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三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
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其の七

 パタパタっと軽い足音がしてメルが戻ってきて、引き剥がそうとするコウイチとくっついたミリアンを見て、苦笑する。

「ミリアンさん本当に獣人大好きだよね。ずっと獣人と結婚したいって言ってるし」

 初めて聞く話だ。

「そうなのか?」

「うん。でもなかなか運命の人に巡り会えないんだってさ」

「運命の人って、そこらへんに獣人ぐらいいくらでもいるだろうがよ」

 存外に強い力でくっつかれているらしく、コウイチが諦めて会話に参加してくる。


「それがね、初恋の人なんだって。ずっと昔に助けてもらって、世界中探しても見つからなかったんだって」

「師匠の年齢考えると、もうお亡くなりになってるような…」

 今までに最長の寿命を誇った兎人族のユギョウで百才で没している。数百年を生きるエルフの若い時分に会っているなら、すでにこの世にいない可能性が高い。

「それでも、忘れられないんだってさ」

「だって、良い男だったんだもの…。すっごい良い男だったの」

 顔を埋めたまま、ミリアンが駄々をこねる子供のように繰り返す。まだ酔いが覚めていないようだ。


「どんな人だったんですか?」

「えっとね、灰色の鼠人族で、それほど背は高くなかったわ。片目に傷があって、つっけんどんで、けれど、優しくって。とってもかっこよかったの」

 笑み崩れるようにその鼠人族のことを語るミリアンに一瞬、みとれた。

「でも、名前も教えてくれなくって。だから、ずっと探してるの」

 そこまで喋って、パタリと眠りに落ちるミリアン。睡魔には勝てなかったようだ。


「ロマンチックだよね。一人の人を想い続けるってさ」

「そうだな」

「エルフ族の情の深さには驚くでござるよ」

 エルフ族は種族の違う相手と一緒になっても、その死を看取みとるまで決して離れない。人族や獣人族の場合には森都に連れてきて、穏やかな結婚生活をするものが大多数を占める。

「まあ、ちょっと困ることもあるけどね。刃傷沙汰になったりするし」

 メルが困ったように笑って自らの種族の欠点を指摘する。

「嫉妬深いし、浮気は許さないし、後は相手を甘やかしすぎるところとか」

 確かに伝え聞くエルフの話にはそういったものが多い。浮気をした男が森都から逃げ帰ってきたとか、嫉妬のあまり呪物に手を出して一族もろとも滅んだ話とか。


「それに、男性の人族は定住してくれるんだけど、女性はあんまりいてくれないんだよね」

 それはまあ仕方のないことだろう。周りが美しいエルフばかり、青年期から年を取らない種族の中で、自分の老いを自覚するのは特に女性にはつらいはずだ。

「ドワーフは普通に年を取るけど、エルフはあんまり変わらないよな」

「そうだね。ドワーフは白髪になったり手の肉が減ってきたりするけど、エルフは見た目は変わらないんだ。その代わり、エルフにだけ発症する病気もいくつかあるから、良いことばっかりってわけでもないよ」

 さすがに薬師をしているだけあって、その辺りには詳しいらしい。


「エルフ特有の病気でござるか」

「うん。魔渡症候群マトシンドロームっていって魔力の排出が上手くいかなくなったり、昨日まで健康だった人が突然起き上がれなくなる徨化こうかとかいろいろあるよ。っと、暗い話になっちゃったね。タロー、これが魔術書。こっちの緑のが解毒で、赤いのが止血」

 メルは胸に抱えていた数冊を広げていく。中には複雑な魔術紋様が書かれているわけでもなく、ただ表紙と同じ色の薄い紙が何百枚も連なっている。

「特に何か書いてある訳じゃないんだな」

「そりゃあ、そうだよ。簡単に複製されちゃったら困るからね。使い方は簡単、破るだけ。一冊銅貨五枚か赤紙幣五枚で売ってます」

 それぞれ一冊ずつ購入し、折角なので聞いてみる。


「その、紙幣使わないからよく価値がわからないんだけど」

「そうでござるな。ほとんどの買い物はドワーフの作った硬貨で里の中は取引しているでござるから、馴染みがないでござる」

 あー、やっぱりかー、とひとりごちて、メルが説明する。懐から財布を出して、赤、黄、青と紙幣を並べた。

「こちらの赤い紙幣が銅貨と同じくらいの値段、黄が銀貨、青が金貨となってます。それより下の額を扱うときは板銅貨か、こっちの小紙幣を使います」

 もう一枚、一回り小さい茶色の紙幣を取り出す。

「通称は描いてある動物を指して赤がトキ(鴇)、黄がウシ(牛)、青がリュウ(竜)。小紙幣はスズメ(雀)ともいいます。それから、大きな取引とかでは手形を発行して、それに受領印を押して使うよ」


「手形、って見たことはあってもどんな仕組みで区別してるんだ?」

タロウが見たのは里の取引で、木簡のようなものをお互いに持っている姿だけだ。

「複雑なことは私も知らない。けれど、古代魔術の応用で、二つに分けた木簡が、一つの魔法陣になるよう作られてるんだって」

「エルフに残る魔法陣ならばさぞかし複雑な物でござろうな」

 古代、もっとも隆盛を誇ったのはエルフだと言われている。魔術が盛んでエルフがそれに優れていたこと、神都に残るレリーフからはエルフを最上位に描いたものが見つかったりしていることからそういった推測がなされている。


