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三匹迷宮物語  作者: 九十
鉱都へ
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其の十一

 噴煙をあげて、薪ストーブが燃えている。日が高いうちなので、すぐに誰かが様子を見にやって来るだろう。迷宮の入り口で、タロウ達は休憩をとっていた。


「お主、少し苛虐趣味かぎゃくしゅみがあるのではござらんか」

 顔が倍ほどにふくらんでいるイルドを見て、ゴーシュが話しかけてくる。

「いや、そんなことはないはずだけど…」

 死んでないし、傷薬もちゃんと塗ってやった。むしろ親切な方だと思う。一族の修行では、連携するのが難しかったが、こういう相手から襲いかかってくる分にはタロウは強かった。


「あの…」

「うん?」

「何かご用でござるか」

 金色の瞳にやわらかな輝きをたたえて鷹族の少年が話しかけてくる。

「助けてくださってありがとうございました。私はラプトーリアル国第五皇子、エールドと申します。小国ゆえたいしたお礼はできそうもありませんが、よろしければあなたがたのお名前を聞かせていただけませんか」

 一国の皇子なのにやけに腰が低い。皆が名前を告げたあと、コウイチがためらいがちに口を開く。

「あんた、これからどうする気だ?」

 国が殺そうとしているならば、帰っても同じことになるかもしれない。

「はい。そのことなのですが、少々気にかかっていることがあるのです」

 伏し目がちに、人差し指を口に当てて、ゆっくりと話し出す。

「我が国は今、皇帝がふせっているのです。先年の霜月に心の臓が一度止まって以来、自力での歩行も難しい状態です」

 一般的な連絡手段が手紙か飛脚というなかなか時間のかかる水球世界では、他の国の話は旅人や商人の話ぐらいでしか入ってこない。鳥人族の国に入るものはもっと少ないので、噂の噂ぐらいの話がきこえてくるだけだ。


「第一皇子が次の皇帝になるのでござるか?」

「順番にいけばそうなります。しかし、彼は政に興味がなく、歓楽街に出向いては遊び呆けていると民達からの評判も芳しくないのです。第二皇子は真面目な方なのですが、どちらかというと軍務に才がおありです。第三皇子は民衆からの評判もよく、下級貴族達のご友人も将来要職に就かれるだろうと噂されるほどの傑物揃い。第四皇子は新都に行ったきり、帰ってきません」

「それだと、第三皇子で決まりなんじゃないか」

「はい。私たち兄弟はそれで納得しているのです。ですから、私を亡き者にせんとする理由が見当たらないのです」

 面倒な話になってきた。つまり、国内は新しい指導者がたつことになっていて、そのことについては問題らしいものが見当たらない。そして、当の拐われていた本人は、殺されるほどの理由が見当たらないといっている。


ふくろう族が取り止めを進言してきたのは、もめているからだと聞いたのでござるが」

「ええ。恐らく彼らは何か理由があって止めたのだと思います。私はどうしても鉱都に来たくて押しきってしまったのですが。しかし、継承問題についてではありません」

 ややこしい。元々タロウは政治の話は苦手だ。派閥とか思想がとか言われてもどれも同じに見える。

「となると、何かしら問題があって急遽進言を行ったと考えた方がよさそうでござるな」

「詳しいこと聞いてどうするんだよ。私らがするのは鉱都の評議会にこの皇子さまを送り届けるだけだ。それ以上のことはしねえからな」

「ま、俺らが首突っ込んでもしょうがないよね。そういうのは上の人に丸投げしよう」





「ううっ」

 猫族の女が目を覚ます。パチパチと瞬き、自分の媒体や持ち物が手の届かないところに一まとめにされているのを確認して、コウイチをキッと睨み付ける。

「あんた!よくもあたしをこけにしてくれたね。あたしらの後ろには偉い人がついてるんだ。あんた達は身の破滅さ!」

「それって、審官の司祭よりも偉い人?」

「え?いや、たぶん偉いと思うけど…」

「良く知らねえんじゃねえか。ったく、いったいどうしてこんなでかい獲物を狙ったんだかな。破滅すんのはお前らの方だよ」

「うるさいよ!あたしらは誘拐するふりをすれば大金がもらえるってんでこの仕事にのったんだ。もうちょっとしたらこっそり返して、それでしまいだったってのに」

「そこの土竜もぐらは殺せって言われたっていってるけど?」

「なんだって!おいイルド!起きな!あたしゃそんな話は聞いてなよ!」

「ううん。あ゛ねざん。どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもあるもんか!あんた、いったい誰からそこの坊っちゃんを殺せって言われたんだい」

