第六話
1
「何か用?」
「美女と会うのに、理由が必要かな?」
はいはい、いつものあれ。
グレンさんに手配してもらって、久しぶりにこの女性とお会いした。
ラファエル邸で調査する前に鉢合わせた、秘密組織で働くキャメロンさんだ。
わざわざ探偵事務所に出向いていただいたので、何かお出ししなければと思ったけど、この事務所には基本的に酒か薄い水みたいな味のするお茶しかない。たまたま、最近ロミオさんがコーヒーを飲んでいたから、角砂糖を一個入れたコーヒーをお出しすることにした。
「特に用がないなら、私は帰るわよ?」
「ある。あるからそんなに鋭い視線で私を観ないでくれ。ドキドキするから」
「このアホの戯言は聞かなくていいですから。本題に参りましょう」
背中を殴ると、声にできない痛みでロミオさんがその場にうずくまった。ざまぁ。
「ほ、本題に入ろうじゃないか」
「そうね。あなたの怪我が増えないうちに」
「君は、一連の騒動について詳しく知っているはずだ。私達二人のことを監視しているのであれば、言わずもがな事件の内容も把握しているだろう?」
「そうね。シンデレラというお姫様が、この街を崩壊させようとしているシナリオは聞かされたわ」
「その崩壊を止めるべく、私たちは奔走しているわけだが、最後のキーアイテムの場所がどこかわからないんだ。知っていたら、是非とも教えてもらいたい」
ロミオさんの話とは、魔法を完成させるために必要な聖杯の在り処だった。
警察であるグレンさんが知り得ないことを、秘密組織は知っているのだろうか?
「あなたがいつか使った言葉を借りるなら、“あなた自身が知っている答え”よ」
キャメロンさんの返答を聞くと、僕らが警備員さんと病室で会話した内容すら知っているらしい。これは訴えたら勝てるんじゃないですかね?
「プライバシーの侵害という部分の話はまた今度にしておこう。いい答えを聞かせてもらったからね」
「どうしてそこまであなたちに興味があるかは、今度しっかりお話してあげるわ」
「いいねぇ。ホテルでゆっくり聞こう」
「何言ってんのオッサン」
「レオン君の方が物わかり良さそうだから、今度一緒にお食事でも行かない?」
是非とも!
「おいおい、まだレオン君は子供だぞ?そんなちっちゃなヴァンパイアより、私の方がよっぽど紳士だ」
「紳士って意味を、辞書で調べることをお勧めするわ」
「一応、今度確認してみるとしよう」
キャメロンさんも、なんだかんだで僕らのくだらないトークに乗ってくれる。今日のキャメロンさんは、上に黒いスーツを着て、下はスリットの入ったスカートだった。黒縁メガネが似合っている。これがミッション遂行外の普段着なんだろうか。
「とにかく、目的のものの場所はわかった。後は、犯人が一体誰かということだな」
「残念だけど、私達でも犯人は特定できていないの。凄腕の犯罪者って所かしら」
さっきの会話で、どうして聖杯の場所が特定できたんだろうか?
僕はここまで来たって、疑問符しか浮かばないよ。
「私の行動をよく見ていないからわからないんだよ」
「行動を見ていたって、女好きな一面が見られるだけですからね。わかるわけないじゃないですか」
「言うね君は……」
ロミオさんの行動で、聖杯の場所がわかることなんて何かあっただろうか?
