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探偵ロミオとシンデレラの靴  作者: 鳴海悠一
5/12

第四話

 1


 童話というのは、子供の頃に母からよく聴く物語。

 僕が小さい頃、お母さんからよくお話を聞かせてもらった。

 その中に、“シンデレラ”があったのは今でも覚えている。


「レオン君は、“シンデレラ”を知っているか?」


 その名前を聞いた瞬間、一人の人物の顔が浮かんだのは言うまでもない。

 色白で美しい肌。釘付けになってしまう澄んだ青い瞳。艶々の長い髪。

 事務所に来た女性は、童話に出てくる主人公そのものだったと言っても間違いではない。

 本当に、童話の世界から飛び出してきたような人物だ。


「彼女は、あの純白ドレスを着ていると情報収集に使えると言っていた」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。もしかしてシンデレラさんを疑っているんですか?」


 疑う、という言葉を口にしてからふと思い出したことがある。

 シンデレラさんが事務所に来たその日、ロミオさんはいくつかの事件記録を彼女に見せていた。

 元々、ロミオさんはシンデレラさんのことを調べていたようで、今回の事件も何某かの接点があると踏んでいたのではないだろうか。


「シンデレラの頭にかまどの灰がついていることから、“灰かぶり姫”と呼ばれていたのは有名な話だ。この童話に出てくるシンデレラが呼ばれる灰と、我々の世界で起きている事件に纏わる灰という言葉。どちらにせよ、シンデレラが関わっていることに間違いはないだろう」

「シンデレラさんが事件に関わっているなら、どうして事務所に?」

「それも意味があるんだろう。我々にとって都合の良いものだと信じたいが……」


 病院を出た僕とロミオさんは、近くの公園で小休止をしていた。

 ベンチで二人並んで座り、雲行きの怪しい空を眺めていた。


「これからどうするんですか?」


 事件の展望。そしてこれからのスケジュールをどうするのか?という二つの意味を含ませた質問だった。

 ベンチの背もたれに寄りかかってぐったりしているロミオさんは、「どうするかねぇ」と、体からガスを抜くような力の無い口調で僕に言い返した。

 はぁと一つため息をつくと、静かにしていられない僕の頭の中は、事件のことや、それに関するキーワードがぐるぐると回り始める。

 その中でも一番気に掛けるキーワードは、“シンデレラ”だった。

 仮にシンデレラさんが事件に関係しているというなら、尚更知りたくなることがある。

 ロミオさんとシンデレラさんの過去だ。

 事務所に彼女が来た時の会話を思い出すと、二人が昔いちゃいちゃしていたんだろうなーというのを感じたくらいで、それ以外何か難しい事件が二人の間で起きたとは思えなかった。


「そう勘ぐるな少年。大人の世界の秘め事は、知っても良いことないぞ?」


 眉間に皺を寄せて考えていたせいか、ロミオさんは一目僕を見て察したらしい。

 だって、気になっちゃうし……。


「これまた昔々の話だ。いや、昔と言っても数十年も前の話じゃないからね。若い私が数十年も前にシンデレラに会っている訳がないんだから」

「説明しなくてもわかりますよそれくらい」

「そうか。なら良かった。私とシンデレラはね、恋仲にあったのだよ」

「それはなんとなくわかります。お二人の会話を察せば」

「でもね、彼女とは別れてしまったんだよ」

「どうしてです?」

「彼女にとって、素敵な男性が現れたからだ」


 そう言った瞬間、ロミオさんが付けているモノクルが一瞬キラリと光った気がした。


「別にそれを引きずってはいないさ。私もジュリエットという愛する女性ができたのだから。何が一番問題かというと、シンデレラが愛した男性は、決していい男ではなかったんだ」

