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三匹迷宮物語  作者: 九十
鉱都へ
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其の二

 眉間にシワを寄せたコウイチが、低く呟く。

「つまり、個人差ってことでいいんだな?」

「もうそれで良いでござる」

 あの後散々同じ説明を繰り返したが、コウイチはゲームみたいで気持ちわりいの一点張りで押し通した。結果ゴーシュが折れて単純に要約された。

「それで、結局お前の経験値はなんでマイナスになってんだ?」

 ようやく本題だ…。


「ああ、何故か怠惰の神から、いてててて。ええとだらだらしていたのでそれのせいで加護をもらって、なにもしないときは階級が上がるんだけど、普通の人が上がるときに下がる仕様になりました」

「それは厄介でござるな。では迷宮に行くというのは逆効果では?」

「いや、迷宮になら加護のデメリット部分を止めるような効果のある魔術具とかあるんじゃないかと思ってさ。何にもしないで数日だらけているだけでも階級が上がるから、休み休みいけばいいかな、と」

 自分で言っていて気づいたが、これではパーティを見知らぬ人とは組みにくい。基本ソロ生活の狩りばかりしていた弊害へいがいか。


「なるほど。それなら某の目的とも一致しているでござる。愛の神の効果に、老若男女に好かれるというものがござってな。ひとつ余計なものが混じっているでござるよ。故に加護を押さえられるようなものが必要なのでござる」

 恐ろしそうに首を振るゴーシュ。襲われたといっていたし、よほど怖かったのだろう。

「それなら俺も一枚噛ませてくれねえか。迷宮なら欲しいもんが見つかる可能性が高いからな」

 真面目な顔で迫ってくる虎の顔。

「ああ、俺もそう言ってもらえるとありがたいかな。一人じゃちょっと不安だったんだよね」

 コウイチの欲するのは性別を変えられるような薬か魔道具だろう。海都か、学都辺りなら見つかるかもしれない。タロウとゴーシュの神様に干渉できるようなものなら神都辺りがいいかもしれない。それ等が見つかったら砂都に行かなくてはならないし。


「じゃあ、パーティ結成ってことで。よろしくな」

「よろしくでござる」

「よろしく。まずは装備を鉱都で揃えるところからだな。ゴーシュの媒体も必要だろうし」

 媒体がないと魔術師は近接戦を強いられるはめになる。鉱都で多くの媒体が作られているため、それほど値段も高くはないだろう。ドワーフは魔術を得意としないが、魔術を使うのに必要な媒体を作る術には優れている。


「ふむ。お二人も媒体を買っておかれては?加護を得たのなら、その神よりお力を借りることができるでござるよ」

「却下。相手が綺麗になったり、俺が綺麗になってもどうしようもないだろうが」

「俺も動きたくなくなるだけだし、いらないかな」

 即座に否定されて、ゴーシュが焦る。

「いや、迷宮内で美しくということは、衛生面でも恐らく作用するでござろうし、相手の動きを鈍らせるとかできるのでは?」

 そう言われて考える二人。

「美の神の魔術が自分以外の相手に効くと思うか…?」

「俺は前衛だから、詠唱するより前で止めた方が早いんだよな。正直、契約の詠唱ですら長くて詰まりそうになったし」


 精神力(MP)もあったタロウは、魔術師にという声もあってエルフに習っていたこともあったが、どの神の加護も特に得られなかったため断念した記憶がある。しかし、詠唱の基礎と魔術師の弱点は把握していた。


・声が出せる状況であること

・途中で詠唱が途切れないこと

・詠唱の中で力を借りる神と対象と効果を指定すること


「やっぱめんどくさいよな。後ろに控えてるならともかく、最前線でチンタラやってられないだろ」

 コウイチも同意したため、媒体の購入はゴーシュのみとなった。












 その他細かい戦術のすり合わせをして、のんびりとした船旅を楽しむ。そろそろ鉱都に着く頃だろうと甲板に出たタロウは、初めて籠手こてを作りに行った時のことを思い出す。鉄を打つ鎚の音、細かい細工の入った魔術道具が家々を照らし、鉱泉らしき温泉の独特な臭いが漂ってくる都市。回りを山脈が取り囲んでおり、唯一南側の港からのみ入ることが可能になっている。繊細な指先を持つ陽気な彼らは、大酒のみで大食漢で、鍛冶の腕前は他の種族が真似しようとして何千年経ったいまでも及ばない。



