其の十四
二週間後。タロウ達は再び山の迷宮へと来ていた。目の前には五メートルほどの高さの洞窟がポッカリと口を開けている。案内をしてくれた、アオバズクの鳥人族が飛び立っていく。
「さて、この間はバタバタしてろくに探索もできなかったからな。仕切り直しだ」
ドップラーの紹介状を山脈にいる監視員に渡し、おおまかな山の地図をもらって低位の迷宮へと案内をしてもらった。
「まったくでござるな。あれはさすがに急ぎすぎていたでござるよ。結果的にはよかったのでござろうが」
「よし、ええと、頭に魔力灯をつけて、ロープを準備して、あとどうするかな」
工事現場の人みたいになったタロウがそわそわしている。
「おい、タロウ。低位の迷宮でそんなに警戒しなくても大丈夫だろ?」
「いや、気分の問題でござるよ。それに、神具を使えば怪物どもを避けられるが、今回はギリギリまでなしでござる。気を付けるに越したことはないでござるよ」
そんなもんかねえ、とこぼすコウイチの横で、タロウは胸を高鳴らせていた。先の見えない暗い洞窟。中の地図は作成されておらず、マッピングも自分達で行う。筆記用具は芯やインクがなくても書ける、鉱都特性のペンを購入した。詳しい原理はわからないが、先端の金属が紙につくことで書けるらしい。買ってすぐ試してみたが、なんの問題もなかった。紙は濡れてもすぐに乾くエルフ印のノートである。
「準備いい?早く入ろう。マッピングは俺がするから」
「ものすごく楽しそうだな」
「それはそうでござろう。迷宮とか洞窟とか、冒険は心踊るものでござるよ」
はしゃぐタロウを生暖かい目で見て、二人もタロウの後に続いたのであった。
迷宮の中は、この間のものと違って真っ暗だ。魔力灯が青白く照らす内壁は、少し湿っているような粘土質の土壁である。
「暗いな。けどそれほどせまくねえから三人並べるのはありがてえな」
縦幅も横幅も五メートルはある。通路はまっすぐで、横道も見当たらない。
「温度も外よりかは暖かく感じるでござるな」
タロウは黙々と歩数をカウントしながらマップに書き込んでいる。右を向き、左を向いて照らし出される洞窟の中をゆっくりと進んでいると、ヒュルルルルルと何かの鳴く音が聞こえ、翼の羽ばたきと共に三十センチほどの真っ赤な体色の血蝙蝠が襲いかかってきた。
「一、二、…五匹か。楽勝だな」
コウイチが細剣を一閃させる。二匹が串刺しになりもがきつつも細かな光の粒となって消滅する。コウイチが辺りを見ると、タロウは片手で血蝙蝠の首を捻って絶命させ、ゴーシュはスコップで殴って叩き落としていた。
「ゴーシュ、お前、魔術師らしいことしろよ」
あきれて声をかけると、ひょいっと肩をすくめてゴーシュが返答する。
「何があるかわからぬからな。温存しておくのがよかろう」
「怪我はないよね?このまま進もう」
タロウ達は迷宮のジメジメした空気を払拭するかのようにどんどん奥へと進んでいった。
「おい、そろそろ一時間たつ。休憩しようぜ」
あれから五度ほど先頭を行ったところで、コウイチが提案する。たいして苦労することもなく三人は迷宮を進んでいた。
「え?もうちょっといけるって」
「いや、ちゃんと先達の言うことは聞いておいたがよいでござるよ」
「そうだな。ちょっと張り切りすぎだ、タロウ」
「すいませんでした。少しなんか食べるかね」
二週間宿でごろごろしていたおかげで、なんとか階級も回復し、はじめての本格的な迷宮探索と言うことで浮かれていたようだ。
「しかし、戦闘面では不安はないな」
「まだ低位でござるからな。中位、高位となると簡単にはいかぬだろうよ」
「まあ、ここまで一本道だったから迷う心配はないよね」
「うむ。しかしやはり迷宮の中というのは外との空間的繋がりはなさそうでござるな。結構な距離を歩いたと思うが、端にたどり着く気配はなさそうでござる」
「匂いも外には漏れないからね。別物と考えた方が良さそうだけど」
「エルフんとこみてえにループするような魔法がかかってたりしてな」
その可能性もなくはない。コウイチは冗談のつもりで言ったのだろうが、この世界の魔術や魔法といったものはもとの世界の物理法則とはかけ離れていた。エールド皇子が使った治癒魔法も、本来あれほど便利ではないが、大量出血を止めることができ、生命維持が可能な状態にする。いろいろなもとの世界にあったようなものがピンポイントであるかと思うと、科学技術や畜産などあっても不思議ではないものが発展していないのもよく見かけた。
「そういえば、ゴーシュ。前言ってた魔術行使可能数とかってのはいったいなんなんだ?」
ずっと忘れていたが、魔術についてもう少し勉強しておいたがいいかもしれない。
「ああ、魔術には精神力(MP)を消費するのでござるが、一度に多くのMPを使うと朦朧とした状態になるのでござる。他にも、使いすぎると虚脱状態になったり失神したりするのでござる」
