可能です」
ゲームのように一定の階には直接地上から跳べるようだ。
「同時に、何かしらのトラブルがあった場合にもその階の休憩所には職員が詰めておりますので、救援などを申し出てくださればできる限りの補助はこちらで行えます。遠慮なくおっしゃってくださいね」
その後の説明は、鉱都で行われたものと同じだった。ものを置いてこない、入る人数と出てくる人数を同じにする、遺体を遺棄しないこと。
「わかりました。説明はそれで全部でしょうか?」
「はい、お時間をとらせてしまいましたね。ご質問がなければ、これで説明を終わりたいと思います」
彼女にめいめい礼を言って、タロウ達は外に出る。
「おや、早かったですね」
塔の前で職員と話し込んでいたテルが合流し、タロウ達は塔の門を開いて森都の迷宮へと足を踏み入れた。




