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三匹迷宮物語  作者: 九十
森都へ
30/181

其の一

 辺り一面見渡す限り雪の中だ。吹雪のせいで視界は最悪、何より何が起こったのか全くわからない。パニックを起こしそうになりながらも、歩いて風避けになりそうなところを探す。遠くに影が見えたので近づいていくとぐにっと足でなにかを踏んだ。

「シャアッ」

 三日月鼬みかづきいたちが飛び出してくる。とっさに手で振り払うが、まるでこたえた様子はなく、一直線にタロウに向かって飛びかかってくる。何度も振り払うこと数十回。光となって消えていった。


 籠手を着けていないせいで、時間がかかる。今のタロウはパジャマで出勤しているようなものだ。何一つ現状に合った装備をしていないし、風が強くて臭いが飛び方向すら見当たらず、迷宮内で食料を見つけるすべは持ち合わせていない。


「消えた、ってことはここは迷宮か?あのカーテンみたいなのが入り口だったってことか」

 推測はたてられるが、メルがあれだけ焦っていたことから元からあそこにあったものではないだろう。それに加えて入り口が全く見えないのもに落ちない。低位の迷宮ではなさそうだった。








「ミリアンさん、大変!庭に迷宮が出来てるの!」

 閉まっていたふすまを容赦なく開けて中にいる人物へと緊急事態を告げるメル。異様に酒臭い部屋の中に、真っ黒なローブを被ったエルフの女性が横たわっている。

「メル、迷宮なら迷宮管理しているやつらを呼んで調査してもらいなさい。嬉々としてやってくれるはずだから」

 気だるげに金髪をかきあげて、頭を押さえる妙齢の女性。ミリアン・グレイフィールド。エルフ最強と名高い魔術師である。


「それが、タロウが入っちゃったの。出てこないの」

 泣きそうになりながら必死に伝えるメル。それを聞いて顔色を変えるミリアン。

「タロウってあのタロウ?ここに来てたの?」

「今さっきここについて、庭に案内しようと思って部屋にいったら、スゴい魔力のする迷宮の中に入っちゃって出てこないの…。どうしよう」

「落ち着いて、その場所はどこ?それからその近くに人が来ないようにしてちょうだい」

「一番南東にある雛菊ひなぎくの間。わかった、そうする」


「あ、待ってメル。それから、迷宮の人を呼んで、これを渡して」

 きびすを返しかけたメルを呼び止めて、ミリアンはメルの手にトンボの形をした魔術具を握らせる。

「これは?」

「こっちの手袋に反応して、その人のところまで案内してくれる魔術具よ。私が入って、一日経っても出てこないときにはそれを使って救援を送ってくれるように迷宮の職員に頼んでちょうだい」

 茜色あかねいろの手袋を取り出して見せるミリアンにわかった、と返事をして旅館の従業員に離れへの道の封鎖と迷宮の職員を呼んでくるように伝えた。



「さて、未知の迷宮にはいるのは久しぶりね」

 メルを見送って早速準備に取りかかる。入ったのに出てこないと言うことは転移罠か、それとも身動きがとれない状態になっているか。魔術の才能こそ開花しなかったが、頑丈で素直でそのくせどこか達観しているような変な子供であった。しかし、数少ない自分の弟子の一人である。見捨てるつもりはなかった。

「頑丈な子だったから、怪物モンスターに殺されてはいないだろうし」

 楽観的すぎるかもしれないが悲観的な見方をすれば入った瞬間に死亡して光となっている可能性もあるのだ。考えるだけ無駄だろう。数日分の食料、環境の変化に対する魔術具、薬草や怪物に有効な医薬品一箱。すべてを持っていくのは難しいが、技術でおぎなえる部分のものを選別して切り捨て、特殊な状態に耐えうるものを拾い集めて肩掛けかばんに詰めていく。


「ローブはこれが一番汎用性(はんようせい)が高いから、あとは魔術具ね」

 自分の魔術の特性にあわせて耐性が最大限まで高められており、その裏地は対衝撃に特化させている。指輪型の魔術具を手に取り、氷、水、火、の地形でも動ける物、魔術の防御を行う物を右手につけて、楓型かえでがたのブローチをローブにつけ、フードを被って前をめる。左手で立て掛けていた身の丈ほどもある杖をとった。杖の一番上には八角形の透明な中に一筋の線が入った媒体が取り付けられている。最後に鞄を肩からななめにかけて、再度持ち物を確認していく。

「よし」

 雛菊の間へと足を運び、誰も入らないよう念を押し、ミリアン・グレイフィールドは迷宮へと足を踏み入れた。









「はっくしゅ。はくしゅん!…寒い」

 あれから吹雪は少し弱くなり、辺りを見ることができるようになってきた。林、といった表現がぴったりな木々がまばらにはえた丘が遠くに見え、その他一面は雪におおわれていて地面など見えない。

「シャアッ」

 怪物たちに襲われていたタロウは始め律儀に一匹ずつ殴り飛ばしていたが、噛みつかれてもダメージがないことを確認したあとは噛みつかせたままにしてある。意外なことだが身体中にまとわりついた怪物達は温かかった。他のものが真似をすればアッと言う間に血まみれになるだろうが。