「そ、それは、あのでっかい鷲の」

 そこまで言ったところで不意に影が差す。

「あぶねえ!」

コウイチがイルドをひっつかんで引き寄せた。イルドが転がっていた場所に骨でできた槍が突き刺さる。空を見上げると、太陽を背にした鳥人族が次々と槍を放ってきていた。

「おい、下がるぞ!」

慌てて迷宮の中に駆け戻る。

「なんであいつら見境みさかいなしに攻撃してくるんだ?皇子にも当たるとこだったよ!」

皇子を小脇に抱え、猫族の女を腕に抱いてタロウが叫ぶ。

「あいつらだよ!あいつらが殺せって言ってきたんだよ!」

 コウイチに担がれたイルドが暴れる。

「おとなしくしてろ!ガーディアンがなんでんなことするんだよ。わざわざお前らに頼まなくても自分等で事故に見せかけてあっさりヤれんだろうがよ」

「俺だってわかんねえっつうの。それにしてもあんた、良い匂いすんなあ」

「振り落とすぞ、コラ」

「にしても、追いかけて来ているのはどうしてでござろうなあ。『火の主、生命の灯火、その腕で我らを守りたまえ』」

 ゴーシュの魔術によって洞窟の通路に炎の壁が現れる。

「これで少しは時間が稼げるでござる。しかし、問題の解決にはならぬな」

 狐の獣人を引きずりながらゴーシュがひとりごちる。

「鷲の、と言われましたね。もしや、グスマフのことでしょうか?」

「名前は聞いてねえが、鷲のでかいおっさんだ」

「なんか心当たりでもあるのか?」

「いいえ。しかし、ガーディアンの中に裏切り者がいたとなれば、私が簡単に拐われた理由に説明ができます」

「警備がザルだったんじゃねえのか?」

「私はグルドと二人で話をしているときに襲われました。その時、私たちは体が痺れたような状態だったのです。魔術によるものだと思っていましたが、その日の夕飯はグスタフが作ってくれたものでした」

「ああ、まあそれなら目の前で拐われても何もできないよね」

「ええ。グルドが万全であったなら、このようなことにはなっていなかったはずです。彼はとても強いですから」

 そう話すエールド皇子の瞳は、大切なものを自慢する子供特有の輝きをみせている。

「単なる無能にしか見えなかったでござるがな」

 ギルドでの道化ぶりを見たゴーシュは懐疑的である。








進み続けて、皇子を見つけた広場に逆戻りした。抱えていた二人を一番奥に降ろして、タロウが入り口に陣取る。コウイチとゴーシュもそれにならった。

「さて、この中にいれるわけにはいかないんだけど、どのくらい頑張ればいいのかね」

「面倒だから焼き付くすというのはどうでござるか?」

「さっきは入り口近かったからよかったけどな。こんなどん詰まりで燃やしてみろ、あっという間に酸欠になるぜ」

「迷宮に普通の物理法則が適用できるとは思えぬが。考慮するでござるよ」

「申し訳ありません、巻き込んでしまって」

「おい、あたしらの縄を解け!このまんまなぶり殺しなんごめんだ!」

「お主らでは足手まといでござる。おとなしくしておけ」

「鳥人族精鋭のガーディアンだぞ?勝てんのかよ?」

「泣き言をいうな。まあ、なんとかなるといいんだけどね」

 鳥人族との戦闘経験はない。まあ、この迷宮内はあまり広くないので猛禽類である彼らが飛ぶのには狭すぎるだろう。狭い通路からこちらに出てこれないように戦えば勝機はあるはずだ。それよりも気がかりなのは、神具の効果時間である。

