其の十七
冒険者たちが行方不明になった報告を受け。会議の面々は晩餐をとり終えた後、再び会議を再開していた。
「では、会議の続きを。炎都と氷都の迷宮については、産出品が増加したことをそれぞれが都市に持ち帰って書類や文献にあたる、ということでよろしいでしょうか?」
シュロの発言にカクトゥスとギガがうなずく。どちらにせよ、今ここで結論を出せるようなものではないだろう。
「では、次に森都から。この度新しく発見された迷宮より、魔渡症候群の特効薬が発見されました。すでに治験を終え、副作用なども見られず、十分な効果が発揮されています」
「それはめでたいな。こちらにも流通してもらえるのだろうか?」
シュロの発言に、砂都のスコープよりすぐさま声が発せられた。
「その事で、皆様にご相談が。精製には森都のエルフが力を注いでおりますが、採取に関しては一握りの冒険者に頼りきりなのです。つきましては、高位の冒険者をこちらに遣わしてくださると…」
それを聞いた面々は、渋面を作る。高位の冒険者は頼りになる存在だ。あまり都市の外に出すのは賛成しがたい。だが、体に負担の少ない医療技術を持つエルフへの支援を断るのも難しい。大なり小なり、都市には森都出身のエルフたちがその身を医術へと投じているのだ。
「こちらから、“星”をそちらに向かわせよう」
一人が喉から絞り出すようにそう告げると、議場にざわめきが起こった。
「なんと。大胆なことだ、スコープ殿」
「確かに。なにも、大事なご子息を向かわせるとは…」
“星”は砂都のみならず、世界中に名を響かせる冒険者である。砂都の高位迷宮の階数更新、猛暑により発生した渇水から、凶暴化した翠寿の鎮圧等々数えきれないほどの功績を持つ時の人だ。驚く声に力強く微笑んで見せ、スコープはこう続ける。
「魔渡症候群は、我らにとっても頭を悩ませる問題のひとつでもある。働き盛りの者が、自らの運命を呪って泣く様は私には堪えるのだ」
それを聞いたシュロが、ありがとうございます、砂の同胞。と彼を呼び。スコープは、森の同胞、よくぞ病を払う術を見つけてくれた、と互いに目礼を交わした。
「うむ、それでは、私からも見込みのありそうなパーティーに声をかけてみよう」
寒いのに飽き飽きしているようなやつらばかりだからな、と氷都のギガが呟くのにシュロが注意を付け加えた。
「あ、忘れていましたが、発見された迷宮は氷都の怪物と酷似しているようです。お力をお借りできるのなら、是非とも」
その代わり、最高のおもてなしをお約束いたしますよ、とシュロは優雅に微笑んで話を終わらせた。
「では、次に。学都からだね。新しく攻略された階層から、よくわからない魔道具の部品が見つかった。これは、鉱都と森都、古都で調査をお願いしたい」
こちらの産出品とは型が合わなかったよ、とミーナが布に包まれたそれをとりだし、広げて見せる。その中心に、美しく整えられた魔力石板があった。手の平大のそれは、いくつもの螺旋を描いた砂時計のような形をしている。
「こちらは構いませんよ。ですが、今は忙しい時期なので少々時間がかかるやもしれません」
「構わないよ。研究に必要なのは確実性と正確なデータだ」
待つのには慣れているさ、と明るくいい放ち、ミーナはシュロに包みを渡す。
「こちらも、職人たちに渡しておこう」
「助かるよ、フォンドルさん」
「こちらにお望みのものがあるとは限らんけれど、調べてみるさかいにな」
「ありがとう、アカザさん」
それぞれ承諾してくれた二人にも同じ包みを渡して、ミーナは傍らのサリをちらっと見た。ヴェールの奥から苦笑する気配が伝わり、テーブルの下の手をポンポン、と叩かれる。それにうつむいてちょっとだけ笑い、ミーナはその手をぎゅっと握った。
それからも産出品の報告が続き、次の議題として都市間の問題について話すこととなる。それには、王都のカンナが口火を切った。
「では、我々王都から。今回、新しくご提案させていただきたいのは、錬金術師の師弟制度に関してです。今現在の師弟制度では、彼らの能力を十全に発揮しているとは言い難い。故に、弟子の数を一人から二人にするのはどうでしょうか?」
艶やかな翡翠色の瞳に確たる意思をのせて、カンナが円卓に座る猛者を視線で貫く。
「そうさな。これは学都の承認が必要ではないかね?」
砂都“賢老会”代表アラクが豊かな眉毛の下で灰色の目をゆっくりとミーナへと向ける。
「そうだね。こちらとしても、その有用性は感じているよ。けれど、その増えた分の人員管理にはどうにも人が足りない」
私たちは基本的には学術の徒であって、管理機構の人員が不足しがちだからね。とミーナが困ったように呟いた。
「では、それぞれから人をやって、改めて議題に掛けると言うことでよろしいでしょうか?」
ソルバスが考え込む彼らに遠慮して、議題の先送りを提案する。始めに、氷都のカンムリが声をあげた。
「そうだな、今すぐには難しいが、じきに冬が来る。冒険者たちの移動も鈍るから、職員たちには少し空きができるだろう」
ひょこりと手をあげたミーナが続いた。
「それ賛成。冬になると、神都にかなりの錬金術師が集まるから、その時に話をつけるのがいいと思うよ」
