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三匹迷宮物語  作者: 九十
鉱都へ
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其の十五

 タロウ達は迷宮から出て、入り口で休憩をとっていた。このまま鉱都に引き返すか、探索を続けるかで意見は割れている。

「某は反対でござる。火魔術が使いにくそうな地形でござったしな」

「他にも低位の迷宮はあるみたいだからここにこだわる理由はねえな」

「でも、折角だからきっちりマッピングしたい気持ちはあるんだけど…」

 自らの切り札が減衰げんすいするゴーシュは反対、コウイチは消極的反対。タロウのみが続行を進言する。


「時間が時間だ。今から下山して鉱都につく頃には夕方になってる。今日のところは保留にして、明日決めるってのでどうだ?」

 一度下山すればゴーシュの魔術以外でも使えそうな道具の補充ができるだろう。急ぐ旅ではないし、ドップラー達が依頼していた鉱山の迷宮は、すべての管理された迷宮を精査する必要が出てきたとかで、延期されていた。


「賛成です。じゃあ明日休んで、ドーナーさんのところで魔術具見て、それしだいで続行するか決めるってことでいい?」

「構わぬ」

「いいぜ」

 賛成が得られたので、下山して宿へと帰ることにした。







「おや、おかえりなさい坊っちゃん。うちの亭主は役に立ったかい?」

 雲母グリマー亭に戻ると、シンディが迎えてくれる。彼女の亭主は、アオバズクの鳥人族で、普段は交代で山脈の上で魔獣の監視をしている。今回タロウ達を案内してくれたのもそのゴロッサであった。

「はい、おかげで短時間で結構探索することができました。ありがとうございます」

 ゴーシュとコウイチもシンディに礼を述べる。

「助かったぜ、女将さん。ここは飯もうまいし良い宿だな」

「うむ。おかげさまで非常に道行きが楽になったでござるよ」



 亭主と宿を褒められたシンディは豪快に笑ってタロウの背中をバシバシと叩く。

「やだねえ、あんたたち。こんなおばさんをほめたってなんにも出やしないよ!でもありがとうね。亭主をほめてくれて。きっと喜ぶよ、あのひと」

 ふんわりと柔らかく笑う女将さん。見ているこちらが幸せになれそうな微笑みだった。





「はあ、疲れた」

 ロブスターの串焼きと魚介のだしをとったトマトスープの夕食をとり、部屋に戻ったタロウはベッドへと寝転がる。山歩きは慣れているが、少々テンションがあがりすぎていた。

「続行はやめたがいいかもな」

 時間をおいて考えると、すこし無謀かもしれない。通常の迷宮探索は今回が初めてだ。管理されていて怪物のでない迷宮なら事前に情報が手に入るが、今度の迷宮は位置は把握されているものの未見みけんの野良迷宮とさほど変わりはない。リスクをおかすには経験が足りないだろう。


「風呂に入って寝よう」

 そうひとりごちて、タロウは風呂場へと向かった。










「タローおにいちゃん!おはよう!」

バン、と音をたててミントが部屋へとはいってくる。ここ二週間部屋でごろごろする間、ミントは頻繁ひんぱんに遊びに来ていた。よく晴れた良い朝だ、洗濯物も乾くだろう。窓際に洗った着替えを干しながら、タロウはミントへと振り返る。

「おはよう、ミント。今日はどうしたんだ?」

「あのね、あたしたち明日になったら王都へ帰るの。だから、いっしょにプール行こう!」

 鉱都には温水を使ったプールがある。ここにも地球世界からよばれた勇者様の痕跡こんせきが残っていた。


「うーん。ミントだけ?セージさんたちは?」

 時間は問題ない。夕方ドーナーさんの店をのぞけば良いだけだ。だが、保護者が一緒でないと入れないだろう。

「おとーさんはお仕事。おかーさんはいっしょに来るって」

「そっか。じゃあ安心かな。支度するから待ってて」

「わかったー」

 タオルといくつか必要なものをまとめて、コウイチとゴーシュにも声をかける。

「いかん」

「遠慮するでござる」

 との返事をもらったので、ミントに残念がられながらも二人は宿に居残いのこることになった。加護のことがあるので、行きづらいのだろう。




「ごめんなさい、いつもいつも」

「いや、俺も気分転換になりますから」

「タロウさんは若くていらっしゃるのに、辛抱強いかたですね」

 プールへと行く道すがら、小首をかしげたローズマリーがそう言い放つ。

「あれ、よく俺が若いってわかりましたね。人からは見分けがつきにくいと思うんですが」

「ふふ、夫の仕事を手伝っていると、多くの方と接することになりますから」

「そうなんですか。身近にエルフなんかがいてよく話すんですが、彼らの歳はさっぱりわからなくって」

「おかーさん、タローおにいちゃんひとりじめしちゃダメー」

「まあ、この子ったら。気にしないでくださいね、タロウさん」

 長く伸ばした明るい茶色の髪をゆらして、ほんのりと目元を赤らめた薄茶色の瞳が上目使いでタロウを見上げる。身長差のせいであって、意図的ではないとわかっていてもどきりとする。

「ええ、気にしてませんよ」

 そんな風にこの世界で人の女性と会う機会の少なかったタロウは自制心を強くもっていなくてはならなかった。






 プールへと着いたタロウ達は着替えるためにいったん別れた。そういえば、あの親子は泳げるのだろうか。川や海も海族によって厳しい基準が適用されているので、泳ぐ機会は少なくなる。獣人族の場合は人工的に作ったため池などで泳いだり、自然湧水のプールがあり、そこで泳ぐ訓練が科されていた。


