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三匹迷宮物語  作者: 九十
鉱都へ
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其の九

 ゴーシュがギルドの奥から帰ってくる。職員から借りたトランプで神経衰弱をやっていた二人は、首尾しゅびを聞いた。

「よう、どうだった?ちゃんと起動したのか?」

「ああ、それについては宿で話すでござるよ。ドップラーに聞いたところ、しばらく予定していた迷宮に入るのは難しそうでござる」

「やっぱりそうか。なんかさっきから忙しそうな人たちがいったり来たりしているからそうかもな、とは思ってたよ」



 職員だけではなく、外からも都市旗を肩にあしらった制服を着たドワーフ達が出入りしている。都市運営を行う職員だ。トランプを片付けながらタロウが話す。

「それじゃあ、宿に戻るかね」

「そうだな。ここにいる必要もないしな」






 宿に戻る途中、鳥人族の集団とすれ違う。

「珍しいな、奴等が下に降りてきてるなんてよ」

 どこか皮肉な口調でコウイチが呟く。

「まあ珍しくはあるけど、鎖国してるわけでも無いしね」

 鳥人族の国は同じ種類のものが国家を形成する。猛禽類なら鷹や鷲、梟などだし、それ以外の鳥類はカワセミ、ハト、カラスなど単一種族で国家をつくる。その点で言えば十王も当てはまりそうではあるが、伴侶や親族に獣人以外の人族がいるため単一ではない。


「やつらは排他的すぎるのでござるよ」

「そうだな。竜のやつらは何だかんだ一年に何度か降りてきちゃあ、好きなだけ遊んで帰っていくからな」

 海の覇権はけんを握っているのが海族ならば、空の覇権は竜のものだ。海族は海中に国家を形成し、陸のものが極度の水質汚染を行えば抗議と共にやってくる。竜は空に浮かべた船、竜宮号で生活しており、暇になると目新しいものを求めて降りてくる。

「なんつうか、竜がフレンドリー過ぎるだけのような気がしてきた…」

「彼らは例外でござろうな。異世界で元気なおじいちゃんポジションを確立しておるとは思ってもみなかったでござるよ」

 おばあちゃんもいる。前世とのギャップ、カルチャーショックが大きい種族の筆頭であった。






 ゴーシュが中であった一部始終を話し、再び宿での相談を始める一行。山登りとなれば相応の準備がいる。

「ええと、魔獣が出るから食料は最低限でいいだろ、それから何がるかな」

「水、は魔術具でいいな。後は毛布か?」

「毛布を着て戦うつもりなのでござるか?ロープとクサビ、迷宮用に鏡や長めの杖、縄梯子なわばしごも要るかもしれぬな」

 聞きかじりの知恵を出し合って装備を決める。力は前世より格段に上がってはいるものの、かさばる装備を持って行けば戦闘に差し支える。結局、最低限の物をギュウギュウ詰めにして背負子しょいこに積んで持っていくことにした。


「こんなもんだろ。暖房器具は担いでいけばいいよな」

「待て、コウイチ。ストーブを山に持っていく気か!」

 背負子にくくりつけられているまきストーブ。どう考えてもおかしい。

「寒いだろ。山の上だし」

「いやいやいや、それを一々燃やすのでござるか?毎日?」

 心底お前ら何を言ってるんだという顔をしたコウイチが告げる。

「それが何か?」

 ガックリと肩を落とすタロウとゴーシュ。

「薪とそれはちゃんと自分で運ぶんだぞ。捨ててくるなよ」

「山火事は勘弁でござるよ」

「おうよ。任せとけ」

 説得は諦めることにした。





「んじゃ、行くか」

 思い立ったが吉日とばかりにそのまま山を目指す一行。すでに、行方不明者が鳥人族の少年であることは知れわたっていた。集められていた魔術師の誰かが話したのだろう、あちこちで捜索が行われているようだった。




 しばらく歩いて都市の外れ、神具で補強された境界線に出る。港から入ったときは海中に敷かれているのでわからなかったが、陸上の境界線ははっきりと見てとれた。

「えらいことになってんな」

「銀でこれでもかと神具の術式の増幅ぞうふくおこなってあるのでござるな。我らの里は都市ほど広さがないためそのまま神具を使っているが、都市の規模を考えると増幅と強化は必須でござる」

