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三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
33/182

其の四

 タロウはパナセーアを振り返る。入り口で見送るナーセリアに軽く一礼をして旅館への道を歩き出す。結局残り二日とも本をずっと読んでいたせいで頭が痛い。が、それなりに収穫はあった。


「おや、タロウ様。おかえりなさいませ」

「あ、はい。ええと俺の部屋は…」

「雛菊の間は現在ギルド職員の方が使用されていますので、蒲公英タンポポの間へとご案内させていただきます。こちらは持ち物を入れている行李こうりの鍵でございます」

 ジークが蒲公英の描かれたカードのようなものを渡してくる。タロウは受け取って、じっくりと見てみた。この質感は木だろうか?

「それでは、ご案内させていただきます」

 ジークについて歩くこと数分。またもや離れだが、今度は廊下から大広間、そこから外回廊があって個室が五つついている。タロウの疑問を感じ取ったのか、ジークが説明を始めた。


「蒲公英の間は広間と防音された個室が五つついた離れでございます。コウイチ様とゴーシュ様が以前の離れは広すぎて不便だとおっしゃったので、こちらに変えさせていただきました」

「そうだったんですか。わがままを言って申し訳ないです」

「いえ、こちらこそお客様に怪我をさせてしまうなどあり得ない失態でございます。もし何かあれば、いくらでも申し付けください」

「それは別にここの人たちのせいじゃないですよ。でも、そういってくださるならお言葉に甘えさせていただきます」

 顔の表情を変えないまま謝罪してくるジークは迫力があった。エルフにしては結構体格がいいので威圧されている気分になってくる。適当に切り上げて部屋の中へと入った。



「申し訳ございませんでしたあああああ!」

 大広間の一歩足を踏み入れると、浴衣を着たゴーシュに向かって土下座するミリアンの姿が目に入った。コウイチは酒をかっ食らっているし、近くにはボロ雑巾ぞうきんのような赤黒い布が落ちている。タロウは大体の事情を察して、

「コウイチ、空いてる個室はどこだ?」

 と尋ねる。コウイチは胡乱気うろんげな眼差しで酒瓶から手を離して答える。

「そっちの、扉が空いてるとこだ。ついでにお前のお師匠さんも引っ越してきた。…他に聞かなくていいのか?」

「何となくわかるし。師匠がやらかしたんだろ。大方ゴーシュに雷撃ぶち当てたとか」

「なんでわかんだよ」

「昔俺もやられたからな。あの人天才なんだけどコントロール力皆無だし」

 彼女は恐らく水球でたった一人、無詠唱で魔術を発動させることができる魔術師だ。その理由を聞いてもはぐらかして教えてくれないが、加護を得て行う魔術は自動追尾して確実に標的に当たるので、それ以外のなにかということになる。


「タロウ、知っていたのなら先に教えて欲しかったのでござるが…」

「言おうと思って忘れてた。ゴメン」

 見舞いに来てくれたときに言おうと思って忘れ、しばらくは大丈夫だろうと思っていたのだが。

「あれだろ、師匠が褒められるうちに調子にのってもっと凄いものを見せてあげるとか言っておもいっきりゴーシュに魔術があたったんだろ?」

「おおむねその通りです。そういえばタロウの時もおんなじことしてたなあ…」

 遠い目をしてうつろに笑い始めるミリアン。


「もうよいでござる。装備の分は賠償、あとは迷宮の話や指導を行ってもらうでござるよ」

「あ、うん。それなら大丈夫。任せて任せて」

「もう、師匠。お歳なんですからあんまり無茶はしちゃダメですよ」

愛弟子まなでしがおばあちゃん扱いしてくる…。私まだピチピチの二百さいですよ?」

「それも死語ですから。おばあちゃん」

「うう、酷いわ。昔はあんなに可愛かったのに。ちょっと魔獣ドバーンッてするだけで目をキラキラさせて凄いです、師匠って言ってくれてたのに!」

 ミリアンはコウイチから酒瓶をかすめ取って一気に飲みくだす。慌ててコウイチが取り戻そうとするが、身長差をうまく利用して逃げ切るミリアン。

「てめ、この!」

「じゃ、俺部屋に行ってるから」

 キャットファイト、この場合はタイガーファイトだろうか。巻き込まれないようにそそくさとタロウはふすまを開いて部屋へと避難した。





「やれやれ。呑兵衛のんべえ同士の喧嘩に入ってもろくなことにならないからな」

 部屋の中は六畳一間、縁側があって庭からは桜の花びらが風にのって舞い込んできていた。縁側の手前に行李が置いてある。その前に行ってカードを近づけると、編んである柳がするすると解けて荷物が出てきた。

「おお、無駄にファンタジーだな」

 魔術を使った技術だろう。科学の代わりに魔術が発展していても、結局は似たようなものも発明されるらしい。


「まあ、人形ひとがたの種族が文化築いて似たような形してればやっぱりおんなじ感じになるのかもな」

 このように似ているところもあれば全く似ていないところもある。例えば、移動手段はいまだに歩くかバカ高いゴーレムに乗るかで電車も列車も無い。陸路よりも海路の方が安全で早いからだ。大街道には魔獣も怪物もいないが、別の問題がある。


「さて、本を返しに行くかな」

 中から布財布を取りだし、図書館へと向かう。病院から直接行ってもよかったのだが、森都に来たので必要な書籍は購入してしまおうと思ったのだ。森都は医療の他に、産出する木々を使っての製紙も盛んだ。引きこもりがちなエルフ達の住むところには、必然的に本も多い。