「それって、ラファエル氏ですか?」


 ロミオさんはゆっくりと頷いた。


「私も今ほど力のない人間だった。人のことを洞察する力も無かったし、相談に乗ってあげて悩みを解決する力も無かったんだ」

「ラファエル氏とロミオさんは会ったことがあるんですね」

「彼はとても傲慢な人間だった。それでも、シンデレラはラファエル氏を愛していた。愛というものは、他人には理解できないものだよ。だから、私が口出しをするようなことでもなかった」


 僕がイメージをしていたラファエル氏は、非常に物静かな人で、魔法学研究を日夜行っているというものだ。

 でも、ロミオさんからの話を聞くと、そのイメージがガラガラと音を立てて崩れていった。


「自分がアルカディアで一番の研究者だと自負していたらしく、その証明に永遠の命を手に入れる研究を行っていた。まさに彼は、自分が神だと思っていたんだろうな」

「てっきり永遠の命を得る魔法を研究しているのは、シンデレラさんのためかと……」

「シンデレラを対象にしようとしたのは間違いないんだ。度重なる実験を彼女に対して行っていたらしい。そのせいで、シンデレラの体に異変が起きた」

「異変?」

「元々魔法を使えなかった彼女が、突如物を灰にする力を得たんだ」

 

 物を灰にする。

 黄金の剣の家で起きた事件を思い出してしまう。警備員達を灰にする魔法。灰かぶり姫。シンデレラ。

 単語を繋げていくと、僕の中で一つの物語が描かれる。シンデレラがラファエル氏の力で物体を灰にする力を得、黄金の剣の家で警備員達を灰にした。

 でも、その物語を断片的に描くことはできても、全体像を見渡すことはできなかった。

 黄金の剣を狙うのは術を完成させるため。だとしたら、どうしてシンデレラさんはわざわざロミオさんの所に来たんだろう。その答えを、もうロミオさんは知っているんだろうか?


「シンデレラは実にいい女性だった。でもね、一つの目標を定めると、形振り構わず行動する癖がある。そんな癖が、今回の事件を生み出してしまっているのかもしれない……」


 鼠色の雲が覆う空を、ぼんやりと彼は見つめていた。

 そしていつも通り、一瞬時が止まったかのように動かなくなった。と思いきや、すぐさま立ち上がってズボンについた砂埃を手で払った。


「昔話はここらで終わりにしよう。次の場所に行くぞ」

「どこへ行くんです?」

「決まってるだろう?犯人逮捕のために行く場所。それは、犯人が欲しがっている物がある場所だよ」


 2


 犯人が求めている物。黄金の剣、白金の盾、そして最後に聖杯。全てを合わせた時、世にも恐ろしい魔法が完成する。


「この曇り空の中歩くのはなんとも気分が沈みがちだが、張り切って行こうじゃないか」

「でもロミオさん。僕たちはまだ盾の在り処を知りませんよ?」

「僕たちじゃない。レオン君だけが、だ」

「え、もうロミオさんは知っているんですか?」

「寝言は寝て言うものだよ。私が知らないわけがないだろう?グレン君から必要な情報を全て引き出してあるに決まってるじゃないか。私がそれくらいの準備をしないとでも?」


 まーたやれやれと言わんばかりに肩を上下させてため息をついた。そんなの僕がわかるわけないじゃん!見てる人だってよくわからないよそんなの!!

 ロミオさんは、僕の前にほれほれと一枚の手紙を差し出してきた。


「これは、とある人物からグレン君宛てに送られてきた招待状だ」

「招待状、ですか。どうしてグレンさんへの招待状をロミオさんが持っているんですか?」

「彼への招待状じゃない。私達二人への招待状だからだ」


 ロミオさんから手紙を拝借した。

 内容は大体こうだ。

『アルカディアの英雄とも呼べる二人の名探偵。その名探偵に、とある宝物を守っていただきたい。このタイミングでお二人を招待するのはどうしてか。それは言うまでもないでしょう。是非とも、我が家に伝わる秘宝を守っていただき、アルカディアの上に覆いかぶさっている恐怖を拭い去っていただきたい』みたいな文章だった。

 

 