「ま、それはそれとして。森都の中では普通に流通してるから大丈夫。是非この際紙幣をあちこちで広めてくれると嬉しいな」

「そもそも、なんで紙幣が流通していないんだ?簡単に複製ができるものじゃないよな?」

 赤い紙幣、トキを手に取ってみるが精緻な図面と絵の複製は簡単には難しそうだ。当然魔術も使用されているだろうから紙自体に価値がある。


「それはね。紙幣そのものは昔からあったんだけど、なんというか、悲劇がおきたのです」

「悲劇?紙幣でか?」

 黙って聞いていたコウイチが参戦する。こっくりとうなずいて、メルが話始めた。

「昔々、とある強欲な商人がいました。彼は困っている人には捨て値で食べ物を売り払い、身分の高い人には詐欺紛いのことをして高額の請求をしていました。当然たくさんの人から恨まれましたが、彼は一流の商人でしたのでうまく相手の欲しがるものを手にいれ、それによって得た利益で大勢の護衛を雇っていました。そんな商人の楽しみは月に一度、お金を保管している部屋でお札を一枚ずつ数えることでした」

 聞くだけなら金を持ってない弱者に優しい人っぽいが、趣味が悪い。

「毎日毎日一生懸命、西に東にと奔走して集めた大事なお金です。彼はだれも近づけないように、その部屋のことはずっと秘密にしていました。そんなある日のこと」


「商人がその部屋に行くと今にも札束を飲み込まんとする一匹の水毬スライムが!」

「おわっ。師匠、驚かさないでくださいよ」

「ふふふ、ごめんなさい。それでね、その商人はとても慌てて、」

「水毬に向かって、炎の魔術を撃ちました。それはとっさに逃げた水毬の一部を蒸発させ、後ろにあった紙幣をすべて、燃やし尽くしてしまいましたとさ」

 あとを引き継いだメルが言い切って、そっと手のひらで顔を覆う。

「え、流通してないのって燃えるから?」

「その事件があってから、燃えないように工夫を重ねて、今じゃ生半可な魔術じゃ燃えたりしないわよ?けれど、その商人の悲嘆ぶりが半端じゃなくってねえ…。製造を一手に引き受けていた森都に怒鳴り込んできたのよ。結局その話が広まって、硬貨の方が安全だっていう認識が一般化されちゃったのね」

「それで、なぜメル殿は顔を覆っておられるので?」

 力無く顔を上げたメルが、弱々しく答える。

「その商人、うちのご先祖様なの…」

 タロウ達は顔を見合わせてうなずく。

「それで、紙幣の説明までしてくれたのか」

「なんともはや、かける言葉がねえな」

「メル殿が悪いわけではござらんしな」

「ありがとう。でも、便利だと思うんだけどな。軽いし」

「まあ、相手が悪かったわよね。水毬とかいうやつら、いったいなんなのかしらね?昔出来心で魔術を撃ったら、増幅して打ち返されて死ぬかと思ったわ」

「なにしてんの、師匠!」

「彼ら意外と素早いんですよね。昔買ったばかりの櫛を奪われて、おいかけっこしたんですが捕まえられませんでした…」

「え?いや、水毬ってそんなことしねえんだけど」


 衝撃の連続についていけないタロウに代わってコウイチが突っ込みにはいる。

「え?だって、薬草栽培するのに肥料とか置いてるところに集まってくるから、魔獣の皮とかを里から離れた所に置いておかないと無くなっちゃうし」

「肥料でござるか?エルフは農業はしておらんはずでござるが」

「農業は蛙人族の技術が最先端だけど、私たちは量が必要だったり、質を一定にするための薬草を数種類栽培しているの。だから肥料がいるんだけど、水毬さんたち食べちゃうから」

 タロウは下水場に集まった水毬達を思い出す。あれを分解して栄養を得ているのだろうか。


「それでか。エルフたちが傷ばっかで使い物にならねえ魔獣の一部とかを買い取ってるのみて不思議だったんだけどよ」

「うん。それをあげとけば、肥料持っていかれないし。そういえば獣人の里で水毬さんに物盗られたことないなあ」

「それは、食べきれない魔獣の肉や骨は外に放っておくからでござろうな。餌が十分にあるのでござろう」

 動物性の蛋白質が豊富だと襲わない・盗ったりしない。

 食べるものが少ないと何でも食べよう。ということだろうか。生物は襲わないが、置いてある有機物は拾って食べるとか。


「まあ、そんなこんなで水毬と私たちの戦いはこれからも続くってことね。はりきって魔術を撃とうかしら」

「師匠、魔力と水でできていると噂のやつらに雷撃は相性が悪いかと思われます。というかヤバイやつ相手に喧嘩吹っ掛けるのやめてください」

 切々とタロウはミリアンへと訴える。魔術を打ち返してくるような相手に、一部を残して逃げることができるような知性を持つ相手に無意味なことをするのはやめて欲しい。

「わかってるわよ。せいぜい塩の塊投げつけるだけにするわ。あいつらあれには反応しないのよね。なんでかしら?」

「それならいいんですけどね」

 タロウは疲労を覚える。魔術は自動追尾式のため必ず相手のどこかに当たる。そのどこかは髪一本から爪の先を含めてのどこかだ。そのため対人戦を行う警備のものは魔術耐性を最大限にまで強化した盾、防具などを身に付けている。無理矢理にでも魔術効果を終わらせるためだ。




 ひと息ついて、迷宮の話に移ろうとしたとき。ドタドタドタっと足音がして、ひとりの男が飛び込んでくる。

「たのもう!こちらにミリアン・グレイフィールドがおられると聞きました。どうか私ウィリアム・テルに冒険者としての心構えを教えていただきたく!」



 タロウは人生最速の動きでテルを蹴り出し、 障子をガッチリと閉め、つっかえ棒をした。





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