其の五
遅くなりました。ごめんなさい。
鉱山ギルドに戻ったタロウ達は、二階の一室に通される。部屋には窓がなく、椅子や机もない。壁面は乳白色で、ただ座るのにちょうどよい凸凹があるだけだ。それに座っているのはタロウ、ゴーシュ、コウイチの三人で、フォンドルとドップラーは壁に磁石で貼った紙を見て話し込んでいる。
「だからよ、在庫が減っちまってるやつからだな…」
「いや待て、この際だから重量のあるやつから先に…」
ドップラーの頼みたいこととは、採掘が難しい鉱石を取りに行くので手伝って欲しいというものだった。鉱石は必要なものがあるなら融通し、日当は銀貨三枚と破格の値段だ。十日も行けば三十万円が手に入る。快く了承した三人だったが、今度はドワーフ二人がどの鉱石を優先するかでもめだした。
「いったん宿に帰るか?」
早くも飽きてきたらしいコウイチがあくびをしながら提案してくる。
「正直、賛成したいぐらいなんだけど、この部屋からどうやって出たらいいんだ?」
この部屋に案内された時、確かに扉を通ったはずなのだが、その扉が見当たらない。
「忍者屋敷もびっくりの造りでござるな…」
すでに諦めて床に寝転がり始めるゴーシュ。
「わかった。んじゃ、今週はこれ、来週はそれにすればいいんじゃねえか?」
「そうだな。どっちかに決めることもねえか」
話し合いは終わったらしく、こちらに向かって手招きをする二人。そばに寄って何やらアルファベットにも見えるドワーフ文字がびっしりと書かれた紙を見上げる。
「これ、なんて書いてあるんですか?」
「ああ、これは兄ちゃん等に見せた共通語の鉱石買い取り表の、ちょっと詳しいやつってとこだな。それでよ、拘束期間なんだが、二週間ほどでそのうち十日ぐらい潜ってもらいたいんだがよ、できるか?」
「俺はどっちみち鎧が出来上がるまですることないんでできますよ。武器とか防具は持っていかないんですよね?」
竜鱗を加工するのに時間が必要らしく、完成に一ヶ月は待ってくれとバルドールから言われていた。
「そうだ。特殊すぎてそういうのがあるとちょっと採掘が難しい。必要な装備はうちで貸し出す」
「五日間ずっと潜りっぱなしか?」
「いや、一日数時間しか潜れない。それ以上やったら死んじまうからな」
その言葉にゴーシュが苦言を呈す。
「危険度が高すぎるのではござらんか?」
「おまえら冒険者になるんだろ。多少の危険はいつだってつきものだぜ。それに、今までも何百年も潜ってとってきてるんだ。ちゃんと正しいやり方を教えるし、俺も一緒に行くから大丈夫だ」
専門家付きで迷宮に潜れるチャンスはそうそうあるまい。攻略法が確立されているのならそれが一番安全である。
「最初は、集中力のいる方からやろうと思う。この外壁に使われてるって言ってた散乱石だ。天然物のデカイやつが在庫が少ねえ。体内の魔力も阻害しちまうから、特殊な装備がいる。結構重量があるし足元が滑るから靴も専用のに履き替えてもらう」
「もう一つの方はどうなる?」
「そっちは基本今日やったのと同じだ」
「ならなんでもっと大々的にやらねえ?文句出るんじゃねえのか」
「でねえさ。もし言うやつがいたら混ぜてやりゃあいい。まず一日持たねえからな」
「もったいぶるなこのジジイ。誰もやりたがらねえのは簡単な理由でな、重いのさ。王鉱石は、めちゃくちゃ重くてな、しかも削るのに相当力がいる。それに信用性の問題もあってな」
「高く売れるのか?」
「いや、重要な鉱石なんだがもし裏に出回ったとしても加工するのに技術がいるし、その加工にとんでもねえ費用がかかるから儲けがでねえんだ。けど、詳しいことは見たらわかる」
口をつぐんでしまうフォンドル。それ以上の説明をする気はないらしい。
「それじゃあ、拘束期間は二週間、日当銀貨三枚、もし必要な鉱石があればそれも報酬のうちにはいる、っていうことでいいか?」
「それに加えて迷宮内で見たことは口外しないと誓ってもらう」