 アルカディア中央区からひたすら南下していくと、ロミオさんの事務所がある田舎道に似た、雑草生い茂る場所へと迷い込んだ。

 地図は持っているから迷い込むという表現は不適切かもしれない。でも、歩けば歩くほど木々が辺りを覆い、さっきも歩いた道をまた歩いているように思えた。


「こんな場所に来ちゃいましたけど、本当に手紙を送った主は住んでいるんですか?居るとしても幽霊しか居なさそうですけど」

「豪華な宝がある場所は、何も豪邸だけってわけじゃないだろう?木を隠すなら森。宝を隠すのも森ってわけだ」


 ロミオさんが真っ直ぐ見つめる視線の先に、大きな館の入口だけが微かに見えた。木の幹が視界を遮って、全体像が見えてこない。自分の身長を超える草の葉を掻き分け、近づけば近づくほど、その館の全体像は見えなくなってしまった。あまりにも大きすぎて、近くなると僕が真上を向いたって、館全てを一望することはできない。


「レオン君。これはとてもいい機会に巡り合えたかもしれん。どこをどう見ても金持ちの家だ。今時レンガと木、それにコンクリートをハイブリットした建物なんて、易々と拝めるものじゃない。間違いなく金持ちだ。絶対そうに違いない。面白そうだな」

「どれだけ金って言葉を言えば気が済むんですか。ちなみに、黄金の剣が盗まれた家もその近辺も、ハイブリット構造の建物でしたよ」

「あまりにも同じような家を見過ぎて君は感覚が鈍っているかもしれないがね。ここはどう考えても今まで我々が訪れたどの家よりも大きい家だ。使用人もきっと美人を起用しているに違いない」

「どこをどう捻じ曲げて考えたらそうなるんですかねぇ」

「一直線な考えだけどねぇ」


 ぶつぶつと話をしている場合ではない。

 さっさと館の主にあって、白金の盾が無事か確認し、それを守らなければならない。

 僕は身長の3倍はあると思われる扉を、コンコンとノックした。こんなに大きい館じゃあ、僕がノックしたところでカラスが鳴く声よりも小さいもんだろう。

 あ、ちなみに僕の身長は121cm。


「誰も出てこないねぇ」

「そうですね……」


 ノックが小さいから、というよりは、誰も居ないから出てこないんじゃないか。

 そうだとすると、この館はお化け屋敷と呼ぶに相応しい建物となる。辺りは木々と草だらけ。人が住んでいる町まで行くには1時間近くは歩かないといけない。こんな場所に僕とロミオさんしか居ないなんて考えた日には、トイレに一人で行けなくなってしまうじゃないか。


「ロミオさん。やっぱり帰りましょう。ここじゃなかったのか、そもそもグレンさんへ送られてきた手紙はイタズラだったんですよきっと。あー、時間を無駄にしちゃったなー」


 ロミオさんに言った、のではなく自分に言い聞かせていた。ヴァンパイアの僕にだって、怖いと思うものはあるものだ。

 扉に背を向けた瞬間、背筋に生暖かい風が当たる。その風はなぞるようにして僕の背から頭の上へと吹いていく。

 気持ち悪さと怖さでぶるぶると身震いすると、ロミオさんはけらけらと笑い始めた。なんとも憎たらしい……。


「如何なさいましたかな?」


 僕のすぐ後ろで、聞いたことない男性の低い声が突然発せられ、驚きのあまりその場で跳ねあがった。

 尻餅をついて地面に座り込んだ僕は、その声の正体を確認すべく、ゆっくり後ろを振り向いた。

 なんてことはない。黒いスーツを着ており、少しばかりお髭を口周りに蓄えているおじ様だった。右腕には黄金に光る時計を着けている。


「驚かせてしまったかな?」


 薄らと涙を浮かべながら、未だにけらけらと笑っているロミオさん。蹴り飛ばしてやりたくなる。


「いやいや、この“お子様”のことは気にしないで結構です。初めましてクルーガーさん。私は探偵ロミオ。彼はレオン君です」

「漸くお目に掛かれました。ここで立ち話もなんですから、入って下さい」


 尻餅をついていた僕を腕で引っ張って立たせると、「良かったね、幽霊じゃなくて」と嫌味たっぷりな笑みを浮かべて言った。むかっときた僕は、鳩尾に一発拳をお見舞いした。

 

