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三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
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其の六

 タロウは足が早くなるブーツを履いてこなかったことを後悔していた。妙に体格の良いエルフの男は自分の本を手に取って嬉しそうに語りかけてくる。

「いや、琥珀本にしてもらってよかった!ソルバスに絶対売れるからって言って料金後払いで琥珀本にしてもらったんですよ!面白かったでしょう?」

「いや、まだ買ったばかりで読んでないんです」

 というか買った(・・・)覚えがない。ソルバスは一番売れている本とか言っていたが…。


「あ、そうなんですか。私この本の著者でウィリアム・テルと申します。以後お見知りおきを」

 胸に手を当て優雅に一礼して見せるテル。

「ご丁寧にどうも。俺はタロウです。もしかして弓はお得意ですか」

「え、何でご存じなんですか?!私、執筆業のかたわら森都の兵士でもありまして」

 えへへ、と笑い崩れるテルの横で、タロウは戦慄せんりつする。こいつ、今なんて言った?


「兵士で、弓がお得意?」

「はい、魔弓まきゅうを使って魔獣を仕留めております」

 何でもないことのように言い放ったが、魔弓使いはよろしくない。魔弓使いは魔術を施した矢を放ってくるのだが、恐ろしい威力を発揮する。タロウでも当たったら当たった部位がけずれるだろう。

「超エリートの魔弓使いがなんで小説を…?」

「いえ、その娯楽ごらくを提供できる立場になれたらな、と思って」

 娯楽は兵士に必須ひっすだが、自分で書きはじめるやつがいるとはタロウは夢にも思っていなかった。

「そうなんですか。では俺はこれで…」

「あ、長々とお引き留めしてしまってすみません。これお返ししますね」

 全ての巻を琥珀に戻して、首飾りを差し出してくるテル。それを仕方なく受け取って、タロウは旅館へと向かった。


 途中、見事な木々が手入れされた公園に差し掛かり、足を止める。後ろを振り返る。誰もいない。だが、先ほど会ったテルの匂い、独特な香料の匂いが漂っていた。わざわざ遠回りをしてこの公園に来たが、ずっとついてきている。

「あの、用があるならそれを話してもらえませんか?テル」

「なんでわかったんですか?隠密行動には自信があったのに…」

 少し大きめの声で呼び掛けると、建物の影から悲しそうに出てくる。


「いや、なんか匂いがしているから…」

「ああ、魔弓に使っている録墨ろくぼくの匂いか。猪人族は本当に鼻が良いんですね」

「まあそれなりに。で、何の用なんですか?」

 タロウが聞くと、指先を組み合わせてモジモジし始めるテル。いくら美形のエルフでも大の男がやると気色悪い。

「その。実は、できれば、本を読んだ感想を聞きたいな、と思って」

「今すぐ?」

「はい」

 適当に読んで、それなりの感想を返せば満足してくれるだろうか。魔弓使いにずっと後ろをついてこられるのは精神的に怖いので、承諾しょうだくすることにした。

「わかりました。とりあえず少し読んで、その分の感想を伝えるってことでいいですか?」

「え?いいんですか?あ、私の小説は一話ごとに短く区切ってあるのですぐに読めると思います!」

 ずっと付いてこられるよりはましだ。そう思って、タロウは公園のベンチに座って『女神様は見ていた~午後のお茶会はアーモンドのかおり』を読み始める。向かいのベンチにはニコニコと笑ったテルが座って忠犬のように待っていた。







 数分後。一話を読み終えたタロウはそれをどう伝えたらいいものか迷っていた。地面に叩きつけてもいきなり射られたりしないだろうか。タロウの表情から何かを読み取ったらしいテルがスススッと音もなく歩み寄る。

「読んだところの感想だけでもいいので!是非!」

「…」

 顔をしかめてさらに黙り込むタロウに、続いて話しかけてくる。

「どんな感想でも構わないのです!こうみえても精神も鍛練を積んでおりますので!」

 そういうテルにタロウも覚悟を決める。

「遠慮無く言わせてもらえるなら、まず舞台がわからない。そして人物の描写も足りない、そして全く進んでいない」

「つまり?」

 恐る恐ると言った体でテルが聞いてくる。

「つまり、全体的に書き込みが足りない」

「そう、ですか」


 急激に落ち込み始めるテルに、タロウは何の声もかけられずにいた。自分は素人である。専門的なことはわからないし、自分の感想を言ったまでだ。

「私はずっと、兵士ではない自分を夢見ていました。何かを破壊することでしか生きていけない自分を恥じて、何か人を喜ばせようと思って小説を書き始めたのです」

 まずい。自分語りが始まってしまった。タロウは逃げる時期を誤ったことを知る。

「しかし!私の書いた本は全く売れず、どこの店でも店頭に置いてもらうように頼んで一日中こっそり見ていても誰も手にさえ取ってくれず!私は悲嘆にくれました。役に立ちたい、私の作品を見て欲しい!…ですが、現実は無情です。私よりも優れた書き手などいくらでもいるし、そもそも私は人の喜ぶ顔が見たいのです。恐怖にひきつった盗賊どものむさ苦しい面をずっと見ていたくなんかない!」

 話の方向性がどんどんずれている。タロウはこっそりと立ち去ろうと試みるも、移動にあわせてテルがピタリとついてきた。戦闘能力の充実した厄介なストーカーである。


「もう嫌なんです。くる日もくる日も盗賊盗賊酔っぱらい魔獣盗賊と!どうして私は兵士なんだ!毎日毎日面白くもない的打ちをやって、変化も褒美ほうびもなんにもない!」

 真っ当な仕事についていてもそれなりに苦労はするものらしい。軽いノイローゼからくる現実逃避をはじめ、本を書けば良いのだというよくわからない理論に至ったのだろうか。兵士は地味な職業なので職を変えれば良いのではないだろうか。そう思って冗談のつもりでいってみた。