「私に聞きたかったのは、聖杯と犯人のことだけかしら?天才探偵が、機密組織に協力を求めるなんてね」
「この街のためだ。形振り構っていられないんだ」
「その割には、自分で全部答えを揃えているみたいだけれど」
「それに関しては、私のためというより助手のためかな」
すぐまた意味のわからないことを。わかってるならさっさと逮捕に尽力すればいいのに……。
「折角だから、お酒でも飲んでいかないかね?」
犯人逮捕をする気があるだかないんだか。
二人は揃いも揃ってお酒を飲み始めた。
「美味しいわね、このワイン」
顔を赤らめながら赤ワインを飲むキャメロンさん。大人の女性がお酒を飲んでいると、どうしてこう魅力的に見えるんだろうか……。ごくり。
「もうそろそろ、子供は寝る時間じゃないのかね?」
「なんですか。僕だけのけ者にして、お二人で楽しむつもりですか?」
「大人の世界はね、君には早いんだよ」
なぁにが大人の世界だ。
と、ここまできてこれを見ている助手のみなさんは、退屈なトークが続いていると思われるだろう。
この流れを記載しているのには理由がある。
この後二人は、2時間に渡ってお酒を飲み続けていた。
僕は一人、ぽつんと大人二人の会話に着いていけずに、段々と暇になってきた。
時刻は12時を回り、退屈さと眠気が襲ってきて、先にこの部屋から抜け出そうとした。
すると、突然ロミオさんがこっくりと眠り始めたのだ。
久しぶりに女性と飲んでいたせいか、ついついお酒が多く進み過ぎたらしい。いびきをかきながら、鼻提灯を大きく膨らませて寝ている。
僕は、やれやれと思いつつも、デスクに顔を乗せ寝ている彼に毛布を掛けてあげた。
「これじゃ、どっちが助手かわからないわね」
「まったくですよねぇ。あ、キャメロンさんはどうします?もう遅いですから、泊まっていかれますか?」
「あら、私を誘惑しているのかしら?」
「そんなつもりはありませんよ!」
なんだろう。ドキドキしてしまう。
「ちゃんと個室で鍵付きの部屋ですから、ロミオさんがいきなり入ることはありませんのでご心配なく」
「大丈夫よ。私はこれからゆっくり帰れるから。部下に迎えに来るよう連絡は取れるし」
ポケットから、見たこともない四角い液晶画面が付いた機械を取り出した。おお、流石は秘密組織。僕らの知らない機械を沢山持っているんだろうなぁ。
「最後に少し聞きたいんだけど、どうして彼と仕事をすることになったの?」
キャメロンさんが僕に尋ねてきたこの質問。
この話が無ければ、それまでの件はこの文章に記載することはなかった。
僕がロミオさんの下で働き始めた理由。僕はこの時、ロミオさんの下で働くことになった理由が、事件の裏で関係していたことを知る由も無い。
2
僕がどうしてロミオさんと出会ったのか?
確かに、今思えばあれは偶然というより必然だったかもしれないですね。
僕の家はとても貧乏だった。学生生活を送りながらもお金を貯めなきゃいけなかった僕は、あちこち仕事を探していたんです。
仕事を探すのはお金のためだったんですけれど、僕にはもう一つ目的があった。
「お前みたいな小僧が探偵?何を言っているんだ」
「はぁ?殺人鬼のことが知りたい?知るわけねぇだろ」
探偵業を営んでいると、自然と情報を得ることができる。僕は、とある殺人鬼について調べていたんです。
僕の両親は、とある殺人鬼によって殺されてしまった。その殺人鬼を見つけ出して、復讐することが僕の目的。
でも、当時の僕は小学6年生。そんな子供に話をする大人なんて居るわけもなく、仕事の依頼をする人も来ることは無かったんです。
とある日に、ホテルで火事が起きました。僕はたまたまその現場に通りかかったんです。中には人が残っていて、消防隊が救出しようと、消火器を持って必死に火を消していました。
ホテルの裏口へと続く路地に、僕は不審な人影を見たんです。
怪しいと思って、僕はその後を追ってみました。
こそこそと物陰に隠れながら追っていくと、裏で一人の男性と合流して何かを話してるんです。
「今回も上手くいったな」
「火事場泥棒は儲かっていいな。さ、金も全部奪ったし、さっさとずらかるぞ」
その会話が耳に入った途端、僕は二人目掛けて走って行きました。
髭面の男性二人はびっくりしながらも、僕へと銃を向けてきました。
僕の眉間に照準を合わせる前に銃を蹴り飛ばし、大の男二人を両手でひょいと軽く持ち上げました。