 いつもの遊戯を済ませた後、僕とロミオさんは館の中へと誘われた。

 館の持ち主の名は、アイゼン=クルーガー。グレンさんへ、手紙を送った人物でもある。

 館の中はゴージャスという言葉を具現化したような造りで、天井にはかの有名な“最後の晩餐”の絵が大きく彫刻で掘られており、テーブルの上に乗っているお皿も、一度割ってしまえば僕の給料半年分が失われてしまいそうな高級感ある代物ばかり。


「どうぞ、座って下さい」

 

 なが~~~いテーブル。多分5mくらいあると思われる。反対側に座るクルーガーさんと話をするには、声を張り上げなければ届きそうにない。

 クルーガーさんの対面にロミオさん。そしてその隣に僕が座っている。クルーガーさんの椅子は、背もたれの色が赤と金箔で彩られた、恐らくアルカディアで一番高級なものだろう。


「見てみろレオン君。100万ドルの夜景と言う言葉があっただろう。あの椅子に座ると、100万ドルの夜景を尻に敷く事と同意義じゃないか?」

「あまり僕らは触らない方が良さそうですね。ツケで返せる金額じゃありませんから……」


 アルカディアのお金持ちと言えば、権力や悪党と結びついていて、表向きではただの金持ちだけれど、裏ではどす黒いことをしている人たちしかいないと思っていた。でもクルーガーさんはそんな風に見えないし、恐らく本当に悪党と関わってはいないんだと思う。

 裏で悪党と繋がっていないのならば、まさにクルーガーさんはアルカディアの良心と呼べる存在かもしれない。


「貴方達について書かれた朝刊を先日見ましたよ。ロミオさんが、銀行強盗を逮捕したという内容でしたな。それも、人の命を救って街の権力者達からも一目を置かれたとか」

「そんな大層なもんじゃありません。ヒーローって言葉も、大袈裟すぎますし」

「謙遜する必要はない。新聞には事実が記載されているし、ロミオさんは実に天才的な推理力を持っている名探偵だと聞く」

「今の名探偵の“名”は、道を迷う方の“迷”じゃないんですかね?」


 僕が小声でぼそっと呟くと、ロミオさんは僕の頭のてっぺんに、ごつんと拳を落としてきた。痛いなぁもう……。


「助手のレオン君も、そこらの屈強なボディガードよりも頼りになるヴァンパイアだと聞いたが。こんなに幼いヴァンパイアが、そこまでの力を持っているとは驚きだ」

「ヴァンパイアに、抵抗はないんですか?」


 珍しく、ロミオさんがよく喋る。色んな仕事をこなしていくうちに慣れたのか、それとも僕の話が混ざったから聞いたのかはわからない。


「この街に誰が住んだって構わない。悪人以外ならね。このかわいらしい助手さんは、どうやら心から善人だとわかる。私はね、人を見る目はあると思っていますよ。この街について、私は様々な情報を持っている」


 この男性はかつて、アルカディアが荒廃する前から住んでいたという。とある犯罪者が街で騒動を起こしてから、次々と別の街から悪者が足を運ぶようになってしまい、それ以後渾沌とした街に変貌してしまったという。


「荒廃させた発端は何かを突き止めたところでもう遅い。この街は、悪に染まってしまった。法を司るものですら、悪の手先と成り果てた。この街には希望がないとすら思っていた。でも、貴方達は違う。だからこそ、この家に招待した」

