其の十八
またもや間に合わず。無念。
突き当たりには旧金貨や巨大な水晶、豆銀貨や葉金貨などいまでは使われなくなった貨幣が山と積まれている。近くには頑丈そうな袋がいくつも畳んで置いてある。
「信用性ってこういうことか」
その中には見たことの無いような鉱石も含まれていた。恐らくこれだろうと思っていると、フォンドルに呼ばれる。
「おい、こっちだ」
財宝の山を無視して壁に手をあてるフォンドル。グッと押し込むとハンドルのようなものがあらわれ、それをぐるりと回していく。
「忍者屋敷かよ…」
からくり屋敷(魔法版)である。
「しかし、薄々思っていたが、このギルドの建物は迷宮なのではござらんか?」
「鋭いな。けどちいっと違う。正確には、古代の技術で作られた迷宮の機能を模倣したもの、だ」
「話してしまっていいのか?」
タロウが聞くと、ドップラーはカララと笑って話し出す。
「構わねえもなにも、ここまで連れてきてるんだ。信用してなきゃここまで案内したりしねえよ。それに、万が一話されたとしたって、入れる奴はいねえ。そういう作りだ。それで、蛇の兄ちゃんの疑問だがな…」
その話によると。まだ魔術の力が下界の一部の人たちのものであった頃、迷宮の機能に平和への道があるのではないかと研究をした一人の男がいたそうだ。名は伝わっておらず、その生涯も多くの謎に包まれているが、研究の一部は完成し、それをつかって人類統括の夢を実現するために奔走した。しかし、それに目をつけた権力者たちによって彼の研究は人を絶望の縁へと追いやることになる。それを儚んだ彼は、人知れず世界を旅し、あちこちに迷宮の疑似作品を作り上げた。その一つがこのギルドの基礎部分をなしていると言う。
「再現されているのは、空間を無視した魔法と中のものが一定期間で再生されるってことだな。鉱山迷宮も一年をかけてゆっくりと中の資源が回復する。ここでは、いくつかの食料が再生されている」
金や銀が消費されたあと補充ができているのはそのためらしい。
「鉄とか銅は簡単に消えたりはしねえんじゃねえか?」
コウイチが疑問をぶつける。
「そうなんだがな。それでも需要は減らねえから、どっかで消費されてるんだろう。もしくは冒険者が使う鍋とかは、死んでそのまま迷宮に吸収されたりしてんじゃねえか」
ありそうな話だ。迷宮に挑む者は後を絶たない。回収するにしてもすべての迷宮を回るのは不可能だから、人知れず迷宮に呑まれていくのかもしれない。
「しかし、そうなると迷宮はすべて繋がっていることになりかねんでござる」
「案外そうなんじゃねえか。空間が拡張されてる時点で何があっても不思議じゃねえよ」
見た目とは違う空間なのだから、何があっても不思議じゃない。
「空いたぞ」
フォンドルが回していたハンドルは消え失せ、陽炎のように揺らめく向こう側が見えている。
「なんか白っぽいな」
「ほれ、いったいった」
ドップラーに背中を押され、向こう側に一歩踏み出す。
「おっと。うそだろ?」
目の前に広がるのは白い砂の道。見渡す限り、どこを見ても一面真っ白だ。砂しかない砂漠の、その砂がすべて紙のように白い。そっと手に掬ってみると、それだけで普段使っている金属製の大盾よりも重かった。
「白いな。目がチカチカするぜ」
「これは、金属か?」
タロウのあとから続いた二人も、興味深そうに辺りを見回している。ゴーシュは手にとって、材質を見ているようだ。
「当たりだ。よくわかったな」
「あんたドワーフにむいてるんじゃねえか?」
おっさん二人組がからかってくる。
「で、これを持って帰ればいいのか?」
コウイチの質問に首を横に振るフォンドル。手にはさっきまでなかった袋を手にしている。人数分だ。先程の通路においてあった物だろう。
「残念ながら、これは持って帰っても加工ができねえ。とってくるもんはこの先だ」
指で下を指し示すフォンドル。
「は?いや、まさか潜っていくってんじゃないよな?」
「まあ、見た方が早い」
指笛をピュイー、とドップラーが鳴らすと砂地が振動を始める。
「お前ら、何が来ても攻撃すんじゃねえぞ」
釘を指してくるフォンドルに、攻撃をさせるようなものがくるのかと顔を見合わせる。ズズズズズ、と音をたてながら砂の中から巨大ななにかが飛び出してくる。
