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三匹迷宮物語  作者: 九十
鉱都へ
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其の三

 バルドールの工房を後にしたタロウは、宿へと戻る途中でゴーシュと合流し、いい媒体が安く手に入ったことを聞いた。ドワーフは火を入れるのに美しい装飾のなされた魔術具を使うので、火魔術用の媒体は数も質も揃っていてなおかつ安い。

「前使っていたのに比べても遜色そんしょくないほどでござる」

「前の刀風の媒体かっこよかったよなあ」

「うむ。しかし迷宮に挑むのなら小型の物の方が使い勝手がいいでござるよ」


 見せてもらった媒体は金鎖を二重にしたネックレス型で、先端にふくろうの形をした赤い透明な媒体がこれまた金の紋様に彩られている。

「けど、それだけ金が使われていたらそうそう刻印師のせわになることもないな」

 刻印師は、魔術具の魔術部分を担当する技術者である。魔術を媒介するのは魔術具ならその形と紋様で、こちらは直接彫って装飾を施し、ひとつの魔術具でひとつの効果を生み出す。しかし魔術の媒体は、媒体のまわりに金で紋様を描いて詠唱することによって様々な効果を発揮する。

「そうでござるな。某、最初は金も含めて媒体だと思っていたでござるよ」

「まあ普通そう思うよなあ」


 媒質となるのは色のついた水晶のような部分のみで、金は魔術を行使する度に少しづつ減っていく。迷宮産の魔道具には必要ないが、人工的に作られた媒体は紋様が薄くなってきたら刻印師に再び描いてもらわなければならなかった。

「ところで、明日から迷宮に潜るのでござるか?」

「そのつもりだよ。鉱都の迷宮は少し特殊で、怪物モンスターが出ないらしいから、雰囲気とか実際に探索に必要そうな物を考えるのにちょうどいいかなと思ってさ」


 情報のみで道具を揃えるといざというとき微妙に使えなかったり、実際の環境下では正確性に欠けたりすることがあるため、どんな迷宮でも最低限の装備で浅いところに入ってみてその都度持っていくものを決める。出てくるときには迷宮の戦利品を持ってこなくてはならないので、産出するものに合わせて持ち運ぶ容器や方法を考える必要もあった。

「けどまあ、都市管理されている迷宮だから、ギルドに行けば説明を受けられると思うよ」

「それもそうでござるな」

 鉱都の迷宮は鉱石や石を産出し、それを職人が加工する。そういった産業が発達している以上、主要な鉱石類の安定した供給は必須であるし、希少な物は転売や盗掘を防ぐために、鉱山ギルドが置かれていた。





 次の日。外に出るのを面倒がるコウイチを説き伏せ、中心地にある要塞のような建物の前に三人は来ていた。

「なんというか、立って動き出しそうな感じだな」

「いきなり変形してキャタピラ走行しはじめても驚かないでござるよ」

 金属光沢を放つ壁。所々細く空けられたスリット状の窓。頑丈そうな金属の柱で支えられた二階建ての建物と、その後ろに広がるこれまた頑丈そうな総金属製だろう倉庫の山脈。地球では見られなかった、全てが金属で作られたドワーフの技術の結晶、鉱山ギルドの偉容であった。


 中は以外にもアイボリー調の色彩で統一されており、受付のカウンターとそれを待つ間の椅子などが設置されている。日本の銀行を規模だけ大きくしたような感じだ。違うのは、カウンターとの間に行き来できないようにされていることと、壁の一面一面、椅子の一つ一つに至るまで精緻な細工が施されているところだろうか。

「なんというか、別世界でござるな」

「あったけえ」

「広いし、ものすごく綺麗だな」


「よう、兄ちゃん達。鉱山ギルドは初めてかい?すげえだろう」

 タロウ達があちこち見回していると、一人のドワーフが話しかけてきた。

「すごいですね。外との違いが大きいし、彫刻が見事です」

 タロウが素直に告げると、喜色を浮かべたドワーフの男は聞いてもいないことをペラペラとしゃべり出す。

「そうなんだよ。外側はな魔術を妨害する散乱石をいくつかの金属と混ぜ合わせて鍛えてな、でかい板状にして継ぎ合わせてあんのさ。なかはこの通り。温度と湿度を一定に保つ特殊な鉱石を薄く何枚も重ねて、その上から強度を保ったまま魔術彫刻を施してあんのさ。それからな…」