「お、お前一体何者だ!」
「僕ですか?僕はただの小学生ですよ」
当時の僕は、力をためらいなく使ってました。
大人二人を壁に叩き付け、気絶する程殴りつけました。殺してしまっても構わない。そう思いながら二人の顔を蹴り飛ばしてしまおうとした瞬間、僕の腕をぐっと誰かが掴んだんです。
条件反射で、僕は誰が掴んだかも確認せずに、腕を払ってから後ろへ回し蹴りを繰り出しました。でも、何かを蹴り飛ばした感触はなく、次の攻撃を繰り出そうとしました。
でも、僕は呆気に取られて何もできなくなってしまったんです。だって……。
「君は、女装したらかわいらしく見えそうだな」
とか言ってにやにやしている変態と出くわしたんですから。
その言葉を聞いた瞬間ゾクッとした。昂揚感に包まれるとか、自分の大好きなロック歌手がステージ上に現れた時に来る鳥肌とは違う。この男はヤバいのだと察した時に感じるものでした
思わず僕はヤバい奴に目を付けられたと思って、その男の面を殴ってやろうとしました。でも、僕の拳が呆気なく受け止められてしまいました。
「そうか。やっぱり君はヴァンパイアなんだね。しかし興味深い。日の照らす環境の下で、何も気にせず行動できるとは」
「貴方、誰ですか?」
「それはこちらの話だよ。小学生が大の大人二人をボコボコにしている光景を見てしまっては、思わず話を伺ってみたくなるじゃないか。もしかして、放火魔なんじゃないかってね」
「僕は関係ありませんよ。二人が放火をして、このホテルのお金を盗む話を聞いたんですから」
「ほう、それで二人をねぇ。少しやりすぎじゃないか?」
「いいんですよ。こんな奴ら、死んでも誰かが損することはないでしょう?」
「いいや、損するさ」
「誰がですか?」
「君だ」
「僕が?」
「そうだ」
とんとん拍子で僕に返事をしてくる彼をまじまじと見ると、やっぱり怪しい人物でした。
黒いシルクハットに燕尾服。右目には紫色のモノクルを付けて、これはどこかでマジックをやってるマジシャンなのかな?と思ったのを今でも鮮明に覚えています。
「人を殺して、得する人間は居ないんだよ」
「居ますよ。殺人鬼です」
「なるほど。過去にもめごとがあったらしいな」
シルクハットから鳩を出すのかと思いきや、白い紙とボールペンを取り出した。
紙には“私達が放火しました”と書いて、片方の火事場泥棒の顔にぺっと張った。どうしてセロテープも外出時に持っているのか……。
「さ、行こうじゃないか」
「いいんですか?二人をあのまま放置して」
「この二人を殴って気絶させたのが小学生じゃ、話がややこしくなるのは目に見えている」
そう言って、僕ら二人は何事もなかったかのように、その場を立ち去りました。
僕らが今となっては行きつけの場所になっている、メイドさんが料理を運んできてくれる喫茶店で、一旦腰を落ち着かせることになりました。
見ず知らずの僕にパフェをご馳走してあげるから、一緒に行こうだなんて言葉は、どう考えても犯罪の匂いがぷんぷんするんですが、僕はヴァンパイアですし、このひょろい男に何かされても勝てるだろうくらいに思っていました。
何をされることもなく、普通にパフェを美味しそうに頬張る彼を見て、ますます不思議になったんです。どうして、僕を喫茶店に連れてきたのか。
「眉間に皺を寄せていないで、早くパフェを食べたらどうだ?ここのストロベリーパフェは、アイスが溶ける前に食べた方が絶品だぞ」
「なんで僕をここへ?」
「眉間に皺を寄せて考えていたのは、その答えを知りたいからかね?その話をする前に、君はどうして探偵の仕事をしようとしているのか知りたいんだが」
どうやら彼は、僕が探偵の仕事を行なおうとしていることを知っているようでした。
僕に何かして欲しいのではと淡い期待を抱きましたが、この怪しい男に依頼されても、僕が求める報酬は貰えそうにないと踏みました。
「僕は、知識と経験を得るために探偵の仕事をしたいんです」
「小学生ながら、どうして知識を得たいと思うんだ?」
「僕の両親を殺した人たちに、復讐したいからです」
「復讐か。小学生である君は知らないだろうが、復讐とは意味のない行為の代名詞だ。止めた方がいい」
「僕はそう思いませんね。この恨みを晴らせるならば、どんなことをしてもいいと思っていますから」