「ちょっと出掛けてくる」

「気を付けていってくるでござるよ」

「了解」

 本を読んでいるゴーシュに親兄弟のような返事をされて、タロウは離れを出ていく。呑兵衛のんべえ達は飲み比べ勝負に移行したらしかった。






「でかい」

 図書館を尋ねて歩くと、すぐに教えてもらえた。ちょうどパナセーアからは塔の影になっていて見えなかったので気づかなかった。面白いことに木造建築で船の形をしている。

「それも帆船はんせんだ」

 一番上には帆柱マストも帆もちゃんとついている。海族達は効率優先で現代日本風のタンカーで輸送していたので、いまいち風情ふぜいがなかった。


「おや、お兄さん森都は初めてかい?この図書館はな、大雨が降ったときには浮かんで中の本や書類を保護できるようになってるんだよ」

 細い目をしたエルフが船を見上げるタロウに説明してくれる。

「マジで!?」

「おう、中も湿気が来ないよう色々工夫してあるんだよ」

「エルフ、情熱傾けすぎだろ…」

「いやいや、俺らは娯楽にうるさいからね。本読めなくなったら困るじゃん?毎日仕事するだけじゃ潤いがないじゃん?やっぱこう、なんというか知性に埋もれて生きるのがエルフっていうかさ」

 じゃんじゃんうるさい。そしてもれずに活用しろよ、と思ったが、教えてくれたことに礼を言ってタロウは入り口を探した。





「やっと入れた…。さっきのエルフに聞けばよかったな」

 あちこちさまようこと十分ほど。入り口がわからずにぐるぐる回りをまわっていたが、船首に行くとエスカレーターがあった。甲板に上がると船室の入り口に向かって白い線が引かれており、そのまま進んで扉を開けて中に入る。


「おお!」

 扉をくぐると狭い通路の両側に天井ギリギリまで本が詰め込まれている。そのままずっと先まで本棚ほんだなで道がつくられていた。細い魔力灯が所々配置され、幻想的な空間をかもし出している。

「これ受付とかはどこにあるんですかね…」

 どれだけ歩いてもずっと本があるばっかりで人気ひとけがない。そのまま歩いていくと階段につきあたる。階段を降りると再び本の迷路。よく見ると、最上階にあった本よりかは分厚く、少し古いもののように見える。そして再び見えてくる階段。ここまで来てようやく思い当たる。


「無人図書館、か?」

 地球では考えにくいことだが、森都ではありなのかもしれない。勝手に借りて、ちゃんと返しに来る。他の都市では貴重な書物も、森都では共有財産として扱われているのだろう。そうしているうちに棚の空きを見つける。三冊ほど入りそうだ。



 『大陸ごとの都市、そこに繁栄する種族について』


 『怪物百科(上)』


 『怪物百科(下)』


 手に持っていた内の三冊が光り始める。そっと近づけると、手から離れてすうっと本棚に収まった。

「どんな原理だよ、これ」

 感心しつつも残り二冊を返すためにタロウは人工的に造られた本の迷宮を楽しんだ。






「日の光がまぶしいな」

 残りを返し終わると後方に魔法陣があらわれて、それに乗ったタロウを外へと転送する。遺失魔法の一つだろうそれはタロウを甲板まで転送した。

 エスカレーターを使って地面に降りると、今度は書店を求めて歩き出す。エルフ語と共通文字で看板が出ており、すぐに本屋を見つけることができた。



 『迷宮専門書店・アンバー』シーカー・ハンター御用達!



 冒険者はおおよそ二つに分けられる。自分のために探す探索者シーカーと、依頼を受けて狩りをする狩猟者ハンターだ。

 半透明の扉を押し開けると、樹脂の匂いが一杯に広がった。棚には所せましと琥珀こはくのアクセサリーが広がっている。入る店を間違えたのかとタロウが出ていこうとすると、奥から麻のシャツとズボンをまとったエルフの男性が出てくる。

「いらっしゃい。どんな本をお求めかね?」

「本屋なんですか?」

「そうだよ。迷宮に持っていける焼いても燃えない、濡らしても破れない重さも軽減した自慢の商品だ」

 迷宮の中で開くことを前提にした本らしい。興味をひかれたタロウは質問を重ねる。


「魔術的に保護されてるってことでしょうか?」

「うん、近いけどそれだけじゃあないね。どうだい、ひとつこれを差し上げよう。こいつはもっとも森都で人気のある本で、今やみんなが持っていて売ることの無くなった本だ。これを煮るなり焼くなりしてごらん。品質に満足してくれたらまたうちに来て、今度は買ってくれると嬉しいね」

「ありがとうございます」

 受け取った親指の爪ほどの琥珀首飾りの中にはキラキラと光る光の輪が浮かんでいた。


「どうやって開くんですか?」

「金具の部分を回すとひとりでに本に変わるよ」

 教えてもらった通りに琥珀と飾りの金具を繋ぐ部分を捻ると、手の中には十冊ほどの単行本が現れ、受け止めきれずにタロウの足へと落ちていった。

「…」

「あ、あれ?ごめん、痛かったよね」

 慌てて落ちた本を拾い集める店主を見て、タロウはやっぱり入る店を間違えたような気がしていた。






 

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