水球世界の冬は、魔獣がその身体能力を活かして人族よりも優位にたつ。特に氷都と古都は完全に雪に閉ざされてしまう。そのため、よほどのことがない限り旅人も冒険者も移動を控えるのが常である。例外としては、ふたつ。ひとつは船。もうひとつは錬金術師。
「そういえば、そろそろそんな時期ですか。彼らも毎年精力的に活動してくれますから、子供たちが喜んでいますよ」
彼らの活動の恩恵を多大に受ける神都の番人会議代表、トラヤンが嬉しそうに微笑んだ。
「それはまあ。あいつら恐ろしい取引をあっさりとしていくからな」
フォンドルがいささか頬をひきつらせてそう呟く。平気で迷宮からの高価な産出品と、小さい意匠の凝った時計や装身具、魔道具を交換していくため毎年秋ごろの鉱都は大変忙しくなる。
「まあ、あそこまでやられたらいっそのこと気持ちエエわ。本当に無償で“幻獣のきまぐれ”をやるような物好きは彼らしかおらんやろ」
カエデがあきれたように首を横にふる。
「“幻獣のきまぐれ”、か。本当にあっという間に広がったよな。冬季の経済が活性化したのはいいことなんだがよ」
うちのチビどももうるさくってよ。と炎都のフィアスが頬杖をつく。
“幻獣の気まぐれ”は、元々鎮魂祭や収穫祭を行っていたとある地方で突然発生した祝祭、の一種である。それまでは呪術師の影響で、個人のステータスは極力隠すのが一般的であるため、個人の祝い事をする風習があまりなかった。
しかし、それでは贈り物をするのにもなにかと気を使うことが多く、大抵は神都からの産出品である“隠れ蓑”を子供に贈って緊急時の脱出道具とするのがせいぜいであった。
そこで、年に一度。幻獣の姿を真似た大人たちが、幻獣のふりをして子供たちに贈り物を配る、という“幻獣のきまぐれ”が、まず合理性と高い理想と奉仕精神を持つ錬金術師に歓迎された。そこからは、大街道沿いの村や町に冬の間の催しとして広まり、ついにはあっさりと娯楽の多い都市にまで広がったのだ。
「勇者様が広めたって話だが、そこのところはどうなんだ?古都の」
新都のファーヴァが古都のアカザに水を向ける。
「さて、どうでしょうね。勇者様がこちらに滞在されていたことは確かなようですが、少なくとも古都から発生した風習でないことは確かですよ」
やんわりと、しかしきっぱりと古都の預かりではないと言い切る。
「そうや。大体勇者さんのことなら、王都の責任やろう?歴代勇者は皆、あんさんのところから召喚されてるんやからな」
カエデが口の端に笑いを浮かべて、カンナをみつめる。
「お恥ずかしながら、彼らの資料はどこにも残っていません。故意にそうしたのか、それとも紛失したのかはわかっておりませんが」
感情を押さえた声がカンナから漏れる。
「おいおい、祝い事の話だぜ。ここにきても歴史の話を持ち出すのは場所が違うんじゃねえの、古都の」
遊都ニシキが口をはさみ、カエデの矛先はそちらへと向かう。
「なんや?そちらさんかて勇者様が行方不明になったことで、ずいぶんと迷惑したんやないの?」
なんせ二十年前の勇者様は、王都戦に荷担しておられた人族やしね、とカエデがにこりと微笑む。
「こっちもずいぶんと迷惑したさ。けどよ、その話とこの話はべつもんだ」
そうだろう?と言外に問いかけて。
「そやな。このお嬢ちゃんに罪はない。この先王都がきっちり都市を運営してくれるんなら、それに越したことはないしなあ」
「私たちも身を粉にして彼らに報いるつもりですよ」
言葉少なにカンナが言って。
「そろそろ、今日の会議はお開きにしましょうか」
夜も深くなったことですしね、とシュロが会議の終わりを告げる。それぞれが退出し、部屋を出ていく中。
「あの、冒険者たちのことなのですが…」
巨鳥人族のヨウムが、控えめに尋ねた。
「ええ、あなたがたのご都合もありますから、捜索はしてくださって構いませんよ」
「ありがとうございます。今後はこのようなことがないよう努めますが…」
シュロの言葉に、そうかえすヨウムにソルバスが声をかけた。
「ヨウム殿。都市や迷宮の運営には突発的な出来事などいくらでも起こりうるのですよ。ゆったりと構えて、ことの次第を待つことも大事です」
「は、心得ておきます」
深く頭を下げたヨウムは、すぐにきびすを返して自室へと戻っていった。
「グルド!」
「なんでしょうか」
部屋に戻るなり大声でグルドを呼ばわったヨウムは、内心を隠そうともせず音をたてて椅子へと沈みこむ。
「冒険者たちの捜索はどうなっている?」
「いまだ、どうやってどこに移動したかもわかっておりませぬ」
「探せ!あの無法者共を我が国にちょろちょろさせておくのは我慢ならん!」
口角泡を飛ばして怒鳴るヨウムは、自分の目論見が外れて冷静さを欠いているようだ。
「承知いたしました」
グルドはさっと礼をとり、部屋を出ていった。
「…」
シルフによって雲のない夜空を見上げて。グルドは行方不明になったパーティーのことを考えた。頼みたいことがあったのだが、こうなっては致し方ない。明日の夜、会議が終幕するまでがリミットだ。
自分の目を補佐する魔道具を確認し。グルドは迷宮へと足を踏み入れた。