「まぁまぁ、私は君に何もしないから、そう力を込めるのを止めなさい」
まるで父の様に宥められ、僕は呆気に取られました。
ヴァンパイア特有の、力を入れた時に赤く瞳が光るのを、大人たちは恐ろしいと思うのに、彼はまったく動じなかった。当時の僕にとってはそれが衝撃的で。あ、でも似たような話は最近もありましたけどね。それはともかく、彼は続けて僕に話を始めました。
「復讐に身を焦がした人間というのは、それしか考えられないがために人生を無駄にしてしまう。それは、無駄じゃないかね?」
「それが本望だったら、その人にとっては有意義じゃないですか」
「小学生の割には、しっかりと考えを言葉にできるんだな。流石ヴァンパイア」
「ヴァンパイアは怖くないんですか?」
「あぁ、ちっとも」
聞くに及ばず。もし怖ければ、僕のことを喫茶店に連れてくることはなかったでしょう。
「いいかね。私が君にいいことを教えてあげよう。復讐ではなく、人のために力を使うんだ。そうすれば、自ずと幸福は訪れる」
「それ、本当ですか?」
「怪しいと思うなら、実行してみるがいい。そうだなぁ、試しに私のためにその力を使ってみてはどうかな?」
「お断りします。怪しい人には付いていくなと学校で言われてますから」
「もう私と一緒に喫茶店に来ているじゃないか。一緒にパフェを食べる仲間。パフェ友じゃないか」
「なんですかそれは」
思わず吹き出してしまった。彼と話せば話すほど、不思議な人だなと思う。
奇妙だけれど、この不思議な人と話をしていると、ほっとできてしまう自分が居ました。
「今更聞くのもなんだが、君の名前は?」
「僕の名前はレオン。レオン=コナーと言います」
「レオン君か。いい名前だ。私の名前程ではないがね」
「あなたのお名前は?」
「私の名前はロミオ。アルカディアの地で一番の天才だ」
この当時のロミオさんは、まだアルカディアに来たばかりだったらしく、仕事なんてちっともなかったそうです。助手の仕事は何かって尋ねると、仕事を持ってきてそれをこなし、稼いで給料を寄越せって言うんですよ?今じゃそんな事言われてもさらりと受け答えしますけど、当時の僕には衝撃的でしたよ。
作り笑いしたまま帰ろうとしたんですけど、ロミオさんは僕を引き留めたんです。
「君はお金がないながらも頑張っている学生だ。しかし、ただの学生じゃあない。そうだろう?染めたにしては質がちょっと違う白髪。透き通るようなきれいな肌をしているし、特徴としては完璧にヴァンパイアだ。しかし、日の下は歩けるし、人と話す力も申し分ない。だが、ヴァンパイアであるキミが私と出会うまでに仕事を得るため回った店は10件以上。そろそろ、腰を落ち着かせたい頃だろ?」
彼は僕と少しばかり話をしただけなのに、全てを見透かすようにそう言ったんです。その時、僕はロミオさんがただ者じゃないと感じて、大人しく彼の話を詳しく聞いてみることにしたんです。
話を聞いてみると彼は人と話すのが大の苦手で、仕事を得ようにも中々難しいということがわかりました。話をしているうちに、ロミオさんは僕が人と話をするのが好きだということを把握したのか、仕事を請け負うために色んな人と話をするように段取りをつけてくれました。
あくまで段取りをつけるだけ。僕が仕事の話をまとめ、ロミオさんが解決して報酬を貰う。この構図がすぐに出来上がって、ロミオさんと僕は色んな仕事をしました。本当に色んなことがあって、今のロミオさんと僕が居るんです。
まだ一緒に仕事を初めて一年ちょっとですけど、もう何十年も一緒に居る感覚になるのは、ロミオさんの人柄か特異的な性質なんですかね。
なんやかんやで、仕事をしているうちにグレンさんとも出会いました。僕とロミオさんが一緒に仕事をしていると知った時は、凄い驚いていましたけど。
「はぁ!?あのヴァンパイア坊やを相棒にするって!?」
「そんなに驚くことがあるか?」
「おいおい。小学生を仕事に使うとは、お前どうかしてるぞ」
「話をするのに困ることは無くなるだろう。それに、彼には経験が必要だ。この街で生きていくためのね」
ロミオさんが後日言うには、僕が何某かの問題を起こさないためにも、一緒に仕事をしようと思ったそうだ。確かに、血の気の多い頃だったし。あ、今でも同年代の小学生に比べると、血の気は多いですけど。ヴァンパイアですし。
復讐という言葉から遠ざけようとしてくれたのも、ロミオさんのお陰。