条件に同意し、お互いの誓約が交わされた。フォンドルがなにもないはずの壁に手をかざすと、複雑な図形と文字が現れて扉を形作る。
「魔法陣か!」
ゴーシュが驚きの声をあげる。
「驚いただろう?この魔法陣はドワーフだけに伝わってるものの一つでな。再現はできても、構造が誰にもわかんねえのさ」
「ドワーフに魔法陣が残ってるとは思わなかったよ」
魔法陣は都市に迷宮が管理されるよりも前の時代、魔術が一部の人のものであり、迷宮の品を巡って世界中が混乱と疑心のさなかにあった二千年は前の技術で、神の力を借りずに魔術を扱っていたとされる時代のものだ。そのほとんどが効力も作り方も遺失されている。
「ま、偉そうなこといってるけどこいつは偶然できた産物らしい。これ見つけたやつはまったく違うものを研究していたらしいぜ」
偶然で見つけられた魔法陣を使いこなしているあたり、頑固な職人気質というイメージはあまり適当ではないのかもしれなかった。
明くる朝。タロウは複雑な気持ちでドップラーに渡された装備を見つめていた。
「俺、これテレビで見たことあるよ…」
「このマスクもつければ、確実に通報されるでござろうな…」
体内の魔力が散乱石によって阻害されない加工の施された全身タイツ。ご丁寧に色鮮やかなものでバリエーションも豊富だ。極めつけは足元のスパイク。確かに滑りにくいかもしれないが、明らかに浮いている。
「けっこう暖かいぞ」
迷い無く装着したコウイチを見て、二人はさらに着るのをためらう。獣人族特有の密集した毛の生えた体毛が圧力で体に張り付き、人っぽくも見える。が、マスクがもろにガスマスクだった。変人である。変態である。
「おい、さっさと着ろ!」
ピッチリしたタイツを着てガスマスクをつけた胴長短足のドワーフのおっさんもやって来る。悪夢であった。促されて着替える間、タロウはこの鉱石の在庫が少ないのは危険だけが理由でないことを悟った。
昨日と似たような迷宮の入り口であったが、一つだけ違うものがあった。入り口を出てすぐのところに、大きくはないが人が休める程度のプレハブ小屋が設置されている。
「万が一中で装備に不具合が起きてやばくなったら、さっさと迷宮を出て真っ先にあそこに駆け込め。体内魔力を正しい状態に戻してくれる魔道具がおいてある」
魔道具は魔術具と効果においてほとんど変わらないが、速効性よりも持続性が売りのものが多い。両方まとめて魔術道具と呼ぶ場合もあり、厳密な定義はなされていない。
「使い方は普通の魔術具とかわんねえのか?」
「おう。紋様が光るまで魔力を注げばいい。魔力がうまく操れない状態ならこれを使え」
ポンと放られたコウイチが納得する。
「なるほどな。魔術具を起動するのに魔術具が必要ってのはなんだか変な気もするけどな」
その手に乗っているのは、魔力を少量だが貯めておくことの出来る石、この世界でも主要な鉱石である水晶であった。透明であればあるほどその価値は高く、いざというときのお守りとしてあらゆる層に人気がある。
迷宮の中に入ったタロウは、全身タイツであることを忘れた。他の三人を見ても気が引き締まっているようだ。魔力を阻害されないようにした装備をしていても長く持たないのがわかる。体が重いのだ。長いことろくに運動していなくて、昔のように動こうとしたら体が思った通りに動かないときのような筋肉の衰えた感覚と、飛行機の離陸するとき体に感じるような圧力がある。
「あれだ」
自然言葉も最低限になり、ドップラーが赤いチョークで白っぽい岩肌にマーキングする。その円の周りをつるはしでガツガツと少し乱暴に掘って、一定の深さまで掘るとドップラーがたがねで要領よく岩を剥がす。
「外に持っていくぞ」
普通なら軽く持っていけそうな岩を、数人がかりでやっと入り口まで運んでいった。
それを数回繰り返したところでその日の採掘は終わり、装備を脱ぐ。ここ数年感じていなかった気だるい疲労がタロウ達を包んでいた。




