其の十五
籠萌に乗った一行は、ゆっくりと螺旋を描いて下っていく。不思議なことに、風圧や浮遊感はまるで感じない。いつまでも続くような錯覚を覚えるほど長い間籠萌は飛び続けた。
「そういえば、ビル。結局的は見えなかったんだけど…」
「あ?碇と檻の扉に繋がっている縄の途中に、一ヶ所円形の金具が挟まってただろ?」
それを射った、と事も無げに言われてタロウは絶句した。それは、的とは言わないだろう。
「色々おかしいところがあるな…」
コウイチがハハハ、と声だけで笑う。やはりエルフから魔弓使いの称号を得る人物は単なる達人と言うわけではないようだ。
「お、そろそろ籠萌便の終点だな」
キュウスケの言った通り、白い石造りの床が見えてくる。その言葉に顔をあげたゴーシュが、扉があるな、と呟いた。
タロウたちを背中から下ろすと、籠萌は丸くなって眠ってしまった。我関せずといった様子でくうくう寝息までたてている。
白と黒のマーブル模様の扉の前に立ち、キュウスケが調べていくが、やがて首を横に振った。
「ダメだな。鍵穴も仕掛けもない。無理矢理金属を圧力かけてくっつかせてるみたいだ」
「なんだそりゃ。溶接してあるのか?」
コウイチの疑問に、キュウスケが顔をしかめて返事をした。
「というよりも、ぐちゃぐちゃに力ずくで混ぜてるみたいだな。俺にはどうしようもねえよ」
「では、某が。少し離れて欲しいでござるよ『火の主、生命の灯火。我らを阻まんとする障壁を、その御手により溶かしたまえ』」
キュウスケがさっと退き、続いて凝縮されて拳ほどになった火の魔術が扉にとりつく。だが、溶ける様子もみせず、逆に火を凍りつかせた。魔術で作り出した炎を透明な氷がパキパキと音をたてながらその形のまま固形化し、下に落ちてパリンと割れて霧散する。
「嘘だろ。どうやったら他人の魔術に干渉できるんだよ…」
「迷宮ってのはなんでもありなのか?ゴーシュ、大丈夫か?」
「問題ないでござるよ。しかし、こうなると時間はかかるが某にお任せ頂きたい」
「どうにかできるんなら頼むぜ。この分だと俺の矢も役に立ちそうにねえしな」
ビルが了承し、タロウ達もゴーシュに任せることにした。魔術でダメならスキルに頼るしかない。ゴーシュはそれができると踏んだのだろう。
扉をゴーシュに任せ、タロウたちはさがって辺りを警戒することにした。扉に手を当てるゴーシュを見ながら、キュウスケが話す。
「しかし、これほどの仕掛けは初めて見るね」
「そうなのか。あっちはこれくらいあるんじゃないかと思ってたんだけどな」
「いくらなんでも、魔術を無効化する仕掛けはあっても、干渉する仕掛けにはお目にかかったことがねえよ」
「そりゃそうだな。あんたらも基本ぐらいは知ってるんだろう?」
ビルに聞かれ、知っていることについて話す。加護を得て使う魔術は自動で対象に干渉すること。威力・効果については習熟を要すること。詠唱が必要であること。
「それだけ知ってりゃ十分だろ?」
コウイチが尋ね返すと、ビルがうなずく。
「けどよ、普通は相手の魔術を魔術用の処理をした防具で受けて発散させるのが常識だ。なんでかっていうと、それが一番効率が良いからだな」
しかし、シュロはスキルでモルテルスの魔術を魔力へと変換していた。その事を告げると、
「ほんと魔術師は化け物揃いだな」
とキュウスケが返し。
「あの人は別に魔術師じゃねえけどな」
とビルがキュウスケに説明し、さらに驚いていた。
「あの人もあの人なんだがよ。魔術に干渉するのは大変なんだよ。魔力が一人一人微妙に違うのは知ってるだろ?それに加えて、魔術ってのはそれぞれ違うやり方で同じ効果をもたらしたり、同じやり方で違う効果が発揮されたりするんだよ」
自分の弓を取りだし、ビルが説明を続ける。
「例えばだ。俺の弓には風の神の効果を最大限発揮するような装飾がされている。けれど、これを兄貴が使えば威力は劣るが風じゃなくて火にすることもできるわけだ」
古代の魔術は個人差がでかいってことだな、と呟いて、
「けどよ、現在の詠唱を必要とする魔術は、基本その人オリジナルになる。つまり一から理論を一族なり師匠から教わって、それを自分に最適化するわけだ」
そうなると、今度は同じような効果が発揮されることになる。と話す。
「つまり、どういう違いがあるんだ?」
ほとんど聞いていないだろうことがわかるコウイチが結論を急ぐ。するとビルは要約しすぎた結論を言い放った。
「古代魔術は準備が面倒で、種類が限定されるが誰でも使える。加護による魔術は、準備が簡単だが個人差が極端だ」
「おい待った。それさっきの説明と矛盾してるんだけど…」
古代魔術は個人差があるといっていたような気がするのだが。