「アルカディアに詳しいそうですが、魔法や儀式に関してはどうですか?」

「一通り情報を集めましたよ。私はこう見えて、アウトドア派なのでね」

「その情報とは?」

「ロミオさんが欲しがっているもの。更には、貴方達を襲おうとしている恐怖」


 この人は、僕ら以上にこの街を知り尽くしているようだった。もしかして、この人はロミオさんが知りたい知識を持っているんじゃ。


「我々がクルーガーさんに対する見返りとして、何を用意すればいいのでしょう?」

「是非とも、この家にある盾を守っていただきたい。悪の手先に、この街を荒らすためには使って欲しくない」

「こう言っては気分を害されるかもしれませんが、この街の富豪達は腐敗の原因を担っている。どうしてそこまで、街のために尽くそうとなさるのですか?」

「私はただの人間だが、この世に魔法があることも知っていれば、人間以外の種族が多く生きている事も事実として受け止めている。その小さき助手さんのようにね。この世には私の知らない世界が広がっているのだと思うし、その世界は必ずしも私達が平穏に暮らすことを願っているとは思わない。だからこそ、信じられないような儀式があっても、私は嘘や伝説だとは思わない。その儀式が私の好きな街を破壊すると言ったら、護りたくなるのは当然のことではないでしょうか?」


 3


 僕らは、クルーガーさんから料理をご馳走させて頂くことになった。

 4階建ての大きな館だと言うのに、住んでいるのはクルーガーさん一人だと言う。あまりお家のことに関して詮索してしまうのは失礼かなと感じ、僕はクルーガーさんに対して質問をしなかった。

 一人暮らしをしているということもあってか、料理の腕はピカイチだった。出てくるものは勿論全て高級食材。フカヒレのスープとか、キャビアって初めて食べる……。


「レオン君。残さず食べよう。こんなに美味しい、そして高級な食材を食べることはもう一生無いかもしれない」


 貧乏くさい発言だが、ここは同意せざるを得ない。

 コース料理の如く、一つの品が終ると次の料理が運ばれてくる。縦長のコック帽を被り、純白のエプロンに身を包んでいるクルーガーさんは、とてもお似合いだった。

コックさんも顔負けな料理が次々と運ばれてくる。アルカディア牛のソテー。箸休めのシャーベット。どうやってこんなに調理しているんだろう。

 コック・クルーガーさんの料理を2時間じっくり楽しむと、僕のお腹はぷくっと膨れ上がった。実に美味しい食事でございました。

 僕らが食べ終わると、クルーガーさんは一礼した。

「美味しく食べていただいたようで何より。折角なので、調理場を見てはいかれませんか?」

「いいですねぇ。是非とも拝見させていただこうじゃありませんか」

「えぇ、お腹いっぱいで動けませんよ」

「いいから行くぞ」


 動きたくなかったけど、ロミオさんが行くというなら仕方がない。

 重たくなったお腹を持ちあげ、ロミオさんの後ろに付いていった。

 調理室はどのような所か拝見させていただく。なのに、僕ら二人はどんどん下って行ってる。ここは明らかに地下への階段。蝋燭で明かりを灯された螺旋階段を一段、また一段と降りていく。折角料理を美味しく頂いたというのに、またホラー展開。

 一番下まで降りると、木の扉に南京錠が掛かっていた。クルーガーさんは鍵を外すと、その中へと僕らを招き入れた。


「ここが、調理室です」

「ほう、これは実に興味深い」


 扉の近くにあったボタンをぽちっと押すと、部屋全体が露わになる。あれ、何もない。


「クルーガーさん。何も……ないですけど」

「私は魔法を使うことはできないが、機械を扱うことはできる。ここの“調理室”とは、こういうものを置いているんだよ」


 クルーガーさんは、立っている場所でとんとんとんと三回足踏みをすると、部屋の中央の床が、ゆっくりと上へと昇って行く。そこから現れたのは大きな金庫。クルーガーさんは金庫のパスワード8桁をテンキーに入力すると、扉を開けた。

 そこにあったのは、光り輝く白金の盾。


「これが、アルカディアを滅ぼすために必要な盾。お二人には、この盾を守って貰わなければならない」


 ラファエル邸で見た儀式の絵に描かれていた盾。それをお目に掛かることができた。

 これを守りさえすれば……と、間近で盾をじっくり見ていると、部屋の入口から異様な殺気を感じた。


「あのぉ……」


 かわいらしい声。赤い頭巾を被り、腕に藁の籠を提げた女の子を見て、僕はきょとんとした。一体、なんで?


