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探偵ロミオとシンデレラの靴  作者: 鳴海悠一
6/12

第五話

 1


 乱雑に置かれている本の数々。

 警察に返さなければならないので、そろそろまとめておかないといけない。

 でも、ロミオさんは未だに聖杯の場所に関して話をしてくれない。一体どこにあるのだろうか。

 その答えは、この研究に使われた本の中にあるのではと考えてから、すぐさま本をぺらぺらと捲りだした。


「レオン君。レオン君!」


 はっとした瞬間、僕は時計を見た。またやってしまった。気づけば2時間は本を読みこんでいた。早くしないと、返却時間に間に合わない。


「君は本当に熱心だな。だが、その集中力が時として命取りになる場合もある。くれぐれも注意することだ」

「集中力のせいで殺されるかもしれないってことですか?」

「君を呼ぶために声を掛けた回数は5回。背後から殺人鬼が君を襲うための時間は十分にあると思うのだがね」


 何も言い返せない。


「てっきり、君は前日の事件の所為で意気消沈しているかと思ったが、まだまだ事件解決への意欲は衰えていないようだな」

「あれだけ好き勝手やられたんです。絶対に犯人を捕まえてみせます。罪のない人を殺める奴を、絶対に許しませんから」


 僕がそう言うと、ロミオさんは優しく微笑んでくれた。そして、ぽんと僕の頭に手を当てて、ゆっくりと撫でてくれた。

 正直恥ずかしいのだけれども、まるでお父さんに褒められている時を思い出すようで、心が温かくなるのを感じる。


 昨日、アイゼン=クルーガー氏が殺された。

 謎の赤頭巾は現在グレンさんによって指名手配されている。

 僕が、あの時アイゼンさんを守っていられれば……。

 悔いても仕方ないことっていうのはいつでも起ってしまうものだ。僕の両親が殺された時もそうだった。こうなって欲しくはないとどれだけ願っても、現実は非情だ。

 赤頭巾によって見せられた幻影。僕の中で一番の“トラウマ”となっているものだ。

 両親の死を見せられた僕は、冷静では居られない。

 あの幻影こそ、警備員が見せられたものに違いない。犯人の一人は、あの赤頭巾だ。


「レオン君。傷の具合は大丈夫なのか?」

「大丈夫です。寝たらすっかり治りました。ヴァンパイアは傷の治りが早いですから」

「私の言う傷は、心の方なんだがね」

「それは、すぐには癒えそうにないですね」


 それ以上ロミオさんは何を喋ることもなく、遠く窓の外を見つめたままだった。その場所を動こうとはせず、静かに僕へ語り始めた。


「人は時代に選ばれてヒーローになるという話を、子供の頃に聞いたことがある。ヒーローというのは、通常の人には出来ないことを呆気なくこなしたり、救世主たる偉業を成し遂げる人物を指す言葉だ。私は新聞の一面にヒーローと書かれ、街の人にもヒーローと呼ばれたがそれは違う。私はただの探偵でしかない。思い上がっていた。身の程を知ったよ。アルカディアの平和を願う人間一人を助けることもできない奴が、街を救えるヒーローになれる訳がない。そもそも、私はヒーローなどというものを目指してはいない。街や人を救おうとする探偵になるつもりだった。それがどうだ?この姿は自分でも見たくないな」


 こんなに辛そうに語るロミオさんに、僕は初めて何を言えばいいかわからなくなった。普段はツッコミを入れ、バカらしいと思える会話を笑って過ごしていればいいと思っていたから。でも今は違う。何かはわからないけれど、彼に言わなければならないことがあると思った。助手として、彼のことを師として思うからこそ、彼に手を差し伸べるべきなのだと。


「英雄は、英雄たる器の人物だからなるのではない。時代が人を英雄にする」


 僕がこの台詞をロミオさん伝えるのには理由がある。


「僕は、亡き父からずっと英雄になれと言われてきました。英雄は人のために在り、自分を犠牲にすることも厭わないものだと。だからって、ヒーローって必ずしも万能じゃないと思います。確かにあの赤頭巾が言っていた通り、ヒーローっていうのは人を守ることができないと、ヒーローとは呼べないのかもしれない。でもロミオさんは違います。間違えることもあるだろうし、人を救えない事件に遭遇してしまうかもしれない。そんな境遇を知っているからこそ、これからの事件で助けられる人々の命があるかもしれないでしょう?僕からすれば、人を助けることができる人は、ヒーローって呼ばれてもいいと思います。僕にとってロミオさんは、探偵であり恩師であり、ヒーローなんですから」


