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三匹迷宮物語  作者: 九十
誘い
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プロローグ

 至らない点あるかと思いますが、よろしくおねがいします。

迷宮に行くまでちょっと時間がかかります。

 師走も終わりに近づいた駅構内には、様々な種類の人間がごった返していた。忙しそうに電話をする者、時計を見て苛ただしそうに体を揺する者、はて

は酒の臭いをさせて大声で怒鳴るものまで。

 そんな中一際目立つ風体の男がひとり。ろくに洗濯もしていなさそうなよれよれのトレーナーにジーンズ、ぼさぼさの髪に猫背気味の姿勢。 良く言えばぽっちゃり、非難をもって見るなら夏場にはあまりお近づきにはなりたくない横幅の持ち主。この寒空の下、ただ独り三膳太郎さんぜんたろうはそこにいた。






 平日は憂鬱だ。家にいても外にいても邪魔物扱いされる。祝日はもっと最悪だ。家にいても外にいても楽しそうな声が聞こえてくるから。そこにオレは含まれていない。







 今日も家でネットを巡回し、新作のラノベやゲームの新情報をゲットし、掲示板ではウィキと平行しながら雑談にきょうじる。そんないつもの日課をこなしていたら、我が家に住まう悪魔が現れた。その悪魔は白いオフショルダーのニットとデニムジーンズを身にまといこうのたまった。



「ちょっとこのデブ!大掃除するんだからちょっとは手伝いなさいよ!」

 傍若無人にも我が城にずかずかと入り込み、あまつさえ兄をデブ呼ばわり。妹のためにも一言いってやらねばなるまいと決心して口を開く。

「おまえ女の子なんだから、言葉遣いには気を付けろよ。そして親しき仲にも礼儀ありっていうことわざがあってだな、」

「はん、今時そんな細かいこと言ってるから彼女どころか友達のひとりもいないんじゃない。それにねえ、働かざる者食うべからずって言葉知ってる?」

「ぐうっ!!」

 鼻で笑った妹に痛いところを突かれた。三膳太郎三十才イコール彼女いない歴社会人経験なし。どころかバイトすらしたことはない。



「それは仕方ないだろ、だって面接行ったって落ちるし、電話して面接うけたのになんの音沙汰おとさたもなかったりして。オレが悪いんじゃない、ちゃんとルールにしたがってるのに就職できないのはオレのせいじゃない」

 太郎は小声で言い訳でもするかのように早口に喋る。

「はあ、そんなんみんなやってることだって。だいたいパソコンで遊んでる暇あったら資格の勉強でもなんでもすればいいじゃん、親の金で働かずに楽して遊んでいたいだけなんでしょ?」

 呆れたようにため息までつかれ、今度こそぐうの音もでない。

 正しく正論、妹は間違ったことは何一つ言っていない。故に、だからこそ。



「ちょっとコンビニいってくる」

 そう言って、妹が怒るのを尻目に三膳太郎は逃げ出した。



 それから五分後。上着を着てこなかったことを後悔しながらコンビニにいる太郎の姿があった。

寒い。誰だ今年は暖冬だなんていったやつは。さみいよ、曇ってて風も強いし気温だけ高くても感じられねえっての。

 心中愚痴をこぼしながら、ポテチとコーラとチョコを大量にカゴに放り込む。チョコはあんまり好きじゃないが、この季節限定品は妹と母の大好物だ。少しは機嫌を取れるだろう、と思いたい。精算してコンビニを出た瞬間、家族の者しか登録されていないスマホがメールの受信を知らせる。嫌な予感を感じながらメーラーを起動する。





>FROM 三膳みこと


>SUB買い物よろ



>雑巾と掃除機の紙パックと洗剤買ってきて。あとうさぎやの羊羮ようかん食べたい。





 その3つがなくて我が家の女性陣はどうやって掃除をするつもりでいたのか…?変な脱力感を覚えつつも、任された仕事をおろそかにすればとびきり不味いことになるのは経験上わかりきっている。了承の返事を送って近所のスーパーへと向かった。



「ええと、雑巾と替えのパックと洗剤っと。あと他に買うもんはなかったよな」

 メールを確認しながら買い物を終える。あとは羊羮だけだが…。

お菓子のコーナーあたりをうろついて、うさぎやの羊羮をゲットする。

「これ、本当にみことのやつ好きだよな」

 羊羮ではあるが、和菓子ではなく駄菓子の一種である。ピンクや緑の色とりどりの小さな包みが大袋にはいったお菓子。太郎にはいささか甘すぎたが、妹にとってはこれぐらいがベストらしい。




 会計をすませ帰路につく。朝よりも気温が下がって来たような気がする。ブルッと身震いをすると近くを歩く女性にぎろりと睨まれた。そんなに悪いことをしたのか、オレは?ちょっぴり悲しい気持ちになって、家までの道をとぼとぼ歩いた。





 「ただいまー」そういってドアを開ける。が開かない。鍵がかかっている。やれやれと思ってインターホンを鳴らす。誰もでない。ポケットを念のため探ってみる。鍵はない。というか持って出た記憶もない。スマホを取り出すとメールが来ていた。





>FROM三膳みこと


>SUB鍵持ってるよね?