「強い攻撃を受けて生命力(HP)が一気に減ると失神するのと同じような感じか?」
「似ているでござるな。それから、HPが治療を終えるまで完全に最大値まで回復しないのと違って、MPは充分な食事と睡眠をとれば一晩でおおむね最大値まで回復するでござる」
「めんどくせえな。腹一杯飯食ってちゃんと寝りゃ体調が良くなる、でいいだろうが。数値だけに頼ってもしょうがねえだろ」
ドライフルーツをかじりながらコウイチが的確に整理する。
「確かに。まあ、目安にはなるよね。ん?」
背中に軽い衝撃がきた。顔を後ろに向けると、背中に丸いものがぶらさがっている。
「なんだこれ」
「どうしたのでござるか」
「いや、なんか丸いのが背中にくっついてんだけど…」
「どれどれ。うおっ?!」
タロウの後ろに回ったコウイチが大声をあげる。それに続いてゴーシュもタロウの後ろに回った。
「なんでござるか、これ」
「どうなってんの?」
「なにやら丸太のようなものが背中から生えて?いるのでござる」
「?!怖いよ!とってください」
寄生生物的なものだろうか。あいつらは真剣にヤバイ。この世界には魔獣とか怪物とかいるので未知のものだったりするかもしれない。
「バカ!ゴーシュ、網持ってねえか網。あいつでくるんで持って帰るぞ。こいつは売れる!」
正体に思い当たったのか、嬉しそうにしている。
「は?いや、怪物を持って出るのはまずいのでは。外で繁殖とかされては困るし。というよりこれはなんなのでござるか?」
どうでもいいから早く引き剥がしてはくれないだろうかとタロウは思いつつ、次のコウイチの言葉に思考がとんだ。
「わかんねえのか。ツチノコだよ、ツチノコ!丸いし、噛みついてるし、ほれ、尻尾もある」
「何を言っているのでござるか。ツチノコのわけが…」
「なあ、なんかシューシュー言ってない?足元から音がするんだけど」
ゴーシュをさえぎったタロウの言葉に、全員が足元を見る。魔力灯に照らされた足元には、蛇の頭にまんまるい胴体、尻尾。地球世界ではツチノコと呼ばれているものにそっくりな、小型の怪物が今にも飛びかからんと目を光らせていた。
「おい!全部捕獲して売っぱらうぞ!」
嬉々としてコウイチが捕まえようとする。
「まて、コウイチ!この世界ではたいして珍しくないから売れぬ!ちゃんと討伐しろ!」
「なんか、間抜けでかわいいな、こいつら」
顔はいかつくないし、タロウに噛みついているヤツも毛の部分を噛んでいるだけだ。立ち上がると、ぷらぷらと背中で揺れている。
「タロウ!お主まで!毒とかあったらどうするのでござるか!頼むから真面目に、真面目にやってくれっ!」
ゴーシュが叫ぶが、二人はいっこうに聞き入れない。足元のツチノコ(仮)をスコップで叩くが、蛇らしく結構しぶとい。
「はっはっは、こいつう」
驚異的なジャンプ力で飛び上がってくるツチノコを、避けたり捕まえたりしながら楽しそうに笑うコウイチ。
「ほら、ドライフルーツ食べるか?」
何をトチ狂ったか餌付けを試みるタロウ。混沌である。ゴーシュは半ば義務的に向かってくるツチノコ達を叩き続け、
「『火の主、偉大なる生命の灯火、この愚か者どもをまとめて焼き払え』!」
苛立ちが頂点に達した彼は、広範囲の火魔術を放った。
「あの、いくらなんでもフレンドリーファイアはひどいと思います」
直撃を受けたがまるで堪えたようすのないタロウがゴーシュの抗議する。
「別によかろう。お主このぐらいでは傷一つつかぬようだし。一応手加減はしてあったでござるよ」
ムッスリとした顔で返事をするゴーシュ。おふざけが過ぎたらしい。素直に謝っておこうとしたところで。コウイチが口を挟む。
「いいじゃねえか、一匹ぐらい。面白そうだったのによ…」
「コウイチ、我らはピクニックに来ているのではない」
ピシャリとした言葉に空気が一瞬にして張りつめる。なまじ美貌の人間族に化けているせいか凄まれると迫力があった。ギロリと睨まれたコウイチが白旗をあげる。
「悪かったよ。もうしねえから」
「ごめんなさい」
タロウも謝っておく。ため息をついたゴーシュが先に進もうと言い、タロウ達はそれについていった。
しばらく進むと湿気が多くなり、足元が不安定になってくる。足をとられるようなことはないが、滑りやすくなっていた。
「おっと。ジメジメしてきたな」
「そうでござるな。火の魔術はすこし不利やも知れぬ」
魔術は環境に左右されやすい。雨の中では火の魔術は減衰し、金属製のものに木の魔術は弱い。五行思想の相剋が反映されている。
「じゃあ、もうそろそろ戻ろうか」
すでに探索をはじめてから三時間ほどが経過している。引き返す頃合いであった。
「そうだな、ん?」
コウイチが前方を照らし出す。
一本道だった洞窟に、三叉の分かれ道があらわれていた。