 これは偽りのない僕の本音。

 僕が人殺しをせずに済んだのはロミオさんのお陰。誰かを殺して得られる幸せなんて、決して喜べるものじゃないと知ったのは彼のお陰。それを、僕は決して忘れない。そして、教えてくれたロミオさんを、決して見捨てはしない。僕の中で、いつまでも変わらない決心だ。


「まだ終わっていない事件を放ってしまうような探偵さんの下で、僕は働いていた記憶はないです」


 僕の頭の上に、片手をぽんと置いた。


「君も、大人になったな」

「ロミオさんに育てられましたから」

「そーだな。余程マッチ売りの少女が好きと見える」

「は?」

「え、何回も彼女の話題をするから。やっぱ好きなんだって思っただけさ」

「そーいう感情は抱いていません!」

「親代わりの私としては、息子同然のレオン君が女性の名前を口にするだけで感慨深いというもんだ」


 人が折角励ましたのに……。

 ぷくっと頬を膨らませると、ロミオさんはいつもの爽やかな笑顔を見せた。


「私らしくなかった。世の中に必要なのはヒーローかもしれないが、それよりも大事なのは、今起きている事件を解決できるかどうかだ。行くぞ」

「行くって、どこへ?」

「知り合いのとこさ」


 2


「何しに来た?」

 男はどれだけロミオさんに会いたくなかったのか、彼を見るなり勢いよく床に唾を吐いた。

 僕は挨拶の意を込めて、軽くお辞儀をした。彼は特に見ちゃいないだろうけど。

 犯罪者を隔離する、アルカディア刑務所。

 例に漏れず、グレンさんから許可を得て面会を許された。

 まさか、いつぞやのヴァンパイア事件の時の犯人である男と対面することになるとは思ってもみなかった。


「そんなに膨れた顔をするなよプロデューサー。今はどんなかわいい子をプロデュースしているのかな?」

「お前には関係ない話だ」

「確かに。でも私は、君に用があって来たのだ」

「それこそ、俺には関係ない」


 にこにこ笑いながら話をする時のロミオさん。笑顔のロミオさんから会話の流れを自分のペースに持っていける気がしない。彼の頭の中では、この一連の流れこそ、全て自分の利があるように働きかけるための一端でしかない。僕には、この流れが後にどう影響するのか、そしてどんな話をするのか、まったく想像し難いことだった。


「プロデューサーは目が利く。だからこそ、人選には困らない。ここの所、アルカディアで色んな人材を探し回っていただろう?」


 彼の本名は、警察もわかっていないらしい。勿論、ロミオさんも彼の名前を知らないため、プロデューサーと呼んでいる。暗殺者とかアサシンよりは、親近感が湧くよね。


「さぁな。でも、美人は沢山見たぜ」

「羨ましいな。私も一緒に見たかったとこだ。しかし奇遇なことに、私も美人を大勢見てきたぞ。同じ人物を見たことがあるはずだ。シンデレラという美女を知っているだろう?」


 男は乾いた笑いを浮かべると、視線を床に落とした。


「俺はお前に協力するつもりなんかあるわけがないだろう?お前のせいで俺はここに居る。お前には、復讐させてもらうつもりだしな」


 ロミオさんはプロデューサーの言葉には動じず、僕の右肩をぽんと叩き、耳元でそっと囁き始めた。


「私が君にちょっとした頼みごとを聞いてもらうだけで、彼の脱獄と復讐は完全に不可能となる。入口に居た警備員のうち一人と、通路に待機している女性が一人。それに、看守の中に二人プロデューサーの仲間が居る。彼らを上手くつかう予定だろうが、それは残念。そこらの人間に金を渡した程度じゃ、レオン君の剛腕は止められない」