「すいません。マッチを買っていただけませんか?」

「小娘が入っていい場所じゃないよ。一体どこから遊びに来たんだね?」


 クルーガーさんは宥めるような口調で、女の子に近づいていった。

 そそくさとこの部屋から出て行ってもらうように出口を案内しようとするが、彼女はまったく動こうとしなかった。

 頭巾から彼女の目は見えない。だけど、突き刺さるような殺気は感じ取れた。


「マッチを買ってくれないなら……死ね」

「ロミオさん!クルーガーさんが危ない!」


 藁の籠から鈍い銀色を輝かせるナイフを取り出すと、クルーガーさんの胸部を斬り刻んだ。

 凶刃にクルーガーさんが襲われると、僕は赤頭巾の少女からナイフを取り上げるために駆けだした。

 普通の女の子が、ヴァンパイアである僕の素早さに付いてこれるはずがない。

 でも彼女は、僕が伸ばす手をぱちんと籠で弾き、ナイフについた血を下でペロリと舐めた。


「よぉ坊主。また会ったな」


 頭巾からかわいらしい顔を覗かせる。その目はかわいらしいとは思えない恐ろしいものだった。僕とロミオさんを見下しているようであり、尚且つ視線の先にある盾から目を離さなかった。


「私の知らない所で、君も女性と関係を持つようになっていたのか……成長したな。ロミオ嬉しい」

「バカ言ってないで、協力してくださいよ」

「戦闘は君の専門だろう?私は、秘宝を守るよ」


 ロミオさんは盾の金庫を閉じた。扉が閉まると同時に、がちゃりと再び鍵が掛かる音がする。


「鍵を掛けた所で、盾は守れないぜ?」

「もっとかわいらしい女の子だと思ったのに、そんな男らしい口調なんだね」


 僕を切り刻もうと、一心不乱にナイフを振ってくる。右に左にとナイフの軌道を避けていくと、彼女はにやりと不敵に笑う。


「やるじゃねぇかヴァンパイア坊主」

「君に坊主呼ばわりされたくないね」

「こう見えてオレは21だぞ?お前より年上だ」

「ほ、本当だ」

「まぁいい。遊びはここまでだ。テメェらよりもそこの盾に興味があるんでな」


 ナイフで僕の喉を掻っ切ろうとする。間一髪、その攻撃を後ろに仰け反って回避するけど、その次に来た藁の籠までは避けられなかった。

 人とは思えない異様な力で、僕の体は後ろの壁まで吹き飛ばされた。


「ったく。手こずらせやがって」

 