「さすが魔術師。こういったことには詳しいな」

「某、どんな評価を受けているのでござるか…?」


 銀で規則正しく紋様が描かれた境界線を越えて、タロウ達が一歩を踏み出そうとすると、近くのドワーフが大声で呼び止めてくる。

「おいおい、兄ちゃん達そんな軽装でどこに行く気だ!?」

「ちょっと迷宮に」

「登山」

「お使いでござる」

「統一しろよ!違う、そうじゃなくてだな、もっとちゃんと準備しろよ。なんなのそのしばかりスタイル!」



 タロウ達はお互いを見回す。防寒着、背負子、水(魔術具)と食料を腰からげて、タロウは籠手こてを、ゴーシュは魔術媒体を首に、コウイチはストーブを背負い、細剣を提げている。

「これ以上なんかいるか?」

「必要ねえだろ」

「かさばるでござるからな」

 その言葉を聞いたドワーフの額に青筋が浮かぶ。

「よおしお前らこっち来い。山の怖さ教えてやるからよ」

 唇はつり上がって微笑んでいるようにも見えるが、目が笑っていなかった。タロウ達は危機を感じ、素直にドワーフの後ろをついていった。




「ようこそ俺の店へ。迷宮に入るやつから、登山者用の装備まで色々揃ってるぜ。一から教えてやッから、ようく聴けお前ら」

 職人街と居住区の隙間に、こぢんまりとした店が一軒あった。煉瓦れんがで作られた店内は暖かく、スポーツ用品店のような見た目だ。タロウ達はすすめられた椅子に座り、話を聞く。

「まず、お前らは登山に行くのか?迷宮に行くのか?」

「両方でござる」

「そうか。なら始めに何を履いていやがる?」

「下駄と草履です」

「ちゃんと靴を買え。獣人族がいくら頑丈だからって、山頂は雪もある。金がねえなら貸してやるから。次に、食い物はどうする気だ?」

「途中で適当に魔獣を狩って食べます」

「まあいい。あんたら十王のところのやつだろ。さばき方と後処理の仕方は知ってるな。そんで最後。武器と防具ぐらい装備しろよお」

 なぜか半泣きの親父。悪いことをした気分になってくる。

「いや、鎧は今つくってもらってる最中で。武器は籠手してますから!」

「某は魔術師でござるから!媒体もあるでござるよ!」

「俺は問題ねえな。武器も防具もきっちりつけてる」

「てめえはストーブを持っていくんじゃねえよ!」



 タロウとゴーシュが低級の迷宮なら必要がないことを説明し、コウイチがストーブの重要性を力説した結果、親父が折れた。

「あんたらが手練てだれで、獣人だから山でも十分野宿の仕方もわかってるってことは良くわかった。けどな、何があるかわからんのが山だ。せめてセットになったこっちの装備一式を持っていけ。代金要らないから。後生だから」

「いや、ちゃんと払いますよ。お金に困ってるわけでもないですし」

「だな。貧乏なのはそこの魔術師だけだろ」

「失礼な。ちゃんと仕事しているでござろう。おいくらでござるか?」

「銀貨五枚だ」

「安い。登山装備普通は結構金かかるんだけどな」

「ここは職人ばっかいやがるからな。輸送費もかかってねえし、初心者向けのもんだから最低限の物だけだ」


 それぞれが購入する。ふとゴーシュが思い付いたようにタロウに銀貨八枚を渡す。

「借りていた媒体の分返すでござるよ」

「サンキュー。じゃ、これでなんか買っていこうかな。見たこと無いものが一杯あるし」

 店内を見ると棚に置かれた乾燥させた薬草類や、エルフ製の医薬品、保存食料、他にも様々なものが並んでいる。

「そうしてくれると助かるぜ。自己紹介が遅れたな。俺はここ、パフィリジックの店主、ドーナーだ」

 タロウ達も名乗り、商品を見て回る。


「これなんだろう。全部木製なんだけど…」

「光竹で作った灯りだな。中に魔術光か蝋燭をたてて蓋をすると散乱した光が辺りを照らしてくれる」

「光竹はそのままで発光していたような気がするのでござるが?」

「そりゃとりたてのやつだな。知り合いのエルフによると、地に根付いているときは特殊な方法で自分から光るが、しばらく立つと光る原因が無くなっちまうんだとよ。けど、光を増幅するつくりはそのまんまだから、光を入れて使うんだとよ」