「おいおい、ドップラー。お客さんが迷惑してんだろうが。そのへんで解放してやんな」

 ドップラーと呼ばれた男の話に圧倒されていると、作業着のようなものを身にまとった男が割って入ってくる。

「あ?おおわりいな兄ちゃん達。つい熱が入っちまってよ。最近は似たような髭もじゃばっかしか見なくってよう、飽き飽きしてたんだわ」

「てめえもひげ面のむさ苦しいジジィじゃねえか。自己紹介が遅れたな、俺は鉱山ギルドの職員で、フォンドルだ」


 タロウ達もそれぞれ名前を告げ、迷宮に馴れるために鉱山の迷宮に入りたい旨を話した。


「なるほどな。うちんとこの迷宮は定型だから最初のならしとしては最適だろうよ。怪物も出ねえしな」

「だよなあ。それに最近は年末のでかい仕事のせいで休みがずれ込んでっから、人も少なくていい感じじゃねえか?」

「それって、折り畳み風呂の?」

「おう。よく知ってんな兄ちゃん。必要な鉱石取ってくんのにみんな必死でよ、今ごろ休みがとれるようになって外から来たやつとかその鉱石とるのに関係なかったやつ以外はみんな休んじまってっんだよ」

 ドップラーの言葉に、タロウはうっかり失言しないよう気を付けることをこっそり誓った。


「まあそんな感じで今なら空いてるし、鉱石の買い取り料もちょっぴり高い。稼ぎ時だな」

「買い取り料でござるか?」

 いまいちその言葉がしっくり来なかったらしいゴーシュが首をかしげている。

「ああ、岩石に含まれる鉱物の割合をって、もしかしてあんたら迷宮自体が初めてなんじゃねえか?」

 タロウ達の軽装を見回したフォンドルが聞いてくる。

「実は、そうなんです」

「だろうなあ。そんな装備じゃ魔獣の群れだって厳しいだろうに。おおかた、迷宮で一発当てようってんだろ。止めとけ止めとけ、あんなの命捨てにいってるようなもんだぜ」

 魔獣の群れ相手ならかすり傷一つつかないんです、とは言えずにどもるタロウ。

「いいじゃねえか、フォンドル。この兄ちゃん達は鉱都の迷宮に挑みに来たんだ、そこら辺の管理されてない中身もよくわかんねえ野良迷宮にフライパン持って鍋かぶっていったお前さんよりゃ上等だよ」

「しかたねえだろ?旅の途中で孫がうっかり入っちまったんだ、助けにいくしかねえだろうよ」


「フライパンと鍋って、大丈夫だったんですか?」

「幸い足の遅い怪物ばっかだったんでな。孫も無事さ」

「ドワーフの御仁は毎回聞く逸話が豪快すぎて冗談との区別がつかないでござるな…」

 ゴーシュがいう通り、はっきりいって冗談にしか思えないが、ドワーフというのはこんな感じの種族である。


「それよりおっちゃん達、潜る許可は出してくれんのか?」

脱線しすぎた話をコウイチが引き戻す。

「おうよ。けど初心者だってんならキッチリ説明するから長くなるぜ。茶あ持ってくるからそこら辺座って待ってな」

「ほれ、座れ座れ」

フォンドルは奥に引っ込んでしまい、ドップラーが椅子をすすめてくる。タロウ達は高そうな椅子にためらいがちに座ってフォンドルを待った。




「さて、できるだけ簡単にするが長くなっちまうのは勘弁してくれよ」

「お願いします」

「頼むぜ」

「質問はしても大丈夫でござるか?」

「おう、構わねえよ」

 本当に茶と資料を持ってきたフォンドルはドッカリと椅子に座って説明を始める。


「まずは基本的なことからだ。迷宮には十二都市がそれぞれ管理している迷宮と、管理が行き届いていない無人迷宮、野良迷宮とも言うんだが、そいつがある。管理してある迷宮は許可が必要な場合がほとんどだが、一部には誰にでも解放されているものがある。そして、迷宮には定型のものと不定形のものがあって、鉱都の迷宮は定型だ」

「解放されているのは新都、神都、の二つでござるな?」

「そうだ。少しは知ってるみてえだな。続けるぞ。迷宮には探索が簡単なものから低位、中位、高位の順になっている。ここらへんは魔獣の強さの位分けと同じようなもんだな。その中でも鉱都の迷宮は少し変わっていて、怪物モンスターが出ない。その代わりに、位が上がると落盤が起きやすくなったり、中に有害なガスが発生していたり、そもそも温度と湿度が高くて入るのさえ難しくなったりする。ここら辺の性質は海都もにたようなもんらしいが、あっちは怪物が出てくる」

 ここまで話したフォンドルは茶をすすって一息つく。


「各都市ごとのギルドに繋がりはあるのでござるか?」

「都市間協定っつうのが結ばれていて、新しい怪物が出たとか、新しい品が発見された時には連絡することが義務付けられている。あとは一年に一度、長月にどこかひとつの都市に代表者が集まってのんびりおしゃべりするぐらいさ」