「その神具がどれくらい持つかわかるか?」

 タロウは鳥型の神具を見て、迷宮慣れしているだろうイルドに尋ねる。

「ああ、そんだけ光が弱まってんだ、三十分が限界だろうよ」


「どうも」

 山に入ったときからつけっぱなしだから、そんなものだろう。もっと節約しておけばよかったとは思うが、いまさらだ。

「落ち着き払ってる場合かい!そいつが切れたら怪物どもが襲いかかってくるんだよ?!」

「あんた達の神具はないのか?」

「あんたらが一まとめにしてた道具の中だよ」

 当然、持ってきていない。話し声とカチカチという足音が近づいてくる。やはり飛ぶには狭かったようだ。音が止まる。先頭に立った鷲頭の男、グスマフがこちらをみとめた。


「山賊ども。大人しく皇子を渡せば見逃してやる」

「それを信じると思うか?」

「いいや。おあつらえ向きに迷宮に逃げ込んでくれたからな。何を聞いたかはわからんが、ここで残らず死んでもらおう」

 グスタフが骨で作られた槍をスッと構える。

「グルドはどうしました、グスタフ」

「やつなら、今ごろ見当違いのところを探しているでしょう。皇子、あなたには我らの悲願のため、死んでいただく」

「悲願、ですか」

「ラプトーリアル建国より百年。我ら大鷲族は常にあなたがた大鷹の一族のもと窮屈な生き方を強いられてきました。わずかな違いのために差別を受け、努力をしてガーディアンに入り腕を磨いても、隊長にはあのような道理を知らぬ若造がつく。疲れてしまったのです。努力は報われず、要職につくのは鷹の一族ばかり。我々はあなたがたの都合の良い、奴隷でしかない」



 グスタフの緑色の瞳は、どこまでも深く澄んでいた。その瞳を燃え上がらせてグスタフが絶叫する。


「何故だ?!何故我らは斯様かように苦しまねばならぬ!?知恵者と呼ばれる梟でさえも、我らの味方にはならぬ。我らと何ら変わり無い大鷹の者共がぜいを尽くした料理を食べるその後ろで、我らは命を繋ぐ一握りの食事しかできぬ。大鷹の者共は病にかかればすぐにでも医者が呼ばれるというのに、我らは街から追い出されるだけだ!どうしてだ!どうして!我らが何かをしたというのか!



 否!否!否!わずかな糧を得るために奔走しても、ことごとく大鷹の奴らが奪っていく!大鷹の奴らがのうのうと暮らしているそのすぐ側で、我らは生きたまま死んでいく!このままでは我らは滅びる!どれ程肉体が酷使されようが、どれ程の侮辱を受けようが、我らの誇りは揺らがぬ。しかし!しかし、幼き子供たちが医者にもかかれずに死んでいくのには、耐えられぬのだ。もっとも弱き者から、優しき者から死んでいく…。そのようなもの、見たくはないのだ…」


 他のガーディアン達は一言も発しないが、そのことが余計に重くのし掛かる。

「ならば、次の皇帝陛下に…」

「無駄です。我らは何度も変えようとして来た。けれど、やつらは自分達の贅沢を手放そうとはしなかった」


「こいつを殺すことに、どんな価値がある」

 低く唸るような声でコウイチが問いかける。

「もっとも慈悲深きエールド皇子が死ねば、国内は疑心暗鬼に陥る。その隙をついて、大鷹のやつらを一掃するのだ」

「夢物語でござるな。現実はそう甘くはない」

 穴が多すぎる。とても成功するとは思えなかった。しかし、グスタフは高らかに笑声を響かせる。

「確かに。確かに普通ならば一皇子が死んだところで、なんの波風も起きないでしょうな。ですが。あなたなら別だ、奇跡の皇子」

 誰かが問い返すより早く、グスタフの号令が発せられる。


「『我らが蒼雲の主、空を抱きし風の守り神。我らの敵を、その翼もて打ち払わん』!!」



 風の刃が、密度を高めて襲いかかってくるのが見えた。




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