「亀?」
「亀だな」
「亀でござるが…。魔獣か?」
「いや。こいつは幻獣だ。白幻亀っていってな、絶滅しかかってる種の一種だ」
真っ白な甲羅に白い肌の三十メートルはある亀。唯一黒い目は、こちらをじっと見つめている。
「おう、ひさしぶりだな。こいつらも含めて連れてってくれ」
ドップラーが語りかけるとゆったりと近づいてくる。
「ちょっと待つでござる。この下に用があって、連れていってくれとはまさか…」
ゴーシュの話が終わらぬうちに、がばっ、と口を開けて白幻亀が迫ってくる。
「あ、そういうこと!?」
「食われる!っておいおっさん離せふざけんな!」
反射的に逃げようとするコウイチをドップラーがガッチリとつかむ。
「大丈夫だ。食われる訳じゃねえ」
「砂ん中じゃ息ができねえからな」
ぐおおおおおっと大口がタロウ達を飲み込んで、後には静寂が支配していた。
「ひどい目に遭ったぜ…」
「息が臭くないだけましかな…」
「ちょっとトラウマを思いだしかけたでござる…」
全身よだれまみれになったタロウ達は、白い空間へと吐き出されていた。ここが地下なのだろう。タロウ達を口にいれて運んだ亀を筆頭に、大小様々なサイズの亀が鎮座している。白い壁に白い岩。全体的に白いせいで自分達が異物に思えてくる。
「やれやれ、今からへばってちゃ作業はできねえぞ」
「誰のせいだと思ってやがる…」
コウイチが恨めしげに睨み付けるも効果はない。
「さ、働いてもらうぞ。これを使え」
「これなんですか?」
長方形の木の真ん中より上の方に、刃が取り付けてある。実は、何であるのかは薄々察しがついている。
「鉋だ」
「木を薄く削るやつのことか?」
「そうだ。こいつを使って、そこの岩あるだろ?そいつを薄く削る」
「特殊な合金製の刃だが、力入れすぎると欠けるからな。気いつけろよ」
「はい」
「細かい作業は苦手なんだよな…」
「これの正体も何となくわかったでござるな…」
返事をして、近くの岩に取りかかった。
「しかし、彼らも幻獣ということは、そうとう迫害を受けてきたのでござろうな」
約五百年ほど前まで幻獣は魔獣と区別されていなかった。魔獣は人族との食料や棲息域が同じであるためよくみかけるが、幻獣の方は人里近くには現れない。
「薬の原料やら、皮剥がれたり、ペットにされたりろくでもねえ目にあってきたからな。特にほら、あんたらのとこのなんだっけか、猫人族がやらかしてるしな」
「あん?なんの話だ?」
「ドップラー、俺らのじいさん達の頃の話だ。今の若いもんは知らねえだろうよ」
フォンドルがそういって注意する。
「ああ、そうか。まあ、愉快な話しでもねえしな」
「何があったんだ?」
「いや、まあな。たいした話じゃねえよ」
「わかったよ」
あまり話したく無さそうだったので、聞かないでおくことにした。
それから雑談をしながら作業をし、白い岩を削った大根の桂剥きのような物体を袋に詰めて背負う。
「結構腰にくるな」
「大抵のやつらは削ることすらできねえからな。大したもんだぜ」
「叩いて欠片にするのではダメなのでござるか?」
「こいつらはな、叩くと凝縮して余計にとれなくなっちまうんだよ。薄く削るとそれほど固くはねえ」
「わけのわからん物体だな。明日も来るのか?」
「いや、これだけあればしばらくは問題ねえ。助かったよ」
「ちゃんとした依頼だからな。報酬も出してくれよ」
「わかってるさ。んじゃ戻るか」
ギルドへと戻り、依頼料を受け取ってタロウ達は宿へと戻った。
次の日。鑑定が済んでいる頃だろうと昼過ぎにパフィリジックへと出掛けた。
「よう、待ってたぜ」
「待たせた。んで、どんな感じだ?」
カウンターの上にブーツとサーベルを出して、基本性能から説明していく。
「まずこっちのブーツ。これは装備すると足の早さが三倍位になる。耐久性も高いし、多少の魔法ならレジストできる。買値は金貨八十枚。こっちのサーベルだが、業物だが呪いがかかってる。これを解呪できるやつは神都か竜のやつらぐらいだろう。使わなければ呪いは発動しない。買値は金貨百五十枚」
予想よりも高値がついた。
「どうする?」
「必要なら使った方が最終的にはよかろう」