「ヒカリダケ(キノコ)とヒカリゴケ(コケ)両方の特徴を兼ね備えているでござるな」

「魔術光の魔道具買っとくか。便利だしな」

「それなら頭につけられるタイプがおすすめだな。手がふさがらねえから便利だぜ」


「んじゃそれを。こっちの寝袋は普通のやつか?」

「そいつは大海鳥の羽を使ったやつだ。暖かいぞ」

「買った。薪は売ってるか?」

「なあ、本当にそれ持っていくのか?考え直さねえか、重いだろう」

「鍛えてるから大丈夫だ。ほれ、お勘定頼む」

「まいどあり、両方あわせて銅貨九枚だ」


「何かこう、あったら便利なものはないでござるか?」

「調理道具一般、はセットに入ってんな。じゃあ、迷宮探索用の文字が書き込めるくさびの予備と、ロープの足しも持っていけ」

「うむ。それを頂くでござるよ」

「銅貨五枚です。お前ら地味に安いもの買ってくな。もっと高いもの買っていってくれてもいいんじゃねえか?」


 少し財布の中身を思いだし、タロウが応える。

「この店で一番高いものは?」

「そこに置いてある、鳥の形をした神具だ。この都市一番の刻印師、ヴェルヅトールの補強がされた逸品で、中位までの魔獣や怪物からは身を隠すことができる」

 鳥のまわりには緑がかった銀でひいらぎが取り巻いている。文庫本程度の大きさと厚みだ。

「買った。他に衝撃を軽減してくれるような魔術具はない?」

「買うのか!?ええと、落下を緩める魔術具ならあるが…」

 そう言ってかえでの形のブローチを指し示す。

「それ私にくれ」

「某はいいでござる」

「さっきのとあわせて、それもください」


「そっちの姉ちゃんは単品で銀貨五十枚、兄ちゃんは全部で金貨十五枚と銅貨三枚だ」


「ほいよ。これでだいたいそろったかね」

「俺はもういいかな」

「某も必要なものは買ったでござる」

 タロウ達の散財の仕方に呆けていたドーナーが、カウンターの後ろから取り出したものをタロウ達に放り投げる。

「高額商品を買ってもらったオマケだ。そいつはたまに海都から輸入されてくるんだが、神様の力を借りなくても治癒ができる乙女の涙だ。死なずに帰ってこいよ」

 治癒魔法使いは需要のわりに使い手が少なく、本人もトラブルを嫌がって隠していることが多い。乙女の涙は、金貨百枚はする高額魔術具だ。


「ええと、ありがたくもらいます」

「ちゃんと帰ってくるからよ」

「ご厚意、感謝する」

「そんだけ慌てて山に行くんだ。目的のものは見つけて帰ってこいよ」

 それには答えず、黙って手を振り、タロウ達は店を後にした。





 境界線を越えて数分ほど歩く。

「なんでばれたんだと思う?」

 聞いてくるタロウに、コウイチがそっけなく返す。

「そりゃあ、この時期に山のぼってまで迷宮に行く奴がいないからだろうよ」

「まあ、わざわざ低級の迷宮に行くのに山登りをする者は少ないでござろうな」

 ゴーシュの言うことももっともである。

「まあ、ほら、行方不明者が見つからないと俺らも迷宮に行けないから、しょうがないことだよね」

「どっちにしろついでだ。山の迷宮に行くついでに、行方不明者が見つかったら保護するのが人道ってやつだしな」

「なに、山にいるとは限らぬのだから、某らはちょっと登山するだけでござるよ」



 口々に言いながらも、山へと急ぐタロウ達。猪人族の鼻は鋭く、地中に隠れている魔獣をかぎ分ける。見分けがつかなくとも、タロウは母や父、その他の一族のものを匂いで判断していた。




 そして。今日であった土竜族のイルドの臭いは、鳥人族の臭いと混ざって山へと続いていた。
















セットの中身:簡易ストーブ(魔力式)、コップ、小型ナイフ、雨具、折り畳みスコップ、防寒具(着替え用)、ロープ(三十メートル)、楔(二十本セット)、チョーク(五本セット)、着替え、懐中電灯(魔力式)、手袋、非常食(三日分)、コンパス、地図

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