 盾を奪おうとする彼女の動きがぴたりと止まった。

 倒れていたクルーガーさんが、血反吐を履きながらも彼女を止めようと、右手で足首を掴んでいる。


「悪いな。この家の奴は殺せって命令されてるんだ。じゃないと、また怖いものを見る羽目に遭うからな」

「やめろ!」


 僕の声も虚しく、ナイフがクルーガーさんの首に突き刺さる。

 無情にも足首を掴んでいた手は蹴飛ばされ、何事もなかったかのように金庫へと歩みを進めていく。


「レオン君の彼女が、こんなに暴力的だとは思わなかった」

「アルカディアの英雄、ただ坊主を連れまわしているだけの胡散臭い探偵か?戦闘には参加しない無能じゃねぇか」

「軍師と呼んでいただきたいね。彼が如何なく力を発揮できるのは、この私が居るお陰だ」

「そりゃどうだろうなぁ」


 籠の中から、マッチの入った箱を取り出し、それから一本取り出した。

 マッチを擦ると、小さな火が灯る。

 ロミオさんはその火を見た瞬間、よろよろと体を後ろに引いた。


「英雄なんざ、テメェには相応しくねぇ言葉だな。英雄のくせに人っ子一人救えやしない。ただのナルシストが、御託ならべて英雄気取りしてんじゃねぇよ!」


 ロミオさんはその場に崩れ、せき込んで動かなくなった。


「ロミオさん!」

「どうだヴァンパイア坊主。お前の英雄はこのザマだ。俺はな。アルカディアに本当の英雄を求めている。腐った街を照らすのは、力で全てを支配できる奴なんだよ。それがこのクズにできるのか?できるわけねぇよなぁ?見てるだけのゴミクズが」

「違う!」


 赤頭巾に飛び蹴りを浴びせようとするが、軽い身のこなしで避けられてしまう。どれだけ拳をぶつけようとしても、ひたすら空気を切るだけで、彼女に指一本触れることができない。


「確かにロミオさんは女好きで酒好きな典型的ダメ大人だけど、それでも人を助けようする心は持っている!お前みたいなわからず屋とは違う!」

「経験の浅いヴァンパイア坊主。教えてやろうか?お前はただこいつの駒として使われているだけだ。自分の将来を考えるためにも、さっさとこいつから離れろ」


 彼女が手に持っていたマッチの火が消えると、もう一本のマッチ棒を取り出し火を付けた。その火を見ると、僕の視界がぐらぐらと揺らぎ、辺りが真っ暗になる。


「う、うわぁぁ!!」


 何も見えない。ロミオさんが僕を呼びかける声が微かに聞こえるけれど、突然場所が変わったように辺りの風景がぱっと現れる。木の椅子とテーブル。台所で、お母さんがトントンと包丁をリズム良く使い野菜を切っている。お父さんは椅子に座り、新聞を読んでいた。

 ここは……僕の、家?


「レオン。何をしているんだ?」


 僕は、久しくその声を聴いていなかった。

 なぜなら、もうこの世には居ないから。


「早く寝なさい。おやすみ、レオン」


 思わず一筋の涙が流れた。僕のお父さんとお母さんがそこには立っていた。僕は覚えている。これは、最後に二人と会話をした日。この後二人は……。


「お前らの命、俺が貰うぞ」

「やめろ!二人から離れろ!」


 両親を襲う、黒い霧のようなもや。僕はその正体をしっかり見ることができない。二人が鋭い刃物で切り刻まれるのを見ているだけで、この手を届かせることができない。

 自分が泣き叫ぶ声に交じって、毎日よく聴く声が、耳元で微かに聞こえ始める。


「しっかりしろ!レオン!お前が見ているのは奴の幻覚だ!マッチから発せられる火を利用したトリックにすぎない」


 一本の火が消えたマッチ棒が床に落ちる。意識がはっきりすると、そこはさっきまで居た地下室だった。

 目元がぐっしょりと濡れていて、視界がぼやける。


「これがタダのトリックだと思うか?それじゃ、テメェももう一度くらってみやがれ!」


 再びマッチ棒をすると、ロミオさんに向けてその火を見せようとする。

 だが、ロミオさんは微動だにしない。


「な、なんで効かない?」

「人は学習する。魔法なら、対策の備えのしようがあるんだよ。お前こそ、ただのひよっこじゃないか?」


 ちっと舌打ちをして、彼女は金庫に素早く8桁のキーを打ち込んだ。金庫が開かれると、彼女は盾を持って部屋を駆け、入口から素早く抜け出していった。


「ちょっと遊び過ぎたか。じゃあなナルシスト。今度会うときは、お前の喉を掻っ切ってやるよ」


 呆然としている僕の元に、ロミオさんが歩み寄ってきた。片膝をついて、床にぺたんと座っている僕の頭をゆっくりと撫でた。


「君が無事で何よりだ。よかった」


 その言葉を聞くと、不思議と涙が溢れだした。



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