魔術師であるゴーシュにはどちらも使う必要はない。彼から了解が得られたので、二人で分けることにした。
「じゃあ、ブーツは俺が使おうかな」
「サーベルは私な」
「おいおい、あんたらが金に困ってねえのはわかったが、こっちのサーベルは解呪しねえと使えたもんじゃねえ。正気か?」
こちらを訝しむように見てくるドーナー。
「問題ねえ。私のスキルと相性が抜群だからな」
「さすがに信用できねえ。下手すりゃ命にかかわるぞ」
「しょうがねえな。ちょっと耳貸せ」
ドーナーの首を抱え込んでボソボソと話し始めるコウイチ。しばらくして、コウイチが審判をたてて嘘じゃないことを証明し、上向きの剣があらわれた。
「しょうがねえ。神様が保証してくださるんなら、これ以上俺が突っ込んで聞いても無駄だな」
「そういうこった。久々だな、幅広の剣を使うのは」
里には結構な数の武器や防具が置いてある。その中から一番得意なものを少年期までに選ぶことがほとんどだ。
「少しならせば馴染みそうか?」
「そうだな。こいつも使い勝手は良さそうだしな」
「やれやれ。あんた達の旅路に幸運を」
「あんたもな。この店繁盛してなさそうだし」
「そうだな。あちこちで宣伝しておきます」
「この時期に山の迷宮行くやつがすくねえだけだから!ちゃんと春とかにはいっぱい来るから!」
ドーナーの叫びを聞きながら、店を後にした。
「バルさん、いますかー」
再びでかい像の前である。そろそろ出来上がっている頃だろうとタロウはバルドール・ルクレツィアの工房を訪ねていた。
「いいとこに来たタロー。もう少しでできるから、中に入って待ってろ」
声が聞こえて、パタリと扉が開く。
「お邪魔しまーす」
なかは以前来たときよりもさらに雑然としていた。テーブルには設計図のようなものが何枚も広げられ、大きな布を被せた物体がテーブルの真横に置かれていて邪魔なことこの上ない。
「バルさん、頑張ってんなあ」
併設された隣の工房から、鋼を打つ澄んだ音が響いてくる。しばらく待つこと一時間ほど。バルドールが姿をあらわした。
「よう、待たせたな。お前の鎧は、これだっ!」
至極楽しそうな声で言って、バルドールがバッと布を取り去る。
「それが俺の鎧だったの!?邪魔だなって思ってたよ!」
「そんなことはどうでもいい。見ろ、タロー。これがあたしの最高傑作だ!」
取り払われた布の下からは、タロウの形に合わせた兜、細かな装飾といくつもの金属を繋ぎ合わせた日本の戦国時代に使われていたような
鎧があらわれる。色は銀を基調として、赤の線が模様を描いている。少し違うのは、体のほとんどを覆うようにいくつもの細い板が編み込まれているところか。
「どうだ、こいつはな、特殊な金属と植物を幾重にも併せて作ってる。自分で脱いだり着たりできるし、薄い板を何枚にも重ねて作ったから衝撃にも斬撃にも強くなってる。裏打ちに竜鱗を使ってるから魔術にも耐久性は抜群だ。まあ、ごたくはいいな、着てみろ!」
そういってタロウにぐいぐいと鎧を押し付けてくる。
「わかった。着ますから!少し離れてくださいよ」
留め具を外して着込んでいく。肩の上で結ぶのではなく、首の後ろで留めるようになっている。猪人族は首が太い筋肉で発達しているので充分に支えることができる。それから兜をつけていくと、長くなった後ろの部分がちょうど首から肩を覆った。
「あれ、軽い?」
鎧をすべて着込んだタロウは、歩いたり動いたりしてみるが、それほど重さを感じない。
「へっへー。それが最高傑作だって言ったろ。防御をガチガチに詰め込んで、なおかつ、最小限の重量。これで迷宮に潜ってもどんなもんでも持ってこれるぞ」
確かにこれなら動きを阻害しないし、産出品を多く持って帰れる。
「ありがとう、バルさん!あんた本当に最高の防具師だよ!」
「へっ、よせよ。まあ、うまい酒でも見つけたら持ってきてくれや」
「え?でもお代は…」
「それ着て、あっちこっちで宣伝してこい。それが一番あたしの名を高めることになる」
真剣な表情でタロウの腕をがっちりと掴むバルドール。タロウは真剣に頷いて、工房を後にしようとする。これ以上の言葉は不要だ。
「おい、タロー。盾忘れてんぞ」
最後までかっこよくしめる試みは頓挫した。