 ロミオさんが僕へ囁く言葉は全てプロデューサーに聞こえていたらしく、彼の表情はどんどん青ざめていった。

 今度は、プロデューサーへ面と向かって話を始める。


「どこの場所にお前の拠点があり、それを使ってどう動くかを全て封じるつもりはない。せいぜい、この建物に居る奴らを全員しょっぴく程度に留めておいてやろう。それでも、私に協力しないつもりか?」


 ロミオさんの言葉を全て耳に入れると、プロデューサーは全てを諦め、優しげな笑みを零した。


「お前をプロデュースしてみたかったもんだ。そうすれば、この街を容易く支配できただろう」

「そこまで私を買うのか?」

「人を見る目はある。“魂の瞳”を持つ人間には、所詮適わなかったってことだ」

「“魂の瞳”?」

「その名称は気にしないでくれ。要するに、お前の論理を越えられやしないっていう褒め言葉だと受け取れ」

「素直に受け取ろう」


 ロミオさんの右目を指して“魂の瞳”と言った。ロミオさんの右目に一体何があったのか、僕はまったく知らない。紫色のモノクルをしているため、話をしている時にはまったく気づかないけれど、彼がそのモノクルを一度外すと、青く澄んだ空のように輝かしい瞳をしている。

彼の左目は普通の黒。片目だけ色が違うのは、何かの事故か、事件を追っているうちに怪我してしまったものだと思っているけれど。


「あれ以来、金髪のヴァンパイアレディとは会っていないのか?」

「彼女は一度脱獄を試みたらしいが、失敗して別の隔離施設に送られたらしい。折角の美人だったのに、勿体ないよな」

「あぁ、まったくだ」


 いきなり親しげに二人が話し出すものだから、やっぱり大人ってわからないものだと、勉強になったような、なっていないような。複雑な気持ちだった。


「それで、シンデレラについては?」

「詳しく知っている。ラファエルという富豪と一緒に居た女だ。魔力が異常なレベルだってことはすぐにわかったが、その活用に関してはあまりにも不安定だったから、俺はその能力を知りながらも手を出さずに居た。元々魔法を使えない人間なのに、恐ろしいレベルの魔法を実験で手に入れたらしいからな」

「それはどんな実験だ?」


 どういう経緯で彼女が魔法を使えるようになったか、ロミオさんは知っているはずだが、これは敢えて情報を引き出すためにプロデューサーに聞いているのだろうか。


「ラファエルという男は、アルカディアを吹っ飛ばすことのできる魔力を研究していたらしい。その詳しい内容までは知っちゃいないが、その実験途中でシンデレラは力を得たらしい。美人に棘があるってのは、まさにこの事だろうな」


 ん?そのフレーズどっかで聞いたことがあるような……。


「シンデレラは物質を灰にする力を持っていた。そのせいで、最近事件が起きたんだろ?おっと、それは俺の所為じゃないからな」

「そうだな」


 空返事の後、ロミオさんは別の質問を投げかける。


「赤頭巾の可愛らしいお嬢さんは知らないか?」

 

 こっちをちら見するの止めて欲しいんだけど。


「知っているぞ。アルカディア中央で色々やんちゃしていた小娘だろう?なんでも、マッチを売る可愛い少女を装って、相手に幻影を見せて金を奪うコソ泥らしい」

「その幻影は、どんな類なんだ?」

「トラウマだよ」

「トラウマか。なるほどね」

 

 昨日実際に出会って、能力は全部知っているはずなのに、どうしてわざわざプロデューサーに確認しているんだろうか。これは他にも知らないことがあるかもしれないから、一応聞いているのかな?


「しかし、プロデューサーは本当に色んな人々と出会っているんだな。最後に一つ聞きたいのだが、このアルカディアでラファエル氏の魔法を使って、ド派手な花火を挙げようとしている奴を知らないかね?」