 さっさと着替えを済ませて、中へとはいる。五十メートルプール、幼児向けの浅いプール、波が出るプール、スライダー。

「おいこら勇者」

 思わず声が漏れるほど、現代日本(地球)の設備が再現されていた。



「タローおにいちゃん、おまたせー」

「いや、そんなに待ってな、いよ」

 スク水。一般的な女子生徒が着る学校体育用の水着の略称である。ミントは女児であるが、小学校低学年ぐらいだから着用していても問題はない。タロウは混乱している。

「お待たせしました、タロウさん」

 声のした方に顔を向けて、タロウは会ったこともない勇者と脳内でガッチリと握手を交わした。緩くまとめられた髪、たわわな実りを柔らかく受け止めるホルダーネックのトップス。細い腰に巻かれた長い布からちらりとのぞく白い太もも。パレオをまとった女神が降臨していた。


「もう、ミント。走ったら危ないでしょう」

 気になるのか、パレオのすそを引っ張って足を隠そうとしているローズマリー。

「タロウさん?どうかなさいましたか?」

 見蕩みとれていました、と言おうとして彼女が人妻であることを思い出す。これでは口説き文句である。

「いえ、その二人は泳ぎは得意なんですか?」

「その、お恥ずかしながら私はあまり得意ではなくて。でもミントはすごく泳ぐのが上手なんですよ」

 恥ずかしげにうつむいたあと、ミントを見て誇らしげに微笑むローズマリー。さっさとプールに入ってしまおう。タロウはそうなんですか、へえ、すごいんだなミント。となるべくローズマリーを真正面から見ないようにしてプールサイドへと向かった。




「タローおにいちゃん、見て見てー!」

 タロウを呼んで楽しそうに五十メートルプールを爆走する七歳児。まごうことなきクロールである。あっという間に端までたどり着いたミントは華麗にターンを決めて折り返していく。

「本当に得意なんですね」

 あっけにとられながらタロウは隣にいるローズマリーに話しかける。最初のインパクトが薄らいで、平常心を取り戻していた。

「ええ、王都の学校で一番なんですって」

「そうなんですか。すごいですね」

 都市においては属する母体の言語(種族毎の言葉)と共通語(日本語)の読み書きは義務教育となっている。タロウ達獣人の場合は共通語、その他の言語の順に習うようになっていた。その他の言語については選択制だが、主に人間族語、ドワーフ語、エルフ語から選択するものが多い。都市に属さない領域に住む人であっても、共通語の会話は可能な人が多かった。



「マリーさんは得意じゃないって聞いていましたけど、セージさんは?」

「主人もタロウさん達に比べれば細身ですけど、運動や戦闘はそれなりにできるんですよ」

 商人である以上、多少の護身術は習得しているのだろう。この世界は都市や大街道沿だいがいどうぞいは治安が良いが、少し離れれば魔獣達の勢いが強い。

「やり手の商人なんですね」

「はじめは苦労も多かったんですけどね」

 懐かしそうに自分の手を見つめるローズマリー。


「おかーさんっ!」

 静かだったプールの水面からザバアッとミントが飛び出す。

「きゃっ」

「マリーさん!」

 驚いたマリーが足をすべらせ、転倒しそうになるのをタロウが抱き止める。ひどく柔らかい。

「大丈夫ですか?」

 なんとも言えない良い匂いが強くただよってくる。

「ええ、ありがとうございます」

 本当に驚いたのだろう、タロウの腕をつかむ手が震えていた。

「ごめんなさいおかーさん!」

 プールから上がったミントがローズマリーに駆け寄る。

「ミント、びっくりしたわ、もう。驚くからやっちゃだめよ」

「はーい」

 怪我がないことに安心したのだろう、間延びした声を出すミント。


「ちっ、いちゃつきやがって。よそでやれってんだ」

「いいじゃん、中良さそうな親子連れで」

「だよなー、おれもあんな美人の嫁さん欲しい!」

 近くにいた若者がでかい声でしゃべっている。マリーと夫婦と勘違いされているらしい。この世界では違う種族同士が結婚した場合、子供は女性の種族に生まれてくる。例外がないことから妊娠、出産のリスクを少しでも減らすためだろうという説がもっとも有力だ。



「ちょ、違うから。彼女は旦那さんいるから」

「ええ、こんなおばさんと夫婦だなんて、タロウさんに失礼ですよ?」

 タロウが慌てて否定し、ローズマリーが困ったように微笑んで若者達をたしなめる。

「いや、ローズマリーさんは全然おばさんなんかじゃないです。綺麗なお姉さんですよ」

「まあ」

 タロウの一言に、頬を赤く染めてうつむくローズマリー。顔をおおってしまっている。

「なに、あんた人妻に?」

「不倫?」

 ざわつく若者達。興味津々、背徳のにおいに敏感に反応している。

「ちげえよ!純粋に人としていい人だなって!」

「あー、いやいや、俺たちなんも見なかったんで」

「お、あっち空いてるじゃん。移動しようぜ」

「うらやましいな。人妻って手もありか?」

 口々に勝手なことを言ってあっという間にいなくかる若者達。






 後にはよくわかっていないミントと、恥ずかしがるローズマリー、若者を追いかけて口止めすべきか悩むタロウの姿が残されていた。






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