 どの都市で会議が行われるか、誰が代表なのかもごく限られた人物のみに伝えられる。通称を十五夜会議と呼ばれるものだ。

「どういう連絡手段を使っているのでござるか?」

「教えられるわけねえだろ。そんでだな、鉱都の迷宮は出てくる鉱石を買い取ることにしている。これは勝手に売られたりしたら市場の相場が混乱するし、扱いの難しい物や高価なものが含まれてるからだ」

 魔力伝導性に優れた蒼銀や、媒体や硬貨に加工される金銀は、流通量を抑制しなければ供給量が需要を上回り、ただの金属の塊にまで価値が暴落する。こういった統制を行っている鉱都製の硬貨は信用性が高かった。


「また、貧乏なやつが迷宮に入って自分の武器防具、料理に使う調理器具の分の鉱石をとってくる場合は、事前に申請して誓約を行うことで許可している」

「神に誓って、というやつでござるな」

「そうだ。あとはいくつか守らなきゃいけないことがある。ひとつ、迷宮内に物を置いてこないこと、ひとつ、迷宮内に遺体を遺棄しないこと、ひとつ、入る人数と出てくる人数は同じであること」

「迷宮に遺体を遺棄って、なんでだ?」

 色々突っ込みどころは多いが、物騒な単語が気にかかる。


「迷宮では、そこで死んだものは光となって迷宮に吸収される。これは冒険者の間では有名な話で、だからこそ一般にはあまり広まっていない。こっそり迷宮で人を殺せば、審判魔法をかけられない限り見つからねえからな」

 審判魔法は自分が神に誓う誓約魔法とは違い、審判の神、あるいは真実の神などの加護を持つものが他人にかけてその罪の有無を判断するというものである。結果は魔法をかけた当人しかわからないが、加護を得るような人物は信頼性が高い人のためある種の特権階級でもあった。

「光にって、冗談だろ?」

 信じられないと否定するコウイチ。

「本当だ。俺もこの目で見るまでは信じられなかったけどな」

 まばたきの合間に、フォンドルの瞳に暗い影がよぎる。こちらを見たときにはすでに消えており、話が続けられる。


「ま、そういうわけで、入る人数と出てくる人数ってのは今の説明でわかるな?」

「まあ、わかったよ。でも他の迷宮じゃ怪物のせいってのもあるんじゃ?」

 心得ていると言わんばかりにフォンドルは二枚一組の五センチほどの金属板を懐から取り出す。

「こいつは俺のもんだが、赤っぽくなってるだろ。これは特殊な鉱石でできていてな、もともと透明なんだが持ち主の魔力を覚えて性質を変える。持ち主が死んだときには形が変わっていくんだが、その形でどんな死に方をしたか、いつ死んだかがはっきりわかるんだ」

「片方をギルドに預けておくのでござるな」

「そうだ。冒険者達が犯罪者ではないという証明にもなる。それで人に殺されたことがはっきりしている場合、審判の神の加護を得た人、審官に引き渡す」

 審官しんかんは裁判官のような職業だ。都市一つに数百人がいるが、総じて多忙を極めるのでなり手は少ない。


「なるほどねえ。んじゃ、最後。物を置いてこないってのは?」

 コウイチがちゃんと起きていることに驚きつつも、フォンドルの話に耳を傾ける。


「それはな、」

 難しい顔をしていたフォンドルが、急に半笑いで懐かしそうに語り出す。

「昔っから、今の守らなくちゃいけないことってのは同じだったんだが、ある一人の若造が道具を運ぶ手間がめんどくせえってんで、横着をして鉱石を掘るつるはしを迷宮内に埋めておいたんだ」

 学校に教科書を置いているような感覚だろう。

「それで、次の日行ってみたらつるはしは無くなっていた。迷宮に飲み込まれちまったんだ、若者はそう思っていた」

「それが、なんと!数年後、でっかい鉱石の塊の中からそのつるはしが出てきちまったんだ。前より綺麗に、性能も良くなってな」

 並べた椅子の上で寝ていたドップラーが会話に加わる。

「それのどこが問題なのでござるか?」

 良いものを得ようと、色々なものを埋めるやつが出てきてもおかしくはない。

「そのつるはしを、一人の鍛冶職人の親方が見たんだ。その親方は、これぞ俺が求めていた究極のつるはしだって叫んでな…」

 がっくりうなだれたフォンドルの後をドップラーが引き継ぐ。

「その日から数ヵ月間、都市中の鍛冶職人達がつるはし作りにはまっちまったのさ!」


 究極のつるはしとはなにか。迷宮にできるなら俺にもできる、と。


 職人魂が、厄介な方向に作用した結果であった。



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