>お母さんと外で食べてくる。テーブルの上にお金おいてあるからそれでご飯食べてね。




「鍵、持ってないですみことさん」

 そうひとり言を呟いて、太郎はがっくりとその場に座り込んだ。しばらくそのまま曇天どんてんを見上げていたが、大きくひとつため息をつくと勢い良く立ち上がる。

「このままこうしてたってどうしようもねえなあ、なんか温かいものでも食べよう」うんそうしようと返事もない一人言をつぶやいて、最近駅前にできた丼物屋に行こうと決めた。



 そして話は冒頭に戻る。駅前の丼物屋で天丼を食べ、せっかくだから構内の駅弁も買って帰ろうと思い立ち、ホームを突っ切って土地の名産品を使った物をひとつ、最近発売されてそのネーミングのひどさで話題となったデンジャラス激ウマ弁当をひとつ買って、今度は出口に向かってホームを抜ける。

 その途中行列の間を抜けようとして、酔っぱらいの集団とぶつかった。したたかに酔っているらしく結構な勢いで跳ね返される。



「いってーな、てめーどこ見て歩いてんだこのデブ!」

 その中のひとりに胸ぐらを掴まれて怒鳴られる。酒臭い。そして身長差のせいで首が絞まり息がきつい。

「す、すいませんでした」

 なんとか声を絞り出して謝ると、乱暴に突き飛ばされた。絡まれずに済んだことに安堵しつつ、落としてしまった荷物を拾い集める。最後の一つに手を伸ばそうとしてぐしゃ、ぐりぐり。革靴に踏みにじられた。


「おーっとすんませんね、豚の餌踏んじまった!」

「おいおい、このぐらい豚なら食べれるだろ?ちゃんと袋に入ったままなんだしさあ!」

 にやつき、あざけり、侮辱。良くあることだ。気にしないで普通にしていればいい。そう思ってはいるのだが、

「いいえ、そんな所においていたオレが悪いんですよ。高そうな靴に踏んでもらってちょっとは旨くなってるといいんですけどね」

 ついやってしまうのだ。口は災いの元と知っていても。案の定若者たちは顔色を変えて怒りはじめる。




「おい、てめ、ざけてんじゃねえぞ、あん?」

「おいおいこの豚、しゃべってんぜチョーうける」

「つかなに?喧嘩売ってんのあんた?ん?」

 先ほどの酔っぱらいも、周りの人間もみな関わりあいにならぬよう見て見ぬふりをする。それを確認してさらに罵声ばせいを浴びせる若者。

「聞いてんのかこらあっ!!」

 反応が鈍いのにしびれを切らしたのか、胸ぐらを掴み上げられる。酔っぱらいとはけた違いの強さで今度はまともに呼吸もできない。

 男たちはなにか言っているようだが、興奮しているようでまともな言葉になっていない。電車がホームにはいってくる音が聞こえる。制服を着た駅員が遠くから走ってくるのが見えた。


「ちっ、おいもうそのへんにしとこうぜ、面倒はごめんだ」

 リーダー格らしい男がそういうと、太郎をつるし上げている男が一つ舌打ちをしてニヤリと笑った。

「そうだな、電車に乗り遅れちゃまずいもんな」

 そして、太郎を突き放すように解放する。線路に向かって。


 強い力で押され、酸欠の体はうまくホームにとどまれずに、線路へと落下した。



「ちょっ、おいヤバイって!」

「なにしてんだよおまえ!」

「なにって、解放してやっただけだろ?あいつは勝手に落ちたんだっての」

 うろたえるものの、落ちた太郎を助けようとするものはいない。

「人が落ちたぞ!列車来てる!」

「駅員に知らせろ!」

「え、ちょっとマジ?」

「動画とっとけよ、金になるぜ」

 人が多いなか、的確に動けるものは少ない。



 電車のライトが近づいてくる。

「げほっ、げほっ」

 咳き込みながら線路から必死に上がろうと手をかける太郎。

「大丈夫ですか?私の手につかまって!」

ひとりの少女が手を差し出してくれるが、ほんの少し届かない。

「危ない、君まで巻き込まれるぞ!」

 男性が少女を引きはがして連れていく。太郎が遠ざかる彼女に手を伸ばしたまま、耳障りなブレーキ音が響き、どん、と衝撃と共にふっつりと意識は途絶えた。












 のどかな街中の一画は、クリスマスのイルミネーションで彩られていた。もみの木に飾り付けられた丸やサンタのオーナメント、LEDで輝く玄関や庭。そのさまを見ながら自分とは無縁の華やかさに、陰王豪酒いんおうごうしゅ鼻白はなじろんだ。