「もう兵士やめて冒険者にでもなったらどうですか?」

 そんなに刺激が欲しいのなら冒険者をやればいいのだ。死と隣り合わせだし、毎日働かなくていいし、一攫千金を当てれば称賛しょうさんも権力も手に入る。本を出せば誰もがこぞって買いに来るだろう。


「!そうか、その手があったか!」


「え?」


 てっきり怒っていなくなると思っていたが、長年の悩みが晴れたとでも言うように目を輝かせるテル。タロウの手をとり、勢いよく振り回す。

「あなたのお陰で目が覚めました。私は冒険者を目指します!そしてその冒険譚ぼうけんたんを書いて、世の人々を笑顔にするのです!」

 よし、それだ!と叫んでテルは勢いよく塔に向かって走り出す。


「え?」

 タロウの不用意な一言で、超エリート魔弓使いのウィリアム・テルはピンからキリまで玉石混合と言われる冒険者への道を歩み始めたのであった。




 納得はいかなかったが、厄介な魔弓使いを引き離せたことに満足してタロウは旅館の離れへと戻った。

「とんでもない目に遭った」

「帰ってきていきなりどうしたのでござるか?」

 愚痴をこぼすタロウにゴーシュがわけを聞いてくる。タロウは魔弓使いに付きまとわれたことを話し、ついでに琥珀本の話をする。

「これは良い物でござるな」

 魔弓使いの話に同情していたゴーシュだが、琥珀本の実物をみせると興味を持って手に取る。

「これは、恐らく耐火性に優れた樹木を基に耐水性を付加しているのでござるな。しかし、縮小して琥珀の中に入るとはどのようにすればこんな芸当ができるのやら…。エルフというのはつくづく魔術と魔法に特化した生き物でござるな」

 感心しきった様子のゴーシュは、題名を見て唸る。


「しかしタロウ、これほどの魔法具、値が張ったのではござらんか?」

 人工的に作られたとはいえ、長期間その効力を発揮しているのだ、魔法具に分類されるだろう。

「金貨十枚くらいかな」

 自分でも散財した自覚はあるので、控えめに申告する。

「…人の買い物の仕方にまでけちをつけたくはないが、ほどほどにしておいたが良いでござるよ」

「必要そうな本は全てだし。これ以上増えないから大丈夫です。ところで、コウイチと師匠は?」

 広間には姿が見えない二人。

「彼女らはダウンしたので部屋に突っ込んでおいた。酔っぱらいの面倒を見たくはないでござるからな」

 同感である。酔っぱらいはこちらも酔っているとき以外は相手にしたくはない。


「タロー、いる?」

 障子を開いてメルがひょっこりと姿をみせる。

「メルか。そろそろ依頼の話をしたいんだけど」

「うん。私もその事を話そうと思ってさ。二人だけ?」

「酔っぱらいは呼ばない方がいいと思うぞ」

「あー、なるほど。そうだね、ひとまず二人に話しておこうかな」

「お聞きしよう」

 ゴーシュも本を置いて話を聞く体制を取る。琥珀に目を向けたメルが目を丸くした。

「あれ、琥珀本買ったの?」

「ああ、迷宮に使えるやつをいくつかな」

「それじゃあ、魔術書も渡そうか?タロー達のパーティー、回復する人がいないでしょ?役に立つと思うよ?」

 魔術書はその名の通り魔術が込められた書のことだ。日めくりカレンダーのように一枚ずつ破ってその効果を発揮する。森都でしか作られず、製法は一切伝わっていない。緊急用の止血や解毒が大半を占め、攻撃用の魔術は込められていない。


「あ、それ助かるかな。一冊か二冊売ってもらえると助かる」

 里の狩りの時は集落に戻れば薬師も医者もそれなりの数がいたが、旅先に必ず医者がいるわけではない。持っていた方が良さそうだ。

「いいよ。サービスして一冊が大体銅貨五枚くらいかな。持ってこようか?」

「頼んで良いか?」

「うん。じゃあちょっと待っててね」


 部屋を出ていくメルを見送ると、個室の方からガタガタと音がする。

「起きてきたでござるな」

 虚ろな目をしてゴーシュが呟く。

「まあ、話は一緒にした方が楽だろう?」

 説明する手間が省けるのでその方が楽だ。

「しかし、おなごであるのだからもう少し身だしなみに気を使って飲んではくれないものか。男であっても思うのだが、少々品がないでござるよ」

「ぐでんぐでんに酔っぱらってるのはさすがに引くよなあ」

 前々から気になっていたが、ゴーシュはそういったところが古風な感性をしている気がする。好みは人それぞれだし、押し付けるわけでもないからそれほど問題があるわけでもないが。大体ミリアンはともかく、コウイチの中身はおっさんだ。


「おう、お帰り」

「ただいま。今からメルの依頼の話を聞こうと思うんだけど同席できるか?」

「難しいなら構わぬでござるよ」

 もんだいねえ、と言ってコウイチは畳の上にどっかと座る。それと同時に、もう一つ個室の戸が開き、ミリアンが姿を見せた。

「師匠、おはようございます。服をちゃんと着てください」

 目をそらしながらタロウが指摘する。ミリアンは肩からずり落ちたローブを直しながらふらふらとコウイチに近寄り、その毛皮にばふっと顔を埋めた。




「ああ、やっぱり毛皮は天然に限るわ」

 と謎の言葉を残してコウイチに抱きついたまま、唖然あぜんとするタロウ達を置き去りに寝息をたてて眠りのへついたのであった。




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