 岬の灯台守とうだいもりが、こちらを認めて光を放って誘導する。太陽の沈んだ暗い海の上で、その光はいっそう際立つ。船が港に近づくにつれ、海中に沈められた石造りの水中花が光を帯びて、一直線に港までの道を形づくる。港には新年初の船を迎える、色とりどりの明かりを持った大勢のドワーフ達が待っていた。


「すげえな、すげえ」

「来てよかったなあ、こんな光景見たことねえよ」

 初めて来たらしい冒険者風の男達が、明かりに見とれていた。




 船から降りたタロウ達は、いつも滞在するときに泊まっている雲母グリマー亭への道筋をたどる。


「冷えるな。暖かい飯を食いたいもんだぜ」

 タロウが貸したマフラーに首を埋めてコウイチが呟く。

「さっきまで船の厨房ちゅうぼうの残り火に当たっていたでござろう?それに鉱都は都市中に鉱泉の源泉が流れるよう配管が通っているゆえ、海の上よりかは暖かいでござるよ」

 事実あちこちから湯気が上がるのが見えるし、里にいた時のような足元からの冷気は感じられない。 

「俺は春と秋が好きなんだよ。いいから急ごうぜ」

 そう言って足を早めるコウイチに、タロウとゴーシュは苦笑するしかなかった。


「おやおや、コウちゃん久しぶりだねえ!おや、タロウ坊っちゃんも。そちらの人は初めてだろう?さあさ、お上がり。スープもパンもいっぱいあるからねえ」

 アオバズクのランプを掲げた宿にはいると、手厚いもてなしを受けた。恰幅のいい女将さんに勧められるがまま、バターの効いたゴロゴロした野菜入りのシチューを掻き込み、残ったスープにふかふかのパンを浸けて口の中に放り込む。おかわりをして、今度はくるみの入ったパンと一緒に味わうようにゆっくりと食べた。


「ごちそうさまです、シンディさん。宿の値段はいつもとかわりありませんか?」

「いつも通り、一泊朝食と夕食付きで銅貨三枚、一月で銀貨八枚よ。お風呂は最近かけ流しの物が部屋ごとに付けられたから、使ってちょうだい。料金の内だから」

 さらにグレードアップしていた。この宿は一人部屋しか扱っていないので、日本で無理矢理換算するなら月家賃八万円の朝飯と晩飯と風呂つき、光熱費込みのワンルーム、といったところか。日本円に換算して銅貨が千円、銀貨が一万、金貨が十万ぐらいの価値である。大口の取引には特殊な手形が用いられるが、一見便利な紙幣は好まれていない。


 とりあえず一月分の滞在費を払い、明日の方針は明日決めることにしてタロウ達は用意された部屋へとそれぞれ落ち着いた。


「ふう、やっぱり一人部屋落ち着くなあ」

 里の実家は和室ではあるものの、タロウ用に離れをひとつ丸々使うことができたが、いかんせん広すぎた。六畳一間に風呂のみというこの宿のシンプルな作りが落ち着く。前世の部屋に近い間取りだからだろうか。風呂はついていなかったが。


 背負っていた荷物を下ろし、備え付けのハンガーにかけていく。場所柄獣人族の来客も多いので、洋服、和服どちらもかけられるようになっている。貴重品はベッドのマットレスを持ち上げて、その中に空いたスペースにいれる。盾を壁に立て掛けて、籠手をベッド脇のボードに置いて、風呂に通じる扉を開ける。もわっと湯気が視界を覆い、その熱気が部屋に逃げると、風呂場が一気に視界に飛び込んできた。


 柔らかい色合いの石で作られたなめらかな湯船に、魚の形をした注ぎ口が勢いよく湯を吐き出している。その隣には、氷を作り出す魔術具が置かれていた。

「ドワーフ、自重して」

 貧乏性なのか、源泉かけ流しだとわかっていても水道代を気にしてしまうタロウであった。




 次の日の朝。朝食を食べたあと部屋に集まって話をする。

「さて、方針をさっさと決めちまおうぜ」

「うん、それなんだけど、俺は鎧一式と盾の打ち直しをしようと思ってる。いつも頼んでる職人さんに手紙を去年の内に送ってあるから、盾を持ってお願いしてくるよ」

「ずいぶん間が空いているでござるな」

「なんか大量発注があったらしくて、去年の暮れは捕まらなかったんだよ。都市全体で腕利きの鍛治屋さんはそれ作るのにかかりきりになってたんだってさ」

「なるほどな。それじゃあ今日は温泉でも浸かってゆっくりするかね」

「折角でござるから、某は媒体を見てくるでござるよ」

 大体の方針が決まり、迷宮は明日以降となった。





 鉱都は大きな馬蹄ばてい状の湾を南に、後ろと側面を四千メートル級の山脈に取り囲まれた都市である。都市自体は山脈の麓に階段状に整備され、鉱都が管理する迷宮は数百に及ぶ。そのいずれもが鉱石や石を産出し、職人たち手によって日用品から魔術具まで幅広い品へと加工されるのだ。