 れるのは嫌いだ。あやふやな自己、一貫性の無いただ流されるままに周りに合わせて生きているだけのやつらは何が楽しいのだろう。馴染まないことを子供扱いされるが、あいつらの方がよほど道理を知らない子供に見える。




 その日は始まりから散々だった。電車は事故で遅れるし、大学では就職先の選定を早くしろとせっつかれ、論文は読みにくいと突き返され、サークルのクリスマスパーティーに自分だけが呼ばれていないことを知った。

「えっ、だっておまえ呼んでもこういうの断るじゃん?だから聞かなかったんだけど、…来るの?」

 その聞き方にイラついて、つい喧嘩腰になる。

「いえ、騒々しいのは苦手ですので。それにあなた方と違って暇ではありませんし、卒論は書き終えたので?また写させろとか言いませんよな。遊んでる暇はあるみたいですし?」

 ムッとしてみせるサークル仲間。そういうところが子供じみて見える。

「では、それがしはこれにて。クリスマスまでに彼女ができることをお祈りしているでござるよ」

 きびすを返し、早足で大学をあとにした。




 ほとんど肉のついていない長身をゆらりゆらりと振りながら、家路につく。日本人というのは節操のない人種だ。信仰の自由が保証されていても、月が変わるごとに各国のあらゆる祭りを行う民族などほとんど居るまい。まあイベントとして楽しんでいるのであって、その本来の意味で祝祭を行っているのではないだろうが。


 そんなとりとめもない一般論を頭のなかで反芻はんすうしていると、しだいに家に近づいてくる。

「なんだか焦げ臭いですな」

 空を見上げると黒い煙がたなびいているのが見えた。

「家の方角からでござる!」

 のんびりした気分は吹き飛び、慌てて家へと向かった。




 隣家の火が移ったらしい。隣家はすでに燃え尽きている。燃えてはいるものの、我が家はまだ余裕がありそうに見えた。

「それがしのPCいいいいいいいいいいいっっっっ!」

 迷わず煙の中に飛び込んだ。

「おい君っ?」

「ひとり飛び込んだぞ!」

「連れ戻せ!」

 その瞬間。

 炎になぶられ、限界の訪れた屋根が崩落した。










 生涯しょうがいついやすと決めていた職に、別れを告げる日が来るのは予想よりも早く訪れた。かつて自分が通い、何度も卒業生を見送ってきた校舎に連乗校市れんじょこういちは深々と礼をした。



 賑やかなのが好きだった。子供たちの楽しそうな笑い声、自分の青春を思い出させる部活動の掛け声、気さくに話しかけてくる生徒たちの様々な声。

どれもが、思い出の一部となって自分の中に降り積もる。



「最後はちっとまずったが、なかなか悪くなかったな」

 満足そうに一つうなずいて、未練がましい心を断ち切ろうとする。すると、突然後ろから声をかけられた。

「先生。やめるってマジかよ」

 振り返ると、さんざん手を焼かせてくれた不良生徒が、怒ったような顔つきでこちらを睨んでいた。


「おう、ちょっと校長ぶん殴っちゃった。おかげで超スッキリ」

 冗談めかしていってみるも、

「ざけんな! 人にはあんだけ暴力はダメだって言っといて、あんたがそんなんでどうすんだよ…」

 あんまり効果はなかった。どころか余計怒らせてしまったようだ。

「あー、悪かった。けどほら死ぬわけじゃねえし、いつでも会えるだろ? 相談にも乗ってやるからよ」

 物言いたげにこちらを見ていたが、やがてなにも言わずにこくりと頷いた。落ち着いたら連絡する、と告げてその場を去り、二十年の教師生活に終止符をうった。



 どこからか消防車のサイレンが聞こえてくる。乾燥しているせいかここのところやけに多いそれを聞き流しつつ、朱に染まりゆく空を見上げてまた歩き出す。

 地下鉄の下り階段に差し掛かったとき、ふいに影がさした。



「助けてくれるっていったのに、うそつき」

 非難と悲哀の混ざった高めの声が聞こえるのと同時に、トン、と背中を押される。

 聞き覚えのある声のあまりの冷たさに、硬直していたからだはあっけなく急な階段を転がり落ちる。踊り場に勢い良く叩きつけられて、霞む目を必死に見開いて階段の上を見上げた。逆行で見えないはずの顔から、まるで生気の無い目がこちらを見返しているのが見えて。

「み…」

 徐々に黒い斑点が視界を覆い、意識は途絶えた。




 三膳太郎、事故死。享年三十才。


 陰王豪酒、事故死。享年二十一才。


 連乗校市、事故死。享年四十三才。




突っ込みどころが多いとは思いますが、オブラートに包んでいただけるとありがたいです。

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