「個人差がでかいのさ。誰でも使える魔術だったから、一番魔力を上手く使えるエルフが古代において覇権を握った。そして、加護のある魔術はもともと才能あるものに贈られる。そして、それぞれが自分の魔力に一番適した使い方を導き出す」
だから、人によってはまるで違う方式で魔術が完成する。とビルは言う。魔術が魔術的な処理がされた道具によって使われていた古代には、魔力の高かったエルフが強かった。魔術が神の恩恵となった現在では、もともと魔術に適正のあるものが個人の魔力を練って魔術を作り出す。そういう差なのだろうか。
「ん?昔は加護がなかったのか?」
コウイチの疑問に、ビルが答える。
「いや。昔からあったそうだ。けど、古代の魔術は誰にでも使えたんだよ」
だから、数と魔力がそれなりにあるエルフが強かったのだ。と言う。いまいちその時代のことは想像しにくい。
「今でも魔術具はあるだろう?それでも妖精族の一人勝ちにはなってないような気がするけど…」
タロウの言葉に、今度はキュウスケが答えた。
「いや。俺が見た中では森都と鉱都の治安が抜群に安定してる。病院も宿も良心的だし、設備にも高価な魔術具が目白押しだからな」
「他の都市じゃそうでもねえのか?」
まあな、とキュウスケが肯定し。
「開いたでござるよ」
ゴーシュの言葉にそちらを向くと、マーブル模様だった扉は綺麗な赤、黒、金の三つ巴の紋様となって、透明になった扉を彩っていた。
「え?なんで二色だったのに三色になってるんだ?」
「いや、その。きっちり種類ごとに分けただけなのでござるが…」
当人であるゴーシュも、困惑したように自分の手を見つめている。
「まあ、次に行けるんなら行こうぜ」
タロウ同様、納得しきれていない様子のキュウスケが先を促す。それに従い、扉を下から上へと引き上げて、急な階段を一行は下っていく。
キュウスケが先頭で罠を確認し、タロウがそのあとに続く。ゴーシュ、ビル、コウイチと一列になって急な階段を足元に気を付けてゆっくりと下っていく。腕に巻いた時計を見ると、午後九時を示していた。
五分ほど下った先に、白色に濃い銀色のアーチ状の扉があった。タロウたちがその場に揃うのと同時、ゆっくりと内側に向かって開いていく。
「でけえ!!」
真っ先にはいったキュウスケが、叫んで横に飛び退いた。その場所に、ブウンと巨大な拳が床へと叩きつけられる。
「のわっ」
その衝撃で階段ごとズウン、と縦に揺れた。バランスを崩し、タロウたちは部屋にまろびいるようにして転がり込む。それを狙って、再び拳が降り下ろされた。
「くそっ」
それぞれが転がって距離をとり、ようやく敵の姿が像を結んだ。天を突くような巨大な人型の石像。五メートルほどのそれは、六つの腕を自在に動かしてタロウたちに回避以外の行動をとらせない。
「『火の主、生命の』っ」
詠唱の途中でゴーシュが余波で吹き飛ぶ。うまく受け身をとって攻撃から逃れたが、魔術を打ち込む隙がない。二つの目を煌々と光らせて、いくつもの腕をしならせて攻撃を加え続ける。
「ぐうっ!」
避けきれずに受け止めた腕が、タロウを後方へと押し返す。盾がキシキシと嫌な音をたてて形を歪めていく。重い。そして、固い。砂よりも、石よりも、ずっと固い。それを悟った瞬間。なぜか、タロウは奇妙な感覚を味わった。心が、沸き立つ。
「なんだ…?」
変調に戸惑いながらも、タロウは他のメンバーをうかがった。キュウスケは回避に徹していて危なげなく動き回っているが、集中が途切れれば危ういだろう。
ゴーシュは、詠唱ができないせいで苛立ちを隠せないでいる。ビルは弓をつがえさせてもらえない。コウイチは時おり切りつけているものの、その効果は現れていなかった。
「…」
まずい状況だった。こちらの攻撃は封じられている。あちらは同時にこちらを攻撃できる。そして。
「っ!」
部屋に魔法陣が浮かび上がる。それは初めから明滅を繰り返し、タロウ以外の四人を襲った。
「なっ!」
「くそがっ!」
「またかよ!」
「タロウ!」
それぞれが魔法陣にのまれ、陽炎のように揺らめいて姿を消した。
「…なんだ?」
タロウ一人が残されて、怪物は動きを止めた。六本ある腕をゆっくりと構え、こちらの様子をうかがっているように見える。
「本当に、都合の良い迷宮だな」
ゴーシュが言っていたこともあながち間違いではないのかもしれない。この迷宮は親切だ。もうこの空間に、タロウが守るべき者はない。
タロウは盾をがらん、と放り投げ。両の拳に力をいれて、身に付けた荷物を放り出す。
「一対一でやりましょうってか」
気が利いてるね、と嘯いて。石像に向かって走り出した。