 石畳で綺麗に整備された道を、鉱石を大量に積んだ荷車を引いていくドワーフや獣人達。鉱都のある位置から一番近いのが獣人族の集落のため、こちらで職を得るものも多い。ドワーフ七割、獣人二割、その他といったところだ。

「すいませーん、バルさんいますかー?」

 宿の多い広々とした通りから、職人街の曲がりくねった道を歩いてきたタロウは、鈍色の鎧と二メートルはある大盾を持った像の前で大声をあげた。

「タローか、ちょっと待ってろ今開ける」

 ハスキーな声が鎧からしたかと思うと、なにか重いものが引きずられるような音がしばらく続き、像の下の台座が手前に開いた。その中から髭もじゃ頭が突きだしてくる。


「よう、久しぶりじゃねえか、タロー」

「それ犬みたいだからやめてって言ってるのに」


 技術とまともな神経が反比例しているとまで言われる、防具専門の鍛冶師、バルドール・ルクレツィアであった。



「おうおう、こりゃあひでえな。なんだってもっとはやく持ってこねえんだ?」

 タロウが盾を見せたとたんに顔を歪めて非難をあびせるバルドール。

「祝祭やら新年祭で忙しくてさ。それに、そっちもなんか忙しいって話だったし」

 鉱都を出る船は、逆再生するように再び獣人族の里に寄って海都へと戻る。その時に聞いた話では作成に手間のかかる魔術具の発注があったため、鍛冶師も刻印師も手の空いているものはそれにかかりきりだと船を率いる海族が言っていた。


「あー、あれな。年末のただでさえ忙しい時期だってのに、毎日毎日鉱石を精錬してはパーツを打ち続けるっていう面白味のない仕事だったぜ」

 それはたしかにめんどくさい。同じ仕事を繰り返していると慣れれば慣れるほど余裕ができて作業感しか残らないときがある。

「だから、刻印師達と一緒によ、水じゃなくて砂糖水が出たり、塩水が出るような作りにしたのを混ぜたんだよ」

「それはまずくないか!?」

「だいじょぶだいじょぶ、飲み水用じゃなくて折り畳み風呂の発注だし。ちょっとした遊び心ってやつさ。それに竜のやつらならたいして気にもしねえだろう」

 折り畳み風呂。竜の発注。エルフから買った、手元にある破格の値段で買ったそれ。嫌な予感しかしなかったので、タロウは深く突っ込まないことにした。


「それでよ、タロー。お前運がいいぜ。今ならあいつ等が対価に残していった物で最高の防具が作れるぞ」

 とびきりのいい笑顔で話始めるバルドール。席を立って奥に引っ込むと、ずるずるとなにかを引きずってくる。そのとてつもない長さのなにかをテーブルにドンっと置き、嬉しそうに尋ねてくる。

「何だと思う?」

 半透明性の、水晶のような輝きを放つ涙型なみだがたの物がつらなったタロウを遥かに越える大きさの何か。竜の払う対価で、金貨も銀貨も高価な細工品も自分で作れるドワーフがここまで喜ぶもの。

「まさか、竜鱗ドラゴンスケイル?!」

「あったりー!さすがタロー、察しがいいな」

「あんた達が喜びそうなのは酒以外には素材ぐらいしか思い付かないんだよ」


 まじまじと眼前の物を見る。話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。金属とも石とも似ているが、触ってみるとそれほど冷たくもなく、重さも紙のように軽い。

「マジかよ、これで俺の防具作ってくれんの?」

「あん?盾以外にも作る気になったのか?」

「迷宮に挑戦しようと思ってさ。防具もできれば頼みたいな、と」

 そうタロウが言った途端。キラキラと目を輝かせて夢見る乙女の様相を呈するバルドール。

「任せとけ!全身総竜鱗のカッチョいいの作ってやるよ!」

 タロウは全身を竜の鱗で包んだ自分の姿を思い浮かべる。キラキラ輝く猪人族の男。それに群がるギラギラした目つきの一攫千金を狙うハンター達。竜鱗は一枚でも家が建つと言われる代物しろものだ。


「勘弁してください…」


 竜鱗を裏打ちにすることで妥協してもらった。



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