 プロデューサーは首を傾げた。


「そんな奴は知らないな。しかし……」

「しかし?」

「シンデレラが、魔法を何かに使おうとしていたってことは確かだろう。一緒に研究を行っていたのには、何か理由があるはずだ」


 ロミオさんはぴたりと言葉を発しなくなった。プロデューサーも、どうしたんだ?と言わんばかりにロミオさんの顔を覗き込んでいた。


「なるほどね。わかったよ。わざわざ時間を取ってもらって済まないなプロデューサー」

「いいんだよ。お前と話をしているのは、暇つぶしにはなる」

「最後に一つだけ警告しておこう」


 プロデューサーは首を再び傾げた。


「君は、いずれ殺される」


 3


 アルカディア刑務所を出てから、ロミオさんと僕はグレンさんの職場に向かった。

 その場所は、アルカディア中央市警。

 僕は何度か足を運んだことがあるけれど、ロミオさんに至っては毎週通い詰めるように顔を出しているらしい。情報を集めるだけではなく、グレンさんへ逆に情報を提供する目的もあるのだろう。


「いいんですか?プロデューサーが殺されてしまうなら、何らかの手を打っておかないと」

「我々がどうこうできるものでは恐らくない。グレン君には伝えておくが、あの刑務所は並大抵の犯罪者が脱獄したり、脱獄の手助けをすることはできない。もしもそれが可能なら、警察ですら手を出せないような恐ろしい人物だってことだ」

「そこで諦めちゃ、どうしようもないんじゃ」

「プロデューサーから聞いた話で、これからの展開が読めてきた。だが、一つの問題がある」

「なんです?」

「聖杯の場所を、犯人がもう知っているということだ」

「何故わかるんです?」

「剣の場所、盾の場所を知っておいて、聖杯の場所を知らないなんてことはないはずだ。もし知らないのであれば、まだ剣や盾を奪う行動は取らなかったはずだ。三つのアイテムを奪いたい場合、一気に全て盗むか、密かにそれぞれのアイテムを奪うしかない。だが、犯人は一個ずつアイテムを集めていた。犯人は複数の組織ではなく、一人の人間によって行動を起こしているといって間違いはないだろう」


 なんで?という言葉が頭の中でいくつも出てくる。そのなんでをかき消すための筋道は、僕の頭に一切浮かんでこない。


「レオン君は、どうしてシンデレラが私の事務所を訪れたと思う?」

「ラファエル氏を助けて欲しいからじゃないんですか?」

「警備員の時も話をしたが、今回の主犯は、全て私たちに知って欲しい情報を提供する。この事件に関わる発端となったのは、彼女と話をしてからだ。相手のトラウマで幻影を見せる赤頭巾。人間を灰にできる姫様。いやはや、困ったな」


 アルカディア中央市警の建物に入り、一階の狭い通路を歩いていく。

 特務課に所属しているグレンさんは、オフィスで机の上にこんもりと乗っている資料と睨めっこしながら、ボールペンの先端をとんとんと机に押し付けていた。


「やぁグレン君。事件に関してあまり進展していないようだな」

「参ったよ本当に。君のような頭のいい人間に生まれたかったよ」

「現実逃避しても、現実は常に流れていくものだよ」


 へぇそうですか、と言いたげにしているけれど、グレンさんは口をへの字にして何も言わなかった。


「そこのソファに座ってもいいかな?」


 グレンさんがいいとは言っていないけれど、ロミオさんは来客用のソファに腰かけた。僕も隣にちゃっかり座る。


「グレン君。君もそこへ掛けたまえ。色々と話がしたいだろう?」


 自由奔放に振る舞うロミオさんと居るのは疲れる。痛いくらいにグレンさんの気持ちが分かる。


「問題はまず、刑務所に居る一人の男の命が狙われている、ということだ。証拠になりそうな人物は、全て灰にするか自分の手駒としてしまう。それが犯人の手口だ」

「我々警察に情報がまったく入ってこないのに、お前たち二人には十二分な情報がありそうだ。どうしてかな?」

「警察諸氏も、もっと力を付けなければならないってことさ」


 遠回しに無能って言ってるよね。この人は。

 むっとした表情を浮かべるグレンさんを宥めるように、ロミオさんは話を始めた。


「ヴァンパイアで一騒動を起こした犯人。彼は名無しの人間で、国籍から生まれも辿れない謎の人物だ。その彼が、剣と盾を奪った人物達の存在を知っている。犯人は自分のことを辿れる人物は、真っ先に消してしまうだろう。彼の警護を強化した方がいい」

「わかった。手配しておこう」

「あともう一つお願いしたいことがある」

「何だ?」

「とある女性に会いたい。是非とも、デートの舞台を整えてもらいたいんだ」



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