「あそこにいくしかないのか?けどなあ、あからさまに怪しいんだよな…」

 雪の原であそこだけがだんをとれそうなものがある。迷い込んだ者を罠にかけるなら絶好の場所である。



「…」

 三日月鼬をふところに抱いて、タロウは雪を掘ることにした。再び吹雪いてくる前に、風避けだけでも作っておきたい。真下を掘り進めたあと、一定の深さまで掘ると今度は横に向かって掘っていく。体がすっぽりと入るくらいまで掘って、そこに入っていく。

「すこしはましか。こいつらのおかげで結構体温は維持できそうだな」

 自分以外の熱源があるのは以外と心強い。しかもどこからかどんどん増えてくる。暖まったタロウはうとうとし始め、はっとする。

「いや、寝たら死ぬから。くそ、一人はまずいな。メル、コウイチ達呼んでくれてるかな」

 あの焦り様からして確実に助けは呼んでくれているだろう。だとすればなにか分かりやすい目印をたてておく必要がある。結局林へといくはめになったことを呪いつつも穴から出ていき、真横に吹っ飛ばされた。


「ぐうっ」

 雪の上を滑りながら後ろを振り返る。頭に白い星のような模様を持ったタロウの倍はありそうな熊がそこにいた。

「初めて見るな」

 魔獣と同様、怪物についての本も里にいたときいくつか読んだが、それに載っていたのを見たことはない。初見の相手には無理をせずに退くことが推奨されているが、そいつはタロウを見逃してくれそうになかった。

「グルルルルルル…」

 低い声で唸りながら、低く身構えた熊が襲いかかってくる。振り上げる前足で雪を蹴り上げタロウの視界を無くし、横凪よこなぎの一撃がタロウを襲う。避けようとして、雪に足をとられて無様ぶざまに転がった。頭上を太い足が通り過ぎていく。


「くそ、足場が…!」

 踏ん張りがきかず、力も入れにくい。雪があると

わかっていて装備をしたわけではなく、単なる旅館備え付けの草履である。タロウは熊の方を向いて腰を落とす。避けられないなら、つかめばいい。最初の一撃でもたいした怪我はしていないのだ。

「あったかそうな毛皮持ってるじゃねえか。俺に分けろよ」

 自らの外見を完全に忘れた発言をして、振り上げられた熊の腕を待ち構えた。





「おらあっ!」

「グウルルルルル!」

 熊の前足をつかんだタロウは、ひたすら打撃を加えていくが、一向に効いている様子はない。同時に熊の攻撃もタロウに怪我をさせるには至らない。だが。

「感覚がやばい」

 足先の感覚がほとんどなくなっている。指先の感覚も鈍くなってきていた。熊が噛みつこうとして来た隙を狙って、目や鼻を狙うが頭を振って逃げられる。

「くそっ」

 決定打に欠けている。相手はまだまだやる気だが、タロウの方はそぐわない環境と装備に苦戦を強いられる。ふと気になってステータスを開く。


「ステータス」



【Nameタロウ(三膳太郎) Lv14 Age16 skil:経験累積 怠惰の神の加護 HP80/99 MP 90/99 STR31 INT21 AGL5 LUC1】



 戦闘中でも浮かび上がって見える数字は、はっきりと生命力(HP)の減少を示していた。

「うわっ」

 それに気をとられたタロウの手が、思いきり振り払われる。バランスを崩したタロウは熊の突進をまともに受け、後方に大きく弾き飛ばされる。


「グルルル」

 魔獣なら勝てない、食料にならない相手なら見切りをつけて逃げていくが、鉱都の剣歯虎もこの熊もまるで引く様子を見せない。それでも全く攻撃の通らないタロウが気にくわないようで、様子をうかがうように円を描いてまわり始める。

「舐めんなよ」

 負けじと睨み付けるがあちらから近くに来てくれないとなすすべがない。遠距離武器の購入を考えた方がいいかもしれないな、と思っていると。

「ガアアアア!」

「なんだ?」

 熊の巨体を黒い魔力が流れていき、口の中に凝縮されていく。首をのけぞらせていた熊がタロウの方を向き、勢いよく水の魔術が放出された。横っ飛びに逃げようとするが、水の勢いにのまれてしまう。

「っ!」

 膝から下が水に呑まれみるみるうちに凍っていく。その周囲を溶けた雪が水となって凍りつき足の自由を奪っていった。

「グッグッ」

 タロウが身動きできなくなったのを見てとって、嬉しそうに喉をならしながら熊が近づいてくる。感覚がないと思っていた足に激痛が走り息をするのさえままならない。




 ゆっくりとなぶるように熊がその前足を高々と掲げて。




 ズバチイイッ




 とまばゆい閃光と共に、黒い光となって消えていった。




「まったく。私の愛弟子は私がいないと星熊ベアスター一匹倒せないのかしら?」

茶目っ気のある美声と共に、黒いローブのエルフが姿を現す。エルフ族最強、雷の魔術師、“船落とし”のミリアン・グレイフィールドであった。



「目が、目がああああっ」

 雷を間近で直視したタロウは見悶えている。

「あ、あら?ごめんなさいちょっと近かったかしら?」




 彼女のもっとも親しい友人達は彼女をこう呼ぶ。“目潰し”のミリアンと。






耳もやられる。

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