僕は、仕事を通して復讐に身を焦がす男性に出会いました。その男性は、復讐の果てに自分の命を絶ってしまったんです。僕はその事件を通じ、復讐をすることがなんと悲しいことかと学ぶことができたんです。深い悲しみしか残らず、周りの人達が幸せになることはない。僕は、両親が殺されてしまった怒りをどこかへ放り投げることはできませんでしたが、その怒りをバネに、犯罪を減らしていこうという決心を付けることはできました。
あれから一年近くが経ち、今着手している事件に関わることになったんです。
今のお話から、どうしてロミオさんがこのアルカディアへ来ることになったのかお話しできませんでしたね。それはいずれ、機会があれば。
3
「小学生なのに、大変ね」
「いいんです。僕は僕で、楽しく毎日を過ごしていると思っていますし、まだまだこれから楽しいことが待っていると信じてますから」
「そう考えられる大人は少ないわ。私だって、現実逃避をしたくなる時だってあるもの」
「それもこれも、ロミオさんのお陰です。僕は彼のことを尊敬するだけじゃなく、父のようにも思っていますから。難儀な部分はありますけれど……」
キャメロンさんは苦笑すると、グラスに入った最後の一口を飲み乾し、席を立った。
「ご馳走様でした。また今度遊びに来るわね」
「本当に、こんな遅い時間に帰って大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。外に部下を待たせてあるから。それじゃあね」
そう言って、キャメロンさんは事務所を去って行った。窓の外を見ると、馬車が一台停まっているのが見えた。こんな時間に人を呼べるだなんて、キャメロンさんはよっぽど偉い人なんだな……。
音を立てないように、忍び足で部屋を出て行こうとした。
「なんとも、恥ずかしくなる話だな」
寝ていると思いきや、ロミオさんが大きな欠伸をした。
「あれ、起こしちゃいましたか」
「君の想い出話を聞いていると、美女と一緒に居る夢に戻れなくなってしまってね」
話を聞かれていたとしたら、僕もはずがしい。あれこれと昔話をしていると、頬がかゆくなってしまうものだ。
「出会ってから一年か。もう一年というより、あっという間の一年間だったと言える。君にはまだまだこれから長い人生だが、私にとっては呆気ないものなんだよ」
「何を言っているんですか。まだまだ若いじゃないですか」
「その割に君、私のことをおっさん呼ばわりするじゃないですか」
「それもまた真実です」
ぷくっと頬を膨らませると、彼はワイングラスに白ワインを並々と注ぎ出した。起きたばっかりだっていうのに、まだ飲むつもりなのか……。
「まだまだ事件は解決しそうにない。体力を回復させるためにも、君は早く寝たまえ」
「そういうロミオさんも、早く寝た方がいいんじゃないですか?」
「私は大丈夫だよ。なんせ、美女と一緒にお酒を飲めたのだから」
大丈夫だっていう根拠になるのだろうか?
「わかりました。じゃ、寝ますから」
「あぁ、おやすみ」
散らかっている酒瓶を片付けるのは明日にしよう。でも、今日最後に一つだけ片付けておきたいことがあった。
「ロミオさんとシンデレラさんが出会ったのは、僕と出会うどれくらい前なんですか?」
くいっとワインを飲み乾すと、彼は笑顔で答えた。
「私が学生の頃だよ。あの時は実に面白かった。まぁまぁ聞きたまえよ」
寝なさいとか言って、この酔っ払いは昔話を僕に聞かせようと手招きした。
苦笑しつつも、僕は彼の対面にある、キャメロンさんが座っていた椅子に腰掛けた。
「あれはね、私が大学生の時だ。ベンチで本を読んでいる私の隣に、偶然彼女が座ったんだ。その時見た横顔は今でも忘れない。とても美しい横顔だったよ」
「それ、出会ったのは本当に偶然なんですか?」
「そうさ。私が座る前に、彼女はそこで本を読んでいた。ベンチに本を忘れてしまった彼女は、本を取りに戻ってきたんだよ」
「それが意図したものじゃなければ、本当に偶然ですね」
「妙に勘ぐらなくてもいい。彼女は、本当に忘れてしまっていただけなんだ。彼女が読んでいた本は確か、シェイクスピアという作家が書いた本だったかな。題名は、“ロミオとジュリエット”だったはずだ」
そのタイトルを聞いて、懐かしい昔話の世界に溶け込もうとしていた僕の精神は、急に現実へと引き戻されることになった。